朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue32

 

 

 

 

 喫茶店の集まりの翌日、雨も上がり外は夏としか言いようのない熱気が立ち込めている有様。

 まさしく絶好の運動日和と判断したのか涼宮が初回に指定したのはバッティングセンターだった。

 幹線沿いにあるバッセン前を通り過ぎることは何度もあったが実際に入店したのはこれが初めてである。

 明日にでも心筋梗塞で倒れてもおかしくないようなお爺ちゃん店員のちんたらとした受付を済ませた涼宮に対しキョンは。

 

 

「わざわざ開店時間に突撃するなんて、甲子園に影響されたのか?」

 

「はぁ? ジャリボーイどもの草野球なんか興味ないわあたし。野球星人が攻めてきた時にボコスカ打ち負かしてやるための練習をしに来たのよ」

 

 このイカレ女の発言がどこまで本気か知らないが少なくとも彼女の横につっ立ってる営業スマイルばら撒き野郎の古泉はマジに受け取ってることだろう。だが野球星人なるインベーダーがわざわざ侵略に来たとしてもこいつらに地球の命運は任せたくない。現役メジャーリーガーから選抜したドリームチームか、最低でも侍ジャパンにお願いしたいね。

 お昼まで適当に遊ぶ形となったが、やはり複数人で来た以上は打率を勝負したいものである。

 いや、俺は別にそんな勝負を求めてなどいなかった。したいとか言い出したのは親愛なる我が幼馴染、涼子だ。

 ヤンキー漫画の不良みたいにレンタルの金属バットを肩に乗せ、人差し指を俺に突きつけこう言った。

 

 

「打率勝負よ!」

 

 なんか彼女テンションが涼宮に引っ張られてるように見えるんだけど。

 勝負勝負と俺なんか打ち負かして楽しいのかね。楽しいんだろうな。

 昨日は生後二ヵ月の子猫ちゃんみたいに全力で甘えに来てたのに今日はこれだぜ、フラットな低空飛行で生きてる俺からすると切り替えが凄まじい。

 そんな感じのことを涼子に言ってやると彼女は自分が昨日見せた恥ずかしいムーブの数々には一切触れず。

 

 

「ダウトね、今更クールコアぶっても遅いわよ。"個人授業"の時のあなたの音声を聞かせてあげましょうか?」

 

 お前もテンションに高低差あるからなと言われてしまった。

 あの時は確かにテンションがおかしかったので自分の発言などあまり覚えてないが絶対変な事ばっか言ってたよ俺。

 

 

「ええ。他の子が聞いたら変態呼ばわり間違いなしね」

 

「……というか音声なんて録音してたのか」

 

「カードは多く持っておいて損はないでしょう?」

 

 何かあれば脅しの材料にでもするつもりらしい。恐ろしすぎるぞ。

 さて、バッティングセンターを利用すること自体今回が初なので他の店がどうとか全く知らないが、ここの最速は150キロで最遅が80キロ。オプション設定を変えれば変化球も混ぜてくるようになり、1回20球で交代。

 まずは肩慣らしよね、といきなり140キロのレーンに突っ込んでった涼宮ハルヒとかいう超高校級のアホはさておき、ズブのトーシロである俺と涼子はハッキリ言って100キロレーンでも低レベルな結果しか出ないだろう。そこんとこどう考えてるんだ。

 

 

「条件はイーブンなんだから地力が結果に出てくれるわ」

 

 過去の勝負を振り返ってみて、俺が腕に覚えのある競技でさえ涼子が惜しいとこまで食いついてきてるという事実を理解して言っているのか君は。だとしたらお前に勝算なんてないと言っているようにしか聞こえない。

 というかまともなバッティング経験は皆無って言ってやったら勝算アリって感じでニヤニヤし出すし、このままでは戦う前から敗北が決まってしまうのでハートだけでも負けないように己を鼓舞する。

 決戦は120キロ直球のみのレーンで行うこととし、ジャンケンの結果先攻が涼子で後攻が俺となった。

 

 

「まあじっくり見てなさい」

 

 言われんでもそうするさ。

 レーン後ろのベンチに腰掛けガラス戸越しに涼子の勇姿を眺める。

 俺が彼女との日常会話でこちらから出す数少ない話題の一つが日本プロ野球――主に贔屓チームの試合について――なのだが、彼女はNPBの中継なんて殆ど見ない。バッティングフォームの基礎さえ知らないような女だ。

 にも関わらず、天性の才能かはたまた憑りついた宇宙人の仕業か、吉田正尚ばりのフォロースル―で繰り出されたフルスイングは3球目にしてバックスクリーン位置にあるホームランターゲットに白球を叩きこんでいた。ふざけんな。

 こうなるとお手上げだ。涼子はすぐにコツを掴んでしまいバカスカ打つようになってしまった。やってられんね。

 20球を終えてレーンから出てきた涼子は力いっぱいバットを振り回していた割に涼しげな顔で。

 

 

「ホームランは2本だったけど13球打てたわ」

 

「おかしくねぇ……? 実は隠れてここに通ってたりしてないよね?」

 

「まさか。まともにバットを持ったのなんて今日が初めてよ」

 

「ドヤ顔かわいいからやめろ」

 

「ふふっ。さ、次はあなたの番ね」 

 

 お手並み拝見といった雰囲気でレーンに送り出された俺。

 精神統一の時間もロクに与えられず、無情にも目の前のスクリーンは投球のカウントダウンを開始する。

 イメージするのは常に最強の自分――ではなく最もリスペクトしている打者、異名は北の侍こと小笠原道大。

 だがガッツの変態的フォームは類稀なるバットコントロールあっての代物であり、俺なんかが彼の打撃をちっとも模倣できるはずもなく、20球中6安打うちホームラン0、自打球1と圧倒的な力の差で無事敗北した。

 倦怠感とともに打席を後にした俺を涼子は満面の笑みで迎えてくれた。

 

 

「お疲れ、ナイスファイト」

 

 仮に俺が勝ってたらさぞ悔しそうな顔をしていたことだろう。

 勝者への貢物としてジュースを献上する羽目になった俺はゲームコーナー脇の自動販売機へと重い足取りで向かう。

 その道中、80キロレーン後ろのベンチで座って交代を待つキョンを見かけたので愚痴を言うことにした。

 

 

「オレの彼女がチートすぎるんだが」

 

「なんだいきなり。惚気話がしたいなら帰ってくれ」

 

 彼の視線の先にはバッターボックスに入っている長門さんの後姿。

 だが彼女は運動神経抜群の宇宙人モードではない、へっぴり腰で80キロの球を振り遅れていた。これが普通だよな。

 

 

「野球経験のない普通の女子は長門さんみたいになるはずだぞ」

 

「知らん」

 

 さらさらまともに取り合ってくれないようなので俺は80キロレーンベンチを大人しく通り過ぎ、自動販売機でいちごオーレと自分用の微糖コーヒーを買って涼子がふんぞり返っている120キロベンチへと戻る。

 受け取ったいちごオーレを美味しそうにストローからチューチュー吸ってる涼子を見て俺は変化球有りでの再戦を希望した。

 結果、スライダーやカーブボールに翻弄され涼子の安打数は5本にまで落ち込んだものの、当然こちらも変化球などまるで打てないため2安打で終わり、完全敗北を喫したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間ほどバッセンで白球打ちに勤しんだ後は同じ通りに面した適当なファミレスに入店してランチをとることに。

 こうしてる瞬間は普通に高校生やってる気がするんだが、文芸部かお前らって言われるとはいそうですとは言い難い今日この頃。少なくとも去年は本読むだけの集まりだったはずだ。

 

 

「それで、お次は何だ」

 

「決まってるじゃない。ボウリングよ」

 

 キョンの質問に対してさも常識のようにこう返す涼宮。

 最早この女の思考回路を理解しようとする方が間違っているため何故だとかどうしてとか一々聞き返しやしないが、スポーツの娯楽施設であるという点以外にバッセンとボウリング場に繋がりは一切ない。

 だがな、そんな脈絡の無さよりも涼宮の食事の酷さの方が何か言ってやりたくなるね。

 ミックスグリルに追加のエビフライを2本、ライスは大盛り。それだけでも充分なのにサラダバーで取ってきた器には大量のレタス、ワカメ、ヤングコーンの上にマカロニとポテサラを暴力的に乗せ、スープバーのおかわりは既に3度行っている。どんな胃してんだ。

 

 

「長門さん、あれを真似しちゃだめですよ。おかわりは程々にしてください」

 

「うん……次が最後」

 

 そんな涼宮に優るとも劣らぬ食事量を誇るのが長門さん。

 メインディッシュは普通の目玉焼きハンバーグだがサラダバーの利用頻度がエグい、目を離せばサラダやカレーをおかわりしに席からいなくなっている始末。

 ともすれば涼子に咎められてしまったものの、ラストワンチャンスを望むあたり貪欲なまでの食欲だ。

 涼子が特別小食ってわけではないが、このドカ盛り女子2人に比べると子リスとミルコ・クロコップぐらいの戦力差を感じてしまう。

 強く育て、という思いで俺のカットステーキをこっそりふた切れ涼子のチキングリルが乗ったプレートに移動させるもそれに気付いた彼女が切り分けたチキンをふた切れこっちに寄越してきた。これでは単なるトレードだ。

 

 

「君も量を食ったらどうだ」

 

「私はいいの」

 

 つっけんどんになられても困るので寄越されたチキンを彼女へ返すことはせず自らのおかずとして食べる。うむ、下味がしっかり付いててうまい。

 こうして各々が自らにとって最適な量のガソリンを補給した後、ファミレスを出て涼宮に引き連れられボウリング場へ到着。

 

 

 駅から少し離れた場所にある大型ビルのワンフロアに位置するここは、市内で唯一のボウリング場を謳っているものの他のフロアがヨガだったりパークゴルフだったりご年配層向けに商売していることもあり俺たちのような学生にはそこまで利用されていない。部活終わりにボウリングするような陽気な学生は私鉄乗って隣町の駅前にあるアミューズメント施設を利用するのが殆どだ。

 よってここで知り合いとバッタリ顔を合わせるなんてこともなく、落ち着いてプレーできる環境と言うには客の少なさから些か閑散としすぎてる気がする空間の中で俺たちはゲームを開始した。

 ――先程までの白球打ちと異なりボウリングに関しては多少の自信がある。

 涼子は知らないだろうが俺の父方の祖父はプロになっていないのが不思議なまでのガチボウラーであり、祖父母宅のリビングには数々の大会トロフィーが飾られているほどの腕前を誇るお方。その祖父にボウリングが出来る男はモテるぞ、などと時代錯誤なことを言われ何ゲームも修行させられた過去がある。おかげでハウスボールでも多少数字は出せるようになった。

 そういうわけで、1フレーム目こそピンを残してしまったものの2フレーム目でストライクを決め、続く3フレーム目は連続ストライクとなった。

 幸先の良いスタートに小さくガッツポーズ。この結果に一喜一憂する感じがいいんだよな、ボウリング。

 そんな俺を目障りだとでも言わんばかりに睨みを利かせながら涼子は。

 

 

「ニヤニヤしてないでさっさと戻りなさい」

 

「別に慌てなくてもいいんだぜ。モニターが自分の番に切り替わってから、ゆっくり席を立って準備すればいいさ」

 

「素敵なアドバイスどうもお世話様」

 

 図らずもこのやりとりが精神攻撃となったのか、涼子は1投目で綺麗に割った挙句2投目をガーターしてしまう。

 心底悔しそうな顔をしていたので戻ってくる彼女に励ましの言葉をかけることに。

 

 

「しゃーない、切り替えてこ」

 

 無言で脛を蹴られた、痛い。

 で、3ゲームを終えて身体の軋みを自覚する頃には夕方となっており。

 

 

「明日はプールか映画で。決まったら連絡するから」

 

 涼宮は両極端な二択を一方的に宣言してニルヴァーナのスメルズを口ずさみながら夕陽をバックに歩いて行く。

 彼女の後を追う前に古泉が親切に予告する。

 

 

「少々遠くではありますが、明後日開催の花火大会があるお祭りを見つけましたので恐らく明後日はそちらに伺うことになるかと」

 

 アンストッパブルにも程があるだろう。

 ちなみにボウリングはアベレージ177で俺がトップだった。

 一発逆転でパーフェクトを狙うと息巻いていた涼宮は第3ゲーム目に限って言えば俺のスコアを上回ったが、もちろんパーフェクトとはならずに終わっている。それでも遊びの範疇としては充分凄い。

 分譲マンションまでの道すがらハウスボールとマイボールはジムとイデオンくらい性能が違うという旨の講釈を垂れ、今日は普通に帰ろうかとエントランス前で別れようとした俺を涼子が引き留めた。

 

 

「……どうした?」

 

「ちょっと話しておきたいことがあるの」

 

 どこか思いつめた様子で言う彼女。誘い文句にしては落ち着かない口ぶり。

 別れ話、なんてことは無いにしても深刻そうなのは確かな感じに思えた。

 そして昨日に続いてお邪魔した505号室のリビングで彼女から語られた内容は思いもよらないものだった。

 

 

「話ってのはね……最近見た夢のことなの」

 

 夢、つまりドリーム。

 いかな内容であろうと所詮脳という臓器が勝手に作り出した虚構に過ぎない。

 だが、彼女のそれは虚構と切り捨てるにはやけにリアルな体験だったのだという。

 

 

「この前見たのは私が長門さんと戦う夢。見た事もないような不思議な空間の中で、まるでアニメや映画みたいに私は長門さんと戦いを……いえ、殺し合いをしてた」

 

「殺し合いって、どんな風に?」

 

「お互いに不思議なチカラを使ってよ。私は両手からビームみたいなのを打ち出して、長門さんはそれをバリアーで弾く」

 

「おかしな夢だ」

 

 そう言うのが限界だった。

 勝負の結末がつく前に涼子は目が覚めたそうだ。結末を見なくて良かったかもしれない。

 彼女が語るところの夢の出来事に近いものを俺は知っている。そしてそれは単なるフィクションでしかないということも。

 更に衝撃を受けたのは次の話だ。

 

 

「そしてこれは今日見た夢なんだけど――」

 

 今度は見た事もない場所じゃなく、馴染み深い道路。北高前の通りである通学路。

 とっくに家で寝ているはずの夜中に街灯の下で対峙する長門さんと、俺。

 

 

「あなたは長門さんをピストルで撃とうとするの、そして私はそれを止めようとして」

 

 背後からナイフで一突き。俺を刺した。

 痛めつけるようにナイフのハンドルをぐりぐりと回し俺の身体から引き抜く。

 貧血で立っていられなくなった俺を蹴り倒してトドメを刺そうとエッジを心臓に突き立てようとして、目が覚めたという。

 笑えない話だ。

 

 

「君に刺されても文句は言えないと思ってるけど、酷い夢だな」

 

「ええ、恐ろしい夢だった。夢のはずなのに、本当に人を刺したらこうなんじゃないかって感触がしたの。……今でも手に残ってる気がするわ」

 

 涼子が語った二番目の夢についても近しい話に覚えがあった。

 だがそのストーリーで朝倉涼子に刺されたのはキョンだ。俺じゃない。

 

 

「いったいどうしてその話を俺に?」

 

「わからない。ただなんとなく聞いてほしかった……ふふ。ほんと、おかしな話よね」

 

 自嘲気味に言う涼子。

 俺はカウンセラーでもなければ胡散臭いメンタリズムに通じてもいない。

 だが唯一、この夢について何か知っていそうな存在の心当たりがある俺は、癪だがそいつを呼び出すことにした。

 心底では苦い思いをしつつ、表情に出さないように取り繕いながら大好きな彼女の透き通る瞳を見据えて俺は言う。

 

 

「きっと、おかしな話なんかじゃあない。何か理由があるんだと思う」

 

「夢占いみたいなものかしら……?」

 

「オレにはわからないけど、知ってそうなヤツなら知ってるよ」

 

 テレビの中で小言を吐き続けてきたキョンの気持ちが少しだけわかった気がする。

 宇宙的存在を頼りたくないのに頼るしかないんだからな。

 

 

あいことば(パスワード)だ。"見よ、蒼ざめた馬を"」

 

 次の瞬間、失神のようにくらっと顔をうつむける涼子。

 数秒置いてから意識を取り戻し、合言葉の返事が来る。

 

 

「"その馬に乗る者の名は死"……こんばんは。思ったよりも早い再会になったわね」

 

 

 

 






ポニーテールは関係ない。多分。



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