朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue30

 

 

 北高文芸部夏季合宿三日目。

 泳ぐなり生き物を見るなりで昨日一昨日と海を満喫した俺たちだが、今日は場所を変えて山に向かう。

 事の発端は昨日の夜、海はそろそろ食傷気味でしょという前置きとともに鶴屋さんが肝試しをやろうと言い、せっかくならうっそうとした森の中でということになり海の別荘から離れることに。

 なんでも鶴屋さんの親戚のおばさんが所有する山の屋敷を宿泊に利用させてくれるらしい。スイートルームでの生活が惜しまれるところだが今日がラスト1泊と考えると、趣向を変えるのも悪くないか。

 例によって目的地までバスで移動。

 またしても涼子が俺の隣を無許可で陣取ってきたため昼寝せずお喋りしているのだが。

 

 

「そっちもアジ釣り大会やったんだろ?」

 

「ええ……」

 

「オレは4匹だったんだが、鶴屋さんは7匹も釣り上げてたぞ。流石だよな」

 

「……ええ」

 

「涼子は何匹釣れたんだ?」

 

「そうね……」

 

 こんな調子で生返事ばかり返してくるし、物凄いダウナーな雰囲気を漂わせている。

 理由はわかっている。彼女は今日の夜にやる予定の肝試しが嫌なのだ。

 鶴屋さんが言い出したというのもあって反対意見こそ出さなかったけど、"肝試し"というワードを耳に入れた途端表情が硬くなってたからな。

 劇場やレンタルDVDの映画を一緒に見てきたから俺は知っているが涼子は和製ホラーの類が大の苦手だ。怨霊だとか日本人形だとかその類と言えば分かりやすいか。

 ギャグに寄ったプロモーションしてた【貞子vs伽椰子】でさえ一緒に見ないかと冗談半分で誘っても。

 

 

「……絶っ……対行かない……あなた一人で見てきて」

 

 と心底嫌そうにNG出されてしまった。

 苦手なのはあくまで和製ホラーだけで海外発のクリーチャー主体SFホラーやパニックホラー、人間にフォーカスしたサイコホラーなんかは普通に見れる。ホラー全般がダメというわけではない。

 きっと幼少の頃に見た【リング】とかその辺の和製ホラー映画がトラウマになってるのだと思われる。試す前から涼子の肝がぷるぷる震え上がっているのは間違いない。

 しかし幽霊みたいな存在と自称していた宇宙人が自分に憑り付いていると彼女が知ったらどうなるんだろう。

 なんて疑問は捨て置くとして、少しでも涼子の気を紛らわそうと合宿から離れた話題を出す。

 

 

「鶴屋さんから聞いたよ、中学の時の話をしたんだって? 何を言ったんだ」

 

「べつに特定の個人を攻撃するような発言はしてないわよ」

 

「どうだか。副代表やらされてたのってオレの黒歴史トップテンに入る出来事なんだけど」

 

「そういう星の下に生まれただけじゃないかしら。そもそも黒歴史って言うほど嫌なら()()()()()()()()()()()?」

 

 単なる運の無さだと割り切りたいのに運命論まで持ち出してくるとは。

 俺だって高2で副委員長とかいう名ばかりスーパーサブやらされるなんて考えたくもなかった。

 こちらが忌々しがっているのを見て悪どい笑みを見せる涼子。狙い通りの成果を得たはずなのに気分が悪い。

 だからこそ俺は特に違和感も無いまま彼女を辱めるためのエピソードを掘り起こすのに躍起なのだろう。

 

 

「こっちも昔の君の話をしてやったけど、本人の名誉を思ってあの話だけはしないでおいたんだぜ」

 

「……あの話って?」

 

「中2の頃は色々あったっけな」

 

 俺の言葉に心当たりがあるのか、涼子の顔から余裕の笑みが消える。

 何もハッタリをかけているわけではない。

 確かに彼女は俺が知る中で一番完璧超人に近いが、どんなヒーローにもオリジンがあるように彼女も今日に至るまで失敗の一つや二つやらかしているわけで。

 その中で中学2年の話となれば指し示す符号はたった一つ。

 

 

()()()()ね……」

 

「さあ、他にもあるかも」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 まるでスラダンのワンシーン、メガネくんに帰りの飛行機のチケット予約しとけよと煽られた板倉みたいな形相で俺を睨む涼子。およそ彼氏相手に見せていい貌ではなかった。

 たちまち剣呑な雰囲気になりかけるが、そうは言ってもその一件に関して俺は彼女の暴走に巻き込まれた側なので感情論以外で責めることはできない。珍しく俺に正当性があるのだ。

 となれば聡明な涼子はお返しに俺の耳が痛くなるエピソードを出し、こっちも次のネタを出す、といった会話の殴り合いに発展した。

 そんなやり取りの甲斐あってかバスを降りる頃には涼子の頭の中から肝試しへの恐怖がすっぽり抜け落ち、ほぼほぼ通常状態に戻っていた。

 で、雨が降ったら猫バスがやってきそうな田舎の山中停留所から5分くらい歩くとこれまた立派な日本屋敷の姿があらわに。

 

 

「これはこれは」

 

「もう何を見ても驚かん」

 

 格式ある文化財みたいに厳かな屋敷を前にしては古泉もキョンも圧倒されまいと声をあげるので精一杯か。

 関係者の鶴屋さんと一緒にずかずか進んでく涼宮の面の皮は厚いを通り越して鉄仮面レベルだ。

 出迎えてくれたおばあさんが言うには昔は大家族でここに住んだりもしてたそうだが、今や別荘としてさえ使われなくなった持ち家なんだとか。つくづく庶民には想像つかない世界の話だね。

 今日一日過ごすことになる和室は完全に旅館のそれだった。もちろん豪華さでいえば昨日までいた海の別荘の方が上と言えるがアレは例外中の例外だし、この和室も1人で使うにゃ充分すぎる。

 部屋に荷物を置いてから居間へ向かう。

 

 

「なんか不思議な安心感がするわ」

 

 開けっ放した窓から外縁に出て涼子が言う。

 都会の喧騒から離れた、と形容するには些か離れすぎな気もするが、外にはきちんと手入れされた芝生が青々と生い茂る庭と時おり心地よい音を立てる風鈴。ここは間違いなく心落ち着ける環境と言えよう。

 そして涼子と並んで外縁に座ってみると完全に精神的なスイッチがオフになってしまった。

 

 

「こんなとこでぼーっとしてると……もう何十年も生きた気がするよ」

 

「なに腑抜けたこと言ってるの。まだハタチにもなってないでしょうに」

 

「メンタリティの問題だろ、実年齢は関係ないって」 

 

「ぷっ……」

 

 吹き出しそうになったのを手で抑える涼子。

 あんまりだ。逆の立場だったら実力行使に出られててもおかしくないほどの狼藉ではなかろうか。

 余程げんなりしていたのか、涼子は俺の顔の切り替わりを見てなだめるように。

 

 

「もう。私が悪かったから拗ねないの」

 

「べっつに……拗ねてないよ、慣れっこだし」

 

「あーあ、せっかく素直になってくれたと思ったのに」

 

 がっかりさを演出するためか涼子はわざとらしく目元を両手で覆う。

 素直とか言われても、な。あまのじゃくやってるわけじゃないし。

 まあ、思ったことをそのまま伝えるのも素直さの一種か。

 

 

「オレはただ何十年か後もこうして君と余暇をまったりできたらなって……」

 

 そう言うと涼子が俺の右肩に身体を寄せてきて。

 

 

「できたら、じゃなくてそうするんでしょ?」

 

 いよいよ俺はこの世界での人生設計に着手しなくちゃならないのだと覚悟させるような言葉を吐く。

 自分でも調子のいい奴だと自覚はしているが、ある意味年齢相応の思考回路をしていたのだ。

 と、いくら正統化したところで第三者からすれば俺と涼子は完全に色ボケた男女にしか見えず、合宿どころかデートしに来たカップルって感じなわけで。

 

 

「うぉっほん!」

 

 後ろから鶴屋さんが露骨な咳払いをしてから。

 

 

「昨日の分までイチャつきたいのはわかるんだけどさっ、先輩からの差し入れだぞっ。ちょっち中断して食べておくれよ!」

 

 居間のテーブルに置かれた三角カットのスイカを指差して言う。

 他の面々からの視線が妙に生暖かい――あの涼宮ですら――という状況は俺のSAN値を削るには充分であったが、これに関しては慣れるしかないと割り切ることにした。でないと死ぬぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかく山に来たのだから、ということでスイカを食べ終わった後は虫取りに出かけることになった。

 服装はともかく網やカゴといった昆虫採取道具なんて誰も持ってきてるはずないのだが、そこは流石の鶴屋さん、昨日の内に人数分の道具を用意していたらしい。これで使わなかったら金の無駄とかそういう発想すらなさそうなのが恐ろしい。

 ともかく虫取りが決行される運びとなった。

 ゲーセンに置いてある昆虫王者なバーコードカード排出ゲーに興じていた過去を持つ俺も山にまで来て虫取りするのなんか初めての体験だ。

 当然、ロクな成果は得られず。樹々の少ない開けた場所で迷い込んだように一匹飛んでたモンシロチョウを網にかけただけに終わる。

 他の連中も精々がセミだのちっこいミヤマだかヒラタだかのクワガタだのといった感じたったが、どんな魔法を使ったのか長門さんの虫かごには随分立派なツノを携えたヘラクレスオオカブトが収まっていた。ビギナーズラックってやつか。

 

 

「確かに獲物の凄さで言えば有希がトップかもしんないけど、捕まえた数はあたしの方が上だから」

 

 またしても自分に都合の良い理論を展開する涼宮の虫かごはモンスターハウスかってぐらい大量のセミが入れられている。こいつのセミに対する執着はなんなんだ。

 そのセミどもも最後には一斉リリースを行い、ヘラクレスオオカブトだけをトロフィーとして夕方前には日本屋敷に戻った。

 晩御飯は家主のおばさんが手作りしたニンニク抜き餃子と山菜のおひたし。ステーキと比べるとインパクトは無いが、立派な家庭料理を美味しく頂く。

 そして食事を済ませると、いよいよその時は訪れた。

 

 

「はーい、それじゃグループ分けするよっ」

 

 陽が沈みすっかり暗くなった日本屋敷の中庭、鶴屋さんが懐中電灯で自分の顔を照らしながら言う。

 外に出てからずっと渋い顔をしている涼子より肝試しに乗り気なキョンの妹氏が参加するに相応しいのだが、彼女は虫取りで動き回った疲れからかご飯を食べ終えるとすっかり爆睡してしまったのであえなく欠席である。

 

 

「妹ちゃんの面倒はおばちゃんがみてくれるから、りょこたんも安心して参加するにょろよ」

 

「あははは、楽しみだわー」

 

 名指しされ逃げ場を完全に失った涼子はやけくそになっていた。

 なおグループ分けといってもアトランダムなどではなく、夜道を進むということもあって男女混合となるように妥当なペアが決められた。つまり光陽園のコンビ、長門さんとキョン、パイセン2人、そして俺と涼子だ。

 

 

「トップバッターはもちろんあたし! あんたらトーシロが超自然的存在に対処できると思えないしね」

 

 順番決めに際し機先を制するようにこう宣言したのは涼宮。

 宇宙人と会話したことのない彼女が俺を素人呼ばわりとは笑えるね。そっちは対処できるのかって話だ。

 といっても俺は涼子に憑り付く"彼女"以外の超常的な輩と知り合いになんてなりたくないが。

 涼宮と古泉は肝試しじゃなく不思議探検の延長上なノリでとっとと行ってしまう。

 

 

「ほいじゃお次は誰行くーっ?」

 

「……私と彼で」

 

 気を取り直してといった感じで投げかけられた鶴屋さんの問いかけに対しおずおずと手を挙げたのは涼子だ。

 さっさと終わらせたいというオーラ全開の彼女を咎める者はいなかったため、数分経過したのを見計らって俺と涼子はけもの道を進み出した。

 曲がりなりにも肝試しなのだから俺は渡された懐中電灯を右へ左へと照らしてお化けを探すようなムーブをするべきなのだろうが、マジにビビり散らかしてる隣の彼女を相手に冗談でもそんな行為はできないので数歩先の足元を照らし続けるのみに動きを留めている。

 しかし涼子の怯え竦みたるや、俺の右肩に縋り付く有様である。

 万が一、魑魅魍魎の類が出てきたら俺が何とかしてくれると思ってるかもしれないので彼女に一応伝えておく。

 

 

「なあ。今のうちに言っておくけど、オレはウィンチェスター兄弟みたいに悪霊退治なんて無理だからな。マシュマロマンが出たらゴーストバスターズを呼んでくれ」

 

「……そこは嘘でも俺に任せろって言ってほしかったわ」

 

「いつも素直にがモットーなんで」

 

「何よそれ、後付けもいいとこじゃない」

 

 だよな。

 戯言を並べたところで神経衰弱以上の効果は得られないため右腕で彼女を抱き寄せる。

 横目で涼子の様子を窺うと、何故かぐぬぬと悔しそうな表情をしていた。Why。

 よほど間抜けに見えたのか俺がどれだけ人の心がわからない奴なのかを彼女は説明してくれた。

 

 

「今だから言ってあげるけどね、あなたずーーーーっとこんな感じのこと私にやり続けてきたのよ。付き合ってもないただの幼馴染相手に」

 

「まさか。オレはキングスマンに入れるくらい紳士的な男だぞ」

 

「よく言うわ妖怪女たらし。胸に手を当てて自分の行いを振り返ってみなさい」

 

 右腕は涼子、左腕は懐中電灯で塞がっているため実際にポーズを取ることはしないが、女たらし等と揶揄されるような行動を本当にとっていたか思い返してみる。

 ちなみに直近1年分は彼女からの好意を自覚していたためノーカンだ、この発想が既に終わってるのかもしれんが。

 少し時間を貰ってはみたものの思い当たる節などなかった。しかしながらこれは受け取り方の問題であり、彼女をなるべく尊重するようにしてきたのは確かなのでそういう思いやりの心が拡大的に解釈されたのだろうと結論付ける。俺が悪いということにしとけばいいのだ。

 

 

「わかったよ、態度を改めればいいんだろ」

 

 そう言って俺は右腕を離したが距離感は変わらず、むしろ彼女が俺に寄って来ている状態に。

 こっちが何か聞くよりも先に彼女が消え入るような声で。

 

 

「改めなくていいわよ……私相手だけは」

 

 なんて言うもんだから少しの間、歩く速度がカメよりもすっとろくなってしまった。彼女が可愛すぎるのが悪い。

 ホラー映画の死亡者ランキングの1位にバカップルが君臨する理由がなんとなくわかるだろ。

 そんなこんなでちんたら歩いていると開けた場所に到着した。涼宮と古泉がいるのを見るにここがゴール地点らしい。

 進んで行くと道が木の橋と繋がっており、周りは池になっていた。さしずめ山の公園といったところか。

 

 

「あら、二番手はあんたら?」

 

 こちらに気付いた涼宮が面白くもなさそうな顔で独り言のように言う。隣の古泉は「お疲れ様です」と労いの言葉と軽い会釈。

 涼宮の表情からしてめぼしい成果が無かったようだが俺と涼子に何か見つからなかったか聞いてこないのは何故なのか。

 

 

「はっ、肝試しは随分楽しんだみたいだけど幽霊を探す努力してたように見えないんじゃ聞く気にもなりゃしないっての」

 

 失笑混じりに涼宮が述べた内容はこちらがどのように受け取ろうと事実であることに違いはない。

 無駄な努力御苦労様、と声には出さず内心呟いてから橋の手すりに肘を乗せ夜の池を眺めることにした。 

 田舎の山ならではだろうか、時折水辺を黄色い閃光が飛び交っている様が見受けられる。蛍だ。

 

 

「綺麗ね」

 

 普段じゃ中々お目に掛かれない幻想的な光景を前にして恐怖心が薄れたのか素直に感じ入る涼子。

 あれを人魂とかオーブとか呼ぶには小さすぎる気もするが、それでも俺はごく自然と口走ってしまう。

 

 

「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってな」

 

 すぐに右から俺の脇腹に肘鉄が飛んできた。

 

 

 

 

 







朝倉さん「私とは付き合えないって言ってたくせになんなんでしょうか。そんなだから女たらしって呼ばれるんですよ」

俺氏くん「オレは女たらしじゃあない」

ゆきりん(えぇ……(長門有希ちゃんの困惑))

鶴屋さん ※ワイ鶴将、今後みくるの半径2m以内にトッポイ野郎立ち入り禁止を決意

ハルハル ※どうでもいい。てっきり木陰でヤってから集合場所に来るもんだと思ってた





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