朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue26

 

 

 梅雨明け直後というものは蒸し暑さがやけに感じつくものだが、7月に入り夏が本格始動した今日この頃は輪をかけたように暑く、授業中の昼寝すら心地悪い時期となっていた。炎がオーバードライブしてやがる。

 もし俺の眼の前にナメック星人の創ったオレンジ色の球が7つ揃っていたらすぐにでも神龍を呼び出してこの世から湿気を消してもらうのに。

 などという俺の主張を心底どうでもよさそうな顔で聞いていた朝倉さんは花や蝶が描かれた自前の扇子をパタパタ扇ぎながら。

 

 

「あなたのエゴで生態系を破壊されたらたまったもんじゃないわよ」

 

「だったら校舎全域にエアコンを付けろと願ってやる。ナメック語で言ってもいい」

 

「そんなありもしない願望機より石油王が北高に設備投資してくれる方がまだ実現するんじゃないかしら」

 

 適当なこと言いやがって。

 エアコンが無理ならせめて窓から差し込む殺人光線から身を守るために遮熱カーテンを取り付けようではないか。

 ジャージャービンクス並に弁論の才能がある涼宮であればお飾りで存在しているうちの顧問を丸め込み部費で購入させることも能おう。

 

 

「あなた自分の姉をなんだと思ってるの」

 

「フン。既に合宿の件で涼宮に丸め込まれた実績があるからな、もう奴はオレにとって絶対的存在でもなんでもない」

 

「はいはい、陰ではなんとでも言えるわよね」

 

 事実を言ったまでさ。

 期末テストが終わり平常運転に戻った文芸部ではぐだぐだ言い合いをしている俺と幼馴染の他に携帯機で某怪獣狩猟ゲームの通信プレーをしているキョンと長門さんがおり、光陽園の2名はまだ来ていない。

 そういえば今日は7月7日、いわゆる七夕とかいう節句の日である。

 【涼宮ハルヒの憂鬱】なら主人公は後の伏線となるような不思議イベントに巻き込まれる一日だが俺には縁もゆかりもないような話だ。宇宙人だけで手一杯だからタイムトラベルとかマジ勘弁。

 などと杞憂しているところに部室の扉がバァンと勢いよく叩き開けられる。

 

 

「いやっほーい!!」

 

 人間台風のお出ましだ。

 当然のように古泉に鞄持ちさせてる涼宮はずんずかと部室に入り、やれテストから解放されただの目一杯遊ぶだのと言った後、今日は七夕だから願いごと吊るしをすると宣言した。

 それ自体、驚くことでもなんでもない。だが今から竹を確保しに行くわよと言い出した時はまさかと思ったね。

 涼宮は俺キョン古泉の野郎どもを学校の裏にある竹林まで半強制的に引き連れ、

 

 

「我々北高文芸部がする七夕に相応しい立派な竹を見繕ってきてちょうだい」

 

とノコをこちらに手渡した。

 北高生なら誰でも知ってることだが、この竹林は私有地でイタズラ目的で入らないようにと入学早々ホームルームで注意喚起されている。まして勝手に竹なんて取ったら問題になる。

 その旨を述べたところ涼宮は平然とした顔で。

 

 

「大丈夫、その辺の抜かりはないわ。既に管理者に話はつけてあるから安心して」

 

 本当かよ。

 

 

「はい。先ほど僕と涼宮さんで直接お伺いを立てましたので問題にはならないかと」

 

 俺の疑念を払拭するべく古泉が口を開いた。

 ありもしないはずの機関の関与を疑いたくなるね。

 

 

「そこまで行動するなら君が伐採しに行けばいいじゃあないか。オレたちにやらせんな」

 

「なっさけないこと言うわね。あんた女子に力仕事させる気?」

 

 原作じゃお前が勝手に竹取りしたはずなんだがな。

 仁王立ちの涼宮がテコでも動かぬ様子なため言われるがまま男子三人で竹林に侵入することに。

 ただ1本適当な竹を取るだけの作業ではあるのだが、これが存外手こずった。

 素人のノコギリ捌きなど無駄に時間と体力を消耗する代物でしかなく、学生服という俺たちの格好は炎天下の中作業するのに何ら適してしない。最低限タオルと軍手は欲しいぞ。

 

 

「ハルヒのやつ、手伝わないにしてもせめて応援ぐらいしろよな」

 

 竹を手で押さえながら愚痴るキョン。

 古泉は当然涼宮の肩を持つことを言う。

 

 

「ここは蚊もたくさん飛んでいますし、来ない方が涼宮さんにとって良いでしょう」

 

 俺たちにとっては最悪以外の何物でもないっての。

 神龍に叶えてもらう願いのひとつに蚊の絶滅を入れる必要がありそうだ。

 そして時間をかけて竹の切り取りが終わると、うちの肉体派じーさんの受け売りで伐採後の切り株の腐食を早めるため縦一閃の斬り込みを入れた。

 ようやく竹林から出た頃には30分近くが経過していた。

 外で待ちぼうけを喰らっていた涼宮は当然イライラしており、

 

 

「遅い!」

 

労うという気持ちの欠片もないような言葉を浴びせてくれる。

 こんな人の心をわからぬ不遜極まりない輩が相手でも古泉は自分の落ち度ですと言わんばかりに平謝りするのだから大したものだ。俺にはできん。

 敷地の主に許可を取っている手前、何かしらの校内規則には抵触していないはずだが、他校生と一緒にぶっとい竹を持ち運んで校内をうろつくのは悪目立ちがすぎるためいそいそと動く。

 部室へ戻った俺たちを見た朝倉さんと長門さんの2人は目が点になっている。願いごと吊るしといってまさか竹を取ってくるなんて思いもよらなかっただろう。

 先ほどまでの出来事を説明された朝倉さんは呆れを通り越して感心したようで、

 

 

「それにしてもよく許可なんて貰えたわね。あそこの竹林の管理人は気難しい方だって聞いてたけど」

 

「もっともらしいこと言ったら簡単に許してくれたわよ? 涼子も試してみたら?」

 

「いや、こんな大きな竹2本も要らないでしょ……」

 

 竹なんか眺めても雅だなんて思わないのが現代の日本人だからな。多く置いても困るだけだ。

 涼宮は朝倉さんの返しを気にすることなく鞄から100均で購入したであろうチープな外装の短冊セットを取り出し、皆に2枚づつ配った。

 2枚渡されたのは織姫用と彦星用を書くからだそうだ。

 果たして地球人にただ観測されただけの星々に願望を実現する能力があるか甚だ疑問であるが、そんなことを口に出して言うほど俺は空気が読めないわけじゃない。

 だが、いきなり願い事を、それも16年と25年も未来に向けてのやつを考えろと言われて何が思いつくよ。こちとら夢や希望なんてもんを忘れて久しい身分だぜ。

 他人のを参考にしてみたいがこういうのってそれご法度だからな。いや困った。

 それから全員が書き終わったのを見計らい、涼宮が両手を叩いて音を立てる。

 

 

「はいはい、みんな書けたかしら?」

 

 団長どころかここの部長でさえないのにトップ感出しまくりな涼宮は生粋の仕切りたがりなのだろう。

 で、書き終わったということは当然あの竹に短冊を吊るすわけだ。

 めいめいが順番に適当な場所へ紐でくくりつけていく。あまり立派なことを書いていないと自覚している俺は自主的に後の方に回ることに。

 狂い咲きサンダーバード涼宮の願い事は痛々しい。

 

 

『宇宙人未来人超能力者があたしのところにやってくる』

 

『UMAと遊ぶ』

 

 こいつ光陽園の入学式の自己紹介でもこんなこと言ったんじゃないだろうな。

 てか異世界人はどうしたんだ異世界人は、なんだか俺がないがしろにされてる気がする。

 続いてやれやれ無任所野郎のキョンはこれだ。

 

 

『衣食住に困らない程度の金をくれ』

 

『知力が劇的に上昇する』

 

 掃いて捨てるほどの俗物といえよう。

 古泉と朝倉さんは似たり寄ったりの安全祈願系四字熟語短冊。これもこれで面白くない。

 じゃあ俺は面白いかと言われると、そうだな。

 

 

『精神的に安定した生活を送る』

 

『何かしら大きなことで成功する』

 

 大学生が適当に考えたような願い事である。

 欲にしては浅くも深くもない感じ。そんなもんよ。

 最後に長門さんが書いた短冊を見てみよう。

 

 

『みんな仲良く』

 

『変わりなく』

 

 素晴らしく純真そのものだ。

 これにはキョンも心打たれたのか、

 

 

「なんだか自分の願いが情けなく思えるぜ……」

 

とげんなりした顔に。

 長門さんは「そんなことないよ」と苦笑いでフォローするが、ああいう馬鹿はそっとしておいてやるのが正解だと思うね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、短冊を書いて竹に吊るして七夕は終わり。とはならなかった。

 なぜなら涼宮が、

 

 

「それじゃ外に運びましょ」

 

と言い出したからだ。

 運ぶ、というのは短冊が吊るされた竹のことを指しているのだが、何故外に運ぶ必要があるのかわからないぞクエスチョン。

 

 

「ベガとアルタイルに短冊を見てもらうために決まってるじゃない。ここに置きっぱなしといても見れないでしょうが」

 

 この女は織姫彦星の眼が究極生命体のそれと同等だと思っているんじゃなかろうか。地上との距離的に文字の判別なんかできやしないんだから部室に置こうが外に置こうが何ら変わらないと思うがね。

 そして当然のように男子部員が竹と立て掛け用の机を中庭まで運ばされ、中庭の真ん中に竹をセッティングする。

 これだけでも充分だろうに、実際に星が夜空に浮かぶまで待つんだと。律儀なことで。

 陽は傾きはじめているがそれでもまだ時間がかかる。諸々で俺の行動力ポイントは尽きかけているため中庭から離れてゲンコツ広場のベンチで横になっていた。

 まだ気温は暖かいがそよ風が気持ちいい。

 俺の意識が徐々にまどろみの中へ沈みかけていく。

 

 

「そんなとこで横になってたら寝ちゃうわよ?」

 

 などという声と同時にひんやりした物体が俺の右頬に押し当てられた。

 声の主である朝倉さんが俺を覗き込んでいるので身体を起こす。

 

 

「眼が覚めたかしら」

 

 すると朝倉さんは俺に押し当てていた物体を渡してくる。それは冷たいスチール缶で、微糖のアイスコーヒーであった。

 ベンチの空いた右側に腰を下ろす朝倉さん。

 お互い何も言わず黙りながら飲み物に口をつけていく。

 やがてそんな時間に耐えられなくなり、俺は彼女に問いかける。

 

 

「オレに何か言いたいことがあるんじゃあないか?」

 

 ただお喋りがしたいなら自ら話題を提供するのが朝倉さんであり、こういう時の彼女は決まって俺に対して思うところがあるというのは数年も付き合えばわかることだ。

 朝倉さんは飲んでいたレモンティーのミニボトルを横に置いてから答えた。

 

 

「最近あなた、様子がヘンよ」

 

 特に変わった素振りは見せないよう努めていたはずだが、彼女にそう言われると思っていなかった俺はやや虚を突かれた形となってしまう。

 どうにか素知らぬ顔を保ったまま朝倉さんに問い返す。

 

 

「オレのどこら辺がヘンだって言うんだい」

 

「私の事ジロジロ見たかと思えば何も言わなかったり、授業中に居眠りもしないで何か考えてるみたいだったり……全部ね」

 

「……そうか?」

 

 ポーカーフェイスには自信があったんだけど態度でバレバレみたいだ。

 はて、どう答えたものか。

 少し考えて脳から捻り出せたのはやはり常套句だった。

 

 

「近いうちに話す」

 

「まったく……いつまでも待ってくれるだなんて思わないでよ」

 

 拗ねたようにそっぽを向く朝倉さん。

 彼女の言葉の真意を識っているだけに話したいところではあるが、込み入った話になるから今はちょっとな。Xデーはもう定めてあるが今日じゃない。

 しかしこのままというわけにもいかないのでどうにか空気を変えるべく話題を探る。

 

 

「ああ、そういえば七夕だったな」

 

 俺の呟きに対してちらっとこちらを伺う朝倉さん。

 さっきの話とは別件だ、と前置きした上で彼女に言う。

 

 

「中学一年の7月7日……あの日からだろ、オレが不登校じゃなくなったのは」

 

「ええ。あなたがその話題を出すなんて珍しいわね。てっきり黒歴史かと思ってたわ」

 

 黒歴史といえば黒歴史なんだろうが、べつに"俺"からすりゃなんでもないことだし。

 七夕というのはむしろ俺にとってこの世界で初めて過ごした一日という側面の方が強い。四年前の7月7日は"俺"が彼女に初めて叩き起こされた日だ。

 

 

「いったいどういう心境の変化だったのかしら? って、答えにくいならいいけど……」

 

「さあね。あん時オレが思ったことなんてもう覚えちゃあいないさ。強いて言えば【カラフル】って小説みたいな感じだったとしか」

 

「何よそれ」

 

 割と真実に近い事を言ったものの、朝倉さんは【カラフル】を読んでいないらしく意味がわからないといったご様子。

 俺にもプラプラみたいなサポート役がいたら何か変わってたかもな。いや、そんな奴一人で変われるほど単純でもないか俺は。

 

 

「知らないのか。名作だぜ」

 

「ふうん」

 

 元々の俺がどのような思いで不登校となっていたかなど知ったこっちゃないが、俺はただ状況に流されるがまま学校に行ったまでだ。

 よって前にも言った通り朝倉さんのおかげといえば朝倉さんのおかげである。

 

 

「最初から素直に従ってくれてればもっと楽だったのに」

 

「それはそれは大変失礼ございやした」

 

「あなたの辞書に載ってる謝罪の文字をまっとうなものに書き換えてやろうかしら」

 

 だって"俺"には非がないし。

 その俺も最初は朝倉さんのことも妙に絡んでくる上に何かあればキャンキャン吠えるうざったい女子としか認識していなかったわけで、そこら辺の認識が大幅に改善されたのは中学二年の時に起こったあの一件を経てからである。

 

 

「……ほんと最低よね。人のこと散々遊びに誘っておいてそんな風に思ってただなんて」

 

 これに関しては侮蔑の眼で見られてもしょうがない。俺が悪いし深く反省している。

 委員長気質ってやつがアレルギー的に苦手だったので自分のペースでいれない時が嫌だったんだよ。

 

 

「わかってる。私だってあなたのこと全然知らなかったし、お互い様なとこもあるわ」

 

 まあ、今でもお互い知らない事や相手に言ってない事が幾らかある。それでも三、四年前に比べたら雲泥の差だろう。

 少なくとも四年前だったらこんな身体密着させて座ってないし。パーソナルスペースが大幅に狭まってやがる。昔の俺がこの光景を見たらなんて言うのやら。

 

 

「っと、もう陽が沈むな」

 

 自分で自分の気を紛らわすかのように呟く。徐々に夕暮れの明かりが彩度を落としていく空を見上げる。

 マジックアワー、この時間帯が好きだ。校舎の外で眺めるのもまた乙なものよ。

 妙な郷愁を感じながら缶コーヒーを飲んでいると、

 

 

「おーいっ!」

 

こちらを呼ぶ元気溌剌な女性の声がした。

 後ろに顔を向けると鶴屋さんと朝比奈さんの先輩ペアの姿が。

 

 

「こんなとこで逢引きかい? お邪魔しちゃったかなっ?」

 

 状況をわかってて言うから困るんだよなこの先輩。

 ところで普通の生徒はとっくに帰ってる時間だと思うのだが、何故おられるのだろうか。

 その説明は朝比奈さんがしてくれた。

 

 

「涼宮さんが星見会をしようって、わたしたちも誘ってくれたんです」

 

「差し入れ持ってきたよ。星見といえばお団子さっ!」

 

 右手に引っ提げたどこぞの和菓子屋のビニール袋を見せつける鶴屋さん。月見とごっちゃになってそうだけどありがたく頂戴するとしよう。 

 たかが七夕。めでたい日でもなんでもなかったはずなのにこうして仲間内で集まればちょっとしたイベントと化す。

 相変わらず授業はかったるい高校生活だが、遊びなら気分を乗せて楽しくやれる都合の良さを受け入れてる俺がいる。

 自分は変わったなどと未だに思っちゃいないものの、あの宇宙人から言われた言葉もあり、俺の腹はとっくに決まっていた。

 

 

 

 


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