朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Subliminal

 

 

 正直言うと昔は彼のことがあまり好きじゃなかった。

 もちろん最初からそんな苦手意識だったかといえば違う。家族ぐるみの旅行も、二人して公園で遊んだことも、素晴らしい日々だったと振り返ることができる。掛け値なしに。

 ただ、小学校四年生あたりを期に彼はかなりの内向的な人間になっていった。

 当時先生が私に語ってくれたところによると複数人の友達を巻き込んだトラブルがあり、全員と関係が悪くなったのだとか。私がそれを知ったのは全て終わってからのことになる。

 そして一部のクラスメートと顔を合わせることすら辛くなった彼が出した結論は学校に行かないこと。つまり不登校。

 彼を責めるつもりはないけれど、うじうじと性根が腐る彼を見て少しばかり不快に思えたのは確か。幼馴染だからというだけでプリントを届けさせられるのだから、こっちの都合はお構いなし。

 小学校卒業後は両親の配慮もあって私と彼は市外の中学校に通うことになり、人間関係の問題もクリアされた。

 が、一度沈んだぬかるみから抜け出すのは容易なんかじゃなく、中学一年の一学期は完全不登校といかないまでも出席率の低い状態が続いた。

 そんな悪習も夏休み明けの二学期に解消された。彼の祖父が根性を叩きなおしたとか、まあ、詳細は知らないのだけれども。

 ざっくりとした彼の過去を聞いた長門さんはどこか気抜けした様子だ。

 

 

「へぇ……ぜんぜんそんなふうには見えないなあ」

 

「そうは言っても怠け癖があるのは今も変わりませんから」

 

「あはは」

 

「私としてはもう少しシャキッとしてほしいんですけどね」

 

 ため息を押し殺すかのようにカップをすする。ここのお気に入りはロイヤルミルクティー。

 井戸端会議とでも呼ぶべき休日に駅前の喫茶店で行う長門さんとの会合も久しぶりなもので、今年に入ってからはまだ二回目。

 もとは長門さんから部活中の彼の話を聞くために始めた集まりであり、情報共有が不要となった今はただのお出かけ的な側面が強い。

 

 

「それで……?」

 

「はい?」

 

「朝倉さんはどうして彼を好きになったのかな、って」

 

 やっぱ気になるかー、そこ。

 

 

「んー。私が言うのも変な話ですが、中々の捻くれ野郎ですからねあの男は。長門さんがそう思うのも当然のことです」

 

 面倒な相手を好きになってしまったという自覚はある。

 口は悪いし、授業態度最悪、朝も弱い。どういうわけかテストの点数は学年順位トップクラスだけど、ええ、彼を形容するのに最も相応しい言葉は"ロクデナシ"でしょうよ。

 

 

「ボロクソ言うね」

 

「なんでかしら…………そんな男だってわかりきってたのに……」

 

 後悔じみた感情を抱きながら私は過去を回想していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学一年生時点における私と彼との関わりは学校や買い出しの手伝いぐらいで、プライベートでの交流なんてのは家族が絡まない限り皆無だった。

 幼馴染だなんだと言ったところでお互いが意識していなければ何か起きようはずもない。

 だからこそこの年の秋のある週末、彼から突然かかってきた電話には驚かされた。

 

 

『明日ヒマか? 実は……』

 

 聞くところによると彼は明日公開のSFアドベンチャー映画を見るつもりで、父親にネット予約をお願いしていたらしいのだけれど、席を二つで予約されていたことを先ほど知らされたそうだ。

 もう決済がされており払い戻しができないため、せっかくだから誰かと行けと言われ、今に至る、と。

 まあ、明日は何も予定ないし、件の映画はCMで気になっていたのでこの話に乗っからない理由は特になかった。

 

 

「いいわ、行きましょ映画。上映開始は何時なの?」

 

『9時半だ』

 

「じゃいつも通りの時間に行けば充分間に合うわね」

 

『いつも通りって?』

 

「あなたを起こしに行く時間よ」

 

 寝坊されたらむかっ腹が立つだけだし。

 

 

『いや……誘った手前来てもらうのは……元々一人で行くつもりだったしな、心配しなくても起きるさ』

 

「わかったわ。じゃあ8時半駅前集合でいいかしら?」

 

『ああ』

 

 ひょっとして自分はデートに誘われたのでは、と我に返るのは電話が切れてからのことだった。

 まさか。彼の人脈からして私ぐらいしか候補がいなかっただけでしょう。

 いや、チケットが余っているなんてのはいかにもな建前である。

 真意がどうあれこっちは普段通り相手すればいいと結論付けこの日は就寝。

 で翌日、彼は10分前に現れた。

 

 

「ういっす」

 

 水色のポロシャツにチェック入ったジレ、下はネイビーのパンツ。

 彼の服装がこんな感じなのは知ってたけど今日はどこか気合入ってるように見える。考えすぎかしら。

 ちなみに私は15分前着になるよう行動していたのでさっき来たところだ。

 

 

「おはよ。来なかったらどうしてやろうかと考えてたわよ」

 

「平日にギリギリまで寝てるのは授業が面倒だからでね、オレなりの敬遠ってわけだ」

 

「得意げに言うことじゃないでしょ……」

 

 なんか肩の力を抜かれた気分。

 とにかく合流したので移動を開始する。

 わざわざ駅前に来たのは単純に映画館が街にあるからだ。つまり電車で行く。といっても小一時間とかからない。

 電車を降りてからも速い。コンコースからデッキへ抜け直通の大型モールに入りエレベーターで上がって映画館に到着。

 やはりというか、休日の映画館は朝早くでも客が多い。特に上映前の売店は列が長い。

 彼はチケットの発券を済ませるや否やごく自然な足取りで売店レジ待ちの列へと加わった。

 

 

「オレはコーラ買うけど君は?」

 

「アイスティーのMにするわ」

 

「あいよ」

 

 そして列がはけ、ドリンクを買い終え――ナチュラルに奢られた。こっちは映画代だって払ってないのに――指定の席に座る。後部最前列の真ん中だ。

 大作映画とプロモーションされていただけのことはあり客席は満席に近い。

 スクリーンの照明が落ちて尺の長い上映前コマーシャルが流れ終わり、いよいよ上映が始まった。

 ざっくり内容を纏めると、失踪した兄の手がかりを追う主人公が冒険の果てに偉大な発見を成し遂げるというものだった。

 90分に及ぶ上映時間は映画館の大スクリーンから久しく離れていた私にとって満足のいく映像体験だった。

 有益無害のハッピーエンド。偉そうに評論なんてできないけれど、いい映画じゃないかしら。

 たとえ途中で展開が読めたとしても気分よく劇場を後にできればよい。

 しかし斜に構え太郎の彼は私と同意見ではなかった。

 

 

「映像の造り込みは良かったけどさ……演出が単調すぎたし所々リアリティに欠ける」

 

 モール内のフードコートに転がり込んで先ほどの映画についての感想を述べた彼の第一声がこれだ。

 彼からすれば期待外れだったのかもしれないが自分で誘っておいて平気でシラけるようなことを言うのだから苦笑いで済ませている私自身を褒めてあげたい。

 

 

「てっきり冒険が好きなタイプかと思ってたわ」

 

「映画の中の話なら好きさ。さっき見たのもアドベンチャー映画としちゃあ合格点だ。主役だってカッコよかったし総合的には好きな部類に入ると思う。ただどうしても過去の名作と比べると粗を感じるね、べた褒めはできないかな」

 

 私は皮肉を言ったつもりだったが返しを聞くに映画を見るうえで彼なりの視点というものがあるようだ。

 

 

「もちろん相対的な評価だけで物事を測るのはナンセンスだが……造詣が深まればそれだけ人の評価ってのは辛くなりがちなのさ。さっきの映画ひとつとっても君とオレとで満足度が違うわけだしね」

 

 思い返せば不遜そのものな彼の発言なのだけれど、この時の私は素直に感心した。

 それと同時に思った。

 私は彼のことをぜんぜん知らないし知ろうともしていなかった、と。

 いいえ違う。知ろうとするのを止めていた。

 なんでだろうか、出会った頃は大切なお友達だったのに最近じゃ幼馴染という関係性を甘えに最低限の関わりしかしてこなかった。

 街にまで出て初めてそんなことを思うなんて、我ながら軽薄だ。

 

 

「……ねえ」

 

 いつ何かが変わったのか。

 はっきりとは言えないのだけれど、確かなのはこの日、私は彼の好きな映画を一つ知った。

 

 

「あなたが好きなアドベンチャー映画って?」

 

「【ハムナプトラ】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、というと彼から色んな昔の映画をオススメされつつランチを済ませ、モール内をぶらついて日が暮れる前に解散。

 終わってみれば特別意識するほどでもないあったりした休日だったが、これをきっかけに彼と私の物見遊山的サムシングは定期化していくのである。

 

 

「そんな感じですかね。気がついた頃には手遅れだったんですよ」

 

「なんというか……ごちそうさま……」

 

「じっくりやられたからこそ勝算はあったんですけどね」

 

 結果は未だにどっちつかず。

 今が嫌なわけじゃいが、もっと深い関係を期待しているのが本音。

 

 

「だいたいあっちもあっちじゃないですか。散々連れまわしといてまだ遊ばせろってなんなの、あ゛ー!」

 

「と、とにかくお互い頑張ろ。ねっ」

 

 結局この日は私の愚痴を長門さんが聞く回となってしまった。反省。

 明日お礼にカレーをおすそ分けしようと思いながら今日の晩御飯を準備していく。

 一昨年のクリスマスからというもののフラストレーション溜まる実感があるが、最近では徐々に手ごたえを感じている。

 こっちが攻めたらそれなりのリアクションがあるというのは中学生の時じゃ見受けられなかったし。

 踏ん張りどころ。正念場。絶っ対に打ち克ってみせると気合を入れ、コンロに火を付けた。

 

 

 

 


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