朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue19

 

「卓球大会をするわよ!」

 

 これは風呂をあがり部屋に戻ろうとした俺を廊下で呼び止めた涼宮の言葉だ。

 半ば強制的に湯上りラウンジへ連行されると他の全員も雁首を揃えられていた。どうやら本当に卓球大会をやるつもりらしい。

 もちろんここに卓球台があるから涼宮は卓球大会をやるとか言い出したのだ。

 風呂上がりに浴衣姿で卓球とは、乙なものよな。

 

 

「トーナメント戦で争い優勝者は初戦敗者の中で一番スコアが悪かった人に牛乳を奢ってもらう、ってことで」

 

「……そりゃ構わんがハルヒよ、ここにいるのは9人だ。トーナメントだと余りが出るぞ」

 

「心配御無用。対戦カードは考えてあるから」

 

 キョンの指摘を受けて涼宮が浴衣のポケットからA4用紙を取り出した。そこに書かれていた組み合わせはこうだ。

 第一試合、俺と国木田。第二試合、キョンと古泉。第三試合、長門さんと朝比奈さん。第四試合、朝倉さんと鶴屋さん。

 涼宮はというと、第二試合の勝者と戦うようトーナメント表にねじ込まれていた。

 

 

「なんでお前がシード的扱いなんだ。横暴だ!」

 

「うっさいわね、誰が企画したと思ってんの」

 

 吠えるキョンをあしらう涼宮。見てる分には笑える漫才だよホント。

 確かに涼宮の言い分は横暴そのものだ。しかし残念ながら彼女に意見する人間はキョンのほかいない。あの電波女相手に下手につっかからない方がよいことを各々理解しているからだ。

 すると朝比奈さんがおずおずと挙手して、

 

 

「あのう、不戦敗でいいんでわたしのところに涼宮さんが入れば丸く収まるんじゃないでしょうか……」

 

「ダメよみくるちゃん。不戦敗なんてちっとも面白くないじゃない」

 

「でも、わたし1点も取れそうにありませんし……やる前からビリっこだってわかりきってますよ」

 

「あのね、人生にはたとえ負けるとわかってても戦わなきゃならない時があるの。それが今なの!」

 

絶妙な提案をしてくれたものの、参加に拘る涼宮に却下された。

 そうだな、俺から見ても朝比奈さんは最下位有力候補だが、ここは涼宮に同調するね。是非とも朝比奈さんには戦ってほしい。

 あのバストサイズを誇る朝比奈さんが卓球をすると胸がどのように揺れ動くのか物理学的な観点から見ても大変興味が――

 

 

「ア゛ッ!?」

 

 隣から物凄い殺気を感じたその瞬間、俺の左足つま先が踵によって踏みつけられた。 

 思わず絶叫しそうになったがどうにか最小限に声を抑える。

 

 

「ん? どうかした?」

 

「いや、くしゃみが出そうになってね……」

 

 実行犯である朝倉さんが白々しくそう訊ねてきた。

 ちくしょう。一体全体俺に何の恨みがあるんだ。

 そして朝倉さんは俺の首根っこを引っ張りながら涼宮のとこまで行き、 

 

 

「ねえ涼宮さん。第一試合なんだけど、彼の対戦相手を国木田くんから私に変更してくれないかしら」

 

「最初は同性で戦うようにせっかく配慮してあげたのに。涼子が戦いたいってんなら別にいいけど」

 

「国木田くんも、いいわよね?」

 

「あ、うん……僕は構わないよ、どうぞ……」

 

そんなこんなで国木田が入れ替わる形となり、俺の対戦相手は朝倉さんになってしまった。

 ギーク国木田の方が楽に勝てそうだったのに、ちくしょう。

 

 

「なんで朝倉さんに反対しなかった」

 

「僕が断れると思うかい? なんだか知らないけど君がやらかしたんだろ、諦めなって」

 

 他人事だからって薄情な奴だ。断固たる決意が必要って安西先生も言ってただろ。

 まあいいさ、こちとら卓球は少しばかりかじったスポーツ。"俺"は卓球教室に通ったこともある。ズブのトーシロじゃないんだよ。

 朝倉さんの身体能力の高さについて俺の知るところではあるが、彼女に体育授業以上の競技経験はないはずだ。いくらなんでも負ける気はしないね。

 唯一気がかりなのは朝倉さんが試合中にラケットを投げつけてきそうなくらい殺気立ってるということだが、ううむ、フェアプレーに徹してくれるといいなあ。

 勝負は1セットぽっきり。卓球大会と銘打たれているもののあくまで晩飯前の軽い運動ということだ。

 

 

「サーブ権は貰うわ」

 

 目の前までにじりよってきた朝倉さんが有無を言わさぬ迫力で言った。

 あ、はい、わかったから顔を離してください。近いって。

 そして台に置かれているシェークハンドラケットを取り、位置に付く。

 

 

「行くわよ」

 

 朝倉さんの声と共に放たれるサーブ。

 ラリーしてれば卓球やってる気分になるだろ、と適当なツッツキをしたら鋭いドライブをバック側に入れられてしまった。

 

 

「随分なまっちょろい球だこと」

 

 ああ、そうかい。

 朝倉さんによる2本目のサーブ。

 今度はバックフリックで弾き返してやると簡単に点を取り返せた。

 

 

「どうしたァ!? そんなもんか妖怪おでん女」

 

「なんですって……誰がおでん女よ、このヘタレオタク!」

 

「んだと」

 

 この言い合いを皮切りに壮絶な戦いが始まった。

 俺は持てる技術を駆使して得点を重ねたが、朝倉さんもしつこく食い下がり10オールまでもつれ込んだ。

 そこから中々勝負が決まらない。

 左右に振ろうが執念じみた気迫で拾ってくるし、強烈なスマッシュを決めようがしっかりブロックしてくる。これでマジに素人だってのか、化け物め。

 繰り返される1点の奪い合い。激しいラリーも度々繰り広げられていた。

 

 

「ちょっとあんたら、いつまでやってんの。後がつかえてるんだからさっさと終わらせなさい」

 

 大会の進行に業を煮やした涼宮が偉そうに文句をたれる。

 時計を見ると十分近く経過していた。こりゃ急かされるわけだ。

 次のサーブは俺で、現在こちらが1点先取。いいかげんここで決めたい。なので気乗りしないがイチかバチか奥の手を使う。

 

 

「朝倉さん。君にひとつ言っていいか」

 

「なによ」

 

「浴衣姿――

 

 言い終わる前にサーブを構える。

 そして、

 

 

――超かわいい」

 

「はあっ!?」

 

言葉と共に素早いサーブを放つ。

 朝倉さんもこちらの動きを警戒していたが俺の戯れ言に一瞬だけ気を取られてしまう。

 迫ってきたボールを見るなり慌ててツッツキで返そうとしたが、返球は彼女の想定よりもずっと高く浮く。

 

 

「……あっ」

 

 ボールはコートに入ることなくストンと俺の横に落ちる。

 レシーブミス、俺の得点、俺の勝ち。

 ここまで温存してきた高速ナックルサーブが華麗に決まった。

 自慢のサーブであるが朝倉さんの戦いぶりからすると彼女なら初見でも対応しかねない。だから揺さぶって保険をかけたわけだ。

 

 

「勝者、サブカルクソ野郎。はい次キョンと古泉くんね。巻きで頼むわよ巻きで」

 

 いつの間にか涼宮に侮蔑的なあだ名を付けられていた。

 名前を呼ぶ気がないならもうちょっと聞こえのよいあだ名にしてくれ。鶴屋さんのトッポイ呼ばわりの方が遥かにマシじゃないか、サブカルクソ女め。

 今の俺なら周回遅れのクルサードに接触したシューマッハの怒りがわかるぞ、何か言わなきゃ収まりがつかない。

 だが何か言わなきゃ収まりがつかないのは俺だけじゃなかったようだ。

 相手コートの方からドン、と台を強打する音がしたかと思えば、

 

 

「納得できるかーー!!」

 

朝倉さんが絶叫していた。

 彼女はこちらをキッと睨む。

 

 

「何よさっきの!? 反則、反則だわ!!」

 

「ははっ、悪いね朝倉さん。勝負ってのは勝ったモン勝ちだ」

 

「くぅぅ……あなたはどこまで人の気持ちを弄べば気が済むのよ!」

 

 うっ、耳が痛い、痛いぜ。

 どうにか取り繕おうとあれこれ言い訳を重ねていると、

 

 

「コラーーー!! 二人ともいつまでそこにいんの! イチャつきたいならよそでやれ!!」

 

涼宮が怒鳴り込んできたではないか。

 鬼気迫るものを感じたので朝倉さんを連れてそそくさと休憩所へ移動した。

 ホテル椅子に腰かけて彼女に向き合う。

 

 

「で、どうしたって?」

 

「どうもこうもないわ、最後のサーブの話よ」

 

 様子からして朝倉さんはすっかり疲れてしまったようで、少なくとも掴みかかってくるようなことはなさそうだ。

 

 

「私の負けってところは認めてあげるけど、いくら動揺させたいからってあんなこと言うだなんて……冗談にしては度が過ぎてる」

 

「冗談じゃあないさ」

 

 確信犯ではあるけど。

 すると朝倉さんは凛とした表情になり、

 

 

「だったら証明して」

 

まるで王の選定でも行うかのようなことを言い出した。

 証明してって言われても浴衣姿の朝倉さんがかわいいのは事実だから困る。

 ここは紳士的な対応が求められているに違いない、軽薄な言葉と思われてるからこんなこと言ってるんだしな。考えろ、考えるんだマクガイバー。

 そして思案を巡らせた末、導き出した方法を伝えていく。

 

 

「知っての通りオレは猫派だ」

 

 やおらスマホを取り出しテーブルの上に置く。

 スリープを解除して待ち受け画面を朝倉さんに見せる。芝生の上ごろんと横になって目を細めている茶トラの画像である。

 

 

「これは君の家の周辺に住み着いている野良猫、よく撮れてるだろ」

 

「そうね」

 

「猫のかわいさに癒されたくて待ち受けにしているんだ」

 

「ふーん」

 

「だから、その、次は君を待ち受けにしたら証明になるかなって……写真を撮らせて下さい」

 

 言ってて視線を合わせるのも恥ずかしいので誤魔化すように頭を下げる。

 束の間の無言が続いた後、やがて朝倉さんが口を開いた。

 

 

「こういうこと、私以外の子に絶対言っちゃ駄目だからね」

 

 どうやら当たりを引いたらしい。

 ただ、唯一の誤算がこれだ。

 俺のスマホで撮影された新しい待ち受け用の写真には若干照れた様子で笑顔を浮かべる朝倉さんとややバツが悪そうにしている俺の二人が肩を寄せて映っている。

 朝倉さんの強い要望により自撮りツーショットとなってしまった。あんまり他人に見られないようにしよう、説明が面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとなく予想できていたことだが卓球大会の優勝は涼宮だった。

 順を追って大会結果を説明すると、二回戦は古泉がキョンと圧倒して勝利、三回戦は普通の素人卓球が繰り広げられた末に長門さんが朝比奈さんを下す、四回戦は国木田が善戦するも鶴屋さんの多彩な技の前に屈した。

 ここからが酷い。古泉は手首を痛めたとかぬかして涼宮との対戦を棄権、鶴屋さんも唐突に審判役をやりたいと言い出したため棄権扱いで長門さんが駒を進める形に。

 かくいう俺も色々と疲弊していたので朝倉さんと同等以上の実力を持ってそうな涼宮と戦いたくはなく、棄権した。

 で、決勝戦。涼宮の圧勝かに思われたが長門さんは案外強く、涼宮の攻撃をことごとくカウンター。3点リードする場面も見られた。

 しかし戦っている最中、普通にラリーしていると返球を凡ミスしてしまうという長門さんの弱点を見つけた涼宮が強打を封印し、最終的に僅差で勝利。地味すぎる幕切れだった。

  

 

「ぷはぁーっ、運動後の牛乳は沁みるわー」

 

 満面の笑みで牛乳ビンを空にする涼宮。

 予選の最低得点が朝比奈さんの5点より低いキョンの1点であったため、牛乳はキョンの奢りとなった。

 まあそんなことはどうでもよくて、満を持して夕食の時間だ。

 食事会場の部屋は人数分の机椅子が並べられており料理も既に各々机の上に置かれていた。

 目立ちたがりの涼宮が当たり前のようにお誕生日席に座ったため、なるべくあいつから離れたい俺は一番端の席に座る。

 全員のご飯を仲居さんがよそい終わったのを見計らって席から立った涼宮が乾杯――当然だがアルコールではなく普通のジュースだ――の音頭を取る。

 

 

「文芸部の更なる発展と世界征服を祈願して、乾杯!」

 

 こいつはアレクサンドロス大王にでもなりたいのか。とにかく、乾杯。

 机の上には目移りするほど様々な料理が置かれているが最初に食う物は決めていた。

 香物、野沢菜。

 箸で一切れつまみ口に運び咀嚼する。程よい塩味と食感、地産地消の味。

 次はお造り、地鶏のたたき。

 一口噛んだだけですぐにわかった。こいつはすごいぞ、モノが違う。

 さくっと噛んでしまえる柔らかい肉、ジューシーな鳥。

 特製ダレに付けると鳥の味が更に引き立つ。あっという間に俺の分が全部なくなってしまったぞ。

 前菜を愉しむのも忘れてはならない。オクラのわさび醤油漬け、枝豆の袱紗焼き、トウモロコシ、逸品ぞろいだ。

 特にこのトウモロコシ。見た目こそ地味だが粒はしっかりコクのある甘さだった。

 今まで食べた中だと北海道のトウモロコシが断然トップだったが長野産も負けてない。なかなかやるな、信州。

 

 

「おい国木田。あの二人、眼を閉じながら無言で食べてるぞ」

 

「いわゆる孤独のグルメってやつかな。ほっときなよ」

 

 キョンよ、しっかり聞こえてるぞ。

 おそらく二人というのは俺と朝倉さんのことだろう。

 前を見ると朝倉さんは茶碗蒸しを食べながらしきりに頷いており、信州の味覚にいたく感じ入っていた。

 食事の楽しみ方は人それぞれなのだから誰に何を言われようが俺は粛々と食事を進めるだけでしかない。

 気を取り直して次の料理に手を付けよう。朝倉さんに便乗して俺も茶碗蒸しだ。

 生まれてこの方寿司屋に行った時は必ず注文するぐらい茶碗蒸し好きでね、蓋を開けた時の香りだけでテンション上がる。

 専用のさじでダシと一緒に具をすくう、そしてぱくり。

 う、うめえ。

 ベクトルは普通の茶碗蒸しからブレてないはずなのに格の違いが歴然。レジェンド級の逸品じゃないか。

 食べ進んで更に驚かされる。中の具がどれもおざなりじゃない。海老、銀杏、鶏肉、松茸、どれも味が損なわれていないんだ、凄すぎる。

 速攻で茶碗蒸しをやっつけてしまった。次は馬刺しといきたい気分だな。

 生姜のすりおろしを醤油に溶かし薬味のネギと一緒に特産の赤身を食べる。

 ああ、美味しい。

 モチっとした食感。そして口の中に広がる肉、タレ、ネギが三位一体で織りなす味。

 これぞ贅沢、俺は今贅沢を食べているんだ。贅沢万歳。

 おかずが美味しいと自然と米の消費も進んでしまう。まず米が美味しい、ワシワシ食える。

 

 

「失礼します。皆様、肉料理をお持ちいたしました」

 

 よきところで仲居さんが再び現れ人数分の肉料理が運ばれる。

 真打ち登場、信州牛の陶板焼き。

 絵に描いたようなルックスの霜降り肉。赤と白のコントラストが美しい、メインディッシュ相応の貫禄。

 スライスされたニンニク、しめじとあわせてさっそく陶板に乗せ焼いていく。

 ジュウゥゥと肉が焼ける耳触りの良い音、宙を漂う肉から染み出る脂の挑発的な匂い。いかん、脳がステーキになってしまう。

 両面に焼き色がついてきたのを見計らって陶板から肉を取り、岩塩を付け食す。

 

 

「……フッ」

 

 思わず頬が緩む。

 うまいよ、うまいに決まってるじゃないかこんなの。反則だ。

 塩だけでこの味ときた。恐るべし信州牛。

 ふむ、次はわさびを付けてみよう。

 

 

「~~~~ッッ」

 

 おお、ドンピシャ。良いじゃないか。

 ツンとした辛さが肉の味を引き立ててくれる。激うま。

 おっと米がなくなった。揚げ物が来る前におかわりを頼まないとな。

 信州牛をおかずに二杯目のご飯をかきこんでいると揚げたてカラっカラの揚げ物が出てきた。

 カボチャ、パプリカ、エリンギと太刀魚の唐揚げだ。そいつを焼き塩で頂く。

 まずは太刀魚からガブリ。

 

 

「…………ほぉ」

 

 思ったより身がギッシリ。歯ごたえけっこうあるなあ。

 噛めば噛むほど衣の中から魚のうま味が溢れ出るのがたまらない、身に脂がしっかり乗ってる証拠だ。

 野菜も実に美味しい。揚げ物が苦手な人でも食べられるアッサリ仕様なのが好印象だね。

 やばい、うまいもんしか食ってないぞ俺。

 そんな夢のような時間にも必ず終わりが来るわけで、いつしか料理はデザートを残すのみとなっていた。

 デザート、黒糖葛餅。

 黒糖の優しい甘さと葛餅のつるんとした食感、和菓子は安心できる。

 

 

「ふぅ……」

 

 そして何より和菓子は熱いお茶と合う。

 いやほんと日本人で良かったと思うよ俺。重畳重畳。

 かくして、全員丸っと綺麗に料理を平らげ、北高文芸部合宿旅行の晩餐は終了した。

 

 


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