朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue18

 

 

 参拝を終えると各々自由行動となった。

 自由行動なのだから一切合切の制約がそこには存在していないわけで、文字通り自分の好き勝手にすればいいだろうに、

 

 

「なんでオレについてくるんだ」

 

好き勝手の結果なのか俺の隣に朝倉さんがずっといる。

 偶然移動先が同じというわけではない。

 興味本位で駐車場の方を覗いた時でさえついてきてたのだ、ここ数分確実に追従されているぞ。

 当の朝倉さんはあっけらかんとした様子である。

 

 

「ついてきちゃダメなの?」

 

「駄目じゃあないけど見ての通りアテもなく彷徨ってるだけなんだ」

 

「だったらこことかどうかしら、さっきの入場券で入れるみたいよ」

 

 山門の入場受付でもらった善光寺MAPを開いて見せてくる朝倉さん。ついてこないという選択肢はどこいったんだ。

 さっき君といる方が落ち着くなんて言ってしまったからな、こっちも邪険に追い払うわけにいかない。べつに嘘言ったわけじゃないし。

 

 

「わかったよ。一緒に行こうか」

 

「ふふっ、たいへんよろしい」

 

 したり顔の朝倉さんを見る限りしばらくは嫌われずに済みそうだ。

 かくして、境内の見ていないところを朝倉さんと回ることになった。

 まずは彼女に言われるがまま境内の端にある霊廟へ向かう。石段を上がった上にある三層の建物、あれがそうらしい。

 

 

「すげえな」

 

「パワースポットって呼ばれるのも納得ね」

 

 一目で霊廟と分かるスピリチュアルな建築物だ。信心深い仏教徒というわけでもないのに神々しく見える。

 そんな霊廟の中は資料館になっており山門で買った入場券で中に入ることができた。

 資料館と聞くと何か物々しいイメージが湧くものだが、ここの場合どちらかというと厳かな感じ。仏教らしいといえば仏教らしい。

 昔本堂で使われてた額をはじめ、仏教絵画に仏像群、チベット僧たちがこしらえたマンダラなどなど。興味のある分野じゃ毛頭ないが見ていて飽きはしない。

 

 

「ここにいるだけで徳が高くなりそうだ」

 

「その発言がもうアウトじゃない」

 

「いいんだよ。しょせん気の持ちようなんだから」

 

「……大したプラシーボ効果ね」

 

 だから信心深い仏教徒じゃないんだって。

 資料館には展示スペースのほかプロジェクターで映像資料を垂れ流している部屋があった。せっかくなので見てみることに。

 律儀にも朝倉さんは真剣な表情でじっとスクリーンを見つめ続けていたが、一再生二十分弱にわたる上映時間を終えた俺の口から、はぁ、とため息が出たのは想像に難くないだろう。

 何度もありがたい気持ちにさせてくれた霊廟を後にして次に向かうのは本堂。というのも本堂前で解散したきり中へ入っていなかったのだ。

 本堂内部でまず目に入ったのは小さいおじさんみたいな仏像に人が群がりペタペタあちこち触られているという異様な光景だった。

 

 

「患部を撫でると病気が治る撫仏ですって」

 

「んなアホな……」

 

「信じる者は救われるって言うでしょ?」

 

 だとしても今すぐ救済が必要なわけではないので興味ない。

 あの仏様が生前どれほどの伝説的説話を持っていようとあそこにあるのはただの置物なのだから、置物以上でも置物以下でもあるまいて。もっともあれが涼宮ハルヒ像なら話は別かもしれないがな。

 更に先へ進むにあたり例によって入場券が必要だった。

 山門、資料館と巡り、入場券はここで効力を失ったため改札職員にそのまま破棄してもらう。

 しかしどこへ行くにも金がかかるシステムか、重要文化財維持のためとはいえ世知辛い。

 改札から先は土足厳禁のためビニール袋に入れて持つのを余儀なくされた。

 何故そうなっているのか。単純明快だ、内陣の床が畳だから。

 ガワがデカいので当然だが本堂内部は相当開放的な空間になっている。人はそこそこ入っているのに全然気にならない。

  

 

「こんなに広い畳だと横になってすぐ昼寝できる」

 

「今ここで寝たら今度からあなたの起こし方をレベル3に引き上げるわよ」

 

 睨みを利かせるように警告する朝倉さん。

 レベル3で何がどう変わるのか、そもそも今までのレベルは1か2のどちらなのか、気になることばかりだ。

 ちゃんとしていれば実害はなさそうなので黙って内陣参拝に努める。

 焼炉盆の前まで行き正座して一礼。焼香をパラパラ炉に入れて合掌、礼拝。

 正直もう祈るようなことは思い浮かばないので無心で行う。格好だけつけばいいのさ。

 そして順路を進んでいくと、地下へと続く謎の階段にぶち当たった。

 階段の横にある案内によればこれは戒壇巡りなる体験スポットで暗闇の中地下通路を進んでいき右の壁にある"極楽の錠前"に触れればいいらしい。

 戒壇巡りをせず本堂を出ることも可能だったが、そんな無粋なことなどせず靴置き場に靴を預け俺が先に行くことに。

 ご丁寧に携帯電話の明かりを使わないでくださいという張り紙までされている始末で、何を大げさなと甘く見ていたら階段を下りて少し歩いただけで真っ暗闇の世界へと招待されてしまった。

 

 

「やっべえな」

 

 ほんと何も見えない。闇の中。

 右手を壁につきながら歩いているが、右を向こうが左を向こうが視界は同じ。ちょっとした恐怖さえ覚える。

 自然と歩みも遅くなり、先を進みたいのに進めない気持ちでいると、不意に左手が後ろに引っ張られた。

 俺の後ろにいるのは朝倉さんなはずで、引っ張ってきたのも朝倉さんなはずだ。

 朝倉さんじゃなかったら、怪奇現象的な何かだとしたらマジにブルッちまう。

 

 

「朝倉さん……?」

 

「……うん」

 

 後ろから聞こえてきた声は確実に朝倉さんのものだった。

 

 

「ちょっと、怖くなっちゃって……手、握ってもいいかしら」

 

 俺が特別ビビりなわけではないことにちょっと安堵した。

 ああ、もちろん彼女の要求には応えてあげるさ。 

 こっちは平手のまま右手を彼女に握らせる。ちょっとしっかり握りすぎな感じがするけどこれで不安が紛れるのならそれでいい、好きにしてくれ。

 お互いの存在を再確認したところで先の見えない闇を進まなければならない事実は変わらず、牛歩の時間が続いてく。

 

 

「曲がり角だ、曲がるぞ」

 

「わかったわ」

 

 コースは長方形となっており、ある程度進むと右に曲がる必要がある。当然道は見えないので右手の感覚だけが頼りだ。

 朝倉さんに注意喚起しつつ慎重に曲がる。そして少し進むとまた曲がる。

 錠前とやらを確認できたのは二回右に曲がってその先を十歩ほど進んだ時だった。

 金属みたいな小さな塊を右手で確認できた。きっとこれだろう。

 ちょっとの間立ち止まって錠前をガチャガチャ触ったら歩くのを再開。

 そして、暗闇が徐々に晴れて輪郭を帯びてきた頃、出口の階段にたどり着いた。

 腕時計を見ると五分ほどの体験だったそうだが体感時間は十分以上だ。ぱなかったのう。

 

 

「あー、朝倉さん」

 

「なに?」

 

「まだ握ってたい?」

 

「あっ……」

 

 俺に言われて慌てて手を放した朝倉さん。なんかそっけない対応で悲しい。

 何はともあれ戒壇巡りが終わったので靴を履いて本堂内部から出る。

 ちょっと微妙な空気を切り替えるべく俺は次に授与品販売所へ行くことを提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、境内中の文化財を見てまわり、再び仲見世通りに行きお土産を買うとすっかり夕暮れ時に。

 集合場所は善光寺の駐車場。時間までには全員ちゃんと揃っていた。

 そして停車していた一台のジャンボタクシーに乗り込んだ。宿泊先の旅館へはこれで向かうらしく、約三十分の道のり。

 座席数は運転席含め十席と人数ギリギリ。まあこれ以上いたら別ので行くんだろうけど。

 助手席に鶴屋さんが座り、その後ろは朝比奈さんと涼宮、長門さんと朝倉さん、キョンと古泉、俺と国木田は最後部座席って感じで二人づつ座っている。

 なんと運転手の中年男性はいつぞや見かけた鶴屋さんの関係者と思わしき人物だった。

 俺たちの送迎のためだけにわざわざ長野まで来たのだろうか。ひょっとすると鶴屋さんはこの人が運転する車にしか乗らないのかもしれない。だとしたらまるでラオウだ。

 それにつけても、だ。

 

 

「……線香くさいな」

 

 車内に線香のニオイが漂っている。

 わかりきっていることだが原因は涼宮にあった。

 朝倉さんから注意を受けた涼宮はドカドカ香炉に線香を投入することこそ止めはしたものの、夕方になるまでずっと香閣前に張り付いて煙を浴びてたんだと。そうして立派なスモークハルヒの出来上がり、芳香剤もかたなしってね。冗談じゃない。

 線香のニオイは猫の小便なんかに比べれば遥かにマシだがずっと嗅いでたら不快にもなる。過剰につけすぎた香水と同じだ。

 涼宮は外では気にならなかったのか自分に染みついたニオイに対し、

 

 

「けむい! くさい! 早くお風呂に入りたーい!!」

 

だのと今更わめき散らしている始末。

 まったく、何がお風呂に入りたいだよ。こっちはお前を今すぐ川っぷちに叩き込んでやっても構わないんですがね。

 俺は気分を少しでも落ち着かせるべく音楽プレーヤーで好きな曲を再生することに。今は亡きオアシスのセカンドアルバム。名盤中の名盤よ。

 しばらく音楽の世界に身を投じていると不意に車が停車した。窓から見えるのは旅館などではなくスーパーマーケット。ここはスーパーの駐車場か。

 イヤフォンを外し国木田に問いかける。

 

 

「いったいどうした?」

 

「涼宮さんが買い物したいって」

 

 なんでも持ってきたおやつが切れたからだとか。そういやあいつ俺たちと違って食べ歩きなんかしてないから小腹が空いているのかもしれない。

 車から降りたのは涼宮と付き人の古泉、雑用のキョン。他のみんなは降りていない、俺もそうだが特に用ないしな。

 涼宮が戻ってきたのは二十分近くが経過してのことだ。

 

 

「ごめんごめん、待たせちゃったわね」

 

 言葉と裏腹に悪びれない表情の涼宮。

 彼女は両手に中身の詰まったレジ袋を引っ提げており、今日明日分のおやつだという。やけに時間かかったと思ったが買いすぎだろ。早くも古泉がアテにならない気がしてきたぞ。

 それから十分ほど。うっそうとした樹々が生え盛る田舎道の果て、人里離れた山の近くに旅館はあった。陽も落ち夜の帳が空を覆い始めた頃の到着である。

 ジャンボタクシーから降りた俺たちを待ち受けていたのは旅館スタッフらしき大人三名。

 

 

「皆様、ようこそおいで下さいました」

 

 その一人である番頭と思わしき中年男性が前に出て、どうぞこちらへと入口に案内する。あとの二人は仲居だろうか。

 すぐにでも風呂に入りたい涼宮はそそくさと旅館へ入っていく。急がなくたって風呂は逃げんぞ。

 仲居さんに荷物運びを手伝ってもらいつつ俺たちは涼宮の後に続いた。

 北高文芸部が今回宿泊する部屋数は四部屋。同じ廊下の並びだ。

 男子は俺と古泉、キョンと国木田の二名づつで女子は朝倉さんと長門さんと涼宮、朝比奈さんと鶴屋さんの三名二名という部屋割り。

 鶴屋さんお抱えの運転手は別の宿に泊まるらしい。

 

 

「わたくしのことはお気になさらずどうぞ合宿をお楽しみ下さいませ」

 

 だそうだ。流石の気遣いである。

 さて室内の様子はというと、ごく一般的な旅館の和室を想像すればい。間取りは十畳ほど。

 手洗いしようと洗面所の蛇口を捻ると水からは硫黄のにおいがした。

 正真正銘、本物の温泉旅館に来たというのをありありと感じるね。

 晩飯時まで和室でくつろいでいるのもよかったが温泉を前にそのまま座して待つことなど俺にはできなかった。早速の入浴タイムだ。

 隣の部屋に声をかけ、男子全員で備え付きのタオルと浴衣を持って移動開始。

 エレベーターで一階まで降りて廊下を歩いていると壁に色紙が何枚か貼られてあるのを見つけた。評判は良いようだ。

 大浴場前まで辿りつくと迷わず青いのれんをくぐり、早々と衣服を脱衣所の籠に入れ、いざ入浴。

 

 

「なるほど」

 

 シャワー、三種類の浴槽、サウナ、奥に露天風呂への扉。

 そこに確かな佇まいで大浴場が演出されているのだから心が躍るのも当然のこと。

 浴場内が広すぎない大きさなのがむしろ嬉しい。落ち着いてゆっくりと湯に身を委ねられそうだ。

 まずはかけ湯でささっと洗い流して主浴槽に浸かる。

 瞬間、

 

「くぁぁぁぁっ」

 

たまらず声が出た。

 お湯に包まれたことで全身の細胞が訴えてくる、今までお前の身体は暖まっていなかったのだと。

 そして徐々に徐々に身体が暖かくなっていく。この唯一無二である癒しの時間こそが温泉入浴の醍醐味と言えよう。

 

 

「ほんといい湯だねえ」

 

 珍しくほっこりした表情で国木田が言う。

 彼の言葉に異を唱える不届き者など一人もいない。

 

 

「かの武田信玄もこの源泉で湯治したそうですよ」

 

 解説してくれたのは打たせ湯を背中に浴びている古泉。ここは戦国武将のお墨付きというわけだな。

 湯の成分は硫黄をはじめとしたカリウムナトリウムカルシウム等の各種イオン。浴用としてリウマチや神経麻痺やニキビ、女性だと月経異常や不妊症にも効果があるらしい。どこまで本当かは知らないがこの風呂に入ると一発でストレスが消し飛ぶのは確かだ。

 しばらくして額に汗が滲んできた。ここで一旦主浴槽からあがり、シャワー前の風呂椅子に腰かける。

 論理的な話をすると、最初に浴槽に浸かっておくことで血行がよくなり毛穴が開かれ身体の汚れが落としやすくなるらしい。

 全身をしっかり洗い終え次に入るのは薬湯だ。壁の説明によれば茶色っぽいお湯には漢方生薬が溶け込んでいるのだと。

 で、湯加減の方はというと主浴槽より肌で感じる温度は低いのだが、じわじわ体の芯が暖まる感じがする。見事なり。

 

 

「五臓六腑に染み渡る……」

 

「こちらも素晴らしいですね。鶴屋さんがご贔屓になさるのも納得できます」

 

 しれっと古泉も薬湯に浸かっているが主浴槽と違い薬湯は浴槽が大きくない。足長野郎と一緒に入ろうものならば手狭に感じてしまう。

 

 

「狭いから出てってくれ。あと顔が近い」

 

「これは失敬。では露天風呂に移動するというのはどうでしょう、お二人は先に行かれたようですが」

 

 遂にメインディッシュか。いいだろう。

 薬湯から上がり、ガラス戸を開けると古泉の言葉通りキョンと国木田が岩でできた露天風呂に入っていた。

 

 

「湯加減はどうだ?」

 

「ああ、ビームサーベルで温泉作ったシローの気持ちがわかるぜ」

 

「ここにアイナはいないけどな」

 

 キョンのガンダムネタを適当に拾いつつ露天風呂の中に腰を下ろす。

 お湯の体感温度は露天風呂が一番高く、夜のひんやりした外気とベストマッチ。

 温泉、サイッコー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子というのは女子ほどおしゃべりな生き物ではない。

 しかしながら、四人集まっておいて終始無言なはずもなくひとしきり与太話をしていた。

 アナログゲーム以外の趣味を持ち合わせていないと思っていた古泉だが、光陽園に転校してからは涼宮の話題に合わせるべく漫画を読むようになったんだと。

 花のJKらしからぬことに涼宮はコテコテの能力バトル漫画を読んであーでもないこーでもないと批評するのが好きらしい。

 オタク受けの良さそうなラブコメ系統も一応目を通しているみたいだけれども、あまり話題には上がらず、スポーツ漫画に至っては毛嫌いしておりまったく読んでないそうだ。

 つまらない以上の理由を古泉は聞いていないようだが俺には大方の予想がつく。一生懸命練習に打ち込んできた主人公チームが泥仕合の末に勝利を手にするといった展開にせよ、相手との圧倒的実力差に苦悩する展開にせよ、そこいらの体育会系よかバリバリ運動できるあいつにとってはちっとも心に響かないのだろう。

 そんな話をした後、俺は一足先に露天風呂を上がり温度を下げたシャワーを浴びる。理想は十五度前後の水風呂に十秒以上入ることだが、悲しいことに水風呂がないのでシャワーで代用しているわけだ。

 なぜ水浴びをしているのかというと、こうすることによって自律神経を整えるためだ。それに頭に水を被ることでのぼせないようにする意味もある。

 ここからはサウナタイムだ。五分~十分の入室の後に水シャワーを浴びるのをワンセットとして、たまにサウナを内風呂に切り替えながら何セットも繰り返していく。

 やがて入浴開始から一時間が経過した。既に他の三人はあがったらしく、姿が見受けられない。

 俺もそろそろあがるが、最後にもう一度だけ露天風呂へ。

 

 

「いいねえ」

 

 思った通りだ。誰もおらず夜の空を独り占めできる。

 こんな星の夜は歌でも歌いたくなる気分だ。別に、迷惑にならない程度の声なら構わんのだろう?

 で、俺がいい気分で某伝奇活劇ビジュアルノベルのアニメ版後期OPを歌っている時だった。

 

 

「ずいぶんと上機嫌ね」

 

「え……?」

 

 左の方を向くと、小さい神社みたいな置物の小窓から朝倉さんが顔を覗かせている。

 小窓の中だけ女風呂が僅かに見える仕掛けだ。なんて冒涜的。

 

 

「そこ開くようになってたのか」

 

「ええ。こちら側からだけ開く仕組みよ」

 

 ただの縁起の良い置物かと思っていたがまさかの仕掛けだ。よく見ると説明が露天風呂の仕切りに書いてあるな、お見合い神社って。

 よりによって朝倉さんに聞かれていたのもそうだが、こんな方法で話しかけられたのでドキッとする。

 

 

「そ、そっちは君だけか?」

 

「そうよ。今は私一人だけ。そっちも一人よね?」

 

「……ああ」

 

「じゃなかったら気分よく歌わないか」

 

 小馬鹿にされた気がするがどうでもいい、あまり彼女の方を見ないようにしよう。

 しかし視線を逸らしながらお見合い神社から離れるよう移動すると、

 

 

「ちょっと! せっかくだからこれ使って話しましょ」

 

よくわからないが咎められた。なんでだよ。

 渋々お見合い神社の前まで戻ると朝倉さんは「よしよし」と頷いていた。

 なんかもうさっさとあがりたい。

 だってさ、高さ的に顔から下は全然見えないけど、鎖骨から下のあたりを否が応でも想像してしまうじゃないか。いくら俺に好意があるからってそんなゲスな目で彼女を見ていい理由にはならないぞ、自分で自分が情けなくなる。

 忸怩たる思いにかられている俺のことなどあずかり知らない朝倉さんは語り出す。

 

 

「こうしていると思い出すわ。幼稚園の頃」

 

「……」

 

「覚えてないかしら? 家族ぐるみでリゾートホテルに泊まったの」

 

「ああ、そんなこともあったっけか」

 

 適当に相づちを打った。

 もちろんそんな記憶などない。

 

 

「あの時は屋外プールだったけど、あそこで見た夜空もこれぐらい綺麗だった気がするわ」

 

「不思議なもんだね。オレたちの町がそんな都会ってわけでもないのに、こういうとこの方が星はよく見える。今回ばかりは涼宮の行動力に感謝しとくか」

 

「そうね。こんないい旅館を格安で使わせてくれる鶴屋さんにも感謝しないと」

 

 本格的な温泉にどっぷり浸かれたため、この時点でかなり満足度は高い。

 さりとて待ち受ける晩御飯の内容にも期待してしまうのが人間というもの。

 なんて、普通に合宿を楽しんでるあたり新鮮な感じがする。

 二度目の高校生活ってのも悪くないものだ。

 

 


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