朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue16

 

 第一回北高文芸部光陽園合同合宿当日。

 休日にも関わらず俺の朝の目覚めは平日と何も変わらぬ、いつも通りのものであった。

 

 

「起きなさい」

 

 朝倉さんに布団をはぎ取られ揺り起こされる。

 いや、なんとなく朝倉さんが来る予感はしていたがまさか本当に来ると思わなかった。当たり前だが頼んでなどいない。

 

 

「頼まれなくてもするわよ。私が起こさなかったらあなた遅刻しちゃうじゃない」

 

 遅刻しちゃう"かも"と言ってくれないのが悲しいよ俺は。

 時計を見るに彼女は俺が準備をしていないと思ったのか早い時間に来ている。

 だが今回は俺も考えを改め、ちゃんと寝る前に荷造りしていた。どうだ。

 

 

「どうだって威張れるようなことじゃないでしょ。それが普通なの」

 

 だよな。

 朝倉さんは時間の余裕などお構いなしで急かしてくるため、起きて早々にテキパキとした身支度を余儀なくされる。

 そういうわけで集合場所である北口駅前の公園には集合時間より三十分も以上早く到着した。

 普通だったら俺と朝倉さんと長門さん――俺と同じ感じで朝倉さんに起こされたのか家を出たら朝倉さんと一緒に立っていた――の三人が一番乗りになるはずだが、悲しいことに俺は普通じゃない奴を何人か知っている。

 

 

「あら、あんたたち早いわね」

 

「みなさんおはようございます」

 

 上は赤のハイネックシャツに下は白のミニスカート、私服姿の涼宮ハルヒが仁王立ちいやガイナ立ちで待ち受けていた。あとついでに古泉もいる。

 お前らいったいいつからいるんだよ。昨日の夜からここにいるんじゃないだろうな。

 

 

「そんなわけないでしょ。ついさっきよ」

 

「そうかよ」

 

「まっ、あたしより早く着きかったら一時間は早く来ることね」

 

 べつにそんなことで涼宮に勝ってもしょうがないだろう。勝つと景品が貰えるとしてもやらないぜ。

 そして他のメンツを待つこと十分、やって来たのは鶴屋さんと朝比奈さんの二人だ。

 

 

「おはっす~」

 

「おはようございます」

 

 合宿の実質的な主宰とも呼べる文芸部パトロン鶴屋さんの服装は緑のドレスワンピースにクリーム色のシャツ。まさに妙手といったところか。

 朝比奈さんのコーデはシャツとロングスカートという王道の組み合わせながらも、その仕上がりはモデル顔負けと評すに値する。

 これを見れただけでも来た甲斐があった――って、谷口なら言うに違いない。

 ちなみに長門さんはベージュのスプリングコートと黄緑のチェックが入った黄色のミニスカート、頭には白いポークパイハット。同姓同名の宇宙人みたいにセーラー服じゃなくてちょっと安心したのは内緒だ。

 朝倉さんはというと紫のカーディガンに下はジーンズ。いやぁジーンズはいいね、彼女の脚がよく映える。生足とは違った良さがあるのだよ。

 俺含めた男性陣の服装については割愛する。野郎が何着てるか、なんてのは至極どうでもいいことなのさ。

 国木田が駅前公園に現れたのは鶴屋さんペアが到着してから数分後のことだった。

 

 

「おはよう。もうみんな来てるのかい?」

 

「いいや、まだキョンが来てねえ」

 

「僕がビリじゃなくて安心したよ」

 

 俺だって朝倉さんが起こしてくれなかったら間違いなくビリレースに参加していたはずだからな。あんまし人のことを馬鹿にするのはやめておこう。

 結局キョンは集合時間から五分ほど遅れて到着した。

 そんな彼を見るなり涼宮は憤慨した様子で、

 

 

「遅いわよ!!」

 

と朝っぱらから声を張り上げる。

 バツが悪そうにキョンは平謝りだ。

 

 

「スマン。妹を振り切るのに手間取ってな」

 

「言い訳無用、遅刻者は罰としてオゴリだから」

 

「何を奢れって……?」

 

「あんたみたいに時間通りに来ない不届き者がいることを想定して集合時間は一時間近くも前倒してあんのよ。どうせ電車もまだ来ないしね。そこで茶店で時間を潰そうってわけよ、あんたにはコーヒー代を奢ってもらわ」

 

 そんなこんなで俺たちは駅前のロータリーに面した喫茶店に大挙して押しかけることとなった。朝倉さんと二人で入店したこともある、俺にとっては馴染みの店だ。

 二名用のテーブルを五脚くっつけ、男子と女子で別れて座ることに。俺は左端。対面は鶴屋さんだった。

 珈琲一杯なら安いもんだと最初は息巻いていたキョンも席に着くなり涼宮から全員分を奢れと言われ顔色が悪くなる。ご愁傷さまだな。

 他人の金だしどうせならブルマンでも注文してやりたかったがこの店では取り扱っていないのでアイスウィンナーコーヒーにした。

 今日はあの生徒会の書記さんはいないらしい。オーダーを取りに来たウェイトレスは大学生と見受けられる。

 

 

「ここに来た目的は時間潰しだけじゃないわ」

 

 注文したコーヒーをブラックのまま飲んでいる涼宮がそんなことを言いだした。

 俺はホイップとコーヒーをかき混ぜるべくグラスに刺さっているストローをガチャガチャさせながら話の続きを待つ。

 

 

「わかってると思うけど長野は遠いでしょ、つまり電車に乗ってる時間もけっこうなものになるじゃない? なら重要になるのはなんだと思う?」

 

「……どうやって時間を潰すかだろ」

 

 誰も答えないからか渋々キョンが口を開く。

 

 

「それもそうだけど重要なのは"誰と"時間を潰すかよ」

 

 すると涼宮は机の中心に右手を差し出した。その手にはつまようじが何本も握られている。

 要するに電車のペアをクジで決めようってことだな。

 握りこぶしで見えないがつまようじの先の尖った部分はマジックで色分けされてるらしく、その色が同じだったらペアになるという寸法だと。

 

 

「全員で九人だから三人のとこがひとつ出るわ。そこは座席を向かい合わせにしてちょうだい。ぼっちになっても楽しくないし」

 

 俺はぼっちになっても構わんけどな。昼寝できるし。

 かくして座席決めが行われた。

 涼宮が握るつまようじを各自適当な順番で淡々と取っていく。俺は赤色だ。

 さて、クジの結果だが以下のような組み合わせとなった。

 古泉と朝比奈さん、長門さんと朝倉さん、キョンのとこは国木田と鶴屋さんの三人。つまり。

 

 

「お前かよ……」

 

「それはこっちのセリフよ」

 

 最後に一本残ったクジが涼宮のぶんとなるのだが、あろうことか彼女のクジは赤色であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弁明させてもらうと俺は涼宮のことが嫌いなわけではない。

 危険人物なのは確かだがちょっと機嫌を損ねたぐらいで世界が崩壊するわけでもないし(多分)彼女の歯に衣着せぬ物言いに感銘を受けることだってある。

 ただ一対一で同じ時間を過ごすとなると話が変わる。

 俺のコミュニケーション能力に問題がなかったとしても間が持たずに気まずくなること間違いなし。だから原作の涼宮ハルヒは孤立してたんだからな。俺にどうにかできるわけないだろ。

 ホームで電車を待つ俺の頭に絶え間なく"勝利への賛歌"が処刑用BGMとして流れているのはある種の現実逃避なのかもしれない。

 そうこうしているうちに電車がやってきた。

 まあ、なるようになるはずだ、と無理やり気持ちを切り替え電車に乗り込む。

 涼宮は席を見るなり一言。

 

 

「あたし窓側ー」

 

 勝手にしろと返事を言うよりも早く荷物を俺に押し付け窓側の席に座り込んだ涼宮。

 俺は棚に荷物を置いておずおずと通路側の席に座る。早くも先が思いやられる。

 この席から見て前の席が古泉と朝比奈さん、後ろの席が朝倉さんと長門さんで、左側の席が国木田とキョンと鶴屋さんの三人で向かい合わせ。

 他のみんなのように和気あいあいとできる自信がない俺は駄目もとで涼宮に訊ねる。

 

 

「昼寝していいか?」

 

「ダメ」

 

「なんでだよ」

 

「あたしが退屈するからに決まってるでしょ」

 

 んなこったろうと思ったよ。

 残念ながら行きの電車で"FXで有り金全部溶かした人の顔アイマスク"の出番はないらしい。

 彼女に振れそうな話題となると超常現象絡みが無難だろうと考え、先週やってた心霊特番の感想でも聞こうかと思った矢先である。

 

 

「ねえ、あんたと涼子ってどんな関係なの?」

 

 横の女はしれっとした様子でそう訊ねてきた。

 幾度も突きつけられてきた質問だ。答えは単純、すぐに出せる。

 

 

「ただの幼馴染だ」

 

「ふうん。幼馴染ねえ」

 

 涼宮は何か言いたげな様子だった。

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

「あんたねえ……高校生にもなって"幼馴染"? はっ、そんなのギャルゲーでしか通用しないわよ」

 

 ギャルゲーじゃなくてライトノベルと言った方が適切だろうが特に口をはさみはしないでおく。

 言いたい奴には言わせておけばいいのだ。あまりにもうるさい時は俺も我慢ならないが、この程度。

 

 

「まあ精々頑張ることね」

 

 俺に何を頑張れってんだこいつは。

 それから涼宮は俺から有意義な情報が得られないと判断したのか、先週の日曜にテレビで放送されてた映画についての話を切り出した。

 殺し屋役でジェイソン・ステイサムが大暴れする話だ。俺は劇場で見た。

 

 

「あたし、映画はそれなりに見る方だと思うけどあれはほんとしょうもない作品よね。だいたいあのハゲが出てる映画って全部似たようなもんじゃない」

 

「お前言っていいことと悪いことがあるぞ」

 

「何あんた? ステイサム好きなの?」

 

 愚問だな。

 

 

「ステイサムが嫌いな男なんているわけねえだろ」

 

「だからってあの脚本は信じらんない。終わり悪けりゃすべて悪しね」

 

「カッコいいステイサムが見られりゃあそれでいいんだよ。アクション映画だぞ? 他に何を求めるってんだ」

 

「ははっ、アホ丸出しの意見ってやつかしら」

 

 涼宮はラストがもやもやっとした感じで終わる映画が嫌いらしい。海外映画の大半がそんな感じだろうに。

 その偏屈ぶりが高じて映画を自分たちで作るとか言い出すのが原作の話であるくらいだ。やる気があるのはいいことなんだがな。

 

 

「じゃあお前はどういう映画が好きなんだ?」

 

「見て良かったって思えるような映画よ。やっぱりオチは綺麗じゃないと、ショーシャンクみたいに」

 

 気持ちはわからんでもないが【ショーシャンクの空に】を映画の基準にしてしまうのはハードルが高すぎると思う。

 俺も朝倉さんも映画のジャンルにこだわりなどなく、雑食である。

 ただ俺は映画の演出に見所があるかどうかを重視しているのに対して朝倉さんは涼宮みたいにオチを気にするタイプだ。俺がDVDレンタルしてきた【ゼイリブ】にケチをつけたことがあったし、【ドーン・オブ・ザ・デッド】を見た後は小一時間ほど文句を言ってきた。

 

 

「手放しで面白いって言えるような映画はないのかしら」

 

 こいつはもうマーベル映画だけ見てればいいと思う。アイアンマン三部作とかオススメだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて話題は涼宮お得意の超常現象ネタへとシフトしていった。必然である。

 グレイがどーのバシャールがどーのとお前はMMRのメンバーなのかと言いたくなるような与太話のオンパレード。

 俺も俺でそういう方面の知識がなまじあるものだから会話が弾んでしまう。他人とチュパカブラについて語る日が来ようとは。

 長野に到着したのはお互いの引き出しが尽きようかとしていた、そんな時だった。

 

 

「あー、やっと着いたわね。つっかれたー」

 

 改札を抜けるなり荷物を床に置いて首をポキポキさせる涼宮。

 修学旅行以外でこんなに長く電車に乗ったのは初めてだ。そして長野に来たのも初めて。

 長野駅は長野のど真ん中にあるだけあって我らが北口駅とは比べ物にならないほどの巨大ターミナルである。未知のエリアは冒険心をくすぐられるな。

 

 

「で、こっからどうすんだ」

 

 このアンポンタンはしおりを読んでないのだろうか。

 キョンの問いに答えたのは鶴屋さんだった。

 

 

「旅館は山の中だからねー。こっからは車で移動さっ」

 

 しかし鶴屋さんが手配した送迎車は旅館のチェックインの関係もあって夕方前に来ることになっている。それまでは観光というわけだ。

 俺たちがこれから向かうのは長野では定番中の定番、善光寺。

 駅のコインロッカーに荷物を預けて駅前ロータリーからバスに乗り込む。

 善光寺は駅から徒歩で行ける距離ではあるが、こんだけ女子がいたら歩くってのはナシだろうよ。涼宮は平気かもしれんが。

 バス移動の時間は長くならないこともあって特に席決めなどはせず、キョンみたいに開いている席に座り込む奴もいれば涼宮と古泉みたいにつり革を掴んで突っ立っている奴もいたりと、適当である。

 もちろん席に座っている奴に俺も含まれるのだが、窓の外の景色――大通りなだけあってビルばっかだ――に気がとられていると、ちゃっかり朝倉さんが隣に座っていた。

 

 

「隣いいかしら?」

 

 事後承諾を得ようとしないでほしい。

 念のために周囲を見てから彼女に言う。

 

 

「他にも空いてる席はあるけど」

 

「ここに座りたかったのよ」

 

「……勝手にしてくれ」

 

 俺はそう言って再び窓の方を向く。

 

 

「電車で涼宮さんと何話してたの? ずいぶんと楽しそうだったじゃない」

 

 退屈はしなかったが楽しそうってのとは違う。言うなればおかしそうだ。

 だが終わってみれば最初に思っていたより精神的疲労は少なかった。

 その理由には心当たりがある。

 

 

「くだらない話ばっかさ。UMAだとかオカルト情報誌だとか……実にくだらない話さ」

 

「私が意見できるような話じゃないわね」

 

「おいおい、君だってそういう話得意だろ」

 

 朝倉さんは時たまSF小説を読むうえ、好きな映画は【ジュブナイル】ときた。

 彼女も変な知識では涼宮に負けていないのだ。

 

 

「得意になった覚えはないわ」

 

「そーかい。そいつは悪かった」

 

「あなたねえ、そっぽ向けられた相手に『悪かった』って言われてもちっとも響かないんだけど」

 

「確かに」

 

 朝倉さんの方へ首をひねる。

 その様子に朝倉さんは多少満足してくれたのか、どこかしたり顔である。

 

 

「じゃあついでにもう一つ謝らせてくれ」

 

「なに?」

 

「去年のことさ」

 

 北高入学から文芸部廃部騒動が起こるまでの間、俺は意識して朝倉さんを避けていた。

 最終的に俺の方から彼女を頼る形になり、そこをきっかけに俺と彼女の距離感は中学時代のそれに戻った。

 だが彼女も俺も何も言わなかったため今日に至るまでうやむやとなっていた。朝倉さんがそのことを気にしていなかったわけではないと思う。

 

 

「今更謝るなんて卑怯よ」

 

 朝倉さんは苦笑混じりにそうこぼす。

 

 

「こんな陽気な日でもなけりゃ言えそうになかったんだよ」

 

 市バスの席に並んで座る俺と朝倉さんを去年の俺が見たらきっと根負けしたのかと思うことだろう。

 実際のとこは違う。あくまで俺たちの関係は"戻った"だけであり、"変わった"わけではない。

 けれどあの期間が完全に無意味で不毛なものだとは考えちゃいない。少なくとも俺は。

 

 

「君といる方が落ち着くってことがわかったからね」

 

「……バカじゃないの」

 

 自分でも馬鹿みたいな台詞を吐いてしまったと自覚しているが、朝倉さんの頬は自然と緩んでいた。

 これが二人きりのデートとかだったらワンチャンある流れなんじゃないかと思うと今日この日にこんな流れを作ってしまったことが最大の馬鹿だな。まったく、同じ手は使えないんだぜ。

 などということはさておいて、だ。

 さっきまで涼宮と電車で会話していた間も気が付けば今のような落ち着いた気持ちになっていた、それこそが俺の精神的疲労が少なかった理由だ。

 涼宮ハルヒなんてソニック・ザ・ヘッジホッグばりに落ち着きから最も遠いところにいるような人間を相手してなぜそうなったのか。

 俺の見解はこうだ。朝倉さんと涼宮はよく似ている。

 片や優等生、片や問題児と対極的な二人だが、根っこの部分は近いものがある。アメコミでたとえるならバットマンとジョーカー。どっちがどっちかは言うまでもない。

 つまるところは涼宮も朝倉さんのようにおせっかい焼きタイプだということ。

 そして俺はそういう人種に弱い駄目人間なのだ。

 

 


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