朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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今更ですが説明。

Epilogue
→【長門有希ちゃんの消失】本編の時間軸
Intermission
→【長門有希ちゃんの消失】本編開始前の時間軸




Intermission2

 

 

 世間一般に五月といえば大型連休、ゴールデンウィークを真っ先に思い浮かべるだろう。

 我が家では祖父母に顔を見せるべくわざわざ田舎へ出向くのがゴールデンウィークのお決まりで、高校一年になるこの年も例外ではなかった。

 父方の祖父母宅は住宅街にあるという点において俺の家と変わりないが、田舎だけあっていっそう閑散としている。肌から伝わる空気や雰囲気が俺の家の近所とは違う。

 コンビニも徒歩十五分はかかるし最寄りのスーパーマーケットに関してはとてもじゃないが歩いて行こうとは思えない。車での移動が基本となる。

 俺にはまるで理解できないが、老後というのはこのような場所で過ごしたくなるものなのかもしれない。騒々しいのは確かに嫌だな。

 そんなこんなで母さんと親父と俺の三人でじいさんの家までやってきた。

 インターホンを押す――べつに俺がやらなくてもいいことなのに母さんにお前がやれとゴリ押しされた――とすぐにドアが開かれ、じいさんとばあさんが歓迎ムード全開で玄関に立っていた。

 しかし、祖父母宅で待ち受けていたのはじいさんとばあさんだけではなかったのだ。

 居間で通販番組を眺めていたその人物を前に、俺はこう問わずにはいられなかった。

 

 

「なんであんたがここに……?」

 

 その人物は俺の到着に気づくとこちらを一瞥し、

 

 

「久しぶりね。愚弟」

 

そう言ってからすぐに視線をテレビの中に映し出されている胡散臭い新型掃除機のプロモーションに戻す。

 普段は結っている髪を今は下ろしているが顔は変わるはずもなく、どうやらその人物が俺の姉であるという事実は揺るがないらしい。

 顔を合わせる機会はいくらでもあったが姉さんとこうして会うのはたしかに久しぶりだ。中学最後の夏休み以来か、冬休みには会っていない。三が日も開けてから家に帰ってきたようだがその時俺は不在だったからな。

 それはさておき。

 

 

「オレの質問を無視するなよ。なんであんたがいるんだ」

 

「貴重な休日を使ってかわいい孫娘の顔をおじいちゃんに見せに来た。それだけのことでしょう?」

 

 いい年してかわいいを自称って、笑えばいいのか俺は。かなり大爆笑だぜ。

 とりあえず姉さんの戯れ言は無視することにして、姿の見えない彼女の相方について聞くことにする。

 

 

「旦那さんはいないのか?」

 

「わたしだけ。あの人は来てないわ。先週からずっと忙しいみたいで……今日も出勤よ」

 

「へぇ、そいつはグレートだ」

 

 家計の為とはいえ祝日に休日出勤とはご苦労様としか言いようがないね。俺には考えられん。

 さて、ここで俺の姉について少々ばかり説明したいと思う。

 といっても俺だってそこまで詳しくは知らない。俺がこの世界で生きるようになってから三年、その期間に姉さんと過ごしてきた時間は多いとは言えない。

 姉さんは俺が中二の秋に今の旦那さんと結婚して家を出て行った。式のスピーチで知ったが旦那さんとは高校からの付き合いなんだとか。

 子どもの顔が早く見たいと身内からせがまれているが、姉さんとしてはもうちょっと働いていたいそうだ。そんな姉さんの想いを尊重してあげている旦那さんは心身ともにイケメンである。この世界で言うなら古泉一樹タイプの人間だぜ、ありゃ。

 朝倉さんが小さい頃は俺ともども姉さんが面倒を見てくれていたらしい。

 などという背景からか、朝倉さんは姉さんのことをやけにリスペクトしている。俺としてはどうかとも思うのだが、女にしかわからない何かがあるんだろう。多分。

 まあ、とりあえずはこんな感じだ。姉の容姿だとか職業だとかその辺は――いずれわかるさ、いずれな。

 今の時刻はそろそろ十二時を指すところで、ばあさんが昼飯の準備にとりかかっていた。

 ちなみに姉さんは日帰りだがうちら三人はここで一泊する。

 

 

「ところで愚弟」

 

 俺がじいさん宅の居間に飾られている町内ボウリング大会優勝――なんでもフルスコアをたたき出したとか。じいさんのボウリングの腕前はプロ並だと聞く――のトロフィーをぼけーっと眺めていると我が家のサッチャー、もとい姉さんが声をかけてきた。

 面倒な話じゃなきゃいいが、この人の話のうち八割は面倒な話だから困る。

 

 

「なんだよ」

 

「ついこの間小耳に挟んだのだけれど、あなた文芸部に入部したそうね」

 

 ほらきた。

 俺はポーカーフェイスを装って気のない返事をかえすよう努める。

 

 

「……それが?」

 

「気でも狂ったのかと思ったのよ」

 

 実の弟に対して言う言葉かね。

 気持ちはわからんでもないが。

 

 

「おいおい、クラブ活動は学生の権利のひとつだろ」

 

「しかもよりによって文芸部」

 

「なんか文句あんのかい」

 

「あなたを入れてもたった二人しかいない集まりがクラブ活動だなんて、あきれるったらありゃしない」

 

 姉さんの口撃にはむかっ腹が立つ一方だが姉さんにこっちの事情を話すわけにもいかない。話したところで余計に頭がおかしいとしか思われないだろうし。

 というわけで今日のところは好きに言わせておこう。無視だ無視。

 

 

「……涼子ちゃんとうまくいってるの?」

 

 前言撤回。

 なんで急にその話になるのか。 

 

 

「あなた最近、一人で学校に通っているそうじゃない」

 

「それが?」

 

「あなたと涼子ちゃんの間に何かあったと思うのは当然でしょう」 

 

 さすがの姉さんでも肝心なとこは知らないらしい。

 もっとも朝倉さんが話してないのであれば俺から話すつもりは毛頭ない。

 

 

「いやべつに……ただ、もう高校生だろ。幼馴染だからって理由でひっついてるのもどうかと思ったんだよ」

 

「だからあなたはアホなのよ」

 

 呆れ果てた様子の姉さんはそれ以上追撃を仕掛けてはこず、居間のソファへと向かって行った。

 姉さんはよかれと思って言っているのだろうが俺としては気分がいいものではなかった。

 それからしばらくしてから出された祖母作のお昼ご飯があまり喉を通らなかったのはきっと姉さんの精神攻撃が原因だったのだろう。俺自身、吹けば飛ぶような男だという自覚はあるのだが、もうちょっと精神的に強くなりたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父方の祖父母宅でお世話になったその翌日には母方の祖父母宅へ行った。そしてそこには姉さんの姿はなかった。いたら俺一人で帰ってたかもしれない。

 で、じーさんばーさん宅への巡礼を終えた後はいつも通りの昼寝を続け、俺の高校一年生ゴールデンウィークは終了した。

 

 

「しけてんな」

 

 俺のゴールデンウィーク生活を聞いた谷口の感想がこれだ。

 やけに辛口評価だが彼は何様のつもりなのやら。

 

 

「もっと有意義に使えっての」

 

「そういうお前は何やってたんだ」

 

「決まってらぁ、バイトよ」

 

 俺と比べると有意義なのは間違いない。

 でもこいつの給料の使い道なんてナンパの軍資金だからな、そう考えるだけで笑えてくる。

 さて、なぜ俺とアホの谷口が絡んでいるのかというとなぜなのかは俺にもわからん。

 最初に絡まれてからというもの、彼のほうから一方的に話しかけてくるのだ。そうでなけりゃ朝のホームルーム前のこの時間、今頃俺は机に伏していることだろう。

 

 

「あのな。高校生にもなってジジババのご機嫌取りして何になるんだ?」

 

「小遣いは貰えたぞ」

 

「カネの問題じゃねえ、スケールの問題だ。高校生なら高校生らしいことをしなきゃ面白くねえだろ。お前のは小学生レベルだ」

 

 高校生らしさ、なんてものを俺に説かれても困る。

 俺の高校生活は既に終わったはずなんだからな。だからといって高校生活にノスタルジーを覚えるほど年をとっているわけでもないので、高校生らしい生き方が面白いとすら思えない。

 などと屁理屈を並べたところで歪んでいるのは俺のほうなのだ。その意識はあるので上っ面だけでも谷口の言葉に賛同しておくか。

 

 

「ありがとうためになったよ」

 

 我ながら白々しいにもほどがある。

 などという俺の心を見透かすことが谷口にできるはずもなく、礼には及ばねえぜと言い残して彼は自分の席へと戻っていった。

 そしてチャイムが鳴り、少しして担任の岡部先生が教室に入ると朝のホームルームが始まった。

 しっかしこの朝と帰りのホームルームって必要なのかね。なんの意味があるのかいまだにわからん。

 挨拶と連絡事項を周知して終わるだけ。とてもじゃないが重要とは思えないね。

 昔、中学時代の下校中にそんな意見を朝倉さんに述べたところ、

 

 

「重要に決まってるじゃない」

 

とキッパリ言われた。

 当然すっきりしないので俺は意見を続ける。

 

 

「でも連絡事項なんて特にないのが普通だろ。何かある時なんてわざわざ言われなくても行事予定表見りゃわかるしさ」

 

「みんながみんな行事予定表を把握してると思ってるの? それに急な連絡だってあるでしょ」

 

「だったらそん時だけ時間を割けばいいじゃあないか」

 

 すると朝倉さんはやれやれといった感じで首を横に振ってから、

 

 

「朝と帰りのホームルームっていうのはね……集団コミュニケーションだとかタイムマネジメントだとか、そういう社会性を育てる作業の一環なのよ。理解したかしら?」

 

中学生の発言とは思えぬ回答をくれた。

 あの時俺は「なるほどね」と朝倉さんに言ってその話を終わらせたがホームルームの存在意義について納得できたわけではない。

 集団コミュニケーションなど俺がもっとも気に入らないことのひとつだ。勝手にやってろっての。

 それにしても朝倉さんはタイムマネジメントなんて言葉どこで覚えたんだろう。彼女の親父さんが吹き込んだのかな。

 と、過去を回想しているうちに今日の朝のホームルームは終わったらしい。教室を後にする岡部先生の姿がそれを物語っている。

 じきに一時間目が始まるので俺は寝るとしよう。慣れてしまえば机で寝ることぐらいどうということはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日中ぐでーっとしているうちに帰りのホームルームの時間となった。

 夜と朝を堕落のサイクルでなぞっていくのが俺の日常だ。

 朝倉さんはそんな俺を少しでも真人間にしようと努めているが、さすがの彼女も授業中ばかりは口出しできないので好きにやらせてもらっている。

 だが中三の時に一度、朝倉さんの席が俺のすぐ後ろになったことがあった。

 あれは地獄そのものだった。寝ていると朝倉さんが後ろからシャーペンでチクチク攻撃してくるのだ。

 怒ろうにも全面的に俺が悪いため怒れないので授業中に起きているしかなかった。

 だいたい同じクラスなのがおかしい。どういう星のめぐり合わせかは知らないが中学三年間通して朝倉さんと俺は同じクラスで、北高に入ってからも彼女は同じ教室にいる。単なる偶然だとは思うけどこうも続けば何か作為的なものを感じるね。

 どうあれ俺の後ろの席に朝倉さんが来る、なんてことがもう二度とないことを願うばかりだよ。

 などと考えているうちに帰りのホームルームも終わり、下校時間となった。

 掃除当番じゃない俺はすぐに帰宅するという選択肢もあるのだが、そうはせずに部室棟へと向かう。

 なぜなら俺は文芸部員だからだ。

 ほどなくして部室棟に到着し、部室がある三階まで階段をのぼっていく。

 そして部室の扉を開けると長門さんが定位置に座っていた。

 

 

「ウッス」

 

 という俺の声に反応して長門さんは笑顔でこんにちはをしてくれた。

 長門さんが掃除当番でない日は必ずといっていいほど彼女が先に部室にいる。そうでない時はもちろん誰もいない。

 基本的に部室は昼から帰りまでずっと鍵が開いているそうだ。長門さんは教室じゃなく部室で昼飯を食べているんだと。

 ぼっちめしは気が楽だからね。かくいう俺も高校入ってからは一人弁当だ、中学時代の給食は強制的にグループで喰わされてたがあれも朝倉さんがいうとこの集団コミュニケーションのひとつなのか。心を許せる人以外と食べる飯なんて味が落ちるだろうに。

 それにつけても文芸部はやることがないクラブだ。いや、べつにやることがあったほうがいいってわけじゃないけど。

 俺は読書なり授業の続き――ようは睡眠――なりをし、長門さんにいたっては携帯ゲームで時間を潰す。クラブ活動なんてしょせんは遊びの延長線上でしかないのさ。

 今日は移動教室も体育もなかったから快眠できた。なので今日は読書。

 てきとうに部室の本棚から本をセレクトする。タイトルは【魔術師が多すぎる】。

 "俺"の記憶が正しければ小学生の頃、図書室で読んだ。ダレン・シャンも苦笑するレベルの荒唐無稽さだった気がするが、詳細な内容は覚えていない。

 読書は嫌いじゃない。見知らぬ他人の感情が手に入るから。

 して、さっそく読み始めようと思ったが、ふと長門さんに聞きたかったことがあったのを思い出した。

 

 

「ねえ長門さん」

 

「なに?」

 

「長門さんはなんで文芸部に入ろうと思ったわけ?」

 

 それは入部初日に聞きそびれてしまったことだ。

 単なる好奇心からの質問にすぎないのだが、彼女の返答は意外なものであった。

 

 

「うまく言えないんだけど」

 

 と長門さんは前置きしてから語りだした。

 曰く、受験の下見の日に初めて北高に来た時、せっかくだから部室棟も見ておこうと思ったそうだ。

 だが下見の日は通常教室以外の部屋は鍵がかかっていて入れなかった。もちろん部室棟も例外ではない。

 例外ではないはずなのだが、たまたま文芸部だけ扉が開けっ放しの状態となっていたらしい。

 

 

「それでちょっと中に入ってみたの。そしたらその時、なんとなく"ここがわたしの居場所"なんだ、って安心できた。初めて来た場所なのに、ふふ、おかしいよね」

 

 おかしいだって?

 まさか。納得したさ。

 見えない力が働いたかのように彼女はここへと引き寄せられたんだろ。だったらそれが全てさ。なるべくしてなったんだ。

 だがあの長門有希と彼女とではあまりにも違いすぎる。朝倉さんだってそうだ。何もかもを認めるわけにはいかない。

 アニメの世界を思い出し、少しばかり胸糞が悪くなったのをどうにか取り繕ってから俺は俺の意見を述べる。

 

 

「いいや、たしかにここは落ち着くよ」

 

 机と椅子の他に部室にあるのは本棚とパソコン一台のみ。

 ちょっと殺風景な気もするが、ごちゃごちゃしたのは好きじゃない。

 風通しがいいってことはそれだけ落ち着くってことなのさ。

 

 

「それに、ここには君がいるしね」

 

 俺のこの発言は友人として心を許しているという意味だ。他意はない。

 が、急に長門さんはジト目になり、

 

 

「……ふうん。いつもそうしてるんだ」

 

と言ったきり、この日はこれ以上口をきいてくれなかった。

 長門さんはどういうわけか不機嫌になったのだ。

 いったい俺は何を間違ったのだろうか。選択肢をミスったことはわかるんだけどさ。

 仮に俺が魔術師だったとしても、その答えを知るというのは容易なことではないような気がした。

 まったく、あんまりだ。

 

 


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