朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue11

 

 

 二月に入り冬の寒さも忘れられるかと思ったがそんなこともなく朝が弱い俺にとっては未だに苦しい日々が続いていた。

 なぜか。あえて説明するならそれは朝倉式ルームサービスが目覚まし時計の役割を果たしてくれているからである。そのようなサービスを導入した覚えはないのに。

 いくら世間一般でいうところの美少女に分類されるようなお方が相手とはいえ、

 

 

「起きなさい」

 

 がアラーム音なのはどうかと思う。義務付けられている感がはんぱじゃない。たまには寝起きドッキリ的な展開があってもいいのに、Hな方向で。冗談だけど。

 さて、二月ともなれば中ごろには学年末テストと相場が決まっており、もちろん北高もそうだ。

 まだテストまでは二週間ほど猶予がある。が、ただでさえ短い今月においては猶予と呼べるほど精神的余裕が生じるものでもなかった。どの道今月中にはテストの結果わかるしね。いつもながらではあるが、やるせない。

 

 

「はぁぁぁ、あったまるわ」

 

 これは部室に入るなり電気ストーブの前で暖を取った我が幼馴染こと朝倉さんの声である。

 電気ストーブはたいして大きくもないため朝倉さんと長門さん二人で定員オーバー、俺は一人寂しく団子のように丸まっている女子の後姿を眺めるしかない。

 ちなみにあの電気ストーブは涼宮が「寒いから」という理由で持ってきた。どこぞの電気店からかっぱらったのだろうか?

 とにかく涼宮と古泉が北高文芸部に入り浸るようになってからというものの、部室の中はすっかり様変わりしてしまった。

 なぜならば他校生の二人が連日色んなものをここに持ち運んで込んでくるからだ。

 機関誌づくりで必要になったノートパソコンはいいとして、移動式のハンガーラックにかかった怪しげなコスチュームや給湯ポット、急須、湯呑みの三点セット、小型の冷蔵庫、いつの間にか置かれていた部の備品ではない木製の収納棚、エトセトラ。

 なんとまあ。殺風景だった文芸部はアニメで描写されていたSOS団アジトそのものと化していたではないか。団長席がないのが唯一の救いである。

 それにつけても部室内は寒い。俺だって電気ストーブで暖まりたいがあの二人がすぐにどいてくれるとも思えん。

 ので、仕方なしに給湯ポットを抱え水道へ向かうことにした。暖かいお茶を飲んで一服だ。

 部室に戻った時には朝倉さんと長門さんはストーブ前から失せて定位置のパイプ椅子に座っていたがこの二人だってお茶を飲むだろうし俺の苦労も無意味ではなかろう。

 ポットのプラグをマルチタップのコンセントに挿して給湯ボタンを押下。お湯が沸くまでの間、俺はストーブに手をかざして待つことにした。

 

 

「遅いな」

 

「ん?」

 

 俺の呟きに反応したのは朝倉さんらしい。

 ちなみに長門さんは小袋に入っている節分豆をポリポリ食べながらいつも通り携帯ゲームに興じている。

 昨日は節分だった、で、買ってきた豆が部室にまだ大量に余っているのである。お茶請けには丁度いいので言うことなしだ。

 

 

「いや、キョンの野郎がまだ来てないだろ」

 

「そういえばそうね。何か用事でもあるのかしら」

 

 妙に嫌な予感がしていた。

 普段は特別何かするわけでもないこのクラブ活動において、部員一人の不在などどうでもいい――国木田なんか週一で来るかどうかすら怪しい――が、涼宮絡みとなると話は別だ。四六時中よからぬことを考えるのが大好きなあの女のことだからキョンを巻き込んで何かやらかしていたとしても不思議ではなかろう。面倒なことになっていなければいいが。

 やや暫くしてから俺の予感は見事に的中した。悪い予感と言うものは往々にして当たるものらしい。

 朝倉さんが淹れてくれたお茶をちびちび飲みながらノートパソコンに内蔵されているフリーセルで時間を潰していた時、いきなり勢いよく部室の扉が開けられた。

 

 

「G級クエストを達成したわよ!」

 

 わけのわからんテンションでここにやってきたのは涼宮だ。それ自体は珍しくもなんともないことである。

 しかしながら涼宮が脇に抱えるようにして女子生徒を連行してきたのは珍しいどころか初めてのことだった。

 

 

「見なさい、報酬はこれだから」

 

 オイオイマジかよ。涼宮が後ろ手で器用に扉を閉じながら部室内に片手で押しやった女子生徒は北高のマドンナこと朝比奈みくる先輩ではないか。

 ちらっと文芸部女子二人の方を窺ってみる。長門さんはゲームに集中、朝倉さんは何やってんだこいつと言わんばかりの顔。

 完全な被害者である朝比奈さんはというと狂乱した様子で、

 

 

「な、なんなんですかぁ? どうしてあたし、ここに連れてこられたんですか!?」

 

 小刻みにプルプル震えながらこちらに非常事態を訴えてきた。

 申し訳ありません朝比奈さん、我々文芸部にそれを聞かれても困ります。あの女の奇行と我々は一切関係ないので。

 俺は朝倉さんに目で訴えた。君が涼宮にどういうことかを聞いてくれ。

 露骨に嫌そうな顔をされたが朝倉さんは俺の言わんとすることを察し、忠実に実行してくれた。

 

 

「はぁ…………涼宮さん、いったい何が目的でその人を連れてきたんですか」

 

「いい質問ね涼子。ずばりマスコットよ!」

 

 どこかで耳にしたような台詞だ。

 涼宮はどかっとパイプ椅子に腰かけ、自分の隣には朝比奈さんを座らせる。

 テーブルに置いてある節分豆を一袋とると涼宮は説明を始めた。

 

 

「あたしどうもこのクラブには"萌え"が足りないと思ってたの」

 

「"萌え"?」

 

 朝倉さん、君はこんな電波女の言うことなんて無理に理解しなくていいぞ。

 

 

「ええ。北高文芸部は深刻的な萌え不足に陥っているわ。部長の有希がゲームオタクじゃねぇ」

 

「なに?」

 

 話半分も聞いていなかったからか長門さんはきょとんとした顔で涼宮の方を見やる。

 俺はタイミングを伺ってこの空間からどうにか抜け出せないものかと考え始めた。

 

 

「はっきり言ってあんたたち"あざとさ"に欠けてるわ!」

 

 失敬なことを言ってくれる。

 というか朝比奈さんは天然なだけであざといってのとは違うだろう。多分。

 

 

「ってなわけでこの娘を連れてきたのよ。どう? 見る目あるでしょあたし」

 

「まあ朝比奈先輩はこの学校じゃちょっとした有名人ですからね」

 

「有名人なんて……そ、それほどでもありません」

 

 朝倉さんの的確な評論に謙遜する朝比奈さん。

 いよいよもって俺の居場所がなくなってきた気がするので手を止めていたフリーセルを再開することに。まあ後は埋まっているダイヤのエースをホームセルに置くだけでクリアなのだが。

 長門さんも涼宮の発言が気にならなかったのかゲームに戻っていた。文芸部が彼女にとってのゲームクラブなのは今に始まったことではないがこれじゃ涼宮にオタク呼ばわりされるのもやむなしって感じだ。

 

 

「それにしてもよく朝比奈先輩を連れてこられましたね。涼宮さんみたいな怪しい人相手に鶴屋先輩が黙ってたんですか?」

 

「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。確かにあの露払い相手に犠牲なしでは勝てなかったわ」

 

「犠牲……?」

 

「そうよ涼子。キョンと古泉くんは犠牲になったのよ」

 

 涼宮が某ニンジャ漫画のセリフみたいなことを言ってるのはさておき、強盗めいたやり方にあの二人が協力するとはな。俺的にはポイント低いぜ。

 

 

「ていうかキョンのせいでその鶴屋って人に因縁つけられたのよ。あんたたちもついて来ればこんな面倒なことにはならなかったんじゃないのかしらね?」

 

「その言い方だとキョンくんがまるで役に立たなかったみたいですね」

 

「当り前じゃない。秒殺されてたもの……古泉くんもだけど」

 

 劇場版だとあいつ鶴屋さんに軽く一捻りされてたな。

 次に涼宮は自分に対するキョンの態度が悪いと文句を言い始めた。いわく自分と長門さんとでは扱いに差があるとか、当たり前だろ。

 俺が思うに扱いが悪いというより軽く見られてるだけじゃないか。んなことを口に出したら次は俺に火の粉が降りかかってくるであろうから絶対言わんが。

 それから俺がフリーセルで六連勝目を迎えた頃だった。

 

 

「おじゃまするよーっ!」

 

 鶴屋さんがさっき涼宮がやったように勢いよく部室のドアを開け文芸部に入ってきた。

 よくここがわかったなこの人。朝比奈さんに発信器でも付けてるのかもしれない。

 その鶴屋さんはというと、部室の中を一瞥して、

 

 

「みくる! ……と、誘拐犯もいるねえ」

 

 涼宮へ視線をロックオン。

 対する涼宮はというと、

 

 

「誘拐犯? それってもしかしてあたしのこと言ってるのかしら」

 

「もしかしなくてもあんたしかいないっさ、みくる泥棒」

 

「誤解ね。あたしは誘拐も泥棒もした覚えないわ。この子には任意同行してもらっただけよ」

 

 突っ込み役がこの場に必要な気がする。俺はやりたくないぞ、キョンが適任だろう。

 気が付けばいつの間にか机の上の豆が全部消えている。それにはどうやら涼宮の前に散乱している小袋のゴミが関係してそうだ。バクバク食べやがって、あれ俺が買ってきたもんだからな。金取るぞ。

 やがてフリーセルからスパイダーソリティアにゲームを切り替え、女子どもの姦しいトークをBGMに時間を浪費すること一時間弱、この日の部活はどうにか平穏のうちに収まった。

 ちなみに俺は帰宅してからついぞ部活に顔を出さなかった古泉とキョンのことを思い出したがきっと彼らは涼宮が言うところのクエストが失敗した際に先んじて直帰したのだろうと結論付け、深く考えずに一日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 節分の二日後。他校生二人は文芸部に姿を見せなかった。

 北高へちょくちょく顔を出しているといっても毎日ではないのだから特別驚くほどのことでもない。

 この日は一日を通してキョンの機嫌が悪かった。ひょっとして昨日の件を恨んでいるのだろうか。だとしたら涼宮本人に当たってほしいものだ。

 それはそうと最近の文芸部が暇な連中に見えるかもしれないが今に始まったことじゃないし、進捗上機関誌については問題ない。

 みな先月のうちに原稿はある程度仕上がった。ハッキリ言って文芸どころか文かどうかも怪しい文字の羅列どもばかりだ。まあ、カタチにさえなっていればいいんだからな。機関誌のクオリティまではノルマにないわけで。

 作業の一環として保管されていた歴代文芸部の機関誌に目を通したがいずれも"修学旅行のしおり"より薄かった。部員数だけで言えば今年は充実してる方なのだろうというのが所感である。

 

 

「そうね。三ヶ月前には廃部寸前だったくらいだし」

 

 とは朝倉さんの弁である。

 はたして今年の新入生が文芸部なんぞに興味を持ってくれるかはわからないがもしかしたら部室が手狭に感じる日は遠くないのかもしれない。可能性は低そうだけど。 

 件の機関誌が発行されるのは学年末テストが終わってから、二月の最終週を予定している。

 さて、文芸部の近況を振り返るのを中断し俺の現状を説明しよう。

 平素であれば放課後のこの時間帯には文芸部の部室で油を売っているのだが今日は違う。市内某所の分譲マンション、その七階にある一室。つまり長門さんの部屋にお邪魔している。

 何故か。それは一週間ほど前の昼休み中の出来事だった。

 

 

「時代は斧だな。終盤まであれ一本で戦えるぜ」

 

 谷口が新作ゲームの武器についてあーだこーだとくだらないことを語っていた。

 俺とキョンはプレイ済だが国木田はゲーム機を買ってすらいないそうなので谷口にゲームの内容を聞いている。

 

 

「斧以外にはどんな武器があるわけ?」

 

「最初に貰えるのだと鉈と杖だな。けど斧と比べりゃ火力がわりい、俺好みじゃないな」

 

 脳筋キャラでも作成しているのだろう。谷口らしい育て方である。

 光の速さでそのゲームのトロフィーコンプリートを達成した俺に言わせれば斧など使いづらいったらありゃしないのだが。最終的に初期武装の火力差なんて気にしなくなるし、スタミナ管理しやすい武器の方が優れている。鉈が一番だ。

 谷口の持論に突っ込みもせず聞き流していると不意にポンポン肩を叩かれた。

 

 

「ごめんなさい。ちょっと借りたいんだけどいいかしら」 

 

 俺たち野郎四人の輪に入ってきたのは朝倉さんであった。

 "借りたい"、というのは他ならぬ俺の事らしい。

 どうぞどうぞな流れですんなり差し出された俺は彼女に廊下の階段、屋上に出るドア前まで連行された。どこかで聞いたようなシチュエーションだ。 

 

 

「で、なんの用?」

 

 こんなとこまで連れてこられた身としては心中穏やかでない。たとえ心を許しているような相手だったとしても。

 朝倉さんは一呼吸置いてから俺の質問に答えてくれた。

 

 

「協力してくれないかしら」

 

「……何に」

 

「長門さんのチョコレート作りに」

 

 そういう話か。既視感がただの勘違いで済んでくれて何よりだ、相手が相手なら新しいクラブ作りに協力しろと言われてたかもしれないからな。

 俺は二月といえばバレンタインデーなどというミーハー思考の持ち主ではないが、世間がそんなムードになっているのは嫌でも伝わってくる。コンビニに入ればチョコレートのコーナーが特設されている。そして翌週には十二月十四日が待ち受けているのだから多少なりとも意識しない方が難しかろう。

 

 

「なるほど、教室じゃ話しにくい内容ってわけだ」

 

「ええ。長門さん自信がないみたいなの」

 

 お相手が誰なんて野暮なことを聞かずともだいたいの事情は察した。

 けどさ、

 

 

「オレが協力できそうなことなんてあるか?」

 

 溶かして固めるだけとは言うがチョコレートなんて作ったことないぜ、俺。チョコの作り方を指導なんてのは無理だ。

 すると朝倉さんは首を横に振って、

 

 

「そっちは私がやるわ。あなたに協力してほしいのは味見よ」

 

「味見って……たかがチョコだろ」

 

「あなたにとってはそうかもしれないけど長門さんにとっては大事なことなのよ。下手なものは渡せないでしょ?」

 

 はあ。

 上手なものにこしたことはないが、どうあれ女子から貰えれば嬉しいだろ。

 

 

「ふーん」

 

 何やら微妙な反応。

 

 

「あなたの正直な意見に関心していたとこよ」

 

 俺に限った話じゃない気がするけど。

 しかも俺は過去三年を通して母さんと朝倉さんからしかチョコレートを貰えていない。実質一個だけだ。いや、数の問題じゃないのだが。

 朝倉さんに愛想を尽かされていないうちが俺の華なのだろうか。陰日向に咲くとはこういうことを言うんだろうな。

 

 

「まあいいわ。とにかくあなたの舌の良さは私が保障してあげるから、協力してちょうだい」

 

 残念なことに目の前の幼馴染はノーという言葉は受け付けてくれそうにない。

 来週の木曜は空けといて、と言われお開きとなった。

 空けといても何も俺に入れる予定なんてないってことはわかりきってるだろうに。

 そんなわけで二月十三日の今日、俺は落ち着かない様子で708号室のリビングでチョコレート試作一号が来るのを待機しているというわけだ。

 女子の手作りチョコが無償で食べられるとはいえ面倒だなと心底では思っていた。

 本当に面倒なことが翌日のXデーに起ころうとはゆめゆめ考えもしなかったさ。

 

 


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