朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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この作品のテーマは『愛』です。





エピローグ
Epilogue1


「この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい!」

 

 ――以上。

 俺がパソコンのブラウザ越しに視聴したアニメに登場するヒロインの台詞だ。そのアニメを見た動機についてだけど、なんということはなく単なる暇つぶしでしかなかった。よく遊んでた友人にオススメされたアニメ、それが【涼宮ハルヒの憂鬱】だったのさ。

 第一話――厳密には放送された順番的に第一話は奇天烈な劇中劇を一切の説明なしに見せつけられる回なのだが、俺は友人からその回はとりあえず見なくてもいいと言われたため放送上は二番目に当たる内容から視聴したものだ――を見終えた俺の率直な感想としては当然「よくわからないなあ」だ。

 たった一話で何がわかるというんだ。いかなクソアニメとて一話で"切る"のは早計だと思うし、昔の俺は賢しいアニメ評論家気取りの野郎でもなかったのでね。放送されていた分までさくっと追い付き、以降は最終回までリアルタイムでテレビ視聴。かつての俺は愚直なまでのアニオタで、単純にあるものを受け入れていただけさ。これは涼宮ハルヒの憂鬱という作品に限った話ではない。

 だが、この場においては涼宮ハルヒの憂鬱という作品に限った話をさせてほしい。なぜなら俺は件の作品で描写された世界に近い世界で生きているからだ、今現在。

 要するにアニメで見たキャラが実在している、涼宮ハルヒの憂鬱の主人公と俺は同じクラスだ。主人公だけではなく他の登場人物もわんさかいる。

 何を言っているのかわからないと思うけど言っている俺すら理解できていないのだから始末が悪い。そもそもどうして俺がアニメすなわち二次元の世界へ飛び込んでしまっているのかは不明だ、ある日起きたらそうなっていたとしか言えない。強くてニューゲームなんてふざけたIFも馬鹿にできないから困るね。

 昔のことを考えるのはやめた。考えたところでしょうがないからだ。未練など皆無。

 どうあれ俺がこの世界で生きることになって早三年とちょっと、今となってはそれなりに充実した毎日を送っているのさ。

 これは俺が常日頃度々に痛感させられていることなのだが、感情というものはある一定のラインを振り切ると失せてしまうらしい。我が身に倦怠感すら湧かず、怒りを通り越して虚無に打ちひしがれる。昔の俺はまさしくそうだった。

 が、幸か不幸か俺にとってそんな虚無感を緩和してくれる存在がいるから異世界だろうと充実した毎日を送れているわけだ。少なくとも不幸ではないか。

 

 

「ほら、さっさと起きなさい」

 

 前言撤回。不幸かも。

 グースカ寝てた俺は気づかぬうちに部屋に来ていたお方による早業で毛布を引っぺがされてしまう。

 何が悲しくて朝こっ早くに布団から叩き出されなきゃならないんだ、ええ? 

 

 

「このまま二度寝しちゃったら遅刻よ」

 

 本日は晴天ならずとも世間一般でいうところの平日であり、現役高校生の身分である俺は然るべくして登校するというわけだ。俺は断固としてこれを行いたくないが。

 とにかく遅刻しても構わないから毛布を返してほしい。俺はまだまだ寝ていたいんですよ、学校は昼からでもよかろう。

 すると毛布強奪犯の彼女は呆れ顔で、

 

 

「力づくで起こしてあげても私は構わないんだけど」

 

 あんまりな発言だ。暴力反対、当方としては平和的解決を望む次第である。

 昔、彼女に一度つむじにグーを入れられたことがあるが、あまりの苦痛に絶叫し数十秒間バタバタ悶絶したのだ。あんな経験は二度と御免だ。

 

 

「はいはい……じゃあさっさと顔を洗いに行ってらっしゃい」

 

 そうした方がよさそうだ。まったく。

 下手に逆らうと色々と面倒なので嫌々ながら起きることとする。我ながら丸くなったものだ。

 洗面所で顔を洗い終えて居間に出た俺の朝食はトーストとベーコンエッグという面白味の欠片もないものであり、だからといって文句の一つでも言おうものなら母さんが料理するのを放棄してしまいかねないし、そそくさとたいらげなければ外で待たせている彼女が小言を俺にぶつけてくる。今現在俺の味方はいない、親父は朝早くから出勤しているし姉にいたっては家を出て久しい。まあ、仮にこの場に親父や姉さんがいたとして俺の味方をしてくれるとはとうてい思えないけどさ。

 何はともあれ制服に着替え、学生鞄片手に玄関を後にする。

 ――冗談ではない。

 家から出た瞬間、少しでも登校に対する意欲を沸かせたことを後悔した、寒い、寒すぎる。やっぱり布団に戻ろうかな。うん、そうしよう。自宅にいるのが安定です。

 季節は冬でそれも十二月。猫はコタツで丸くなるような時期なのだ。

 

 

「忘れ物でもしたのかしら?」

 

 しかし外でスタンバっていた彼女がグラディウスのオプションの如く俺に随伴しはじめたのもあり、こちらがきびすを返そうとするのを阻止される。シット。

 

 

「まあ……そんなところかな」

 

「……」

 

「ふーん」

 

 彼女は俺の発言を訝しみ、その横にいるもう一人、眼鏡の女子高生はというとまだ眠いのか半目で心ここにあらずといった様子だ。けっこう外にいたはずなのに眼鏡の彼女の睡魔は俺より上だということか。

 ちなみに忘れ物など俺はしていないのだが、バレなきゃ嘘ではないのさ。

 

 

「そんなわけないはずよ」

 

 微かなサボタージュ願望を知ってか知らずか彼女は切り返してきた。

 いやはや何を根拠に仰るのかね。

 

 

「あのね、自分でやらないから私が鞄の中の教科書やノート、プリントもだけど、時間割通りになるように入れ替えてあげてるのよ? それでいて忘れ物をするはずがないでしょ」

 

 そういえばそうであった。こんなことも失念するほどに俺も頭が回ってないらしい。

 いつまでも家の前に立ち止まっていては母に何を言われるやら。仕方ない、行くしかないのか、学校へ。

 

 

「……行きますか」

 

「まったく、最初から素直にそう言ってくれればいいのよ。ねえ? 長門さん?」

 

 彼女こと朝倉涼子さんが眼鏡の彼女こと長門有希さんの肩をがしっと掴んで同意を求める。

 長門さんはというと前述の通りすぐにでも眠ってしまいそうな有様だったため、

 

 

「うぇっ!? あ、う、うん」

 

漫画でいえば鼻ちょうちんが割れたようなリアクションである。

 ええい、ここでグダグダしていても寒いものは寒いのだ、さっさと学校へ行こうではないか。

 ようやく歩き出した俺と女子高生二人のご一行。ゆっくり行っても遅刻はしないだろう。

 ほんと、朝倉さんはニワトリの生まれ変わりかというほどに朝から元気だ。どうなってるんだ。

 

 

「早起きの秘訣は慣れの一言に尽きるわね」

 

 はあ。

 さりとて毎朝叩き起こされている俺や、俺と同様の仕打ちを受けているに違いない長門さんが早起きに適応できていないのは何故だろうか。

 

 

「決まってるじゃない、夜更かしが原因だわ。長門さんあなた昨日何時まで起きてたのかしら?」

 

「……二時」

 

「そんなんじゃ早く起きようにも身体がついてきてくれないんですからね。少しずつでいいから寝る時間を早くしなさいな」

 

「は、はい」

 

 廃人一歩手前の生活を送っている長門さんの趣味はゲームだ。携帯機、PC、テレビ、何でもやっている。ヒトは見た目によらないというがここまでゲーマーな女子は珍しいのではなかろうか。

 ところで俺の場合は特別に夜更かしをしているわけではないぞ。ネットサーフィンはライフサイクルに組み込まれているけど毎日二十二時には就寝している、いたって健康的だろうに。

 朝倉さんは何を今更と前置きし、

 

 

「あなたはそもそも早く起きる気がないじゃない」

 

仰る通りだ。

 休日に十二時間以上睡眠するのは最高だね。翌日頭がスッキリする。

 

 

「そのスッキリした頭を有効に使わないから時間の無駄なのよ」

 

 手厳しい。

 客観的に見て俺は羨望の眼差しを受ける立場かもしれない。

 なぜなら美少女二人を侍らせて登校しているからだ。

 しかし勘違いしないでほしいのだが、当の俺は決して手放しでこの状況を受け入れているわけではないぞ。自分にコミュニケーション能力というものが欠如しているということを正しく認識できているからだ。そしてそれを補うための努力をするつもりもない。つまり朝倉さんと長門さんのガールズトークが登校時間のやり取りの約7割を占めており、いったいどうして俺はここにいるのかと考えてしまうわけだ。

 いや、答えは知っている。どうして俺がこの二人と関わっているかといわれれば俺はこの二人と友人なのである。友達どうしの登校など普通だ、ぼっちで登校するのも珍しいことではないが。

 ではなぜコミュニケーション能力に問題ありと自己評価を下しているのに朝倉さんと長門さんの友人になれたのかというと、だ。

 そこんとこだが俺にもようわからん。

 考える必要のないことをわざわざ考えるほど時間を無駄にする主義ではないのだから彼女の言葉に反論したくもなるが、俺が何か言おうとした頃には朝倉さんの説教のターゲットは再び長門さんに戻っていた。まったく、おせっかい焼きにもほどがある。俺の母さんより保護者してるんじゃないのかって気がするね。

 まあ、俺が登校をこの二人とともにしているのは単純に二人が住んでいる家から高校へ向かう道中に我が家があるためだ。寄り道してまで来ているというわけではないのだよ。

 ちなみに全員が同じ高校へ通っている。俺と朝倉さんは一年五組で長門さんは隣のクラス、一年六組。そうそう、今更説明するまでもないが俺は友人が少ないのであしからず。

 

 

「あなたは頭の出来は悪くないのですから、馬鹿な真似をするのはほどほどにしなさい」

 

 これはいつぞや俺の素行を見かねた姉さんがくれた一言になる。

 姉さんの言う事は往々にして正しい。俺だって理解はしている。

 だが、人間の心の在り様というものはそうそう単純にいかないのだ。つまり俺が味わっている苦痛の大部分は学生という身分に起因するのだ。なぜかって考えてもみてほしい、諸君が一度でも学業に打ち込んだないし打ち込まざるを得なかった立場なら理解できよう、こんなのは一生に一度きりで充分なのさ。俺は高校生という身分を確かに一度終えたはずなのだ、が、前述の通りこのアニメの世界でなぜか生きることになり二度目の中学生を経て現在二度目の高校生をやらされている立場だ。本当に何が楽しいのかわからんね。わかりたくもない。

 けれども俺は今、学生であるからして、ガクセーはガクセーらしく義務教育でもないのに高校へ向かうしかない。現実逃避なんてのは逃避できるうちはマシなのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故にこんな山の上に学校を建てたのだろうと責任者に小一時間ほど問い詰めたくなるほど、急な坂のぼりを強いられるのが俺たちの通う高校の通学路だ。

 そしてその高校で受ける授業風景、なんてものに俺は一切の価値を見いだせてはいない。座学は殆ど寝ているし体育については疲れない程度の軽運動で全て済ましている。おかげで長距離走のタイムが悲惨なことになっているがこんなもののタイムをいくら縮めようと意味がないということはご存知なのでどうでもいい。

 

 

「いったいオレってなんのために生きてるんだろうな」

 

「……はあ?」

 

 俺の昼休みはクラスメートである男子四人のメンバーで飯を食うのが慣例となっており、教室の一角で机を囲み各々が昼食を食べる。だいたいが持参してきた弁当だ。

 つい先ほどまでは定期考査の内容がボロボロだったという谷口の自虐ネタで盛り上がっていたのだが不意に俺が呟いた一言は教室の天井にそのまま吸い込まれず、向かいに座る野郎に拾われてしまった。

 そいつは悪いものでも食べたのかと言わんばかりの顔色で、

 

 

「お前が相当なネガティヴ野郎だってことは俺も理解してたがここまでこじらせてるとはな」

 

飯が美味くなるとは思えない余計な一言を浴びせてきた。

 なんとでも呼ぶがいいさ、しょせん俺は異邦人でしかない。そんな見解も今となっては間違いなのかとしか思えないほどこの世界で生きるということに慣れてしまったが、これは俺の中だけの問題なのだよ。お前らに何か言ったところで頭がおかしいと思われるだけだろうに。

 さっきは面白おかしく自分の数学Aの点数について語っていた谷口はというと、

 

 

「キョン、こいつがこんなことを言い出すくらいだぜ、何かあったに違いねえ。もうちょっと言葉を選んでやれよ」

 

すっかりマジなトーンである。

 実際には何かあったわけではない。いや、三年以上前にあったといえばあったがその件は封印している。

 

 

「朝倉と喧嘩でもしたか?」

 

 どうしてそこで朝倉さんの名前が出てくるんだろう、谷口は馬鹿なんじゃないのか。まあ実際に馬鹿なんだけど。

 こちとら単純に思ったことを口に出しただけなのに何故こうも煽られなければならないんだ。

 変人扱いをされるのも困るので一応の釈明をするとしよう。

 

 

「オレは目標がないとやる気が出ないタイプなのさ。で、目下模索中だ」

 

「目標ねえ。またずいぶんと抽象的な話じゃないか」

 

 黙っていた国木田まで口を挟んできた。

 

 

「でもゴールの見えないマラソンほどきついものはないだろ。こう何かを達成した時の快感というか、カタルシスに餓えてんのさ、最近」

 

 反応を伺うも俺の持論の賛同者はいないらしい。

 だったらこの話はこれで終わりだ。

 

 

「まあ、こいつはさておいてだな、お前らは決まってんのか?」

 

 話題転換のつもりらしいがなんの話題にしたいかわからない切り出し方をした谷口が他二人に対して訊ねる。こいつというのは俺を指しているようだ。

 俺の向かいに座っている野郎は谷口に訊ね返した。

 

 

「なんの話だ?」

 

「だからな、クリスマスイブの予定だ」

 

 初耳だ。そしてその話題は耳が痛くなる。

 

 

「悪いが俺は決まってるんだな、これがよ」

 

 平素のナンパ戦績がボロボロの谷口はこの時に限っては鬼の首を取ったような笑顔だった。なるほど、だからテストの点数が悪かろうがダメージが少なかったんだな。

 どうぞ勝手にデートでもなんでもしていればよかろう。お前の予定が決まってようが決まってなかろうがこちとらどうでもよいのだから。

 

 

「やっぱ日頃の行いってやつか。俺の今までの努力も無駄じゃなかったのさ」

 

「そうかい、そりゃあよかったな」

 

「お前らにもそのうちいいことあるぜ、多分な」

 

 キョンは谷口の謎自慢を律儀に相手しているが俺と国木田は既に弁当の残りを処理する作業に突入している。

 惰性が慢性化しているいつも通りの時間であり、いつも通りの日常だった。

 ただひとつ問題となるのは俺の知り合いの大半がアニメの登場人物であるという点だ。はっきり言って異常なのだ、何度も言うように。

 この現在進行形で時間を共有している谷口、国木田、キョン、そして朝俺を叩き起こした朝倉さんと彼女の共通の友人である長門さん、全員が【涼宮ハルヒの憂鬱】に登場したキャラクターと瓜二つ。なんなら俺が通っているこの学校がその作品に登場する舞台なのだから。

 もっとも、宇宙人未来人がどうのこうの言っていた涼宮ハルヒそのお方はこの教室に存在していない。本来なら同じ一年五組の教室にいるべきなのだが何故かいない。

 前に一度朝倉さんに君は宇宙人ではないのか――アニメに登場する朝倉涼子なるキャラクターは宇宙人という設定なのである、厳密にはやや異なる――と訊ねたことがあるが、

 

 

「昨日やってた映画の話かしら?」

 

現実には黒服のウィル・スミスもトミー・リー・ジョーンズもいないということを念押しされただけに終わった。確かに地上放映されたメン・イン・ブラックは見たけどさ。

 俺の知る限りではあるが、世界に宇宙人はいない。そして俺という存在がアニメで描かれるような運命と交差することもない。この時はまだそう考えていた。

 なんともまあ、情けない話だ。

 

 


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