そのメニューのない店で【完結】   作:puc119

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(っ∀‐)zzZZ




第5話~箸休め~

 

 

 暖かな風が吹き、ひら、ひらりと舞う花弁。

 厳しい冬の寒さを越え、漸く世界に色が戻り始めるこの季節。

 

「春だねぇ」

 

 庭に植えた一本の桜の木を見ながら、ぽそりと呟いた。

 数十年ほど前に植えた桜も今では立派な木へと成長し、この季節になると多くの花を開かせ世界へ色を加えてくれる。

 

 満開の桜。まさに春。

 

 石へ腰掛け、少し渋めのお茶をずずりと啜り、ほっと一息。曲げた膝の上には僅かな重み。これじゃあ、動くこともできやしない。

 朝晩はまだまだ肌寒い日々が続きはするけれど、暖かな日差しは心地よく、今すぐにでも寝られそうだ。

 雨が降れば桜の花も散ってしまう。だから、もう少しばかり良い天気が続けば嬉しいね。

 

 この季節ばかりは、人間も妖怪も関係なく皆桜へ見蕩れ、薄桃色に何かしらの想いを馳せていることだろう。博麗神社では今日もお花見が行われるだろうし、なんとも陽気な季節です。

 お花見とお酒。それは切っても切り離せない関係。紅く染まった花と頬。春ですねぇ。

 

「あら?こんなところでお花見?」

 

 ゆっくりと湯呑を傾け、もう一度ずずりとお茶を啜る。うん、渋い。

 

「や、こんにちは。幽々子」

 

 はて、何の用かしら?ただ、立ち寄っただけとも考えられるけど。

 そう言えば、久しく白玉楼へ顔を出してはいなかったね。人里へ行けばたまに妖夢と会うけれど、幽々子と会うのは久しぶり。あの終わらない冬の異変以来かな。

 

「ええ、こんにちは。どうせお花見するのなら、あの神社やうちへ来れば良いじゃない」

「ううん、僕にはこれくらいがちょうど良いんだよ。確かに神社の桜も綺麗だけど、あんなに沢山あったらどの桜を見て良いのかわからなくなるしさ」

 

 残念ながら僕には2つの瞳しかない。彼方此方の桜を見ようとすれば、目が回るのです。だから僕にはこれくらいがちょうど良い。

 

「ふふっ、そんなこと言って、本当は行くのが面倒なだけでしょう?」

「まぁ、それもあるかもね」

 

 幽々子はよく笑う。それも見蕩れてしまいそうな笑顔で。それはきっと良い事なんだろう。昔は昔、今は今。後ろばかり振り向いていても、前へは進めないのだから。

 

「隣、良いかしら?」

「ふふん、残念ながらこの石は一人用なんだ」

 

 お気に入りの特等席。たま~に誰かに取られることもあるけれど、今ばかりは僕専用の指定席なのです。

 ん~……今度からちゃんとした椅子を用意してみようかしら?でも、この景色が壊れるのも嫌だなぁ。ま、このままでいっか。今までだってそれで満足できたのだし。

 

「む、じゃあ貴方の膝の上で我慢するわ」

 

 おろ、そこまでして座りたいの?

 膝の上ねぇ……残念だけど、そこもちょっと厳しいかな。

 

「今は先客がいるからまた今度ね」

「先客……?」

 

 こてりと首を傾げた幽々子。ああ、やっぱり見えていなかったのか。

 この石の上でのんびりと桜を見ていたら、急に膝へ重みがかかった。

 最初は妖精のイタズラか何かかと思ったけれど、どうやら誰かが僕の膝の上に座っただけらしい。

 

「今、膝の上にこいしちゃんがいるんだよ」

 

 そのこいしちゃんだけど、今はすうすうと気持ちよさそうに寝ているところ。気温もお昼寝するのにはちょうど良いもんね。流石に起こすのは可哀想。

 

「あら、そうだったのね。全然気付かなかったわ」

 

 まぁ、僕だって座られるまで気付けなかったしね。いつの間にかお店の中にいたりすることもある、なんとも不思議な子。無意識にふらふらと出歩き、気づけば其処にいて、気づけば其処から消えている。

 

「ふふっ、それじゃあ動けないわね」

 

 そうなんだよねぇ。悪い気はしないし、こうやってのんびりとした時間を過ごすのも、嫌いではないけれど、これではもしお客さんが来ても対応できそうにない。

 困ったものです。

 

 ま、どうせお客さんなんて来ないんだけどね。きっと今頃は皆、桜の木の下でのんびりしている頃だろう。そんな季節だから、お客さんだって僕の店へは訪れない。

 困ったものです。

 

「んで、幽々子はどうしたの?何か用事でも?」

「どうせ貴方は呼んでも来ないから、私の方から来たの。花でも見ながら一杯いかが?」

 

 俺の質問に幽々子はそう答え、一升瓶を取り出しちゃぽりと揺らした。

 喜んでいただきます。

 

 こいしちゃんを起こさないよう、慎重に座っていた位置をずらす。

 

「お隣どうぞ」

「あら、其処は一人用なんじゃなかったのかしら?」

「今回だけは特例なのです」

 

 二人で座ってもそれほど窮屈になるわけでもないし、幽々子に立たせたままと言うのも申し訳がない。それにお酒はのんびりと飲みたいものね。

 

 幽々子から盃を渡してもらい、其処へとくとくとお酒を注いでもらう。ふわりとアルコールの香りが広がり、青冴えの見える良いお酒。きっと味だってなかなかなものだろう。

 そして、盃へ注がれたお酒の上へ一枚の花弁がひら、ひらり。雅だねぇ。

 

「さ、いただきなさいな」

 

 どうやら幽々子が持ってきた盃は一つらしく、変わり番子にいただく必要がありそうだ。

 

 いただきます。

 

 こいしちゃんを起こさないよう、ゆっくりと盃を傾け、お酒を口の中へ。舌を動かし空気と触れさせ、変わる香りを楽しみながら、喉へ通していく。果実のような香りと仄かに甘い味。うん、美味しいです。

 

「はぁ……うん、美味しい」

 

 半分ほど飲んだところで、ちょいと休憩。

 満開の桜へ目を移し、ふぅ、と一息。おつまみなんてないけれど、目の前にはそれ以上のものがある。この季節にしか楽しむことのできない花見酒。

 

 お酒の上を泳ぐ花弁が2枚となったところで、もう一度盃へ口を付け溢れないよう気をつけながら、今度は一気に傾ける。喉を焼きしな流れるお酒。昼間からお酒を飲むなんて、なんとも行儀の悪いことではあるけれど、今日ばかりはきっと許されるはず。

 うむ、美味しい。

 

「なかなかな味でしょ?それなりに高かったのよ」

「でしょうね。これ、すごく美味しいもん」

 

 有り難い限りです。

 自分でもお酒は作っているけれど、なかなか美味しいものは作れない。

 

 盃を幽々子へ渡して返杯。

 桜を見ながらお酒を飲む。なんとも贅沢なことだ。

 

 そして幽々子は盃へ口を付け、ゆっくりとそれを傾けた。

 

 

 あっ

 

 

「……間接キス」

 

 そんな言葉をぽそりと落とすと、けほりけほりと幽々子は噎せた。

 

「な、なにを急に変なこと言っているのよ!」

 

 顔を赤く染め、怒ったような言葉を落とす幽々子。

 ちょいとそんなことを思ってしまったから。つい、ね。

 噎せながらも、盃へ入ったお酒を零さなかった幽々子は流石と言ったところ。

 

「ふふっ、お互いそんなことで恥ずかしがるほどの歳じゃあないだろうに」

 

 僕がそんなことを言うと、幽々子にパシリと叩かれた。痛い。

 んもう、なにさ。

 

 そう聞こうとしたけれど、膝の上で寝ていたこいしちゃんがもぞりと動いた。おろ、ごめんね。ちょっと騒がしかったかな。

 

「んん……ん~」

 

 顔を上げ、まさに寝起きと言った声を出しながら、大きく一伸びしたこいしちゃん。どうやら完全に起きてしまったらしい。

 

「や、おはよう。こいしちゃん」

「ん……おはよう」

 

 君も自由だよね。あまりふらふらしてばかりいると、お姉さんが心配するよ?

 

「この後こいしちゃんはどうする?一緒にお酒でも飲んでいく?」

「ううん、家に帰るわ。今はそういう気分」

「そかそか、じゃまたね」

「うん、また」

 

 そして気がつくと、やはりこいしちゃんは消えていた。まぁ、僕が見えていないだけなんだろうけど。

 

「相変わらず何を考えているのか、よくわからない娘ね……」

 

 確かに何を考えているのかわからないし、不思議な子ではあるけれど良い子だと僕は思うよ。ちょいとだけ本能の赴くまま、いきすぎな気もするけどさ。

 

 さて、これで漸く動けるようになったことだし、僕も僕用の盃を持ってこようかな。少しばかりお待ちください。

 

「あら、何処かへ行くの?」

「うん、盃を取ってくるよ。ああ、間接キスで良いのなら、別にこのままでも良いけど」

「……ばか」

 

 そう言う性分なものですから。仕方が無いね。

 そんじゃ、序でにおつまみでも持ってこようかな。

 

 桜とお酒と親しい友人と……うん、なんとも素敵な季節です。

 

 

 ふわりと暖かな風が吹き、花弁と共に桜の香りは運ばれる。

 

 

 春だねぇ。

 

 






読了お疲れ様でした

春っぽいお話を書きたかったので書きました
食もお店も全く持って関係ないので箸休め

たまには、こんなお話も良いかもしれません


では、次話でお会いしましょう

感想・質問何でもお待ちしております

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