(っ∀‐)zzZZ
暖かな風が吹き、ひら、ひらりと舞う花弁。
厳しい冬の寒さを越え、漸く世界に色が戻り始めるこの季節。
「春だねぇ」
庭に植えた一本の桜の木を見ながら、ぽそりと呟いた。
数十年ほど前に植えた桜も今では立派な木へと成長し、この季節になると多くの花を開かせ世界へ色を加えてくれる。
満開の桜。まさに春。
石へ腰掛け、少し渋めのお茶をずずりと啜り、ほっと一息。曲げた膝の上には僅かな重み。これじゃあ、動くこともできやしない。
朝晩はまだまだ肌寒い日々が続きはするけれど、暖かな日差しは心地よく、今すぐにでも寝られそうだ。
雨が降れば桜の花も散ってしまう。だから、もう少しばかり良い天気が続けば嬉しいね。
この季節ばかりは、人間も妖怪も関係なく皆桜へ見蕩れ、薄桃色に何かしらの想いを馳せていることだろう。博麗神社では今日もお花見が行われるだろうし、なんとも陽気な季節です。
お花見とお酒。それは切っても切り離せない関係。紅く染まった花と頬。春ですねぇ。
「あら?こんなところでお花見?」
ゆっくりと湯呑を傾け、もう一度ずずりとお茶を啜る。うん、渋い。
「や、こんにちは。幽々子」
はて、何の用かしら?ただ、立ち寄っただけとも考えられるけど。
そう言えば、久しく白玉楼へ顔を出してはいなかったね。人里へ行けばたまに妖夢と会うけれど、幽々子と会うのは久しぶり。あの終わらない冬の異変以来かな。
「ええ、こんにちは。どうせお花見するのなら、あの神社やうちへ来れば良いじゃない」
「ううん、僕にはこれくらいがちょうど良いんだよ。確かに神社の桜も綺麗だけど、あんなに沢山あったらどの桜を見て良いのかわからなくなるしさ」
残念ながら僕には2つの瞳しかない。彼方此方の桜を見ようとすれば、目が回るのです。だから僕にはこれくらいがちょうど良い。
「ふふっ、そんなこと言って、本当は行くのが面倒なだけでしょう?」
「まぁ、それもあるかもね」
幽々子はよく笑う。それも見蕩れてしまいそうな笑顔で。それはきっと良い事なんだろう。昔は昔、今は今。後ろばかり振り向いていても、前へは進めないのだから。
「隣、良いかしら?」
「ふふん、残念ながらこの石は一人用なんだ」
お気に入りの特等席。たま~に誰かに取られることもあるけれど、今ばかりは僕専用の指定席なのです。
ん~……今度からちゃんとした椅子を用意してみようかしら?でも、この景色が壊れるのも嫌だなぁ。ま、このままでいっか。今までだってそれで満足できたのだし。
「む、じゃあ貴方の膝の上で我慢するわ」
おろ、そこまでして座りたいの?
膝の上ねぇ……残念だけど、そこもちょっと厳しいかな。
「今は先客がいるからまた今度ね」
「先客……?」
こてりと首を傾げた幽々子。ああ、やっぱり見えていなかったのか。
この石の上でのんびりと桜を見ていたら、急に膝へ重みがかかった。
最初は妖精のイタズラか何かかと思ったけれど、どうやら誰かが僕の膝の上に座っただけらしい。
「今、膝の上にこいしちゃんがいるんだよ」
そのこいしちゃんだけど、今はすうすうと気持ちよさそうに寝ているところ。気温もお昼寝するのにはちょうど良いもんね。流石に起こすのは可哀想。
「あら、そうだったのね。全然気付かなかったわ」
まぁ、僕だって座られるまで気付けなかったしね。いつの間にかお店の中にいたりすることもある、なんとも不思議な子。無意識にふらふらと出歩き、気づけば其処にいて、気づけば其処から消えている。
「ふふっ、それじゃあ動けないわね」
そうなんだよねぇ。悪い気はしないし、こうやってのんびりとした時間を過ごすのも、嫌いではないけれど、これではもしお客さんが来ても対応できそうにない。
困ったものです。
ま、どうせお客さんなんて来ないんだけどね。きっと今頃は皆、桜の木の下でのんびりしている頃だろう。そんな季節だから、お客さんだって僕の店へは訪れない。
困ったものです。
「んで、幽々子はどうしたの?何か用事でも?」
「どうせ貴方は呼んでも来ないから、私の方から来たの。花でも見ながら一杯いかが?」
俺の質問に幽々子はそう答え、一升瓶を取り出しちゃぽりと揺らした。
喜んでいただきます。
こいしちゃんを起こさないよう、慎重に座っていた位置をずらす。
「お隣どうぞ」
「あら、其処は一人用なんじゃなかったのかしら?」
「今回だけは特例なのです」
二人で座ってもそれほど窮屈になるわけでもないし、幽々子に立たせたままと言うのも申し訳がない。それにお酒はのんびりと飲みたいものね。
幽々子から盃を渡してもらい、其処へとくとくとお酒を注いでもらう。ふわりとアルコールの香りが広がり、青冴えの見える良いお酒。きっと味だってなかなかなものだろう。
そして、盃へ注がれたお酒の上へ一枚の花弁がひら、ひらり。雅だねぇ。
「さ、いただきなさいな」
どうやら幽々子が持ってきた盃は一つらしく、変わり番子にいただく必要がありそうだ。
いただきます。
こいしちゃんを起こさないよう、ゆっくりと盃を傾け、お酒を口の中へ。舌を動かし空気と触れさせ、変わる香りを楽しみながら、喉へ通していく。果実のような香りと仄かに甘い味。うん、美味しいです。
「はぁ……うん、美味しい」
半分ほど飲んだところで、ちょいと休憩。
満開の桜へ目を移し、ふぅ、と一息。おつまみなんてないけれど、目の前にはそれ以上のものがある。この季節にしか楽しむことのできない花見酒。
お酒の上を泳ぐ花弁が2枚となったところで、もう一度盃へ口を付け溢れないよう気をつけながら、今度は一気に傾ける。喉を焼きしな流れるお酒。昼間からお酒を飲むなんて、なんとも行儀の悪いことではあるけれど、今日ばかりはきっと許されるはず。
うむ、美味しい。
「なかなかな味でしょ?それなりに高かったのよ」
「でしょうね。これ、すごく美味しいもん」
有り難い限りです。
自分でもお酒は作っているけれど、なかなか美味しいものは作れない。
盃を幽々子へ渡して返杯。
桜を見ながらお酒を飲む。なんとも贅沢なことだ。
そして幽々子は盃へ口を付け、ゆっくりとそれを傾けた。
あっ
「……間接キス」
そんな言葉をぽそりと落とすと、けほりけほりと幽々子は噎せた。
「な、なにを急に変なこと言っているのよ!」
顔を赤く染め、怒ったような言葉を落とす幽々子。
ちょいとそんなことを思ってしまったから。つい、ね。
噎せながらも、盃へ入ったお酒を零さなかった幽々子は流石と言ったところ。
「ふふっ、お互いそんなことで恥ずかしがるほどの歳じゃあないだろうに」
僕がそんなことを言うと、幽々子にパシリと叩かれた。痛い。
んもう、なにさ。
そう聞こうとしたけれど、膝の上で寝ていたこいしちゃんがもぞりと動いた。おろ、ごめんね。ちょっと騒がしかったかな。
「んん……ん~」
顔を上げ、まさに寝起きと言った声を出しながら、大きく一伸びしたこいしちゃん。どうやら完全に起きてしまったらしい。
「や、おはよう。こいしちゃん」
「ん……おはよう」
君も自由だよね。あまりふらふらしてばかりいると、お姉さんが心配するよ?
「この後こいしちゃんはどうする?一緒にお酒でも飲んでいく?」
「ううん、家に帰るわ。今はそういう気分」
「そかそか、じゃまたね」
「うん、また」
そして気がつくと、やはりこいしちゃんは消えていた。まぁ、僕が見えていないだけなんだろうけど。
「相変わらず何を考えているのか、よくわからない娘ね……」
確かに何を考えているのかわからないし、不思議な子ではあるけれど良い子だと僕は思うよ。ちょいとだけ本能の赴くまま、いきすぎな気もするけどさ。
さて、これで漸く動けるようになったことだし、僕も僕用の盃を持ってこようかな。少しばかりお待ちください。
「あら、何処かへ行くの?」
「うん、盃を取ってくるよ。ああ、間接キスで良いのなら、別にこのままでも良いけど」
「……ばか」
そう言う性分なものですから。仕方が無いね。
そんじゃ、序でにおつまみでも持ってこようかな。
桜とお酒と親しい友人と……うん、なんとも素敵な季節です。
ふわりと暖かな風が吹き、花弁と共に桜の香りは運ばれる。
春だねぇ。
読了お疲れ様でした
春っぽいお話を書きたかったので書きました
食もお店も全く持って関係ないので箸休め
たまには、こんなお話も良いかもしれません
では、次話でお会いしましょう
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