(・∀・)ほぞん!
「やあ、いらっしゃい。とりあえず座りなよ」
朝起きてから店へ行くと、そんな言葉を萃香からかけられた。
いらっしゃいって……あの、此処は僕の店なんだけど、何やってんの?
「いいから座る」
「あっ、はい」
どうしたものかと考えていたら、また声をかけられた。どうしろと。
なんだかなぁ……たぶん遊んでいるだけだと思うけれど、僕は準備とか色々やらなければいけないことがある。例えお客さんが来ないとしても、お店の準備をしないわけにはいかないのだ。閑古鳥ってどうしたら駆除できるのかな?
さてさて、どうしたものか。正直、萃香のごっこ遊びに付き合うのは後にしたい。けれども、付き合わなきゃ萃香怒るよなぁ。
うむ、仕方が無い。此処は付き合ってあげるとしよう。
「それで、此処は何の料理を頼めるのかな?」
そもそも、料理屋って設定で良いのかな?でも、この店はそうだしなぁ……
「何もないよ!」
ないのかよ。ふざけんな。
「全く……二度も言わせないでほしいね」
一度も言ってねーよ。いい加減にしろ。
いったい、何がしたいんだよコイツは。
「んで、萃香は何がしたかったのさ?」
もうこの遊び終わらせて良いよね?いつまでも立ち止まっているわけにはいかないのだ。進めなきゃいけないことだってある。
「あんたの真似してみた」
もう少し上手く真似することはできなかったのかな?これじゃあ、ただ人を煽ってただけじゃん。何故、座らせた。
「はぁ……」
ため息が零れ落ちる。また幸せが一つ逃げてしまった。僕の青い鳥はなかなか見つからない。
「それで?今日は何の料理を出してくれるんだい?」
カウンターの向こう側にいたはずの萃香は、いつの間にか隣にいた。ニコニコと嬉しそうに笑い、目を輝かせながら。
コラ、急に近づかないでくださいビックリするでしょうが。手とか握るぞ。
「私はお酒が良いかな」
君はいつもそれだね。
まぁ、僕もお酒は嫌いじゃないけれど、お酒がメインになるのはまた今度。残念ながら今日は違う食品です。
「今日は保存食かな」
「保存食?乾物のことかい?」
「まぁ、それも含めて色々とね」
食品ってのはどうしても腐ってしまう。腐るとやはり味は落ちるし体にも良くはない。けれども、食べ物がいつも手に入るわけではない。
だから人は考えた。どうにかして、食べ物を腐らせず保存する事はできないかと。
つまり、保存食ってのは人類の食への追求の結果生み出された、大切な努力の結晶。
保存食と言っても種類は様々。それに保存する方法だって沢山ある。燻製、発酵、塩蔵、糖蔵とね。そんな沢山ある保存食だけど、共通することだってある。
「どうして、食べ物って腐ってしまうかわかる?」
「ん~……菌がつくから?」
うん、正解と言えば正解なのかな?まぁ、菌と言っても悪い奴らばかりじゃないけどさ。
「腐敗の原因はそうだね。けれども、菌がつけば全部が全部腐ってしまうわけではないよ。お酒だって菌がつかなければ作れないしさ」
それに、お酒以外でも発酵食品なんかは菌のおかげで作られる物。前回も話したけれど、大豆に納豆菌がつけば納豆に、麹菌がつけば味噌や醤油になる。
ま、発酵食品のお話はまた今度ね。今日、話をしても良いけれどあまり話をすると、ネタがなくなっちゃうもの。
「食べ物が腐ってしまうのは菌のせい。だから菌がいなければ食べ物が腐ることはないんだ。けれども、菌をなくすと言うことはすごく難しい。だから昔の人は考えたんだ。菌がいても食べ物が腐らないようにする方法をさ」
「どうやって?」
ちょこんと首を傾げながら萃香が聞いてきた。なにこの鬼、可愛い。
「菌が繁殖するのには必要なのは栄養と水分。でも、栄養を食べ物からなくしてしまうと美味しくはなくなるよね。だから保存食ってのは、水分を如何に少なくするかが大切なんだ」
塩蔵なんかは細菌が繁殖できないほど塩濃度を上げることで、腐敗を防ぐって言う意味もあるけれど、まぁ、食品に含まれる水分をなくしているのも事実。
「食品に含まれる水分は主に、自由水と結合水の2種類あるんだ。この時、菌が繁殖に必要としているのは自由水になる。だから自由水を減らせば、菌の繁殖を抑えることができるの。多くの保存食は、この自由水を減らすことで保存できるようになっているよ」
もう少し詳しく説明すると、結合水は食品中で炭水化物やタンパク質とくっついている水のこと。自由水は、その名の通り食品中で自由に移動なんかできる水のことだね。
「ようは、温めて水をなくせばいいってこと?」
「うん、そんな感じ。そうやって直接水分をなくした物が干物や乾燥食品かな。けれどもそれだけじゃなくて、塩分や糖分を入れることで自由水を減らす方法もあるよ」
ようは、ふよふよと食品中で漂っている自由水と塩分や糖分をくっつけさせることで、自由水じゃなくすっていう方法だね。ホント、よく考えたものだよ。
また冷凍なんかも同じような原理。凍らせることで、自由水を動かなくさせ菌が繁殖できなくなるから、保存できるようになる。
「でもさぁ、保存食って新鮮な食べ物と比べると、どれも味はいまいちだから、私はあまり好きじゃない」
「ん~……そればっかりはねぇ。誰だって新鮮な食べ物を食べたいけれど、食材には旬ってものがある。だから、それは仕方がないことだと思うよ」
「そーなのかー」
こら、他人のセリフを取っちゃダメでしょ。やめてください。どうすんだよ、もうルーミア呼べないじゃん。
そう言えば、外の世界では季節なんか関係なく、食材が手に入るらしいね。ホント、羨ましいことだよ。
「そう言えば、まだ料理を出してもらってないんだけど……」
「ああ、ごめん。忘れてた。ちょいと待ってね」
話に夢中になっていたせいで忘れてたよ。
ん~……しかしなぁ、今日はまだ何の準備もしていないから、直ぐに料理を出すことなんてできないんだよなぁ。時刻だってまだ早朝と言っても良いくらいだと思う。
だいたい、まだ店開いてないし。
カウンターの向こう側へと周り、ガサゴソと何か食べられそうな物を探してみる。
やべぇ、何もない。
「はい、とりあえずこれでも食べてて」
小さくなってしまった鰹節が見つかり、とりあえず萃香へ渡す。まぁ、それでも舐めてなよ。意外と美味しいから。
鰹節だって立派な保存食。今日のお話にも合ってるしバッチシだね!
「……これ、だけ?」
それくらいで半泣きになるな。
あんた鬼でしょうが。頑張りなさいよ。
「わかった、わかったよ。もうちょっと待ってて。何か持ってくるから」
さて、どうしようか。
塩蔵している他の保存食もあるけれど、それほど量があるわけじゃない。ん~……ああ、アレがあるか。
一ヶ月ほど前、咲夜さんが来て『いつも妹様がお世話になっているお礼です』なんて言ってくれた食材。
牛、丸々一頭分の肉。
どう考えても食べきれない量。どうしろと。この店にお客さんなんて来ないんだから、こんなにはいらないよ……
仕方がないため、とりあえず温湿度管理できる部屋に入れておいた。そろそろ食べごろなんじゃないかな。
「えっ……何それ?肉なの?なんかカビが生えてるように見えるけど……」
「ほら、肉は腐りかけが美味いって言うだろ?」
「いや、それ明らかに腐ってるじゃん」
件の牛肉を切り取り、萃香の元へ持っていくとそう言われた。
表面は黒ずみ、綿毛状のカビなんかも付いている。食欲なんてそそられない。どう見ても腐ってます。本当にありがとうございました。
「いや、これでも一応腐っているわけじゃないんだ。ただ熟成させただけだよ」
昨今でも有名になりつつある熟成肉。
見た目はどう見ても腐った肉だけど、カビ臭い匂いではなくナッツのようなまろやかな香り、そして実際に味も良い。
黒ずんだ部分や白カビが生えた部分を落とし、残りの部分に塩をかけ適当に焼く。
熟成肉が保存食と言えるのかは、微妙なところではあるけれど、このままだと余っちゃうしね。ちょうど良いと言うことにしておこう。
「おや、意外と良い香りじゃないか」
肉の中から染み出した脂が弾け、良い香りが漂う。味だって悪くはないはず。
「肉を見るとやっぱり、お酒が飲みたくなるねぇ」
まだ、朝だよ?まぁ、萃香なんて一年中、朝昼晩飲んでいるけどさ。
さて、本日のメニューも決まったことだし、この肉が焼けたらそろそろ店を開けるとしようかな。いつもの調子ではお客さんは訪れてはくれない。
けれども焼いた肉から溢れる香りは、きっとお客さんだって引き付けるはず。
今日ばかりは閑古鳥にも休んでもらいたいところです。
読了お疲れ様でした
保存食のお話のはずが、なんかあっちこっち飛んじゃってますね
なんとか一話4000文字以内に収めたいものです
では、もしよろしければ次話でお会いしましょう
感想・質問何でもお待ちしております