机上にて描く餅(短編集)   作:鳥語

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 軽め感じの一人称。
 独自要素強め。


狸だより

 

 

 片手をぶんと振る。

 手に持った柄杓の底を抜け、風がひゅるんひゅるんと通り過ぎていく。

 くるくると回す度、ぶんぶんと遊ぶ度。

 その感触と軽い音。

 

「ふーん、ふふふーん」

 

 その感触を愉しみながら歩を進める。

 鼻歌交じりに上機嫌。リズムよくと振りながら、時折指先くるりと回転。

 楽しげに振り回され続ける柄杓は、そのまま私のご機嫌な気分を表している。

 そう、今日は休み。

 久しぶりの一日まるごとのんびりできる休暇である。

 

「ああー、久しぶりに羽根が伸ばせる」

 

 降り注ぐ太陽を浴びて。

 幽霊としては少々きつい紫外線。

 

――まあ、それでもたまには恋しくもなるものね。

 

 あの幽霊――神霊騒ぎ。

 とある大昔の聖人とやらが蘇った大事件――そして、それが私たちの暮らす命蓮寺の真下から現れたこと、仏教と苛烈な因縁を持つ仙人なんてものだったこと……そんなものが重なって、大きないざこざとなった。

 訳のわからないいちゃもんをつけられ、どうたらこうたらと面倒事を持ち込まれ、「すわ決闘じゃ」「こりゃ焼き討ちじゃあ!」「やってやんよ!」「拳骨くらいなさい!」「うぎゃー!」「てー!」……と、もめにもめ。

 そんな滅茶苦茶な状況になってしまったところに、業を煮やした姐さん(と向こうの親玉)が、少々ときつい灸を据えて場を鎮静化させた。

 ついでにそこでお互いの力量も確認し合ったようで、何とかと会談は軟着陸、直接ぶつかり合うのは世の中に優しくないと、交渉と話し合いを重ねて取り組みを決め、やっとのところで、落ち着けた。

 

 そういう、忙しい日々だったのだ。

 

「うーん」

 

 ぐっと伸びをして、今までのぎすぎすとしていた空気を追い出す。どう転ぶかもわからないまま、ずっと気を張ったままに缶詰にされていた疲労を、今の空いた時間でリフレッシュするのだ。

 そのために、今晩の食事当番も一輪に代わってもらったのである。

 あとは、何をしてそれを為すか。

 

――どうしようかな……?

 

 とりあえず、いいお天気なのでということで外に出てみたのはいいものの、この先何をするかというのは決めていない。

 ただ、本当になんとなくと足を向けただけ。

 いつの間にか水場に近い方に向いているような気がするのは――まあ、本能のようなものだろう。

 

「――ん?」

 

 そうやって辿り着いた川辺。

 その辺で怪しげに何かを行っている赤黒青の特徴的な後ろ姿。

 

――あれは……。

 

「ぬえじゃない。何やってるの?」

 

 とても飛べなさそうな変な羽根が覗く背、少々、目に悪そうな配色の――現、妙蓮寺の居候……のようなものである正体不明の妖怪。

 封獣ぬえが、そこにいた。

 

「んえ?」

 

 間抜けな声を上げて、こちらに振り向く――と同時に、彼女の周りには何やらもやもやとした霧のようなものが多量に溢れだし、その姿を覆い隠していく。

 それは確かに何とも例えようがない、正体不明な何かであり、白だったり黒だったり、光っていたり回転していたり……何といえばわからないほどに、不安定にぼやけていく。そして、そのままじっと見ていれば、私がそうだと思う正体不明の何か、その代替え品へと変化してしまうのだ。私の認識を使って、その姿を正体不明と隠す。それがぬえの能力。

 その妙ちくりんな何か――彼女はそれを正体不明の種だといい、それを自由自在に操っては様々な悪戯に利用する。前に私たちが起こした異変……姐さんの復活のために頑張っていたときも、その力で色々と引っかき回してくれた。

 まあ、何も言わなかった私たちも悪かったのだが。

 

 それにしても――

 

――目がチカチカする。

 

 直視すれば目に悪い気がする。

 落ち着かなくさせられてしまうその何か。

 

「ああ、なんだ。村紗か」

 

 幸い、すぐに私だと気づいたようで、すぐにそれを取っ払い、元の小柄な少女の姿へと戻った……すぐに逃げだそうとはしないあたり、どうやら悪巧みというわけではないらしい。

 少なくとも、私に対してのものではない。

 

「なんだって何よ……って、あれ? そういえば最近見かけなかったわね」

 

 そして、そういえば、と思い出す。

 いつも食事時となればひょっこりと顔を出し、何だかんだと文句を言いながらも、姐さんや一輪が作った食事を美味しそうにほうばって、後かたづけも何もせずに逃げていく――その後で拳骨か説法を落とされる姿を、ここ最近は見ていない。

 忙し過ぎて見えていなかったのだろうか。

 

「ん、ああ」

 

 そんな私の疑問に、ぬえは煮えきらない調子で答えた。

 頭に手をやりながら、なんだか歯切れも悪く。

 

「何だか、最近忙しそうだったから――あいつらのせいで」

「え?」

 

 どうやら、本当にきていなかったらしい――何やら、後半にぼそりとつぶやかれたところがよく聞こえなかったが、「あいつら」だとか何とか……いったい何の事だろう。

 そう思って聞き直そうとしても「なんでもない」とすげなく返されてしまう。

 

――やっぱり……。

 

 何か後ろめたいことがあるのだろうか。

 だから、命蓮寺近づかなかった。

 

 そう考えて、訝しげな顔をする私に。

 

「い、いや、みんな元気かなーって……ほら、最近色々あったじゃない」

 

 慌てたように手を振って、ぬえは答える。

 確かに、その姿が見かけなくなったのはあの事件の前後ぐらい。しばらく、私たちが忙しく動き回っていたときあたりからである。

 色々と騒がしかった分、皆それぞれ仕事や手伝いやらと気忙になっていた。そのために、彼女が遊びに来ているのかどうかのすらもわからなかったのだ。

 

――もしかして……。

 

 遠慮、していたのだろうか。

 このはた迷惑な妖怪……それでも、確かに私の友人であり、どうやら姐さんにも少しずつ懐いてきているような気もする彼女が、一応と私たちに気をつかい、しばらくと来客を遠慮していた。

 邪魔をしてはいけないと、足を遠ざけていた。

 そういう可能性もある。

 

「な、なによ?」

 

 じろりと見ると、少々たじろぐ。

 なるほど、それが恥ずかしかったのだというのなら、先ほどの様子も多少は説明がつく。普段悪戯ばかりしている彼女だからこそ、そうやって気を使ったことがしれるのが嫌だったのだ。

 だから、それを誤魔化そうとして。

 

「……にしし」

 

 笑みが浮かぶ。

 もし、そうであるのだとしたら……随分と可愛らしくなったものである。

 あの封獣ぬえが、と――揶揄うのにうってつけ。

 

――これはぜひ確かめないと。

 

 もっと突っついて確かな証拠を。

 きっと楽しい暇つぶしになると。

 

 そう考えて、口を開こうとした。

 

 

 

 

 そこに――

 

リン、という音がした。

 

 

「……来た!」

 

 何だろう。

 その出所を捜して周りを見回したところで、ぬえが叫ぶ。

 

「なに……」

「黙って!」

 

「何か」と尋ねようとすると、「しっ」と人差し指を唇に当てて制された。

 そして、姿勢を低くしろと片手で指示し、自分自身も中腰となって屈み込む。

 

「……?」

 

 訳がわからないまま、一応と言われた通りに姿勢を低くする。

 そうして、ぬえの隣に並んでみると。

 

――ん……?

 

 ちくちくとする草むらの間から――覗くのは、川を挟んだ向こう側の光景。がさがさと揺れ、何か(・・)の気配を漂わせる林の様子。

 

「よしよし、こっちこっち」

 

 ぶつぶつと何事かを呟くぬえ。

 その視線とそのがさがさを結んでみれば、そこにある一つの物体――あれは、甘藷だろうか。

 

――そういえば今朝、用意して置いた材料が少しなくなったって……。

 

 そんなことを響子がいっていた気がする。

 なくなったのはほんの少しで、痩せたものばかり。どうせナズーリンが手下の餌にでもしてしまったのだろうと、誰も気にしていなかった。

 

「そうそう、そのままそのまま」

 

 けれど、そこに置かれているのは、確かになくなったそれらと同じ種類のもの。犯人は彼女であったのだ――と、頭の中で、冤罪を訴えていた鼠が妙な格好で指を指す。

 確かに、そうだったのかもしれない。

 けれど、それでは一体何のために、という疑問も浮かぶ。

 

――そんなことしなくても……。

 

 元々、それらは汁物に混ぜ込んで質の悪さを誤魔化してしまおうとしていた材料であったらしいし、あまり足しになるというほどの量もなかった。そのまま譲ってしまっても構わないぐらいの、誰かに言っておけば大丈夫だったはずのことである。

 それなのに、わざわざそれをこっそりと(きっと夜のうちに忍び込んだのだろう。)それを頂戴していった。

 まるで、何かばれたくないことでもあるように。

 

「……」

「ようし、いけるいける」

 

 隣で拳を握る。

 何をそんなに夢中となっているのか――訝しげに目を細める。

そして、再びその見つめているものへと視線を向けてみれば。

 

――あれは……。

 

 茶色い塊――それが、草むらから顔を出した。

 音も無く、するりと地面に降り立ち、そのすぐ側に置かれた獲物を睨みつける。

 辺りを警戒し、しばらくその周りをうろうろとうろついて――ゆるりゆるりと、そこに近づいて。

 

「……」

 

 息を呑むぬえ。

 その真剣な雰囲気に、思わず私もそれをじっと見つめて。

 

「――今!」

 

 その餌に食いついた瞬間、ぬえが片手を振り上げた。

 

 驚き、びくりと動き止めたその頭上に丸い形をしたふわふわと浮かぶ浮遊物体が現れて――ぽんっと、そのカモフラージュが解けて、大きな加護のようなものへと変化する。そしてそれはそのままと重力にしたがって落ちて――その茶色の塊『小さな狸』を閉じこめた。

 

「……」

 

「ぎぃ!」と驚きの声を上げる、哀れな獣。

「よっしゃ、成功!」と喜びの声を上げ、慌ててそれに重石をのっけに行く――一応、古の妖怪の一匹であるはずの少女。

 

 どうにも、よくわからない。妙な光景。

 いったい何をしているのか。

 

「……何してんの?」

 

 その喜びように、若干の混乱を感じながら、それを聞く――よくよくと辺りを見てみれば、同じように何かが落とされたような地面の跡と、ちぎれて微塵となった食べ物の残骸。

 この様子からして、何度もこれを繰り返し――ほとんど失敗していたのだろう。先ほどの鈴の音も、多分、林の方のどこかに結び付けているのか。

 一体何をやっているのだろう、この意味不明の妖怪は。

 

「ん、ああ」

 

 その私の胡乱な目に気づいたのか――ぬえは、ガッツポーズと持ち上げていた両手をぱっと下ろして……「おほんっ」と、少し恥ずしげな様子で咳払い。

 そして――

 

「なんでもないよ」

 

 にこりと笑っていった。

 

――……。

 

 あからさまに怪しげだ。

 何かを企んでいるのは、これで決まりだろう――私の直感はそう弾き出す(誰でも判るような気もするが)。

 まあ、それでも一応最初は信じてみるのが姐さんの教えだ。相手を疑わず、まず信じることから始める

 そのためにも――

 

「……そんなのどうするの?」

 狸汁ってんなら、うちは畜生喰いは御法度だよ。

 

 そう探りをいれるようにして探ってみる。

「そんなのしないって」とぬえは片手を振るが……私の目から疑いが抜けていないのを察したのだろう。

 すっと目をそらして、下手な口笛を吹いた。

 

――こんなに……。

 

 隠し事をするのが下手だったろうか、この正体不明のはずの妖怪は。

 

「……はあ」

 

 一息、何か諦めのような息が出て、それにぬえはびくりと震えた……それからそのまま、じっと視線を向けて、その姿を瞳に写し続ける。

 

「……」

「……」

 

 じりじりと射す日光のように――視線だけで訴えて、その肌を焼く。

「何を企んでやがる」「なんでもない」「お見通しだよ」「なんでもないって」「どうしても答えないつもりか」「何もないんだってほんとに」「……姐さんにいいつけるわよ?」「……」

 

 そんな感じでの、無言のやりとり。

 ぎろりじろりと視線をぶつけ合わせ……とどめに「南無三」と切り札を放ったこちら。

「うぐ」と焦った表情をするぬえに――勝った、と微笑む

 

――ま、そこらはみんな一緒よね。

 

 やはり、なんだかんだと言いながらも姐さんには弱いのだ。お説教を食らいたくはないし、嫌われたくもないのだ(そのくらいで嫌われるはずがないけれど)。

 結局のところは、みんな同じ。

 あの寺から離れない――姐さんの、傍でどうせなら笑っていたいと思う。

 

 だから、それはこの新入り居候の痛いところでもある。

 

「――ほんとなんでもないことなんだけど……」

「なら、別に話してもいいでしょ」

 

 最後にそうやりとりをして、ぬえは息を吐く。

 観念し、やっとそれを話す気となったらしい。地面にどさっと腰を下ろし、嫌そうにそっぽを向きながら口を開く。

 

「……ちょっとね。外の知り合いに連絡をとろうと思って」

「外の……って外の世界の?」

 

 明かされた目的に「うん?」と首を傾げる。

 外の――それは多分、この幻想郷の外、外界のことを言っているのだろう。私たちも地底の妖怪として、結構な年月を地上と切り離されていたのだが……それとはまた別の意味で隔絶しているのが、外の世界である。

 そこにいる知り合い――ということは、まだ幻想にもなっていない存在だ。しかも、この『鵺』が外にいたころとなると、一体いつごろの知り合いだというのだろう。

 そして、それに連絡をとるとは。

 

――そもそも……。

 

 そんなことをどうやって行えるというのか。

 

「ほら、こいつ」

 

 疑問に思った私に、ぬえはくいっと首を動かした。

 そうやって指すのは、先ほどの籠――そのうちにいる狸のことである。

 

「こういう間抜けなの……妖怪に化けることもない長生きしなさそうな奴を使えば、上手くいくかもしれないと思って」

「……どういうこと?」

 

 よくわからない。

 そんな何の力ももたないような狸風情が、一体どうやって妖怪の賢者が作ったというあの結界に太刀打ちできるというのだろう。

 そう質問すると「だから、対抗しないからいいんだって」と答えた。

 

「つまりね。こいつらはどっち(・・・)に居たってただの狸……幻想でも何でもない、ただの動物に変わりないから、ってこと」

 

 ぬえは、そう説明する。

 こういう間抜けな罠にかかる狸――長生きしそうになく、知恵も知識を決して身につけることはないだろう狸は、妖怪に化けるという可能性もほとんど持っていないといっていい。つまりは、こちら(幻想郷)に生まれ、そこで育った存在だというだけで、それは、外の世界にいる固体と何の変わりもないということだ。

 ただの狸のまま、ということなのである。

 

「それがどうし……あ!」

「ね。それなら、あの結界には引っかからないかもしれない」

 

 そういうことである。

 大結界を構成しているうちの一つであるという、常識と非常識を隔てる境界ともいうべきもの。それが私たちをこの世界へと引き寄せて、外の世界とを区分する要ともなっているとされている

 けれど、それは、私たち(幻想)には通じても、そうでないもの(当たり前のもの)には通じないという可能性もあるのだ。いや、むしろそれを異物として外に吐き出してしまうということもあるかもしれない。

確か、一瞬だけこちらに迷い込み、すぐに『何かを思い出して』、姿を消してしまったという外来人の話を聞いたことがある。

 それはつまりは、それが向こうの世界での常識の中にあるものならば、それが外に出ていってしまう可能性もある、ということではないのか。

 

「なるほどそれなら――」

「ね。いけそうでしょ」

 

 そういうことなら、もしかしたら。

 いや、けれど。

 

「――けど、それじゃ意味がないじゃない」

 

 そうだ。

 もし、それが外に出られるというのなら、そこには何の力もないということ。知恵も知識もない、ただの獣であるということになる。

 そんなものを使っても――使うことすらできない。それは訓練も何もされていない、ただの動物で、しゃべることも届けることも何もできないのだ。

 

「ああ、そうだね」

 

 そこで、ぬえはにやりと笑う。

 頬を持ち上げ、意味ありげに微笑んで――。

 

「だから、私はそれに手紙を括りつけておくだけしかしない」

 

 取り出すのは、宛名を表に小さく折り畳まれた書状――表には、何やら妙な文言が宛名として書かれている。

それは、妖怪相手というよりも、むしろ……。

 

「これをこうして」

 

 それを読み解く前に、ぬえは懐から取り出した布でそれを包んだ。そして、「きいきい」と暴れる狸を罠の中から取り出し、いくらかと苦労しながらも何とかと結びつける。

 微妙に能力を使っているのは、多分、それを勝手に解いてしまわないようにということだろう。獣程度なら、その認識を誤魔化しておけるはずだ。

 

「これで……よしと」

 あとは、こいつを結界の端辺りで放すだけ。

 

 そういって、そいつをまた籠の中に放り込む――大人しなったけれど、狸は一体何を見せられているのか。

 

「でも……それを誰が届けるのよ」

「まあ、多少は私の力を使っておいたし――それに気づくような頭が回る奴も少しは外にいるよ、多分」

 数打ちゃ当たるって、と。

 

 どうやらそれを何度も繰り返してことを為そうとしているようだった。

 確かに、もし、それがこの結界から出られたとして、一体それが何処に出るのか――もしかしたら、その時々によって出口が違うのではないか、ということを考えれば、その方が可能性もあるのかもしれない。

 けれど――

 

「気づいたからって、それが届くとは限らないじゃない」

 

 そんなものを届ける義理はない。なんだこんなもの、と破り捨てられてしまう可能性もある。そもそも、その拾った相手がその届け先である相手を知っているとは限らないのだ。それが届く可能性は限りなく――

 

「大丈夫」

 

 けれど、ぬえは自信満々と太鼓判を押す。

 それが届くと――届ける相手を知らないはずがないと。

 

「それが同族なら、必ずあいつを知ってる……それに、もし、それがその近くまで行ったなら必ず気づいてくれる」

 

 そう断言する。

 確信でもあるように、しっかりと。

 

「なんたって、狸たちの大親分――その縄張りでは、狐一匹見逃さないほど目がいいんだから」

 

 その自信――それに私は疑問と共に興味を覚えた。

 狸の大親分。

 この『鵺』に、そこまで言わせてしまえる存在。それだけの信頼と信用に値する、強力な力を持った妖怪とは。

 一体、どんな存在なのか。

どれほどの大物なのだろうか。

  

「……そんなに、強力なやつなの?」

 

そして、そんなものが、それほどの存在が、どうやって外の世界で生き延びているのかと。あの妖怪という存在すべてを消し去ってしまった外の世界で、一体どうやって自らの身を守り続けていられるのかと――そういう疑問を持つ。

元々、幻想が存在した外の世界ですら受け入れられなかった私たちであるからこそ、そうやって上手くやっているという妖怪が、とても気になったのだ。

 

「――ああ、強力だよ」

 

 それに対して、ぬえはにやりと凶悪に笑う。

 愉しそうに――悪戯っけと邪悪さ混みで。

 

「人にだって妖怪にだって――神様にだって化けられる」

 

 その強さ。その頼りがい。

 誇らしげに、まるで自分の力を示すように。

 

 

「十人程度じゃ、ぜんぜん足りないくらいね」

 

 

 そういった。

 

 

――……。

 

 少しの疑問。

 十人という単位と、安心しろとでもいうような、ぬえの言葉調。

 

「あんた……」

 

 それを尋ねようとしたところで――また、リンッという音。

 何かが近づく、鈴の音。

 

「よし、もう一匹!」

 

 ばっと音の元へと飛んでいく。

 何を考えているのかも正体不明な友人。

 

「……ま、いっか」

 

私は、ほうっと息を吐いた。

 何を考えているかはわからないが、きっと、寺のみんな(私たち)に迷惑がかかるようなことはしない。

そう、なんとなくに理解して――

 

「ま……姐さんに怒られないようほどほどにね」

「はいはい、わかってるわよ、とっ!」

 

 きいきいろと鳴き喚くその小動物の哀れな声を聞きながら、私はきびすを返す。

 

 あの楽しそうなぬえの表情――妖怪らしい悪い顔。

 どうにも、うずいて仕方ないのだ。

 

「少し――私も発散しにいこうかな?」

 

 そんなことをぽつりと呟いて、テンポよくと地面を蹴る。

向かうのは――どこかの水辺、()の浮かんでいそうな場所。

 

――まあ、ここらにはほとんど船なんてないし……。

 

 あったらあったで、それはとても運が良いことだ。

 それこそ、仏様の思し召しというぐらい。

 

――さてさて……。

 

 信心の成果が試される――なんて。

 

 

「だーれか、お船であそんでー、いませーんかー、と」

 

 

 そんなことを考えながら鼻歌交じりに歩く。

 今日はいい天気。

 

 

 

 絶好の――船沈め日和だ。

 

 

 




 まあ、妖怪はどこまでいったって妖怪。
 見上げ入道、船幽霊、いくら頑張っても本音は疼く。
 造作なく全てをこなせるなら修行などいらないのだと。
 とんちんかんにもそんな言い訳をする破戒妖怪。
 ぬすっと猛々しいながらもみんな(と自分)のために。
 得難い助っ人を呼ぼうと画策。方法は運任せに成否不明の妖。



 狸を捕まえるために何手と先まで読めばいいのかと。
 手読み、狸捕まえ、取り返しては再利用してその頭の先に。
 というお遊び込みで。

 少々、キャラ把握があまかったかもしれません――違和感を感じた方はどうぞご指摘をお願いします。

 読了ありがとうございました。

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