毛色は違っていますが、よければお試しを。
やあ、あなたが件の外来人か。
初めまして、私は上白沢慧音。この人里で寺子屋を営んでいる者だ。いつもはそこで教鞭をとる立場にある。
この度は、あなたを里に迎えるに従っての案内を務めさせてもらうことになった。宜しく。
……何、そう緊張することはない。
何せ、こちらに居着くことになる外来人など珍しいものでな。最初はみんな、色々と外の世界の話を聞きたがってうるさいくらいかもしれないが……実際、私も色々と質問してみたいと思っていることがいくつかあるんだ。
どうかな? 案内が終わった後にでも歓迎会も含め、里の居酒屋で一杯ぐらい。
……ああ、いや。少し話がずれてしまった。
すまない。話を元に戻そう。
まず、外来人である君がこの幻想郷で一体どうやって生活をしていくかということだ。この先ずっと里で生きていくのなら、まずは仕事を探さなくてはね。
え、ここに住むことにした理由は聞かないのかって?
ああ。それは別に気にするようなことじゃない。話したければ話せばいいし、話したくなければ話さなくてもいい。
まず、この幻想郷に訪れること自体が、いわゆる曰く付き……ある程度の事情があるということだからね。
皆々、それぞれに特別な事情がある。
自分のことを話したくないものも多いのだから、わざわざ相手のことを探ることもしない。
それも、
……無論、危険人物に関しては当てはまらないのだが。
見る限りでは、君にその心配はなさそうだし。一応、しばらくの間は警戒されるかもしれないが、まあ、普通に暮らしていれば、大丈夫。皆そのうちに受け入れてくれるさ。
それよりも、何をして暮らしていくのか、というのを今の内に決めておかないと……後々、面倒なことになってしまっては私も困る。
働かざるもの食うべからず。
これはどんな場所でも共通した概念だ。しばらくの間は、皆、君のことを歓迎し、世話も焼いてくれるだろうが……ずっとそれを期待することはできない。
君も、いつまでもそんな状態じゃ肩身が狭いだろう。そのためにもまず、手に職をつけておかなければ。
その仕事によって、住む場所なども追々決め手いけばいい。ずっと、里の集会所を使わせているわけにもいかないしね。
それで、君は外の世界で一体どんな職業をしていたんだい。何か特技があるのならこちらでも……。
何? 板前?
なるほど、料理人か。
外界の料亭で主に魚介を扱っていた、と。
ああ、それなら、里にある料亭や食堂を回ってみれば、働き口が見つかるかもしれないな。
外界の調理法に興味を持つ者もいるだろう。上手くいけば、店の宣伝にも繋がるし、歓迎してくれる可能性もある。
まあ、腕にもよるだろうが……。
よし! それではこうしよう。
まず、今度の寄り合いで君の腕前の披露してもらう。丁度いい自己紹介になるし、どれほどのものかという試金石にもなるだろう。
里の顔役たちは、勿論参加しているし。上手くいけば声がかけてくれることもある。
どうだ、自信はあるか?
……なかなか乗り気のようだな。
よし、ならばそうすることにしよう。私も参加するし、君の料理を愉しみにしているよ。
ん? 材料の調達?
ああ、そうだな。それは私が手配しておこう。
何、寄り合いにでる料理は皆が里の管理のために集めた積み金からでることになっている。差し入れはいつものことだし、気にすることはない。半分は、疲れを癒すための宴会のようなものでもあるからな。
里人なら誰でも参加可能だ。美味しいものであるなら誰も文句は言わない。
おや、少し心配になったか。
まあ、大丈夫。外来の料理人というだけで随分な話題性がある。もし、腕がなくとも見習いからということで雇ってもらえるさ。
それは失礼だと? なら、頑張りなさい。
では、肝心な材料だが。
……ああ。この辺りで手にはいるのは主に川魚や山菜の類、あとは里で栽培している米や野菜といったものだな。
海に関するものは……うん。見ての通り幻想郷には海がない。しかし、それが絶対に手に入らないというわけでもないんだが。
ああ、時期にもよるが……直接みてもらった方が早いかな?
丁度、あっちに魚売りもきている。
覗いてみよう。
やあ、親父さん。
今日の出入りはどんなものだい?
ああ、山女に岩魚……これは鯉か。随分大きいな。なかなか型もいい。井戸にでも浸けて臭み取りすれば美味しいだろうな。
ん? ああ、こちらが件の外来人だ。
これから世話にもなるだろうし、顔を覚えてやってくれ。そう、君もちゃんと自己紹介しておきなさい。
……よろしい。
それで、それにも関わることなんだが。
どうだ? 最近に
まだない、か。周期的にはそろそろだと思うんだが……いや、大丈夫。すぐに必要というわけじゃない。
ああ、それは今晩のおかずにぴったりだな。彼を案内した帰りにでもまた寄らせてもらうよ。
ありがとう。
……さて、どうするかな。
どうやら、海産物の類は入ってきてないらしい。それ以外でも大丈夫か?
なんとかなりそう、だと思うか。あまり自信はなさそうだな。
ふむ、どうするべきか……ん、おやじさん?
どうしたんだわざわざ?
何、あれが現れた? 里から少し行ったあたり?
……君は、なかなか強運の持ち主のようだな。上手くいけば、取れたての新鮮な海の幸が味わえるかもしれないぞ。
ほら、あっちに漁師の皆がかけていく。
よし、どうせなら見に行ってみようか。
君にも良い勉強になるだろう。
……この幻想郷をもっとよく知るためのね。
……。
よし、あそこだ。
だいぶ遠いが……なんとか追いつけそうだ。少し走るぞ。
ん? あれは何かって?
いい質問だ。ちゃんと疑問を人に尋ねることは君の成長に繋がる。その気持ちを大事にしなさい……ああ、いや、すまない。いつもの癖が出てしまった。
何だか君が寺子屋の生徒たちをダブってしまってね。まあ、こちらに来たばかり。何も知らないという子供のような状態だからそう思ってしまったのかもしれない。
ああ、いや、君を軽んじているつもりはないんだ。職業病からくるちょっとした癖のようなものさ。
気にしないでくれ。
……私からすれば、みんな子供のようなものだからな。
ああいや、何でもない。
では、改めて。
君は、『逃げ水』というものを知っているか?
ああ、そうだ。決して捕まえられぬ水。近づいても近づいても近寄れない。幻の水、というものだ。
蜃気楼の一種。目の錯覚による現実には存在しないものとされることもある。
あれも、その一種だよ。ただし、捕まえられる逃げ水、というものだけれど。
矛盾している? いや、厳密には逃げ水ではないからね。ただ、似ている。場所を変えて移動する水場というものだから、それに例えているというだけだ。
何、わかりづらい?
……うん。よく生徒たちにもいわれるんだが、私の説明はそんなにも難解なんだろうか。だから皆、揃って面白くないと。
ああ、いや、すまない。これは私事だ。忘れてくれ。
それよりも……ああ、追いつけた。
これが幻想郷における海の幸を得られる場所――漁師の仕事場だよ。幻想郷でとれるほとんど全ての海産物はここから採ることができる。
ああ、ただの湖にしか見えないだろうな。
しかし……少し掬って舐めてみてくれないか? 大丈夫、毒じゃない。
……。
はは、ひどい顔だな。
けれど、わかったろう。しょっぱいんだ。
これは海の水。正確には、それに極めて近い水質の湖なんだよ。
この中には、様々な魚介類。主に、海に住むものたちが暮らしている。この海のない幻想郷にはありえないはずの、海の幸が唯一生育している場所なんだ。
ほら、向こうから漁師が網をもって走ってきているだろう。あれを使って、魚介を仕入れ、それを魚屋や料亭に卸す。この幻想郷で僅かにしか採れない海産物を扱う者たち、それを専門として働いている者たちだ。
時折だけ現れるこの湖を出現を嗅ぎとって、その居場所を探り、成果を得る……長年築いた勘と経験がものをいう商売だ。
ある程度時間が立ってしまえば、この湖はあとかたもなく消えてしまうからね。
勿論、その中身も一緒につれて……まるで幻のように消えてしまう。それを探る術を持っているのは、彼らのような職業の者たちだけだ。
生粋の玄人だよ。
その姿勢は見習うべきものだな。
……うん? 結局この湖は何かって?
ああ、先にも言った通り『逃げ水』……居場所を変えて、この幻想郷において、さまよう湖の一つ、というものだ。
一説には、海のないこの幻想郷で塩を穫るため、海産物を得られるようにと妖怪の賢者が用意したとも言われているが……その前、この土地が隔離された場所になる以前から、あれは存在したという話もある。
さまよう湖。移動する湖の中に、一つだけ存在する塩の湖。それは、その中にある昔話の臼が落ちているためだとか、湖自体が一種の妖怪であり、それがたまたまそういう性質を持ったのだと考えている者もいる。
……つまり、何もわかっていないということだ。
わかっているのは、ただ、この湖が周期的に幻想郷を回っているのだということと、そこには大量の海の幸が眠っているということ。
それに、それが、人々にとって大変と珍重されるものだということだな。
昔、この湖の謎を明かそうと素潜りで潜ってみたものいるそうだが、何やら底の方ほど広くなっているようで何処に通じているのかすらもわからず、途中で諦めて帰ってきたらしい。
もしかしたら、この底にはそれこそ人知を超えた何かが眠っているのかもしれない。私たちは、その僅かなおこぼれを授かって生きている……といってしまうのは過言か。
とりあえず、これが私たちにとって便利で、命綱にもなっている大事なものだ、ということには違いない。
たまにしか現れないが、得られる実りは計り知れないものがある。久しぶりに、美味しい海の魚介が食べられるし。
生活として、また、文化や歴史の観点からしても、この湖は本当に貴重な存在だ。だから、皆、ある種の信仰すら持っているのかもしれない。
怪しきもの、人知を超えたもの、素晴らしきもの、必要なもの――一説にはこれを神と崇めるものもいる。
ああ、そうだ。
八百万。この国の主要な概念の一つだな。
うん。よく勉強している。
……と、忘れていた。
では、材料調達といこうか。
丁度いい。あの漁師たちに声をかけて、直接交渉してみるといい。上手くすれば、得意先の料亭なども紹介してもらえるかもしれないし、君にとっても、彼らに顔を知らせておくのはよいことだろう。
まずは、行動してみることだ。
頑張りなさい。
よし、その意気だ。
私はここで待っている。
……さて。
そうなると、少し時間が空いてしまったな。
彼が交渉を終えるまで、どうするか……ん?
ああ、これはこれは。妹紅殿じゃないか。こんな所でどうしました?
釣り? それなら、私もご一緒してよろしいですか?
上手くいけば、釣った魚を美味しく料理してもらえるかもしれませんよ。
ええ、後で私の家によってもらえれば。
なに、焼いただけでいい?
そんなことはいわずに。どうせまた、ろくなものを食べていないんでしょう。たまには、ちゃんとしたものを食べないと……。
ああ、そういえばこの前里で売っていた筍の評判は良かったですよ……そんなに照れなくても、みんなもっと、里に来てほしいと思って。
ああ、それにこの前案内してもらった者も……。
ええ、元気に……。
幻想郷に海がない。
けれど、海産物が全然手に入っていないようにも思えない気がしましたので、このような妄想を。
結局のところ、どうなんでしょうね。
なんとなくの想像。
慧音は相手が年上であったり、外向きの会話では敬語を使っている?(あくまでこの話のみの設定です)。