魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第87話 目覚めよ、その欲望

 

 

 

 凍える風が通り過ぎ、暖かな木漏れ日が大地を照らし出す、命溢れる季節。

 

 白い部屋で床につく男が、そんな生命力の塊である日差しを浴びれば、当然やることは一つである。

 

 

 

「―――――ぶえっくしょんッ!! ジュルジュルゥゥゥ」

 

 

 

 ……彼は花粉症であった、それもアレルギー性鼻炎との複合しているアレである。

 だがまぁ、そんなことはこの男にとっては些細なモノ。 そう、あの地獄に比べればこの世すべての病など、どうって事は無いのだ。 今思い出しても身震いする、地獄の中の地獄、地獄の3丁目、地獄最先端。 ムゲン螺旋地獄がいまだ身体に染みこんでいる男は、しかし、ソレも最近はなんとか乗り越えつつある。

 そうこの、起床間もなくやってくる幸福の時間帯――

 

「さぁて、もうすぐ7時30分。 今日も待ちに待った病院食の時間だ」

「はーい、元気に起きてますねー」

「お、きたきた!」

「トレーは机においといてくださいねー」

「あぁ、いつもの通りだね」

 

 なるべく塩分を抑えた味噌汁に、浅い浸かり具合の漬け物、すこし堅い米、さらに――いや、そこまでである。 質素にして素朴、その極みに達した食材だけで構成されたメニューは、戦闘民族が反乱を起こすこと請け合いである。

 それでも男はこの食事を口にする、こよなく愛した、初対面の刻など涙を流したほどである。

 

「……う~ん、今日も美味だ」

 

 そして男は今日も質素オブ質素な食生活を送っていく。 もう、あんな地獄を見るくらいだったら一生この中でもいいとホンキで口走りながら。 ……そりゃあもう、とってもいい笑顔で。

 

「ドクター!! いい加減帰ってきてください!!」

「なんだいウーノ。 私の一日で最も至高な時間を邪魔しないでもらおうか」

「こんな湿気った食事をよくもまぁ……」

「おい貴様! いまこの食事を何と言った!!?」

「……しまった、つい」

「誰の食事がハッピーセットだとぉぉぉ!!」

「ドクターの頭が大変ハッピーなのは否定しませんが……」

「そうさ! 今私は最高にハッピーさ!!」

「もうやだこの変人」

 

 盛大な笑い声とは裏腹に、ちまちまゆっくりと病院食を進めていく彼に、思わずめまいを起こすのは、彼のベッドで延々と読書にふけっていた長身の女性だ。 物静かが似合う女性なのだが、如何せんある特定の性質を持つ人物とは致命的に相性が悪い。

 

「それでドクター、いつまでここに潜伏しているつもりですか?」

「え?」

「そんな3日前に僻地に転属命令を出された高給取りみたいな顔をしないでください」

「いやだって……ここからでる? なぜだい」

「……研究はどうするのです? 最強の生命を自身の手で生み出すという悲願は」

「…………それは、だが……」

「どうしたのです?」

「外はダメだ」

「暗殺者など、我々が居る限り決して貴方には――」

「違う! 人間の作る武器などどうでも良い!! そんな物、私の生み出すモノの足下にも及ばないのだからな!」

「ならなぜ!?」

 

 ベッドに身を乗り出し、息がふれあうほどに接近するのはウーノ。

 悔しいのだ、イヤなのだ。 この奇人変人が何もなく、平坦な生を送っていき埋もれていくなど。 我慢ならないのだ、あの、欲望のままに歩んでいった背中が、病院のベッドで折れ曲がっていくのは。

 歯がみし、鋭く彼を射貫く瞳は揺れ動いているように見えた。

 

 襟を掴み、心のそこからの言葉を彼女はぶつける。

 

「――――っ!」

「…………」

 

 ここまでやってもし、彼がつまらないことを言い出すのなら、自身はきっと……

 

 

 

 

 

 

 

 同じ季節、同じ空の下。

 とある場所で修羅場が展開されているとも知らず、今日も今日とて孫悟空の仕事場は大忙しである。

 

「ぶえっくしょん!!」

「おい、大ぇ丈夫か?」

「す、すみませんカカロットさん……ぐじゅ」

「おめぇもカフンショウってやつか? みんな大変だな」

「はは……」

 

 ちょっとした体質事情か、それとも偶然なのか、鼻炎にすらかからない健康体な孫悟空さん。 はな垂れ小僧達にティッシュを持って行くと、彼等からは渇望の眼差しが突き刺さる。

 

 うらやましい。

 鍛えているから?

 あぁ、少しでもその体質を分けて欲しい。

 

 様々な怨嗟の声を背に受けながら、宛がわれた椅子に座り込んだ悟空はそのまま背もたれに寄りかかる。 ……寄りかかるだけなのだ。

 

「カカロットさん、暇なん?」

「お、はやて。 そうなんだ、特にやることなくてさ」

「はぁ……まぁ、わたしらが忙しくないのは良いことなんやけどな」

「そうか? オラもうつまんなくてさ」

「言うても事務作業は山ほど溜まってるんやけどね」

「いやぁ、暇だなぁ」

「………………にこっ」

「あ、ははは…………怒んなよはやて」

 

 役割分担と割り切っているはやてだからこそ出来る嗤い顔に、悟空が首だけ下げて謝る。 これも既に恒例となりつつある光景である。 さて、ようやく二人がそろったところでドアが開く。 そこから入ってくるのは、数ヶ月ぶりに顔を見せた苦労人、リンディ・ハラオウンである。 皆の背筋が一気に伸びる。

 

「皆さん、お疲れさ――――くちゅんっ!」

「かわいい」

「可憐だ」

「大丈夫ですかリンディさん?」

「おめぇもカフンショウか、大変だな」

「こほんっ! 私の事はいいから」

 

 皆の心が一気に緩む。 それを片手を上げて静止するリンディだが、ソレが収まるのに数分かかる様は、彼女の威厳がどれほどの高さかを知らしめる。 彼女は、そっと目尻を拭った。

 

「いい加減にしなさい!」

「そうだぞおめぇ達、コイツが来たって事はアレだ」

「え?」

「カカロットさんが……ツッコミを!?」

「おいおいおい」

「――――たぶんコイツ、おもしろい事見つけてきたんだ」

『………………へ?』

「別に私は貴方の退屈しのぎを探してきてるわけじゃないのだけど……!!」

「お、おう……すまねぇ」

 

 思わず悟空の襟首を掴み上げたリンディ提督、その、地獄のような目付きに腰が引けた悟空はシュンっと、しっぽを垂れ下げる。 皆が今の行動に感心する中、リンディが中空に指を走らせると、大きなスクリーンが組み上がっていく。

 魔法による投影だと理解した職員達は、そこに映し出される情報を順次確認していくが、その内容に皆が疑問を抱く。

 

「護衛、任務?」

「そうよ」

「え、そういうのは地元警察とかそういった組織がやるんじゃないんですか?」

「普通は、そうよ。 けれど今回は事情が違うの、護衛対象は数多くの次元世界に深く関わる人物。 その性質上、私達の方に声がかかったと言うコトなの」

「え? 次元世界に……」

「どういう意味だ?」

「……一体なんなんだろう」

「詳しく説明できないけど、まぁそうねぇ……“彼”の同類とだけ言っておけば良いかしら」

「え、オラ?」

『……あぁ!!』

「え、え? なんだよみんなしてわかった顔してさ、オラにも説明してくれよ」

 

 リンディの説明に皆が頷く。 要は、めんどくさい人間の運搬ミッションなのである。

 

 なんでも、とある凶悪犯罪者が数ヶ月前に捕まり、そのときのゴタゴタで重傷を負ったその者は、管理局直下の病院で厳重な監視のもと、入院生活を送っているらしい。 

 

「えっと、不法建設に質量兵器の売買、違法である技術の使用による管理外世界における紛争の助長……なんやこれ、経歴真っ黒やないか」

「そう、今回はこの男を――」

「なんでですか? どうしてわたしたちがこんな人を護衛しなくてはならないのですか」

「……」

 

 リンディの顔色は、悪い。

 それが決して覆ることのない、裏事情によるものだと察したはやてはとても聡い子である。 そんな彼女に心の中で感謝しつつ、毅然とした態度でリンディは指令を告げる。

 

「この人物を精神病棟から護送するのが今回の任務よ」

「護送……あの、いいですか?」

「どうかしましたか?」

「護送言うことは、目的地が在るんですよね? だったらどこに行こうって言うんですか?」

「ごめんなさい、それは今は言えないの。 ギリギリまで情報は開示できません」

「そうですか……こっちこそ余計なこと聞いてしまって、すみません」

「いいのよ」

 

 彼女達が仕事の話を進めていく。 だが、遠く離れたところでティッシュの運搬をはじめた孫悟空には、既に関係無しと相成ったようで、完全に会話の輪から外れている。 

 

「あの、カカロットさん」

「どうした?」

「いんですか? はやてちゃんと提督殿、会話どんどん進めていってますけど」

「別に良いんじゃねえかな、オラ、ああいった難しいのわかんねえし。 それにきっと今回オラ関係ねえだろ。 最近カラダ鈍ってきたからな、修行してぇ」

「…………いや、作戦参加人員にモロ書き出されてますよ?」

「え!?」

 

 思わぬ事態にしっぽが揺れる。 ソレに少しだけ好感触な局員の女性を置いといて、悟空はリンディの下へと歩いて行く。 それを、あきれた顔で迎え入れた彼女は、すぐさま営業スマイルへと切り替える。

 

 それを見てしまった瞬間に、悟空が今回の件を断る雰囲気は一気に無くなる。

 

「オラ修行に行きたいんだけど……」

「ダメです」

「でもさ、はやてやみんなが居ればたいていの事はどうにでもなるだろ?」

「その心遣いはとても嬉しいし、皆の成長は喜ばしい事ですけど、今回ばかりは貴方には責任を取ってもらいます」

「え? セキニン?!」

「……今回の護衛対象、貴方が人生を狂わせた彼なのよ」

「………………あー、ジェイルってやつかぁ」

 

 その件は、あの悟空でさえもいまだに脳裏に焼き付き、残っている。

 自身がうっかりシャマルを煽て、気合の入った献立を披露させてしまったのがすべての始まり。 そこから続く地獄の光景は、たまに叫び声が空耳する程度に、皆の脳髄へ焼き付けられていた。

 だからこそ、今回悟空を、過剰戦力とわかっていながら参加させるのだ。

 

「あれで懲りたとは思うけれど、きっと周囲の環境があのまま彼を放っては置かないでしょう。 事態は、遠からず動き出すはずよ。 だから、警戒と威嚇を込めて貴方を配置するの」

「でも、オラの事はここに居るヤツラ含めてほとんど知らねえだろ?」

「管理局は……ね」

「……ふーん、そっか」

 

 人ひとりの人生を木っ端微塵に打ち砕いてしまった責任感か、はたまた目の前の提督に頭が上がらなかったからか、悟空は後頭部を掻きながら、ようやく首を縦に振るのであった。

 

 その光景を、ゆっくり固唾を呑み込みながら見守っていた、八神はやてを置いていくように……だ。

 

 

 

 

 リンディからの指令を受け手から1週間後。

 局員の8名が、とある病院に歩を進めていくことになる。 中堅が6人と、新人2名の構成。 バックアップに6人を裂き、他護衛対象の周りに2人を置くといういささか少ないと思う陣形だが、あくまで隠密に進めていく中ではこれが限界である。

 

 …………まぁ、直営に悟空とはやてを置くという暴挙に出ているため、戦力としては過剰なのだが。

 

 

 いまだ世間に顔を知られていない超絶大型新人が護衛に付くことで、襲いかかるであろう脅威に一瞬でも隙を作らせる算段なのだが、果たしてこれは正解なのだろうか? 八神はやては首をかしげずには居られず、心の中で大きな不安を抱えることになった。

 

 

「ごくう」

「ん? どうした、はやて」

「あんな? 約束して」

「おう」

「絶対、無茶せんといて」

「わかってるさ! おめぇの邪魔はしねえし、ギリギリまで手ぇださねえからよ」

「…………うん」

 

 彼にしては随分と気が廻った発言に、ちょっとだけ呆けたはやてだが、すぐさま頬を叩いて背筋を伸ばす。 ……もう、仕事は始まっているのだ。 彼女は悟空を背に、目的の病院室に辿り着く。

 

「失礼します」

「……なんだ?」

「…………お」

 

 部屋は個室。 随分と気持ちの良さそうなベッドが一つと、備え付けの机が並んだ、真っ白い部屋。 窓はあまり大きくなく、外からの干渉を必要最小限にとどめるために黒いカーテンが敷かれている。

 病院のくせに、黒でアクセントを付けられた部屋に、病院歴の長いはやては若干の疑問。 しかしすぐに切り替えてしまえば、病室の主に意識を向ける。

 

 そこには――――

 

 

 

 

「お、おまっ! おまえ! こんどはなにをしに来たんだ人でなし!!」

「いやぁ、この間のこと、謝ろうと思ってさ」

「え、知り合いなん……?」

 

 このやりとりではやての不安ゲージははち切れんばかり振り切れる。 もうイヤだと、どこまで面倒事を招くんだと、隣にいるスーパー管理局員孫悟空に怒りすら覚えはじめる。

 

「ねぇごくう、もう帰ろ?」

「え? おめぇせっかくの仕事なんだからがんばんねぇと」

「でも、だって……」

「おや? ソンゴクウの影に隠れて気がつかなかったが、そこに居るのは今代の闇の書の主ではないか」

「え……わたしのこと、知ってるん……?」

「当然さ! ソンゴクウの周辺はすべて調査済みさ!」

「なんで……?」

「彼の事をすべて知りたいからだよ!!」

「もういやや、帰りたい……」

 

 ついでで自身の事を調査されたのだろうか。

 この時点で印象は最悪だ。 まさか護衛対象がここまで変態だとは思わなかった。 顔面は既に蒼白、手は震えはじめ声がかすれていく。

 

「ジェイル、カラダの方はもういいのか?」

「あぁ、ここの食事が完璧すぎてね、もう回復したよ」

「へぇ、そんなにうまいんか。 何回も世話になったことあるけど、病院ってのはどこもメシはあんましうまくなかったぞ」

「なに言ってるんだいソンゴクウ! そこが良いのではないか!!」

「え?」

「目立たず、主張せず、すべてが控えめな食事達。 静寂! 調和! 健康! この三つをすべて満たした食事はもう100点満点以外の評価はないだろう!!」

「…………お、おう、そうだな」

「えらいひとに絡まれたなぁ…………」

 

 自分以外の人間が元気すぎる。 もう、既に、限界が近いはやては青い顔で窓の外を眺める。

 

「どうしたはやて?」

「すこし……そっとしておいて」

「放っておきたまえソンゴクウ、人間、そういうモノも必要だと最近学んだ」

「ふーん」

 

 晴れやかな青空を見て少しでも、このやつれた心を豊かにしなければ……

 彼女は窓枠に片手を乗せて、外を眺めて深呼吸をする。

 

「うん、やっぱり青空はえぇ――――」

「…………………………きさまは夜天の主か」

「ぬ~~~~~~~~んッ!!!」

 

 黒いナニカと目が合う。 窓の外を埋め尽くす暗雲のような眼光が、八神はやての意識を刈り取らんと睨み付けてくる。 その様は阿修羅を通り越して、免許取得を強要する悟空の女房のようだ。

 

「ごくう! 窓に……窓に!!」

「お? アイツは見たことあるぞ」

「ウーノ、いい加減中に入ってきてはどうだい? 彼等は敵じゃない」

「………………ですが、味方でもありません」

「ふむ、言い得て妙だな」

「あわわわ……」

「おめぇ、あんまし妙な事すんなよ。 はやてが怯えてるぞ」

「え? わたし、なにかしましたか?」

「……ま、いっか」

「えぇ、些末事です」

「この人も思考ルーチンごくう……」

 

 また濃いのが来た。 はやての心労が音速を超えて遥か天空の彼方にまで爆上がりしているのだが、それを笑って済ます3人。 悟空もジェイルもウーノも、なんだか旧知の仲のような空気を作り出していく。

 

「おかしい、このひとってたしかごくうと敵対してたはずやろ……」

「わた……こほん、ボクが彼と? 何言ってるんだいキミは」

「そうです、むしろドクターは孫悟空に対して大変興味を持っておりまして」

「……え? いまなんて?」

「ドクターは、孫悟空に興味を持っています」

「………………そ、そうですか」

「えぇ、特に彼の肉体には随分とご執心で」

「あ、もしもしナースセンターですか? えぇ、ここに不審者が居るんですぐに来てください」

「おい貴様やめないか! また看護師さんに怒られるだろ」

「ご、ごごごくうのカラダに興味があるってただの変態やろ!? あたまおかしいやろ!!」

「サイヤ人の肉体に興味の出ない科学者が居るモノか!! それこそ君達のとこのプレシアだって同じ意見だろうさ」

「…………あぁ、そういう」

 

 どっと、疲れた。

 肩で息をし始めるはやては、かなしいかなこれからこのメンツでしばらく時間を過ぎ押さなくてはならない。 早くもギブアップ寸前の顔面蒼白少女は、そっと鳩尾をさする。

 

 その姿に口元を歪めるだけにとどめたジェイル。 ニヤついた表情にストレスが加算さえるはやてだが、仕事は仕事。 ここで私情に駆られては隣にいる後輩に超絶大型新人に示しが付かない。 彼女は、そっと中空にウィンドウを開く。

 

「ジェイル・スカリエッティ。 本日付で貴方を精神病棟からの退院、および……え? 管理局特別棟への収監とします…………!?」

「なんだと?」

「貴様たち、ソレがなにを意味するかわかっているのか? まだ、お前達はドクターを利用する気なのか!」

 

 “貴方は犯罪を犯したけれど、能力を提供するなら大目に見ますよ”という発言。

 

 はやてに言い渡された任務は、ジェイルへの実質的な奴隷宣言である。

 

 だがその言葉は予測の範疇だったのだろう、ジェイルは腕を組むとほくそ笑む。

 

「ふん、どうやら今の今まで内容を知らされて無かったようだな。 相変わらずずさんな管理体制だよ君達の職場は。」

「おそらく、リンディさんですら全部知らないはずやこんなの……知ってたらごくうに相談くらいするはずや」

「え? オラにか?」

「まぁ、彼ならば色々手段があるだろうしね。 まぁいい、従おう……だが条件がある」

「えぇで、貴方にはそれを言う権利がある」

 

 ――――甘い。

 

 ここで簡単にジェイルの意見を聞き入れる当たり、はやてはまだ潔癖症の子供に過ぎない。 清濁飲み干せる腹の黒さを知らぬ少女に、今度こそジェイルは笑う。

 ……嫌味のぬけた同情心を含めながらだが。

 

「……そうだな、食事はキチンとしたモノを用意してもらおう」

「おう、任せとけ!」

「いや、キミは返事をしないでくれるかな。 前科一犯だろ?」

「え?」

「調べたぞ! あのクソのような……いや、クソに失礼だな。 アレは田畑を潤わせる肥やしだ。 よし、あの地獄のような料理を出した悪魔の調理師!! 闇の書の作り出した守護騎士だそうじゃないか。 道理で作るモノすべてが毒々しいと思った! そしてキミは知りながらも彼女をボクに紹介したのだろう!! もう2度とあんなものはごめんだ!!」

「お、おう」

「ここの病院食を担当している職員を数名引き抜いておいてくれ。 栄養士も居ればさらにいい。 実にいい」

「え? それだけ?」

「そこが重要なのだよ、食事とは人体を構成する材料を取り込む重要な工程、否! それ自体が生命の神秘と言うべきだろうか。 良き食事は人身を安定させ精神にすら働きかけるのだ! 故に、世界最強の生命体、サイヤ人は数多の食を重ね、己が糧に変えていくのだ!!」

『あ、はぁ……』

 

 はやてどころか、ウーノすら生返事が出てくる始末。

 口が止まらないジェイルはこの際置いておくとして、三人はこの後のことを相談していく。

 

 まず、ジェイルの退院が確定したこと。

 これには満場一致(当人除く)で賛成の方向に話が進む。 いい加減、いつまでも体調両校健康男児を置いておく道理はないからだ。

 

 次に、彼のこれからなのだがこれが難しい。

 なぜなら、このまま行けば間違いなく元の生活に逆戻り。 管理局の闇に、引きずり込まれてしまうからだ。

 それは、イヤだ。

 ウーノが呟くと、はやてはついつい悟空を見てしまう。 こればかりは、どうしようもない。 管理局という大きな力のうねりには、いくら強大な魔力をもった彼女でもすぐには立ち向かえない。

 

 

 ………………だから、彼がここに派遣されたのだから。

 

 

 

「孫悟空、なにか名案が?」

「え? あぁ、ハラ……減ったなって」

「……!」ピキッ!!

「お、おいおい、そんなに睨むなよ、プレシアみてぇな奴だな」

「ごくう、今のはダメや。 わたしだって怒る」

「いやでも、腹が減ったのはホントだ。 もうすぐ昼だろ? メシにしようぜ」

『………………』

 

 今回、孫悟空はまるで使い物にならないことが証明されてしまった。

 またなにか打開策をひらめいてくれると勝手に期待していたのは彼女達だが、まさかこうもうまくいかないとは。 二人はあきらめ半分にため息をつく。

 

「もういっそ誰も居ないところに避難できれば良いのですが」

「だれも……そうだ、前の時みたいにごくうの世界に連れて行くのはどうやろ?」

「あぁ、その報告は上がっています。 確か、生と死の狭間の世界でしたか」

「うん、界王神界っていうんやけど」

「……断る」

『なぜ!?』

「あそこには緑以外なにも無いではないか、あんなところに居たら退屈で死んでしまう!」

「……こういうときだけ欲望の権化を振りかざさないでくださいよドクター」

 

 進まない話、解決しない問題。 ウーノとはやての案、そのことごとくを男達が潰していくのだからやるせない。 無駄に時間だけが消費されていく中、孫悟空がいよいよもって動き出す。

 

「ごくう、なにか思いついた?」

「あぁ、そういや弁当持ってきてたんだ」

「……べん、とー」

「おい貴様、いい加減にしろよ貴様! こっちが真剣に悩んでいれば何なのだ! どうしてそんなにマイペースなんだ!!」

「ま、まぁまぁ」

「止めるな八神はやて! ……そもそもドクターもドクターです! なぜさっさと逃げてくれないのですか」

 

 ついに、ついにウーノのストレスがメーターを振り切る。

 悟空の胸ぐらを掴み上げ、ドクターを睨み付ける彼女の腰にはやてがしがみつく。 病院で破壊衝動を全開にされてはたまった物ではない。

 ギリィ……っと、締め上げられる胃を抑えながら、問題児達の仲裁に彼女は奔走することとなる。

 

「ウーノさん、抑えて抑えて」

「ですが八神はやて、貴方も同意見のはずだ。 ここの男達は使えなさすぎる」

「いや、でもここぞと言うときには頼りに……」

「肝心なときにしか役に立たないのは、結局普段は役立たずと言うコトでしょう?」

「う゛!?」

「なんだねウーノ、まさかこちらに叛旗を翻そうというのかい?」

「なんだなんだ? 喧嘩か?」

「ジェイルさんもごくうもそう言うときだけ乗り気になったらあかん! もう、ウーノさんは座ってて。 ごくう! 先にゴハンにしててえぇからすこし大人しくして!」

「そうか? へへっ、んじゃおっさきー!」

 

 言うなり病室を出て行く悟空を見送ると、はやては盛大にため息。 音を立てて椅子の背もたれに体重をかけると、そのまま顔を手で覆ってしまう。

 

「……疲れた」

「心中察するよ、新人局員くん」

「あなたも疲れの原因なんやけどね」

「おや?」

「はぁ」

 

 ここまで、遭遇して1時間と経ってない事実は、八神はやてを大いに辟易させた。 護衛、護送の任務は始まってすら居ないという……

 

「あかん、病室を出てすらないのにこの疲労感は既に不味い」

「疲れか? そう言うときは酸味を摂るといいのだよ。 ほら、ウーノ、見舞い品のレモンが残っていただろう? アレを出してやってくれ」

「え? 丸ごと……?」

「馬鹿を言うな、当然スカッシュにしていただくのだよ」

 

 どこから取り出したのか、ジューサーと炭酸水その他をまるで研究室の実験を想起させる方法で調理していくと、キンキンに冷えたレモンスカッシュもどきが完成する。

 

「アルコールは?」

「……まだ中学生です」

「ソレがどうしたというのだい?」

「未成年は飲酒御法度ですよ」

「なにを言っているんだか。 キミは既に働き、自身で金銭を稼ぐ立派な社会人ではないか」

「そういう問題やないとおもいますけど……」

「ふむ、お堅い人物だねキミは」

 

 渡されたグラスを持つと、ひんやりとした感覚。 揺れ動く氷が涼やかな音色を流すと、それだけで心が静まるようで居て清涼。 口を付け、少しだけ含むと彼女に刺激的な酸味が襲う。

 

「~~~~ッ」

「イケルだろう? 精神的にも、肉体的にもやられたときはこれが一番だ」

「美味しい、これ、なにか特別なものでもはいってるんですか?」

「いいや、隠し味に蜂蜜を少々混ぜ込んだ以外は、ごくごく普通のスカッシュに過ぎない。 そのうまさは、単にキミの疲れが限界突破した故の錯覚だろう」

「…………そうですか」

 

 空腹が最高のスパイスと言われたかのよで、はやては少しだけ複雑である。 別に、隙でそこまで疲れているわけではないのだ。 ただ、仕事が自分を追い詰めているだけであって……

 

「あかん! うじうじしてる場合やない!!」

「あぁ、そうだろう。 キミは早く自分の仕事を終わらせたまえ」

「せやからジェイルさんがここを出てくれないことには」

「ふはは! それはできない」

「ぐぐぐっ!!」

 

 今し方、あんなに美味しいモノをいただいてしまったせいか、ここにきてはやての押しは急速に弱くなる。

 生来のお人好しがここに来て彼女の足を引っ張る中、外が少しだけ騒がしくなる。

 おや? などと、片付けを終えたウーノが窓から身を乗り出すと、そこには異世界が広がっていた。

 

 

 

 

「むごっ! んぐぐ……ぐぼぼおぼっ!!」

 

 

「なにやっているんですか、あの男」

「なんだね、あれは」

「…………いくら昼食時間いうからってアレは」

 

 ビニールシートを盛大に広げ、その上にできる限りの食事を広げた孫悟空が、たった一人の大宴会を繰り広げていた。

 

「おいおい、なんだよあれ」

「すげぇ、あんな量が人間の胃袋に収まっていく」

「バイキングを制覇するとこ初めて見たぞ」

「と言うか病院にバイキングって……」

「え、まさかアレ全部自前!?」

 

 既に騒ぎになってしまった、病院の中庭。

 無理もない、会席料理だとか、フルコースだとかが混在した料理達が、只の人間の一人に胃袋の中へ消えていくのだから。

 何のパフォーマンスかと、次々に暇人達がにおいにつられてやって来ては、凄惨たる光景に目を奪われてしまうのだ。

 

「……八神はやてくん、アレは全部キミが?」

「いえ、あんな料理作る暇、わたしにはないですよ」

「だが確か、孫悟空は弁当を持参していたのだろう? どうやって調達したのだ、あれを」

「わかりません……」

 

 彼の“トンでも”は今に始まったことではない。 それはわかる、だが、ジェイルには少しだけ引っかかりが出来た。

 

「ふむ、アレはまさか界王神が用意した物ではないだろうか」

「え? 神様が?!」

「なんとなくだが、食材の鮮度があり得ない気がする。 野菜は先ほどまで田畑にあったかのようで、魚など今朝まで泳いでいたかのように鮮度が良い」

「え……そんなことわかるんですか?」

「あの一件以来、口に入るものすべてに気を遣い続けたドクターの、新しく芽生えた才能と言えば良いでしょうか」

「あんなのはもうこりごりだからね」

「う、うちのモンがほんとすみませんでした……」

「いや、あれはあれで良い経験になったよ。 おかげで新しい世界が見えたことだし」

「はい?」

「…………キミは、閻魔大王というモノを信じるかね?」

「あかんやつやんそれッ!!」

 

 その存在をいつかの“えいがかん”で観ていたはやては、それはもう深く、深く、頭を下げていたそうな……

 乾いた笑いが部屋に響くと、それを打ち消すように豪快な足音が聞こえてくる。 満足そうにハラをさする新人局員(定年間近)が遠慮もなくドアを開けてやってきた。

 

「へへ、ただいま」

「データで知っていたが相変わらずの食欲だなサイヤ人は。 あの量、どこに行ったか是非調べたい」

「どこって、そりゃハラん中だろ」

「それは本当に確かなのかな? 開けてみるまで、本当のことはわからないのだよ孫悟空」

「おめぇ何言ってんだよ」

「是非とも切開してみたい」

「そりゃ勘弁だぞ」

 

 これには流石の悟空も苦笑い。 後頭部をさすりながら笑い飛ばす彼だが、その影でウーノが少しだけ首をかしげていた。

 

「おや……?」

「あの、どうかしたんですか?」

「いえ、すこしドクターが」

「え?」

「あんなに“ナニカに興味を持つ姿”は久しぶりだなと思いまして」

「あ、はぁ……?」

 

 その言葉に、いまだ意味を理解仕切れていないはやては困惑するばかりだ。 そりゃあ、悟空の胃袋が摩訶不思議なのは否定できないどころか全面肯定だ。 彼を知るものならば既に慣れてしまった現象に過ぎない。

 だけど、それはあのジェイルの食指を動かせるに値していて。

 

「まぁ、食ったモンの話はいいじゃねえか。 もう無くなっちまったモンだし」

「そうか、いや、たしかにそうだな」

「やはり、まだ。 ドクター……」

「ところで先ほどの食料、アレは何処で?」

「アレか?」

 

ソレがどれだけ悪い方向に向かうだなんて。

 

「ありゃ界王神様からもらったんだ」

「……ほう、あの創造神から」

「実はさ、界王神様、ちょくちょくコッチの様子見ててくれてるらしくってさ。 なんでも“しゅうしょくいわい”って奴で、ごちそうくれたんだ、いいだろ?」

「神様からの祝福がメシとは、やはりサイヤ人は奥深い」

『……そうだろうか』

 

はやてには想像も付かなかったのだ。

 

「では実際にあの神が調理を?」

「いや、これ渡してくれたんだ。 1ヶ月分なんだってさ」

「……カプセル?」

「あぁ、ホイポイカプセルって言うんだ。 一個で一日分、それが30個ある」

「ほい、ぽい……かぷせる?」

「……おや? ドクターのようすが」

「あかん、なんだか嫌な予感が」

 

 その瞬間、八神はやての全身に悪寒が走り抜ける。

 対して、頭のてっぺんから、まるで雷に打たれるかのようなショックを受けたのはジェイルだ。 彼は悟空が手にしたカプセルの一つ観ると、その目を燦然と輝かせていく。

 

「なんだその名前は!」

「え? もとはブルマが持ってた奴で……」

「カプセルからあのようなモノがどうやって? 超圧縮ではこうはなるまい、質量保存の法則はどこに旅行へ行ったと言うんだ…………」

「そんなもんアイツに聞いてくれよ」

「なんなのだこの技術、くはははッ!! まるで意味がわからんぞ!! これをつくった科学者は変態ではないのか!!?」

『たのしそうでなによりですね……』

「ジェイルの奴、急にどうしちまったんだ? さっきとは別人だぞ」

 

 変態ではないが、かなりの変わり者だと言うことを明記しておくべきだろうか。

 少なくとも、一族路頭に肌着の名称を付けていくくらいには変わった人種である。 いや、世界であると言うべきか。

 

 そんな異端児の存在など知るよしもないジェイルの好奇心はついに限界を突破した。 血走っていく眼に、今にも舌なめずり死そうな表情と相まって、その姿は完全に変態のソレである。

 

「ひぃぃ、ジェイルさんがおかしくなった!」

「よかった、もとのドクターに戻られた」

「……え?」

「どうかしましたか?」

「……………………うそやろ」

 

 ……それがまさに、ジェイルの正常な反応だと知ったときのはやての顔は、まるでナック星で元気玉が利かなかったときの悟空の顔をしていたという。

 

「…………どうして、わたしのまわりにはこんなんばっかりあつまるんや…………」

 

 そこから目の光りが消え失せた彼女は、周囲が馬鹿騒ぎをしていく中、ギュウっと、お腹を押さえるのであった。

 

 

 

 そこからの博士はもう行動力の塊であった。

 ベッドから起き上がると同時に白衣を装着。 病院服をきれいにたたむと、手に持つ少なく部屋から出て行く。 それを慌てて追いかけようとしたはやてだが、如何せん身体に力が入りづらい。 まだ胃にダメージが残っているのだろうか……? 奥歯を食い縛りながら立ち上がろうとする彼女の足が、不意に浮く。

 

「……あ」

「おめぇ顔色わりぃぞ、しばらく休んでろ」

「…………うん」

 

 少しだけ雑に、それでもゆっくりと悟空に担ぎ上げられたはやては、その身を静かに委ねる。

 

「うっし、久しぶりにアレやっか」

「え、車いすはいらないんよ。 あれ、ごくう?」

 

 頼もしくはやてを運ぶと、悟空は窓をゆっくりと開ける。 ニッコリと笑いながら、片手でメガホンをつくった彼は声だけで大空を震え上げさせた。 震度6強、病院が揺れようかという勢いで彼の声が駈け上がると、彼方より雲のマシンがやってくる。

 

「わ、わっ! 筋斗雲だ!」

「……」もくもく

「へへ、これありゃ移動も楽だろ?」

「うん、ありがと、ごくう」

「あぁ」

 

 担いだはやてが、筋斗雲に乗せられる。 背中に伝わる感触は、羽毛布団すらも顔負けの極上の感触。 そのなんとも言えない心地の良さに、彼女は思わず筋斗雲にほおずりする。 完全に虜である。

 

「相変わらず悪魔的乗り心地……あぁ~~全身がうまってくぅ、もうなにもしたくない」

「そりゃダメだぞはやて。 リンディに頼まれた仕事はやらねえと」

「せ、せやな、しっかりしないと」

「あぁ、でないとアイツ、あとでうるせぇしな」

「もう、ごくうったらそんなこと言うたらあかんよ」

「でも事実だろ?」

「まったく」

 

 こんな会話をしているが、これでも二人はまだ筋斗雲に乗れる程度には心が清いのであしからず。

 さて、孫悟空が気の探知でジェイルの後方に瞬間移動をすると、彼の後ろでウーノが腰を抜かすハプニングがあったものの、悟空がその手を引っ張りながら立ち上がらせ、ようやく合流。

 まったく、既に研究所は悟空が界王拳のかめはめ波で(なのはごと)吹き飛ばしたというのに、何処へ帰ろうというのか。 はやては彼に落ち着くようたしなめるが、ジェイルの興奮は収まりようがなかった。

 

「おい、八神はやてェ!!」

「え、え?」

「キミが乗っているそれはなんだ!? その、雲のマシンは一体何だと聞いているのだ!!」

「いや、筋斗雲といって」

「キントウンだと!! どうしてそれをいままで隠し持っていた!! そんな面白いものを何故!!」

「ちょ、落ち着いて」

「空を飛べること自体はいい、だが、その形状とまるで意思を持ったかのような挙動と、乗り手とリンクして速度比を変える判断はいったいどうやっておこなうのか。 そもそもこれはなんだ、生物か、天然の現象なのか。 いやもう概念とイッテも良いのではないか! あぁ、報告通りやはり私ではすり抜けてしまう。 後悔はしてないがもし清い心を持っていたのなら是非これに包まれてみたいモノだまったく う ら や ま し い っ ! !」

「ドクター、スッカリ元気になって」

「あいや、これはちょっとイキすぎなんやけど」

「オラもそう思う」

 

 ナチュラルに筋斗雲へおさわりを実施しているジェイルのなんと悲しそうな表情か。 彼の後ろで手をニギニギしているウーノも、表情は隠せても雰囲気が悲壮感で全開だ。 もうヴィランだった頃の面影は微塵となって消え去っている。

 

「……なんにしても、これでようやく病院を出られる」

「やっとスタートだな。 なぁはやて、この仕事終わるんか?」

「…………そうやねえ、ごくうがジェイルさんの首に手刀を当てれば2時間もかからへんのやけど」

「そりゃまずいだろ」

「せやろ?」

 

 ……何度でも言うが、彼等はまだ筋斗雲には乗れる。 乗せてもらえるはずである。

 

 

 興奮冷めやらぬジェイルを筋斗雲で釣りながら、彼等はようやく病院の敷地外に出ることに成功する。

 そのまま、悟空の瞬間移動が炸裂すれば良いのだが、管理局員になった事で、かえって行動の巾が狭くなった彼に、ソレが許されるはずがなかった。

 

「オラが連れて行きゃすぐなんだけどな」

「そうやけど、あんまりごくうが、えっと、カカロットさんが目立つのは良くないからね」

「……そうだな、おめえ達の邪魔はしちゃダメだもんな」

「じゃ、邪魔だなんて。 ただ、その……」

「よし! あの車に乗せるんだよな、任せとけってそれくらいやれるからさ」

「あ、うん」

 

 ごくうが指さしたのは、一般的なデザインをの成されたワンボックスカーである。 ただ、悟空ワールドと違い、車輪が付いており内燃機関は魔力によるモノだ。 そのある意味ではアンバランスな自動車に皆が乗り込んでいく。

 だがドクターと助手は後部座席に乗り込みながら、たった一点だけ違和感を払拭できなかった。

 

「……八神はやては地球の日本出身だったはず。 調べてみたらあそこは随分と肩ぐるしい制度を敷いて居たな、確か飲酒は20で、自動車の運転は18から……おや?」

「しかしドクター、この車、中にはわたしたち4人以外誰も居ない無人ですよ」

「…………おいおいまさか」

 

 答えが喉元まで出掛かった瞬間、乱雑に運転席の扉が開かれる。

 その仕草、その、後から出てきた言葉で、ジェイルもウーノも心身を凍り付かせるのだった。

 

「あれ、この車、引き戸なのか。 扉ぶっ壊しちまったぞ」

『ひぇっ――』

 

 ……ついでに八神はやても凍り付いたのは言うまでも無いだろう。

 

 そして、思い出す。

 孫悟空がかつて、セルゲーム開始前の戯れで、ピッコロ神と二人して運転試験場をあわやスクラップ工場に立て替えさせる惨事を引き起こさせたという事実を。

 

「やめよう――」

「前よーし! シュッパーツ!!」

『げぇッ!!?』

 

 アクセル全開!!

 

 だがギヤがバックに入っていたモノだから、彼等は身構えていた逆の方からのGに度肝を抜かれ、魂が閻魔界にこんにちは。 ほぼ生身のドクターは即座に意識を放り投げ、訓練で鍛えられているはやては、嫌でもこの世の地獄を経験させられることになる。

 そんな中、ウーノは悟空の荒ぶるハンドルさばきに、少しだけ……

 

「孫悟空、変わりましょうか……?」

「大丈夫だ、仕事だかんな」

「……そう、ですか」

 

胸を躍らせているように見えるのは、きっとはやての勘違いである。

 

「おい八神はやて! どうしてキミの関係者はこうも頭がお粗末なんだ!」

「それは言い過ぎや、すこし、その……みんな、すこし頑張りすぎなだけなんよ」

「キミは……優しすぎる」

「わたしもそう思う…………う゛ッ!!?」

「ぎッっっっ……!!?」

 

 速度が一段階跳ね上がる。

護送だ、普通ならば目立たずゆっくりと行うモノなのだが、何故カーチェイスごっこを繰り広げているのだろうか。 しかもどうにも速度制限を理解出来ていないサイヤ人は、ここで不満そうに声を漏らしてしまうのだ。

 

「この車壊れてんな、スピードがでねぇ」

「ごくう! もう十分に速いから!!」

「時速250キロで爆走して何言ってんだこの戦闘民族の末裔!!」

「孫悟空、4個先の交差点を右です」

「次? なぁ、こうさてんってなんだ?」

「あと3秒で右に曲がってください」

「だりゃあッ!!」

『ひぃぃ!!』

 

 今回はハンドルを“切らない”で済んだ事に安堵の表情を漏らしたはやて。 そんな彼女の心境を理解出来ないジェイルは思わず絶叫する。

 

「お前等全員アタマおかしいだろうぅぅぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 どうして彼に運転をさせたのか。 上司が居るならさっさと出せ、責任者はどこに居る。 そんな怨嗟の声をひねり出しながら、その片割れが実は同乗していると露とも知らず、彼等の地獄のようなドライブは無情にも続行されていく。

 

 目的地までおおよそ25分。

 

 後部座席の中心で不幸を叫んだ男の明日はどっちだ。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

ジェイル「おろろろろろおおおおおお」

ウーノ「ドクターこちらを、即効性の酔い止めです」

ジェイル「う、すまないウーノ」

はやて「こんなことになるんやったら、何が何でも悟空の瞬間移動を認知してもらうべきだった……」

悟空「ちゅうかよ? みんなにはもうオラとはやてが修行してるとこ見られてんだからいまさらだろ?」

はやて「…………」

悟空「おーい、はやてー?」

はやて「じかい……魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第88話」

悟空「合格者ゼロ!? 悟空の新人研修!」

???「あの、これって本当に試験なんですよね……?」

悟空「あぁ、そうだぞ。 ちなみにおめぇの友達のアイツは、6才の頃には経験済みだぞ」

???「…………む」

悟空「へへっ、やる気に火が付いたな。 んじゃ、いっちょやっかぁ!」

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