魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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元気、勇気、やる気。 気にもいろいろあるけれど、みんなはいったい何を主に使うんだろう。
……やっぱり元気ですかね?

さて、今回プレシア女史の戦闘がかなりの手さぐりです。

いろいろ、先に謝らせてください……では!
りりごく29話どうぞ。


第29話 『           』

 崩れ落ちる者がいた。 時すでに遅しと、両ひざから床に座り口元を手で覆っている者がいた。 見えてくる絶望に視線を合わせることをやめ、ここまで繋いできた彼に望みを再度託すこともせず……リンディ・ハラオウンはいま、人生でかつてないほどにその心を打ちひしがれていた。

 

「最悪よ……こんなことってないわ」

「……ほんとうにね…………最悪って言葉は、こういう時に使うモノなのね」

 

 そこに同乗するものが一人。 幾度もなく困難に苛まれた彼女の人生ですら、この惨状は大きすぎた。 もはや抵抗の意思すら持ち合わせることができない驚異を前に、プレシア・テスタロッサは長い髪を床へと落としていた。

 

 そんな彼女は、唐突に立ち上がる。

 

「いけない……あの子、まだ戦う気よ!」

「……え? ――――プレシアさん!?」

 

 プレシアが指示したその者、名を孫悟空という。 幾度もないピンチを乗り越え……跳ね返させられて……それでも立ち上がってきた彼は既に全身がいう事を聞かないまでに疲労していた。

 その彼が、再び握る右こぶしと、その際に再度出血した左腕の風穴を見たプレシアは、どうしてだろう……転送ポートにまで走り出していた。

 

「あの子……」

 

 あきらめないという目をやめない彼。 そこになぜか自身の影が見え隠れするのは、きっと彼女も“手放したくない物”のために、今日を必死に生きてきた瞬間があったからだろうか。

 その姿に心を震わせた刹那、彼女は紫の光に包まれるのであった。

 

 

「グオオオオオオオ!!」

「さ、最悪だ……原理も理由もわからないが、アイツが大猿になってしまった……」

「あ……ああ……」

「こ、殺される……今度こそ間違いなく」

「…………」

 

 場所は戦場。 アースラの艦橋上空に居る彼らの中に、目の前にある“狂気”に対して、眼を閉じている男が居た。

 だが、彼が行うそれは不本意なもの。 出来ることなら今すぐに目の前の怪異と対面し、最終ラウンドに火をつけてやろうとは思う……のだが。

 

「悟空、さっきからなんで目を……?」

「……へへ、開けられるんならそうしてるさ」

「どういうこと?」

「悟空くん?」

 

 それは絶対にやってはならない事。 守ることが出来なければ、必ずと言っていいほどにこの場をさらなる混乱に染め上げるのだから……だから悟空は目を開けない――さらに。

 

「今あいつが投げた気弾。 あれは月と同じ効力を発揮するモンだ」

『月!?』

「そうだ。 そんでそれが判ったら、もうそれ以上はいらねぇだろ……アイツはあの月を見て変身したんだ」

「……そ、そんなことができたのか」

「頼みがある」

「……どうかしたのか」

「オラの――」

 

 そうして彼は端的に説明していく。

 作り上げられた人口満月、それは限られたサイヤ人にしか作ることが許された代物であり、かつてベジータが同じような状況で使用したある種の緊急措置。 強くなるというそれは、単純ながらに身の毛が立つほどに恐ろしい手段である。

 それを語り終えた悟空は、力なく自分の尾を上げて……差し出した。

 

「この尻尾を切り飛ばしてくれ!」

「な、何言ってんだ!?」

「そうじゃなきゃオラずっと目をつむってねぇといけねぇ! そんなんじゃ勝てるもんも勝ねぇ! 負けそうなときなんかなおさらだ!!」

「……そんなこといわれても…………」

「――急げ! あいつが完全に変身しちまったら、きっと一目散でこっちにくる。 そうなったら攻撃も何もねぇ、全滅だ!」

 

 もうなりふり構わない悟空の、再会してから言う2度目のお願いに面喰う少女達。 いきなり相手の身体から生えてるモノを切るだなんて、そんな戸惑いを見せる彼女たちに、悟空は必死に呼びかける。

 早くしてくれ――手遅れになる。

 戦えるのが……たとえ傷つき倒れそうでも……いまだに彼一人だというこの状況で、戸惑っている時間などないはずなのに。

 

『!!?』

 

 早くと呼びかけた悟空の中に一瞬の苛立ちが芽生え、だが、それを打ち消すように、空から特大の爆発音が聞こえてくる。

 

「な、なんだ……いきなりあの偽物の月が消えた……」

「…………あ、あれは!?」

 

 その発信源を見上げた悟空たちは驚きの声を上げる。 そこには紫を基調とした妖艶を羽織る魔女が居たのだから。

 

「……サンダーレイジ」

「かあさん!!」

「ぷ、プレシア……おめぇ何しに――え?」

 

 降りてくる彼女は、悟空のもとにたどり着くと彼に抱きつく……抱きついたのだ!!

 

「お、おい……?」

「プレシアさん!!?」

「か、かあさん!? い、幾ら母さんでも悟空はダメーー!」

「……ふふ」

 

 そこから見え隠れする彼女笑みはまたも妖艶。 妖しく艶のあるそれは、長い髪と共に悟空の傷着いた肉体に絡んでいく。 そこに大ヒンシュクなフェイトとなのはは闘牛のようにプレシアに文句を言う。 何をする! その人は――……その先はまぁ、言えないのが彼女たちが幼い証拠なのだろう。

 

「その“元気”があれば、まだやれるでしょう」

『え?』

「おめぇ……まさか」

「そのまさか……よ」

 

 灰色の長髪が大きくたなびく。 悟空の黒髪から色素を抜いたかのようなその色は、それだけ彼女と悟空との生きた時間の差を醸し出していく。 その彼女が言うのだ、悟空に向かって……まだ、戦えると。

 

「でもおめぇ、病気は――」

「どう見ても再起不能なあなたに比べれば……ね」

「そいつ言われちまうとおら、反論できねぇな。 でも、幾らなんでもおめぇが来たところでさ……もしかして何か作戦でもあんのか!?」

 

 それを案じ、その言葉さえも巧みに返すプレシアはどこか笑っている印象を悟空に与える。 小さく……小さく。 ホントにそう思えた悟空は、それだけで感じ取る。 彼女は、何か奥の手を隠し持っているのではないかと。

 

「いいえ、それは違うわ」

「へ?」

『???』

 

 それを否定する彼女の声と、素っ頓狂に返事をした悟空。 その周りで子供たちが疑問符を作る中で、プレシアは悟空に、最後の提案をするに至る。

 

「切り札を隠しているのは……あなたの方じゃないのかしら?」

「…………」

「悟空くんの……」

「切り札?」

「そ、そんなものが――」

「でもどうして――」

 

 それを聞いた途端、悟空の顔に深い影が射す。 それを見ただけで、プレシアの考えは答えに満たされた。 彼には何かある……この底辺をひっくりかえせるだけのなにかが――!!

 

「どうしておめぇがそれを」

「知っていたわけではないのよ。 ただ、少しだけ考えてみただけ」

「――もしかしてターレスは……」

「おそらくそうよ。 いま、あなたが考えている通りの事をあなたにされたはず」

『……?』

 

 どうにも要領を掴ませない悟空たちの会話。 何か難しそうな会話に、それでも悟空が対応できたのは実感があったからだ。

 なぜか知っていた界王拳の呼称、どこか自分の動きを呼んでくる奴の一挙手一投足。 極めつけが幼少時から執拗に付け狙ってきた奴の行動。 そのどれもが、彼を答えに導いていく……だが、いまはその答えを口にすることはしない。 それよりも重要なことができてしまったから。

 

「結論から言うぞ」

「……どうぞ」

「切り札は……ある!」

『!!』

 

 皆の顔に希望が湧いてきた。 どこか不安を差し込ませる悟空を余所に盛り上がろうとする彼等彼女達。 あるのか、だったらそれに賭けよう……そんな安直ともいえる感情をむき出しにしようとする者たちを、悟空は影の差した表情で押しとどめる。

 

「出来れば使いたくなかった」

「え?!」

「……」

「下手をすればこんな小さなところ、跡形もなく消し飛ばしちまうからだ」

「そんな強力なものが……いったいどういう技なんだ」

 

 彼の懸念……それは業の威力にある。 絶大であり壮絶である彼の師が開発した“奥義”は、放てば必ず大きな被害をもたらす力がある。 それを理解したうえで、悟空はとまどい、気になるユーノは思わず口にする。

 その奥義は、いったいどういうモノなのかと……

 

「――――元気玉」

「げんき……だま?」

 

 それはなんとわかりやすい名称だろうか。 あまりにも素朴に過ぎる名称はある意味悟空にふさわしいと言っていいだろう。

 勇気、活気。 それらの行きつく先であり、根源でもある単語……元気――

 その名を冠する技、おそらくとてつもないモノなのではないかという事実が、プレシアの中に直感として浮き出てきては、持ち前の知識で確証へとたどり着く。

 

「だったらあなたはその準備を」

 

 と、悟空に促した彼女、なのだが、それに対する悟空の答えは聞くまでもなかっただろう。

 ひたすらに暗くなる悟空。 右手を握り、感覚のない左腕がぶらりと振られると気まずそう口を開いていく。

 

「できねぇ」

「どうして……?」

「あれは確かに強力だ。 今のオラの体力でも、当たりさえすればきっと奴を倒せる」

「だったら――」

「けどあれには“周りのみんなから元気を集める”必要があんだ。 こんな命も何もないところでなんか、まず無理だ」

「……そんな制約が」

「…………」

 

 それはこの技にあるいくつかの弱点のひとつ。 自分に足りないところから持ってくるその技は、裏を返せば貸してくれるモノがあって初めて使えるという事。 それをこんな次元の狭間の様な場所で使うこと自体が間違いなのである。

 

「まぁ、周辺の“遠いところ”から集めればこれはクリアできるかもしれねぇ。 けどな、あれには技を出すまでやけに時間を食うっていう大弱点がある。 あいつを倒したいんなら……そうだな、1分くれぇ精神集中しないといけねぇ」

『……一分』

「わたしのスターライトブレイカーの6倍……」

 

 そうして言われた無理難題(時間制限)は案外短くてひどく遠い。 ベジータ戦で地球中から微量な気をかき集めるのに10秒、そして今回の隣接しているであろう、悟空が感じ取れている周辺世界から集めるのに60秒。

 6倍の差は果たして長いというべきか、それともあんな怪物相手にそれだけによく留めたと称賛するべきか……それは誰にもわからないとして。

 

「それじゃあ、あなたはそのまま精神集中を。 そこにいる小動物二人組は彼の治療に専念。 少しでもいいから体力を戻してあげなさい」

「小動物……?」

「……ふたり」

 

 仕切るプレシアはそれぞれに指示を送る。 それに困った顔をした悟空に、傍らにひかえていたアルフとユーノは各々呆ける。 こんな非常事態に行う事ではないものの、それすらおそらく彼女の計算なのであろう。

 

「アルフはともかく、ボクは小動物なんかじゃ――」

「……なにか言って?」

「――――ハイ。 ぼくハ、ショウドウブツデスヨ? キュウ!」

「ふふ、いい仔ね。 それで?」

「ふん! ヤダね。 アタシはあんたの指示には従わないよ」

「……アルフ」

「でも、悟空の回復はする。 アタシがやりたくてやるんだ、その辺、間違えんじゃないよ」

「えぇ、今はそれでいいわ」

 

 若干の衝突と従順はあれど、そこに一人の男が挟まれただけでここまですんなり事が進む。 その様子にそっと胸をなでおろすフェイトは、そのまま続いていくプレシアの作戦に耳を傾けた。

 

「それであなたと……管理局の坊や。 それにフェイトとわたしが攪乱をする。 これで行くわよ」

「わかりました」

「ぼ、ぼう――」

「エロガキの方がよかったかしら?」

「すいません…ごめんなさい…――どうかそれだけは」

「クロノくん?」

「お願いだ聞かないでくれおねがいしますからぁぁ」

「えっと……クロノ?」

 

 これでもかというくらいに強かなプレシアさんであった。

 さて、ここで大体の作戦会議が終わる。 同時に見上げた全員は、そこに浮かぶ巨大な怪異に内心引きつる。 それでもその足を、腕を、身体を、眼差しを、決してそらさないのはもう逃げ場がないと悟っているからなのだろうか。

 

「すまねぇがみんな、時間稼ぎ頼むぞ!」

『おう!!』

 

 いいや、それはきっと違うだろう。

 

 飛び去っていくなのは、フェイト、クロノ、プレシアの4名は各々得意なレンジまで相手と距離を縮める。 決して近づきすぎないように行く彼らはえらく慎重だった。

 

「結局こうなっちまったか」

「悟空さん?」

「最初にああいっちまった手前、みんなに助けてもらうんは気が引けるんだけどな」

「アンタ、こんな時にまでそんなこと言って……」

「すまねぇ。 でも、オラどうしても一人でケリを着けたかったんだ」

「悟空さん……」

 

 そうして残った本命は、自身のふがいなさを呪う一言を吐き出す。 それに嘆息ぎみに呆れ顔をさらしたアルフは今の発言を全否定。 ここまでの彼が歩んできた苦労は、ここにいる誰よりもわかると胸を張れる彼女だ、故の否定は、それでも彼を励ます一言にはなりえず。

 

「……けど」

『え?』

 

 それでも彼は……今この時の皆の願いは、分っているつもりである。 だから――

 

「今はみんなでここを切り抜ける。 反省すんのはそれからだ」

「そうですね」

「そんときはアタシも手伝うよ」

「サンキュ! ――――んじゃ、行くぞおめぇたち!」

 

 飛んで行った仲間をその目に焼き付けて、孫悟空は右手を天に仰ぐ。

 

「……あ」

「なんか……雰囲気が」

「…………集まってくれよ」

 

 そこから変わった彼の雰囲気。 何が? と言われれば答えられないのかもしれない程の微量な変化だったであろう。 それでも何かが変わったのだ、この空気が、世界が――いま、悟空を取り囲むすべてが大きく動きだしていく。

 

 静まる周囲はまるで嵐の前の静けさ。 その中で彼が紡いでいくのは最後の呪文(ラストスペル)であり、この世全てに働きかける奇跡の言の葉。 えらく簡単で、単純で……それだからこそ、万人に聞き遂げられるその言葉を、彼は世界に語りかけた。

 

「空よ……」

「か、風が吹いてる……? 海もないのにどうして――」

 

 仰いだ右手を思い切りよく伸ばしてく。 それだけで風が喜び、向かい入れる空気が悟空を包む。

 

「海よ……」

「施設の水が急にあふれてきた……! いきなりなんだって言うのさ……」

 

 紡いだ言の葉を遠くにまで響かせていく。 今度は海洋のモノたちが震え、まるで津波のように動き出しては彼に自身が居ることを知らせる。

 

「大地よ……」

[ご、悟空君の周りに光が……なんて綺麗な――]

 

 輝きが彼を取り巻いていく。 艦内にある桜の花が、散らせる花弁の数を増やして青年を応援する。 舞っていくそれらは、まるで悟空に向かうように不自然な落ち方をしていき、周囲に事の変質を思い知らせる。

 

「いま、この時……この世に生きとし生けるすべてのみんな!」

 

 世界が震え、彼の問いに礼をもって答える。 今までいくつもの困難を切り抜け、文字通り世界を救ったことさえある彼だからこそ許された言葉、それを今、万感の思いで語りかける。

 

「オラに元気を分けてくれ!!」

 

 言った。 ついに紡がれたそれは、世界中に響いていく。 天を仰げば蒼穹(そら)、地を踏めば草木が、限りなく遠い世界を見渡せば海が……悟空にほんの少しだけ力を貸していく。

 輝く光は白。 それは誰でもない世界の色。 原初であり、何者をも受け入れるその色がいま、悟空の手の中に集まっていく。

 

「すごい、こんなことが。 なのはのスターライトみたいだけど、集める範囲が尋常じゃない」

「周辺世界から微弱な力っていうけど。 こんなふうに集められるなんて」

 

 ユーノとアルフはその光景に、思わず戦いの場を忘れてしまいそうになる。 だって仕方がないではないか。 このような幻想的で神秘的な光景、もしもこのようなことが無ければ一生目にすることなんてできないのだから。

 だが。

 

「は、はやく集まってくれ! アイツ等の気がどんどん落ちていきやがる――早く!!」

 

 その中で悟空は、ひとり苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

 

「フェイト、あなたは私と一緒にオフェンス。 あなたと坊やはバックスで行くわよ」

「え? 母さんが……?」

「何か問題があるかしら?」

「……それは」

 

 悟空が遠い世界に呼びかけるそのとき、大猿に向かって飛んで行ったプレシア達はその場しのぎの作戦を立てていた。 主な任務は攪乱、だからこそ機動力があるフェイトが選ばれ、その援護になのはと、全体を見通せるクロノを後衛に置くのは妥当な判断であろう。

 

 ただし、発案者本人が死の危険性があまりにも高いことに目をつむれば……だが。

 

「言いたいことは大体わかるわ。 けど、今はそんなことは言ってられないの」

「けど!」

「……! 話はここまで見たいね。 来るわよ!」

『!?』

 

 言いたいことがあったフェイトであったが、その続きは状況が許してくれなかった。 轟く獣の声が空を切る。 あのとき味わった何倍もの迫力に、なのはとフェイトは愚かクロノでさえも背筋を凍らせる……しかも。

[フフ……月を破壊してやったと思っただろうが、オレのパワーボールの効力はあと30分は続く。 もくろみ外れたな]

「なんだ!? 誰の声だ!!」

[にしても……ぐはははははは!! これはトンだ拾いもんだ!!]

『しゃ、喋った!?』

 

 あの理性無き大猿から聞こえてくる人語。 そこにはやはりターレスの人格を確認できて、それがより一層彼女たちに痛烈な衝撃を与える。

 なぜだ! どうして自分を見失わない!! 悟空はああも凶暴で見境がなくなっていたのに――

 

[どうして? ……という顔だな。 当然か、なにせこのオレも驚いているのだからな]

「……できれば説明願えるかしら?」

 

 その答えは、どうやらターレス自身も持ち合わせてないようで。 口ぶりから察するに、彼もどうやら、ああなってしまえば理性がなくなるはずだったと推察したプレシアは、それでも理由を聞こうとして。

 

[――その手に乗るとでも思っているのか?]

「交渉決裂……ね。 だったら――」

『実力行使!!』

 

 結局、互いに息の合った決裂の声を張り上げながら、崩壊していく庭園の上空で、両者は一気に閃光を解き放ていく。

 

「きゃあ!?」

「わーー!!」

「ふ、吹き飛ばされ――」

 

 大猿であるターレスが、口部から放つ小規模のエネルギー弾。 それにプレシアのフォトンランサーがぶつかり合って、多大な雷光があたりにまき散らされていく。

 巻き添えを喰らう子供たち、それでもかまわず大人二人は互いの光りを相手に飛ばしていく。

 

「食らいなさい」

 

 杖を振りかぶるプレシア。 その軌道から生まれる紫の雷光は、数にして――――20。 まるで手品のような生成の早さは、既にフェイトのそれの数段上を飛び越した戦闘技術である。

 

「フォトンランサー……ファイア!」

 

 颯爽と振りぬいた腕は発射の合図。 彼女の指示で、宙に浮いていたスフィア達は、その身から紫電を高速で射出していく。 マシンガンのように、それでいて一発一発は必殺の領域であるそれは、並みの魔導師ならば即座に戦闘不能になるであろう。

 それを、奴は――

 

[そのような攻撃! 防ぐまでもない!!]

「防御も取らないで突っ込んできた!?」

「プレシアさん!!」

「飛行魔法カット……自由落下で――!」

 

 防ぐこともせず、プレシアに向かって突進してくる。

 まるで黒い突撃艇。 触れることすら恐ろしいほどの風切り音に、全力で回避の選択を取るその他大勢。 プレシアも例外ではなく、発射の硬直をカバーするかのように、あえて飛行魔法を解除、そのまま重力の意のままに落下することにより、前方からの突撃を回避する。

 

[ははは! いいことを教えてやろう]

「!?」

[大猿に変身したサイヤ人の戦闘力数は――]

「次が来る! 今度は上に避けて!」

[10倍だーー!!]

「……ウソだろ――っく!」

「気をつけなさい。 もうアイツの言葉には耳を貸さないで、今やるべきことに集中するのよ」

「すいません」

 

 予想の遥か上を行く奴の威力。 だが、なぜか彼女たちは対応できていた――それは、やはり大猿になった影響があの男にもあるからだ。

 

[ちっ、やはりこの身体になると動きが鈍くなりやがる]

「やはり……そういう事か。 だったら――」

「!?」

 

 ターレスのボヤキをいち早く拾ったクロノは、ここで目配せしては、強く念じる。

 

【みんな、よく聞いてくれ】

【どうかしたのかしら坊や】

【アイツについて気付いたことが――】

【速度が亀並みに遅くなっているって、ホントにいまさらな事なんて言ったら……あとで泣かせるわよ】

「さ、作戦続行!」

『あらら!?』

「まぁ、いいでしょう……さて」

 

 念話……終了である。

 この時、誰が誰を泣かせるとは結局追及されずじまいで、男の子のすすり泣く音が次元空間に捨て置かれたとかなんとか。 どうしてか余裕な空気を醸し出す彼女達、状況は最悪だ、戦力だってもうボロボロで――それを感じさせないのは、後ろにひかえる青年と……

 

「…………こんなもの。 いつまでも相手なんかしてられないわよ――急いで、孫くん」

 

 プレシアという存在が、この場を大きく支えているからだろうか。

 一気に散って、出来るだけ的を絞らせないようにする彼女達。 その間にプレシアは次を構築し、一瞬だけなのはを見やると、そのまま声を張り上げる。

 

「坊や! 御嬢さんと一緒に援護をお願い! フェイトは攪乱を続行よ」

「は、はい!」

「了解した」

「それと、御嬢さん」

「なんでしょうか……?」

「さっきの収束砲撃魔法……スターライトブレイカーというのはもう撃てないのかしら」

「え?!」

 

 まさかの一言だっただろう。 ここでそんな言葉が出るとはつゆとも思わなかったなのはは、あまりの事にレイジングハートを取りこぼしそうになるが、その反応だけで十分だった、プレシアの顔に、微笑が浮かぶ。

 

「そう、できるのね」

「は、はい……さっき悟空くんに貰ったお豆で、魔力も体力も全開ですけど……」

「そう」

 

 段々とドス黒……妖しい笑みに移行。 どこぞのスケベ仙人ですら黙らせそうなそれは、なのはの心に重くのしかかる。

 ……味方同士のやり取りの筈なのに。

 

「とりあえずいいわ。 それをやることも今は出来ないし、さすがに二人同時にかばうなんて真似は出来ないから」

「は、はい」

「……あと20秒。 死ぬ気で行くわよ」

「わかりました! プレシアさん!」

 

 それでも最後には、何となくなのはを気遣う彼女は、どこか母の顔だったとか。 こんな顔を、フェイトにも向ければいいのに……などと、心のどこかで思うなのはには、やはりこの女の道のりというもと、犯した罪というのは想像に難があるのだろう。

 

「かあさん!」

「えぇ、行くわよ――」

「はい!」

 

 遠くからフェイトの声が響く。 同時、振り向いたプレシアは持った杖を横払い。 またも大量に生産された紫電たちを、大猿に向かって打ちだしていく。

 

『フォトンランサー』

 

 一緒に叫んだ母子は、全く同タイミングで撃ち出した魔力弾に紛れて空を舞う。 高速を維持した戦闘にシフトした彼女たちは、背後から流れる2色の砲撃魔法を躱しつつ、持った武器に魔力を流し込んでいく。

 

[――! 蠅のようにうろうろと、目障りな奴らが!]

「当然よ。 一度捕まったらアウトなのに、そんな間抜けをするバカがいる者ですか」

「……うく」

「にゃはは……」

 

 当然のように来た罵倒に流し目で答えたプレシア。 その横で委縮しまくりのツインテール娘に目をくれず、プレシアの持つ長い杖に紫の雷が迸る。

 

「モード、ザンバー」

「え?」

「杖の先から……剣みたいのが」

 

 どことなくブロードソードのような大剣を彷彿とさせるそれは、彼女の近接格闘の要たるもの。 杖の長さから、どうしても槍とも認識できるそれは、プレシア曰く「持ち方が違うだけで、こんな刃が付いただけの得物、どっちも一緒よ」とのことだそうが、それがとにかくでかい。

 もとの杖が140センチあるとして、そこからさらに刃渡り50センチが追加されるのだ、当然であろう。

 

「こうやってリーチを確保してやれば、捕まる危険性は激減する……ほら坊や、さっさと移動砲台なりなんなりやってちょうだい」

「……はい!」

「クロノくん……?」

 

 段々と二つ返事となる男の子を操縦して、彼女はフェイトから大きく離れる。 その軌道を読んで、フェイトもそのまま反対方向に航路を変え、お互いが半円を描くように飛んでいく。

 その真ん中にターレスを置くことで、両者の距離は置いたままに、しかも等間隔で制空権を主張しつつ――その航路跡に、黄色と紫の球体を設置していく。

 

「フェイトちゃんとプレシアさん、今飛んで行った後にフォトンスフィアを落としていったんだ」

「まさかアレを一気に――?!」

[フン! そのようなものでこのオレが!]

「だから僕らが居るんだろう」

[なんだと? ――っく!]

 

 それらを振り払おうとする巨体目がけて、水色の砲撃が2本だけ線を描く。

 

「出力を絞ればこれくらいは――」

「クロノくんナイスだよ!」

「クロノ……」

「やればできるじゃない」

「あの人が……褒めた?」

 

 褒めちぎられるクロノ。 めずらしく褒めたプレシアも、なんだか声に乗りが付いてきており、それがうれしかったのだろう。 まるで初めて上官から褒められてしまった新兵のように、クロノは調子づいてしまう。

 

「よし、なら前に使ったあの戦法で!」

[何をする気だ]

 

 不意に振るわれたクロノの杖“S2U”と呼ばれるそれに、またも熱がこもっていく。 青く輝くそれをもって、彼はいきなり突撃する。

 

「僕が突貫する。 そのあとにできる隙を狙ってくれ!」

 

 勇ましく、雄々しく、翔けぬけていく黒いコートが大きくたなびく。 敵は今ので怯んだはずだ、チャンスは今しかない!!

 たった一人の黒一点、クロノ・ハラオウンは果敢にターレスへと突き抜けていく!!

 

[やかましい!]

「――――やっぱりッ!!」

 

 そうして彼は、アースラとは反対方向に消えていったとさ。

 

「行くわよフェイト! フォトンランサー」

「ファランクスシフト――」

『ファイア!!』

 

 始まりの掛け声。 それと同時に光り出す無数のフォトンスフィアたち。

 黄色、紫の二色が大きく光り、帯電していくと総勢78個の光球たちが一気に膨らみ音を鳴らす。

 

[ギッ! ……こ、こんな軟な攻撃で――]

 

 1発は大した威力ではなかったかもしれない。 だが、それが78個、しかもマシンガンが如く秒間に4発の連射で312発……正直、堪えない訳がない。

 撃たれる弾幕に上がる煙幕、覆い隠される巨大な影。 それは彼女たちの攻勢が有利だという証拠……と、彼女は思うだろう。

 しかし、しかしだ。 太古から、このように相手を見えなくするような攻撃方法は――

 

[…………あまい!]

「し、しまった!!」

「かあさん!!」

 

 特に彼等には逆効果の戦法なのである。

 

 不意を突かれたプレシア。 唐突に伸びてきた漆黒の毛並を持つ何かが飛来して、彼女の目の前を覆い尽くす。

 

そのときであった、唐突に光るプレシアの目の前。 緑色のそれは、円環魔法陣を描くと、中からオレンジ色の何かを視認すると、それから大きく手が伸ばされてくる。

 

「こっちだよ! 捕まりな!!」

「あ、アルフ――」

「フェイトも……ユーノ! 早く転送!」

「わかった――行くよ!!」

 

 そこから始まる連携はとてもなだらかであった。 迫る大猿の手を出し抜くように、まるで霞を掴ませるようにして消えていく彼女達。 唐突に現れ、いなかったようにもと居た場所に帰っていくアルフとユーノ……それはつまり、青年の攻撃準備が整ったことを意味するのであろう。

 

[な、なんだ……?]

 

 いなくなった彼等に、思わず手を右るターレス。 その巨大となった姿から、より一層の凶暴性を醸しながら、何がどうなっているかわからずそれでもと思い、不意に見上げた空には、ひとつ、恒星らしきものが浮遊していた。

 

[太陽? いや、ここにそんなものはないはず……あれはなんだ?]

 

 青い……一番星がそこにあった。

 

 果てなく遠くにあるようで、とても近くにあるそれは、この時の庭園に隣接するすべての生き物が、青年の願いに同意して力を分け与えたモノ。 その結晶である。

 

[ま、まさか――]

 

 大猿の深紅の瞳が歪む。 巻き起こる過去の出来事に、狼狽したのはホントに一瞬であった。 フラッシュバックを即座に切り捨て、この忌まわしき青い輝きの元凶に向かって一声怒気――ヤツは黒い咆哮を上げる。

 

[カカロットの奴が!?]

 

 もはや説明すらいらない。 その輝きを作りし彼に、大猿は歪んだ世界を見渡していく。

 

[あの時と同じだ。 神精樹の周りが歪んで、カカロットにおかしな光が集まりだしたあの時と――!!]

「へへ……」

 

 居た。 その鋭い眼光で確かに捉えた。 ボロボロの身体で、立っているのもやっとの筈なのにまだ立ち向かってくる愚か者。

 そいつが上げた片腕の先があの青い星の在りかで……それだけで、あの光がなんなのかはわかってしまう。

 

「お、オラと…この世界と…みんなで作った元気玉だ」

「あれが……元気玉」

「なんて…なんて綺麗な光なんだろう…」

「青い。 まるで地球そのモノみたい」

 

 

 彼はふらつく身体で目を光らせる。 それが最後の気迫なのであろう、そこから段々と力が抜けていく様である青年はそれでもしゃべり続ける。 これがお前が踏みにじってきたモノたちの力なんだと――

 

「ハラぁいっぱい食らいやがれ!! ターレス!!」

 

 上げた腕を振りかぶる。 その都度あがる悲鳴は、回復魔法のおかげで幾分、先ほどまでよりかはマシである。

 それもこれも、皆が繋いでくれた最後のバトン。

 

「行け!」

「悟空!!」

「お願い! 届いて!!」

「ゴクウ!」

「孫くん!」

「悟空君!」 

「いっちまええええええ!!」

 

そのアンカーを任された悟空は、いま、最後を決めるべく――腕を振り下ろす。

 

[おのれ……おのれええええ!!]

 

 落ちてくる。 あの大きな星が落ちてくる。

 直径40メートル大の気の塊が、大猿目がけて落ちてくる。 それを見上げたターレスは猛る。 このまま、奴の思い通りにはさせまいと。

 

[こんなモノ! 吹き飛ばしてくれるーー!!]

「なんだと!?」

 

 そして受け止めたターレス。 迫りくる熾烈な攻撃に、むしろ逃げずに反撃するのは彼の中にある戦士としてのプライドか、それとも先ほどの意趣返しか。 焼けただれていく己が両手を気にも留めずに、憎悪をまき散らせていく。

 不意に光る口元。 鋭い犬歯と、刃の如く並ぶ前歯、それが強く噛みしめられると一気に震え、轟いていく。

 

[でああああああああ!!]

「うぉ!? うぐ!! このやろおお!」

 

 まさかの反撃に悟空が唸る。 必勝を信じて放たれた最後の技に、こうも抗われるとも思わないでいた彼は歯噛みする。

 押し返されそうな感覚と、それをさらに押し出す自分に与えられるダメージは、既に彼の許容範囲を超えていた。

 

「ギ――ぐぎぎ……こ、この!」

[おわりだあああああ!!] 

「ちくしょう……体力が…体力が持たねぇ…! 元気玉が――消える!!」

[GAAAAAAAA!!]

 

 悟空の体力が底をついたとき、 時の庭園上空で、極光がはじけだす。

 大きく傾くアースラ。 着弾地点からかなりの距離を取っていたにもかかわらずこの威力。 間違いなく彼らの保有する兵器群を凌駕している攻撃に、次元空間そのものが痛烈な悲鳴を上げていく――にもかかわらず。

 

「…………そんな」

 

 誰がつぶやいた声だろう。 あまりにもそっけなく、失意という名で塗り固められたその声は?

 いいや、もはや聞くまい。 なにせ声を出さずとも、ここにいるすべてが同じ思いを抱いてるだろうから。

 

[ふ、ふふ……]

「はぁ……はぁ……こ、これもダメなんか……も、もうお手上げだな」

 

 妖しくうごめく黒い笑いを聞きながら、悟空はそっと両手をぶら下げる。 ダラリと音を立てて、まるで精根尽き果てたという彼に残された手は……無い。

 完全に出し尽くされた彼の力。 もうここまで、そう呟くや否や――黒い影が襲い掛かる。

 

「……そんないきり立つなよ……オラ、もう逃げも隠れもできねぇぞ――うごぉッ!!」

[ハッハー! 食らいやがれ!!]

『あ!?』

 

 ふらりと浮いた悟空。 すぐさまアースラから離れると、そのまま飛んできた怪物に捕まり、地の底までダイブさせられる。

 痛いほどに聞こえる風切音がその身を刻んでいく中、悟空は次の瞬間には時の庭園外装部分から激しく激突させられていた。

 

「がは――いてて……くぉ!! あ、アバラが折れ……」

[いいぞカカロット。 まだ生きているな?]

 

 なぜ浮いた、どうして身をささげるように放り投げた。 それは彼の立ち位置に問題があった。 元気玉作成から居たのはアースラの甲板、そんなところに大猿の巨体が突撃したら――まさに全滅は必死であったろう。

 それがわかる大人たちは歯噛みする……また、助けられたと。

 皆が膝をついている中、瓦礫の山で死人と野獣が暴れ出す。

 

[よぉし。 まずは足をつぶして二度とウロチョロできないようにしてやろう]

「そ、それはもう体験済みだからよ……できれば他のにしてもらいてぇ……ぜ」

[安心しろ。 どうせ――――死んだら一緒だ!]

「――っうぐ!? か、界王拳!!」

 

 とどろかせた最後のあがき。 精々2倍どまりの炎は、それでも悟空の身体を蝕んでいく。

 

[遅い!]

「――っ!!」

 

 黒い物体に道を閉ざされ、勢いよく地面に叩きつけられる。

 その間に確認した今の物体は尻尾。 それがふらりと伸びては悟空に鞭のようにあたったのだ。

 

[やはりこのままこの手で押しつぶしてやろう。 貴様がつぶれる感触を楽しみながら、断末魔の叫び声を聞いてやる]

「……く!」

 

 告げられた言葉に冷や汗が浮かびだす。 なんてことを思いつくんだと責め立てようにも、それすらできない悟空の命は風前のともしび。 それをあざ笑うかのように、ターレスの、悟空の数倍の大きさを誇る右手は――彼に振り落とされていく。

 

「はあああああ! 3倍界王拳!!」

[あがああああ!!]

 

 バキリ――

 

 大木をへし折る音が聞こえてきた。

 

「ず、ずっとめぇに……悟飯となのはが勉強してた…………窮鼠猫をかむ――ってやつだ。 効いたろ……」

[指がああ! このオレの指ガアアア!!]

 

 悟空最後の拳。 それが大猿の右手薬指に当たり、“く”の字に見事に曲げていく。 それを確認したターレスのボルテージは上がっていく。

 同時、悟空は完全に背中から倒れてしまう。

 

「へへ……もう、キンタマの位置戻すちからもねぇ……すきにしろ――【り、りんでぃ……きこえるか……】」

【悟空君!?】

 

 その中で吐き出された弱気。 だが、いまだにある“心残り”を済ませるべく、悟空は心で呼びかけた。 いま、この場でその判断ができるとされる人物を、彼は消えそうな意識の中で呼びかける。

 

【オラ、もう駄目だ。 きっとこのまま殺される】

【あきらめてはダメよ! なにか……なにか方法が――】

【おめぇも薄々感づいてるんだろ? もう、打つ手がねぇって】

【でも――】

【だからさ……】

 

 紡がれていくあきらめの言葉。  いい加減に限界な身体はもう動かない……だからと付け加え、悟空はこの先を彼女に託す。

 

【オラがアイツにやられてる間に…おめぇたちはここから逃げろ…】

【……】

【うまくいけばここの崩壊で道連れくれぇには出来るはずだ。 サイヤ人は多分、もうコイツくれぇしかいないはずだから……さ。 そしたらおめぇたちは――【どうしてそんな勝手なこと!!】……頼むよ】

【なのはさん達の事を、あなたは――】

【考えてるよ。 だから、もうこれしか手がねぇ。 あいつ等の事、頼むぞ――もう、意識が飛びそうだ】

 

 この先。 自分がいない未来。 それはおそらく少女達が望んではいない未来かもしれない。 けど、何もないよりはと考えた彼の、悟空なりの精一杯の言葉はやっぱり何か間違っている……リンディはそう言わずにはいられなくて。

 

[こ、この死にぞこないがあ! よくもオレの指をへし折ってくれたな!!]

「へへ……たのんだ…ぞ…」

[このまま握りつぶしてやる!!]

「ううぅ……」

「悟空君!!」

 

 あえなく大猿に捕まれた悟空。 その大きな手に包まれた姿は、例えるならば壊れかけのおもちゃを掴んだ子どもの絵。

 そこからどういう光景が出てくるかというのも込みで、リンディは思わず机を叩く。

 

[死ねぇえ!!]

「うごぉッ…おぐぅ…」

 

 その音ですら届かない無情な距離。 同時、悟空を掴んだターレスは一声の後に両手に力を込めていく。 軋む音、何かが砕かれてく音……そして、避けていく音も聞こえてくるころには。

 

「ぅぅっぅうううううううぎゃああああああああああ――――――!!!!」

『……!!』

[ぜああああああああ!! このオレが受けた痛みはこんなものではない! さらに力を込めてやる!]

 上がる悲鳴は正に地獄絵図。 普通なら即死レベルの重圧に、むしろ耐えれる体を持っているから続く地獄に、この場にいる全ての者が耳をふさぎ、耳を閉じた。

 

「もうっ…やめて…」

「ゴクウが殺される……た、助けないと」

「動かないッ…身体が恐怖で…なんて僕は情けないんだ」

[死ね、死ね……死ねぇぇぇェェェええええ!!!]

「あああああああ――!! おぶっ!? ぐあ……う゛あ゛ああああああああ!!」

 

 血を吐き出すことすら許さない。 軋む音が折れる音にまた変わり、その破片がまたも内臓をさしていく。 最初から死に体だった悟空の身体は、更なる苦痛にその身を生物から無機物へと変えようとしていた。

 

「許して! もういいでしょ!!」

「悟空さん!! やめろおお!! 悟空さんが死んじゃうよ!」

「悟空……悟空……うぅぅ」

 

 あきらめる。

 もう駄目だという言葉に、リンディは嗚咽を漏らしながら艦のコントロールを持ってくる。 彼との約束だ、ここで自分が実行しなければその想いすら無駄にする……その彼女の決意を――

 

「や、やめてえええーー!!」

[なんだ?]

「はぁ……はぁ……な、なんで」

 

 呼び止めた少女が居た。

 

「悟空くんをはなして!!」

「な、なの……は。 どうして――ぐああ!!?」

[自殺志願者がもう一人……来い、いま両手が塞がっているから踏みつぶしてやる]

 

 白いドレスを身に纏う彼女は、思いの丈を振り絞るようにして叫んでいた。 少女の名は……高町なのは。 ユーノと並んで唯一体力が全快の彼女は、ここで杖を握りだす。

 

「どうしてなのはが! さっきの転移で、みんなアースラの近くに居たのに!!」

「きっと、ひとりだけ離れていたんだわ。 それであんなところに……」

「でも! これじゃなのはがアイツに!!」

「…………」

 

 無言を通さざる得ない大人たち。 ここで助けに行きたい彼女たちは、それを恐怖が身体ごと縛り付けて離さない。

 それは最初に奮闘を見せたユーノだって一緒だ。 それほどにあの怪物は異様で最悪なのだから。

 

「ディバイン――バスター!!」

[フフ……効かんな、そんな蚊のような攻撃]

「一回がダメでも! シュート!!」

 

 なのはの攻撃。 その小さな体の一体どこにあるのかと聞きたくなる魔力と勇気を携えた彼女の閃光は、そのまま大猿の手元に押し迫る。 そこでにやけるターレスは、わずかにその手を左右に動かした。

 

「ぐあああ!!」

「悟空くん!!?」

 

 結果、当たったのは手の平から剥き出しにされた悟空の右側頭部。 ガツンという音と共に、彼のあたまから血が垂れていく。 手をこまねいてれば奪われ、助けに回れば傷つける……辛いまでの矛盾が、彼女の前に立ちふさがる。

 

[おっと、てめぇのいまの攻撃がカカロットにかすったみたいだな。 ふふん、随分と痛そうじゃ――ねぇか!!]

 

 それを嬉しそうに見ているターレスの手が、“思わず”握る力を強くする。

 

「いぎゃああああああ!!」

「悟空くん!! や、やめてよ! ホントに死んじゃうよ!」

[殺す気なんだぜ? これくらい――]

「あ゛あああああああ!!」

[当然だろう?]

 

 逆らう小娘に、大猿は大いに笑って答える。 至極当然のようになのはの問答と、否定の声を嘲った彼はそのまま悟空を片手で握る。 何度目かになる悲鳴に、なのはの“堪え”が限界に達した。

 少女は、後先もなく走り出す。

 

「やあああああ!!」

「よ、よせ……無茶だ――」

[その気迫だけはほめてやろう……だがな]

「あぐ――!?」

 

 黒い尾が、横合いから彼女を散らす。

 

「う、うぐ……ま、まだ」

「よせ……来るな」

[はははは! 先ほどとは立場が逆だな――いいぞ、うまくいけば助かるかもしれんぞ]

 

 誘い言葉を吐いたターレスの事は最早関係ない。 なのははただ、目の前で苦しむ悟空を見ていられないから走り出すだけで。

 

「あぐ――」

「やめろ!」

 

 脚を払われようと。

 

「きゃあ!!」

「よしてくれ!!」

 

 胴を強く突かれようと。

 今にも消えてしまいそうな彼を頬っておくことが果たしてできようか。 たとえその身が、悟空以上に傷つこうとも。

 

[そろそろ飽きてきた……もう、いいだろう]

「――はっ!?」

 

 その呟きに、悟空は全神経を過敏に逆立てた。 震えるような声で、切り刻まれてしまいそうな身体で行う最後の抵抗。 全身に力を籠め――

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 ただ叫ぶ。 これがこの青年に残された最後の手段。 もう、なんの抵抗もできないという証明は、ターレスの嗜虐心を覆いに揺さぶる。

 男は、少女に向かって笑いかけた――とてつもなく、邪悪な笑みを。

 

[もういいだろ]

「よ、よせ!」

[気は済んだはずだ]

「やめろって言ってんだろ!! ……オラが相手になってやる、だからそいつに手ぇ出すんじゃねぇ!!」

[オレは早くカカロットの相手をしてやらねばならん]

「だから今すぐ――グオオ!!?」

[貴様は少し黙れ……さて、静かになったところで]

「はぁ……はぁ……ごくう…くん…」

「よせ……よせええええ!!」

 

 向けられた死の宣告。 高町なのはの体は、既にかなりのダメージを負わされていた。 目は霞み、両腕は感覚自体が無い。 転ばされた時に強く打たれ、バリアジャケットの上から与えられたダメージに、彼女の細い腕に青い痣を作っていた。

 

 それでも進む彼女を、本当に可笑しそうに嗤うターレスは……大猿から、鋭い発砲音が聞こえた。

 

『……!!』

「あ……れ…?」

 

 巻き起こる声はない。

 あまりにも唐突で、どうしようもなく簡単に摘まれてしまった彼女の……鼓動。 その音が急速に活力を失う中で、なのはは自分に起こった事が理解できず、アースラの内外にいる者たちは言葉を失う。

 

…………そして。

 

「あ、…………あぁ……そっか。 死んじゃうんだ……わた――    」

「――――――」

 

 空気が凍り付く。 ついに倒れたなのはから、赤い液体が漏れだしていく。 生命を感じさせるその液体は、湯水のようにあふれ出て――その代わりに少女の身体から命を奪い去っていく。

 

「いやあああああ!!」

「……そんな……こんなことって」

 

 叫ぶフェイトの声は悲痛で、うつむいたユーノには怒りすら浮かんでこない。 もう、あきらめるしかないこの状況で一人……そう、たった一人だけ……いいや、ふたりだけそうじゃないモノが居た。

 

[ふふっ――くふふ……あーははははは!! ついに死にやがったな! あはははは――]

 

 一つは、悪魔のようなことを言い放ち、倒れた少女の血に映る自身に向かって叫ぶモノ。

 

 

――――そして、もう一人。

 

「………………………………………」

 

 かれは何もしゃべれなかった――――ナニモデキナカッタ。

 

[……それほどショックだったか。 何もしゃべらんとわな――いいだろう、死に際くらい一緒にさせてやろう]

「……………………」

 

 容易く飛んでいくなにか。 それは大猿の手から離れ、既に無機質な物体と成り果てたなのはの元へ転がされた悟空。 その身は満足に動かせない……いいや、それよりも深く抉られたのはカラダなのではなくて。

 

「……はぁ……はぁ…………い、いま…いく……から…」

「    」

 

 這いずる。 右手だけで荒れた大地を掴み、動かせない左腕ごと身体をそこへ近づける。 出てくる声はかすれて聞こえない。 誰にとも呼びかけたわけじゃないはずのそれは、たった一人の女の子に向けたモノになるはずだった。

 

「しっかり……しろ。 おぃ………ジョウダンなんか…やってねぇで――――」

 

 痛々しいまでに紡がれる悟空の声。 いまだに“看病”をするという彼の行動。

 

 それは、彼が受け入れていないからである。

 

「おい……」

「    」

「なぁったら……」

「    」

「………………なのは……?」

 

 たどり着いたその場所に、少女だったものが転がっていた。 それに手を乗せ――その瞬間、一気に悟空の顔から血の気が引く。

 

「…………あ…………あぁ」

 

 もう、起こせないと思ったその身体に更なる鞭を打ち、座り込み、彼女を抱き上げるように右手で引き寄せた悟空。

 その山吹色のズボンに、なのはの栗毛色の髪がゆっくりと流れていき――

 

「…………こふっ――    」

「………………あ」

 

 何かが少女の口から飛び出してきた。 それが何かなんてわからない――知りたくない。

 

「…………」

 

 悟空の顔から、最後の表情が消える。

 

 どうしてか、こんな時に思い出すのは……遠い過去の思い出。

 

 

――――ああ! 悟空くんずるーい!

――――えっとね? 11引く1がね……

――――もう、わたしいつまでも“うんどうおんち”さんじゃないもん!

 

 

 彼女との思いではいつも笑顔で彩られていた。 ケンカもした、言い争いだっていっぱいやったし、それでも決着がつかないで彼女がふてくされた時だってあった。

 でも、やっぱり最後には笑っていて。 それが自分の“うけうり”などという彼女は、今にして思えばホントに自分の事を慕っていたのかもしれない。

 

「………………くも――」

[なに……?]

 

 

 いつも自分の後ろをついてきて、困ったことがあったら――あぁ、なんだかんだで自分で解決できる強いヤツだったっけ。

 だけど気ばっかり張っているのはよくないからと、たまにユーノが恭也に相談していたこともある。 今の彼になら、その時の意味が解るかもしれない。

 

「よく………………も」

[なんだ?]

 

 いつも元気だった――――あんなくだらない奴に。

 

「…………よくも……」

 

 そんな少女と居るのは、居心地がよかった――――あんな……クズみたいなヤツに。

 

「よくも――ッ!!」

 

 周りにいるみんなも、彼女の事が好きだった――――奪われた。

 

「…ゆ……ゆる……さんぞ…きさまぁ、ぁぁ」

[な、なんだ……コイツ]

 

 青年の回想はそこで幕切れとなる。 短いのは当然だ、そこまでしか一緒に居なかったのだから。

 

 同じ時、周囲で起こる激烈な変化があった。

 地が震え、雲のない天上より雷鳴がとどろく。 プラズマ現象と言えばいいのかわからないそれは、どうしてだろう、天が怒るというよりも――泣いていると形容できるのは。

 

 途切れることのない怨嗟の声。 それが徐々に明確になり、言葉として聞き取れるようになったとき。

 

[ガキが一人死んだくらいで……いちいち喚くんじゃねぇ]

「――――――ッ」

 

 何か……そう、なにかとてつもなく硬いナニカが、めいいっぱいに引き裂かれようとして、『プツン』とこと切れた音が聞こえた。 比喩でもなく、大げさでもない。

 その音は確かに聞こえ、存在していたのだ。

 

 いま悟空の中で、取り返しのつかない何かが切れてしまった――――

 

「はぁぁぁあああああああああ――――」

『な!?』

 

 唸る彼、その身を震えさせながら……いいや、震えているのは世界の方。 決して触れてはいけないモノ、とても穏やかで美しい……例えるならば、“龍の逆鱗”にいま、むざむざと無神経にあの男は触れたのだ。

 

 だからその結果。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ――――」

「悟空……さん!?」

「ようすが――」

 

 全てを失っても、文句はないだろう。

 

「だああああああ―――■■■■■■!!!!!」

『!!?』

 

 雄叫びが世界を揺るがす。

 既に言語にさえなっていないただの怒声は……なぜだろう、その声に哀しみを覚えるのは果たしてそばにいた者たちだけだったのだろうか。

 

 それは、いつか分かるとして……

 

 この場にいる者すべては、大猿よりも何よりも――いま、悟空に視線が向かっていた。 人間、確かにあれほどのショックを受ければ大きな変化があろう。

 黒髪が白髪に変わる人間が居れば、精根を尽き果てさせるものもいる。 ……それがどうだ!!

 

「…………」

「な、なんだあれ……ごくうさんが――」

 

 傷ついた身体で立ち上がり。

 

「ゴクウ……あいつどうしちゃったんだよ」

 

 その髪を不自然なほどに逆立て――

 

「あ、あれは……でも、そんな――」

 

 黒い頭髪は、まるで生命の息吹を感じさせるほどに輝いていた――――黄金色(コガネイロ)に。

 

 その色が全身をつつみ、片手で抱いていたなのはにもあたたかさが伝わっていく。 もう、こと切れたはずのその少女に、いま生まれたばかりの生命の息吹が流れ込んでいく。

 

「――けほっ……えほ……あれ?」

『なのは!!』

「…………」

 

 その深緑の眼差しは世界を射抜くように……冷たい。 その中にある怒りを秘めるようなその絶対零度の温度は、しかしなのはから見ると――

 

「ねぇ、どうしてそんなに……悲しい目をしているの?」

「……なんでもねぇさ。 おまえは今、ただゆっくり眠っていればいい」

「……うん」

 

 どうしてか、泣いているように思えたから。

 そこまで言って、促されるままに気を失う少女。 その娘の髪を梳くようにさわり、撫でる彼は本当に穏やか。 心底に安堵を浮かべた顔は――

 

「…………よくもやりやがったな」

『!!?』

[あ、あぁ……な!?]

 

 気が付けば、正反対の残酷さを滲み出させていた。 溢れる凶暴性を、必死に取り押さえるように無言な彼は不気味そのモノ。 そんな彼が余程に異常に映ったのであろう。 大猿であるターレスは、ここで愚かにも聞いてしまう。

 

「さ、サイヤ人の変身は大猿以外にありえんはずだ!」

「……で?」

「カカロット! 貴様のそれはなんだ――いったい貴様はなんなんだ!!」

「……フン」

 

 冷たく返される彼の問い。 それを冷たく突き放す悟空は……口を開く。 かつて言われた同じ問い、それに答えるかのように――怒りを込めて!!

 

「ホントのところ、貴様はもうご存知なんだろ……」

[な、なんのことだ]

「穏やかな心を持ち――」

[――――はっ……い、いや、そんなはずはない!! あれは千年に一度の超天才児でなければ!?]

「激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士……」

 

 

 そこで切る。

 まるで処刑宣告のように冷酷に、大猿の動作を確認する悟空の目はひたすらに冷たい。 さぁ見よ! 震えろ!!

 これが貴様が追い求め、到達してしまった超越した姿だ!!

 

 

 

 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~

 

 

 第29話

 

「超サイヤ人……孫悟空だーー!!」

 

 

 

 

 

[!??]

『スーパーサイヤ人……!?』

 

 

 悟空が天に向かって咆えるとき、すべての物語は今、ようやくスタートラインに立たされた。

 

 

 

「“オレ”は怒ったぞ! タああああああーレスーーーー!!」

 

 

 戦士は、ようやく呪縛を解き放つ。

 




悟空「……オッス」

フェイト「どうしちゃったの悟空……アレじゃまるであのときみたいな――」

悟空「心配スンナ、まだ理性は残ってる。 けど――」

リンディ「けど、そこから聞かされた言葉に一同は納得できず、さらになのはさんの回復を買って出たあの人は……」

???「まずいわね。 これは早く手を打たないと……孫くん!」

悟空「分かってる! あと1分ですべてにケリをつけてやる……行くぞ!!」

リンディ「相当な苦戦を強いられてました」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第30話」

なのは「帰ろう……我が家へ」

プレシア「もう駄目ね……まさかこんな最後だなんて」

悟空「何言ってんだ!! こんなところであきらめたら、オレはアンタを一生恨む!!」

プレシア「……それは、イヤね」

フェイト「ッ…!! かあさん…? かあさーん!!」

悟空「またな」

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