魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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13話 不吉な数字のこの話。

いよいよさんざん引っ張ってきた『あの日』がやってきました。

せっかく気づきあげてきた絆はここで断ち切られてしまうのか。
悟空以外に現れたなのは世界に対する異変、3点目、遂に登場です。

では――


第13話 穏やかな時間は打ち砕かれた

 フェイト・テスタロッサ。 目的不明の外見年齢およそ9歳である彼女は現在、同じく外見年齢9歳前後とみられる……見られていた少年について行く形で、明るい商店街の中を堂々と歩かされていた。

 

「おー!」

「……!!」びくっ!!

「高町さんとこの悟空ちゃんじゃねぇか! どうだい、今日はいい魚が入ったよ?」

「ほんとけ!? ん~~でも今日はモモコと一緒じゃねんだ。 わりぃけどまた今度な!」

「ほっほ~う……おうおう。 そんじゃまたご贔屓に~~」

「…………ほっ」

 

 道を歩けば知らない人から声をかけられ、そこから広がっていく会話の輪はとても賑やかなもの。 めまぐるしく変わる状況は、元来、人との交流の範囲が極端に狭い少女を少しだけ委縮させる。

 一瞬だけ震わせた肩をすぐに元の調子に戻したのは良かったが、そのあと声をかけてきた桃子のお得意様から隠れるように悟空の背中に引っ込むフェイト。

 さながら小動物を思わせる彼女を、まるで悟った顔で見送っていった魚屋店長は既に別の客人の相手をしていた。

 

「なんだおめぇ? さっきから後ろに隠れちまって。 歩きにきぃから離れてくれよ?」

「で、でも……」

 

 過ぎ去っていく町並みを後に、悟空はいまだに後ろを歩くフェイトに顔だけ振り向く。

 そこから出てきたのはなんてことはない、ただデリカシーがない無骨な一言。 『とってつける』ことすらしないで、心が赴くままに発言して見せた悟空は、どこまでも女心をわかってはいなくて。

 

「…………」

「ん~~しかたねぇなぁ」

 

 少年の言葉にうつむいてしまった彼女を、悟空は一旦は引きはがそうとするもすぐその手を止めてしまう。

 こんなふうに俯いてしまった女の子、こんな子を遠い昔に見たことがある……ような無いような……

 

――――じぃちゃん……

 

「ん!? ん~~ま、いっか」

「え?」

 

 フラッシュバックした光景は自分の足にしがみつき、『行っちゃヤダ』という顔をする小さな女の子の顔。

 山吹色の道着に、朱色の帯を締めたその女の子の名前は――わからない。 けど、その光景はたしかに悟空の心に触れるモノであり。

 

「こうすりゃいいんだろ? 早く飯屋探しにいったアルフ見つけに行かねぇとな」

「あ……うん……」

 

 なんの唐突もなく握られたのは悟空とフェイトの手。 握手と呼ばれ、悟空が彼女を引っ張っていく事を意味するその行為は、フェイトの表情を若干ながら高揚させるのであった。

 

「フェイトー!」

「あ、アルフ! 」

「――――!!」

「はっ!!」

「え?」

 

 人込みをかき分けて大声を上げたのはオレンジ頭のアルフ。 彼女は悟空とフェイトが居るところまで駆け寄ると……いきなり翔ける!

 

「ふっ! はっ!!」

「せい! だりゃ!!」

 

「えっと……」

 

 唐突に始まる悟空とアルフの攻防。 其の“繰り出したときと同じ速さで戻されていく拳”はスピード重視の高速拳。

 拳打、手刀、掌底……それらが激しくぶつかり合うと、両者は同時にバックステップ。

 

『はぁ~~~~』

「アルフ? 悟空……?」

 

 深く行われる“残心”の構え。 どこか野を駆ける獣を連想させる、腰を落とし、構えた右手のひらを、相手に向けながら爪が如く半分ほど握ったその態勢は――――

 

『狼牙……』

「えっと……?」

『風風拳!!』

「あ、あの~~?」

 

 狼を象った(かたどった)高速拳の構えであった。

 いまだ緊迫した空気を、しかしフェイトは置いてきぼり。 後頭部に汗を作っては二人を困った顔で見比べている。

 何が起こったかわからない、フェイトはめまぐるしく変化する光景に、良いはずの頭を高速回転させるのだが……結局わからず。

 

「なかなかやるじゃねぇか。 何となく特徴教えただけなのに、もう自分のモンにしちまったなぁ」

「フン! フェイトの使い魔なんだ、これしきできないわけないよ! (痛つつ~~なんて無茶苦茶な速さなんだい! これをずっと使い続けるコイツの仲間ってのは飛んだ化け物じゃないのさ)」

「ひぇー! そうけ!! ヤムチャが聞いたらきっと驚くぞ!」

「えっと? ふたりは何やってるの?」

『稽古だぞ(だよ)?』

「…………そうなんだ」

 

 返ってきた自身の質問に、更なる汗を後頭部に追加していくのであった。

 狼牙風風拳(ぜんざ)も終わって、やっとのことで見つけた(犠牲になってもらう)飲食店を見つけてきたアルフは悟空たちをその場へと案内する。

 

『神龍軒』という看板を掲げたどう見ても中華飲食店が佇んでいた

 

「おっ! なんかうまそうな匂いがすんぞ!」

「はい決まり、ほらほら行くよ!」

「あ、ちょっとアルフ?」

 

幼いながらも男女が一緒にいて、しかも昼間から中華――もしこれが健全な付き合いをしている男女ならば下手をすれば破局ものかもしれない。 だがアルフにはこれしか選択肢がなかったのである。

 

 そう思いながら入ったアルフ達のうしろには一枚の張り紙がしてあった

 

 

『スペシャルドラゴンラーメンセット2万円 ただし30分以内に食い終われば無料』

 

 

 そうかかれた張り紙が……

 

 

 

「へい、らっしゃい!! 何名様で?」

「あっ3人です」

「奥のテーブル席でおねがいします!」

 

威勢のいい店員に案内された悟空たちは四人ぐらいが座れそうなテーブル席へと向う、悟空を対面に座らせる形で席に着いた3人にお冷を持った店員が近づいてきた

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「私とこの子にはこのチャーハンセットってのをお願い」

 

店員に促されたアルフはメニュー表を流して見ると、値段もお手頃な餃子とチャーハン、それに小皿ほどのスープがついたセットを選ぶ。

料金にして650円というなかなか手ごろな量で安い値段である。 一般人の話ならばだが――

 

「で、こいつなんだけど」

「ん?」

 

アルフは右手で悟空を指さすと、そのまま壁に貼ってある紙に指先を向けた。 指された悟空はキョトンとしていたが、おなじく言われた店員もキョトンと表情を消す。

 

「え? お客さん冗談はやめてくださいよ~」

「冗談じゃないからさ?早く持ってきておくれよ」

 

 いやいやまさか……冗談でしょ? などと捉えた彼も、やけに真剣なアルフの視線に釣られて鋭い空気を醸し出す。

 その彼の脳裏にはある一つの“伝説”が一瞬だけよぎる。 まさか! そんなことが!! まるで自身に言い聞かせるかのように、そのいまだ発展途上である料理人見習い以上達人以下である右手で拳を作ると、彼はある男を呼ぶのである。

 

「……少々おまちください、店長ぉー!!」

 

その男はカウンターで巨大鍋を振り、これまた大きなガタイで頭にねじり鉢巻きをまいた大男……神龍軒の店長と思われる男を呼び出した。

 

「アルフ、あれってすごい量があるんだよね? いくらおなかが空いてるからって悟空じゃ」

「この坊主か?『アレ』を食いたいなんていう馬鹿野郎は........」

「オラなんも言ってねぇぞ?」

 

 心配するフェイトを遮るように現れた店長と呼ばれた男は、そのゆうに2メートルは超えているだろう長身で悟空を睨みつけた。 そんな視線に怯まず、普段どおりな悟空を見た店長は悟空の頭の上からつま先に至るまで視線を滑らせ、改めてかっこうを見る。

 

「四方八方に伸びた髪、低い背丈、尻尾のアクセサリー……おい坊主、おまえなんて名だ!」

「オラか? オラ孫悟空だ……はは! おめぇ牛魔王みてぇだな」

「―――――!!」

 

 観察の終了した彼、最後に悟空の名前を聞いた店長は右手で顔を覆う。 大きく、無骨と表現できるその手の隙間から天を見上げる事7秒。 まるで来るべき時が来てしまった、そんな雰囲気を纏わせながら彼は口を開く。

 

「て、店長? どうし「おめぇらぁ! ドラゴンセットの準備だぁ!!」は、はいいい!」

 

顔を覆っていた右手を裏拳のように振るうと、厨房にいた店員たちに激を飛ばした 。こいつら、料理人というよりまるで海賊かなんかのようである。

 

「どうしたんだろ?」

「さ、さぁ?ごくう、あんたなにかしたのかい?」

「なんもしてねぇぞ?」

「何にもしてないとは恐れ入るぜ坊主」

 

 急に慌ただしくなった店内に若干の怯えを含んだ表情のフェイトとあまり動じずに悟空に問いただしたアルフ達に、店長は口元を吊り上げながら悟空を睨みつけながら答えた。

 

「最近この町にあらわれては俺たちのアイド――げふん!! 喫茶翠屋の桃子さんとともに入店してきて、その店自慢の大食いメニュー……いや、食材すべてを愕然と膝をついている店主を背にタダ飯にして食っていく悪魔……」

『え?』

「立ち去っていくときにその尻尾のアクセサリーを満足げに振って帰っていく姿からついたのが!」

『え?あのぉ』

 

店長のあまりにも壮大な語りに思わず飲まれてしまっているアルフとフェイト。しかし店長の語りは終わらない、もったいぶりタメを作ると一気に叫んだ

 

「高町家の秘蔵っ子 悪魔の尻尾(デビルテイル)孫悟空!! まさかうちにもくるとはなぁ!!!」

『えぇ~~なにそれ』

 

店長の限界まで上り詰めたボルテージは店を震えさせた。しかしフェイトたちのテンションは逆に落ちていく、げんなりである

 

「ふーん、そうなんかぁ」

 

悟空に至っては完全に他人ごとである自分のことなのに

 

「店長ぉースペシャル一丁できやしたぁ」

「出来たか……どれ、それじゃやるか小僧!」

「ん? これオラのか? くれるっちゅうんならもらうぞ」

「え?なに、これ?」

「いくらなんでもこれはないんじゃ……」

 

 店員が完成の知らせとともに持ってきた『それ』は巨大だった。 具体例を挙げるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの大きさ、それを特注の盆に乗せて二人がかりでもってくる店員の表情はまるで荒波を前にした船の船員のそれだった。 二人がかりで持ってきたそれをテーブルに置くと。

 

 

          ズドン!!

 

 

間違っても食器を置いたときにしていい音ではなかった。

 

「ねぇフェイト?ごみを捨てる容器ってなんていったけ?」

「たしか……ポリバケツ、だったっけ?」

「アタシあれより大きい食器なんて見たことないんだけど」

「..........」

「では、只今よりスペシャルドラゴンセットのチャレンジを開始したいと思います!30分以内に食べ終われば無料!ただしスープの一滴でも残せば2万円いただかせてもらいます」

 

黙りこくったフェイトたちを余所に店と悟空のたたかいは――

 

「では、スタート!!」

 

 切って落とされた。

 

 

 

 

がつがつがつずるずるずる

 

「おい!今何分経った!?」

 

ずるずるずるずる!! もぐもぐもぐ、ゴクン!!

 

「…………ま、まだ10分こえてないです」

 

ゴクッゴクッゴクッゴク!

 

「…………なんてこった」

 

 厚切り……こぶし大にぶつ切りにされた3個のチャーシューを口の中に放り込んでは即座に飲み下し

 底の見えない極太の麺をすすることおよそ7分強、悟空はそのあまりにもでかい器(ポリバケツ)を両手でつかむと一気にあおった

 

「おいしいねアルフ?」

 

「……そ、そうだねフェイト」

 

その目の前では今起こっている惨事を、チャーシューの丸呑みのあたりからないこととして切り替えたフェイトと、以前に悟空の力の『片鱗』を見せつけられたことのあるアルフが自分たちの食事を堪能していた。

フェイト・テスタロッサ。 中々に強かな子である

 

 

ゴクッゴクッゴクッ!「ぷはぁ~食った食ったぁ!」

 

 どんぶりを両手でもって、運動後のスポーツドリンク張りに飲み下す悟空。 いかにも軽い運動後であるその表情は、思うままに振るわれるシッポも相まって、彼の御機嫌値をうかがわせる。

 

「……おい! タイムは!?」

「きゅ、9分8秒ジャストです」

「ぐふっ!!」

『店長ぉーーー!!』

 

設定時間の3割程度の時間で平らげてしまった悟空のうしろ、この無敗を誇ってきた料理が無残にも悟空の胃袋(ゴミ箱)に放り込まれていく姿を見せつけられた神龍軒店長が絶望に打ちのめされていたとか。

 

『ごちそうさまでした!』

 

それと同時に『普通の』チャーハンセットを平らげたフェイトとアルフは、特にその気はなかったのだが悟空と同時に食後の礼を行った。

しかしこのドラゴンセット、悟空に9分で食べられてしまったと言えばいいのか、それとも悟空ですら完食に9分かかったというべきか。 とにかく悟空以外に需要があるのか謎である。

 

「じゃあそろそろ行こうか?」

「うん、悟空……行こ?」

「ん~」

 

食事も終わり店から出るために勘定を済ませようとしたフェイトだが。 立ち上がり、その場で唸っている悟空は、ただ自身のおなかをさするばかり。

どことなく妊婦を連想させるさすり方をする中、その元気に育った自分のおなかに向かってこうつぶやいた。

 

「腹6分目ちゅうとこだな!」

 

ガッシャァァン!!

 

あのポリバケツラーメンを食べたのにもかかわらず、いまだ折り返し地点序盤の悟空の胃袋に店中が盛大にズッコケる。

 そんな悟空を見た店長は、悟空とフェイトたちの顔を見据えると。

 

「待ってくれ……金はいい」

「え? なにいってんだいあんた!?」

「どうかしたんですか?」

「坊主……いや悟空さんのお連れさんから、金なんてとれねぇ」

 

 そういうと店長は頭のねじり鉢巻きをとって宙に放り投げる。

 

「今度は悟空さんを満足させてみせる、だからまた来い!」

「あぁ、またくんぞ! ここな、モモコの料理ぐれぇうまかったからな!」

「……そうかい、あの桃子さんぐらいか……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 そして二人はどちらからとも言わずに無言で握手していた、まるで散々なぐり合った後に川辺で握手をした仲の悪い友人のように

 

「だがな……」

「ん?」

 

うつむいていた顔を悟空に向けた店長は。

 

「しばらくはウチに顔だすのは控えてくれ! たのむ!!」

『だぁぁぁあああ!!』

 

 仕方がないとはいえいい雰囲気をぶち壊した店長にコケが入るのであった。

 

 

PM16時半 商店街

 

「なんか、お昼を食べただけなのにすごくいろんなことが起こったみたい」

「ゴクウあんた、あんなに食ったのになんで体型が変わらないのさ」

「へへへ、オラまだ余裕あるかんなぁ~だからじゃねぇんか?」

『そういう問題じゃないと思うんだけど……』

 

 質量保存、容積、体積などなど。 いろんな法則、用語などに激安でケンカ売っている悟空の発言に、二人はいい加減慣れてきたのか軽いツッコミを二人同時に入れるフェイトとアルフ。

 

 

「悟空」

「どうかしたんかフェイト」

「管理局に見つかっちゃうと困るから、今日はもう帰るね?」

「もう帰ぇるんか? 飯食っただけじゃねぇか」

「確かにそうだけど。 あんな風に誰かと一緒に食事するの、とっても楽しかったから……じゃあ」

 

そういうとフェイトとアルフは悟空に背を向けて歩き出す

 

「ありがとう……悟空」

 

小さく、誰にも聞こえないように、そう呟きながら。

 

―――とうん――――ぁーい―――

 

ふよふよ

すたすた

 

後ろを決して振り向かないように。

 

「……」

 

ふよふよ

すたすた

 

これからの戦いで迷いを出さないように。 大切なあの人のために。

 

「…………」

 

 

ふよふよ

すたすた

 

その背に哀愁をただ寄せながら――彼女は、足音もなく夕日の向こうへと消えてく……行こうとしていた。

 

「……ぁさんのために、わたしは――」

「おめぇかあちゃんのためにあの石集めてんか?」

「うん、そうなんだ――――――きゃ!?」

「あっフェイト! ちょっとごくう! あんたはさっきからなんなんっ――!?」

「う、いたい……あっ!?」

 

フェイトが背を向けたあたりから、筋斗雲を召喚し、そのうえでどっぷりとあぐらをかきながら乗っかり、彼女たちのずっと後ろを漂っていた悟空の呼び声に驚き、両手を振り回しながら尻餅をついたフェイトは、立ち上がろうとしたところを悟空に腕を掴まれる。

 

「少しだけつきあってくんねぇか? いけぇ筋斗雲ー!」

「え? なに?……きゃぁぁぁーー!!」

「ごくうー! ちょっ! ほんといいかげんに!」

 

同時、しっぽに捕まったアルフの叫び声とともに、悟空の筋斗雲が唸りを上げると、彼らは空のかなたに消えていったのである。

 

 

 

あたたかな太陽の光、天に届けと手をのばす森の木々、地に激突し続けては決して枯れることのない滝。

海鳴市のはずれに人知れず在るその場所は密林。 いかにも年数を重ねたと思われる木々……否、『樹』が生い茂るその大自然は驚くことなかれ。

 ここが出来たのはつい4日ほど前の話なのである。 突然ここに連れてこられたフェイトとアルフは今、この壮大な大自然の中に佇むことしかできずにいた。

 

『…………』

「――――――」

 

 そんな二人を連れてきた張本人である我らが悟空は、ふたりの目の前……大自然のなかで座っているだけ。

 両足を組み、あぐらをかいては両手を中央に持ってくる恰好。 良く僧侶などがやる座禅を、見よう見まねながら、さらに展開にいる例の2人から教わったその座り方は、元気な彼には不釣り合い。 けれど……

 

『…………ごくり』

「――――――」

 

 ただ座って目をつむっているだけの悟空、だが二人はそんな悟空に一声もかけることができずにいた。 武術のなんたるかをまったく知らない、だが決して戦いとは無縁ではない二人だからこそ。

 

今、悟空のまわりをただよう空気に飲まれていた

 

「あっ」

「鳥が……」

 

「――――――」

 

目をつむり、深く根付くように大地に腰を据え……座禅を組んでいる悟空の両肩と片膝にとまった3羽の小鳥、まるで木の枝にいるが如く悟空の身体の上でその小さな翼を休めはじめる鳥たちに不自然さは感じられず。

 

 

バサバサ

 

「ふぅ~今日は3羽かぁ」

『…………ほぇ~~』

 

突然鳥たちが羽ばたき空に逃げていく。 悟空はゆっくりとその目をあけて息を吐き出す。 それを契機に彼を取り巻いていた空気が普段のそれに戻ったと同時、フェイトとアルフは無言ながらもそばまで歩いて行く。

 

 

「悟空……いまのって?」

「あんたいったいなにしたのさ!?」

「なにって修行だぞ?」

『いまのが修行?』

「そうだぞ、『空のように静かに構え、雷のように速く動く』なんだってよ?」

「そら?」

「かみなり?」

 

 悟空の修行と『空』『雷』の言葉に首を傾げるフェイトとアルフ、二人にとって修業とは厳しい修練を積み、激しい鍛錬を行う、そういったものしか想像できずこれを修行という悟空にはかなりの疑問がある。

 しかしそれ以上に疑問なのは……

 

「それにしてもこの町にこんなところがあるなんて」

「このあいだジュエルミートみつけた時に出来ちまったんだ、なのはもびっくりしてたぞ」

「……え? あの石って封印したら効力がなくなるんじゃなかったっけ?」

「たぶんこの森の強く根付きたい~とかそんなもんを増幅させちまったんじゃないのかい? 元からあったものがそのまま成長しただけなんだから、ジュエルシードの効力が切れても残り続けたってところだろうね」

 

 この大自然の事であろうか。

 コンクリートジャングルがすぐそばにあるこの地に不釣り合いなほどの緑の数々、大方の予想は出来たはずのフェイトも、件の青い宝石が持つ力の大きさを再認識させるには十分すぎて。

 

「……(たった1個でこんなふうになる……―――さんはこれを集めて何を……)……ううん、それより――」

 

 いったん思考を切り替えたフェイトは連れてこられた森を見渡すと、そのあまりにも広大な自然に改めて驚きの表情を表す。

すぐ横にそびえ立つ巨木なんて、子どもが腕で描いた『輪っか』などをはるかに凌ぎ、10メートル以上に生やしたその背は他に比べればまだまだ発展途上を思わせるほどに幼く……若い。

それらを含め、あらかたこの大自然を見渡すフェイトは、その広大さにココロを撃たれながらも、そっと視線を悟空の方に向け、普段よりあまり発することのない色をもってゆっくり声を投げかけるのである。

 

「ねぇ……」

「ん?」

「どうしてここに連れてきてくれたの?」

 

 近くの木に片手で触れるとそのまま悟空を見つめた、その時のフェイトの目はひどく透明で。

 

「さっきのフェイトよ? ジュエルミート集めをはじめたぐれぇのなのはの顔にそっくりだったんだ」

「え?」

「最近はさ、あんましそういうの無かったんだけどさ。 ここができた時、またそん時のこまった顔しててよ?」

「うん」

「でもよ」

 

 そこで悟空はいったん会話を切る、『その』ときを思い出そうと視線を宙に流す顔はどうしてかえらく年が上のお兄さんという顔つきで。

 

 

「石っころの化けモンをやっつけた後にさ、オラがここでおんなじことやってたらすげぇおどろいてよぉ、次の日くれぇからよくここに来るようになったんだ」

「……うん」

 

 その視線を今度はフェイトに向ける悟空。 貫く訳でも射抜くのでもなく、ただ、投げかけるように送られる表情……ほほえみはとても朗らかで。

 

「そんで、いっしょに頑張る――なんていってきたアイツの顔がさ、なんかこううれしそうでよ」

「…………うん」

 

 屈託のない笑顔を向けて。

 

「だからおめぇもここに連れて来れば、さっきみてぇに暗い顔しなくなると思ったんだ。 つまんねぇ顔してっと、戦ぇねぇしメシが不味くなるしでよ、いいことなんかひとっつもねぇって、じいちゃん言ってたかんな」

 

ただ、無邪気に笑っていた。

 ただ、彼女と一緒に笑おうとしていた。

 

そんな悟空の笑みを見たフェイトはその透明な目からひとすじ、雫をこぼしていた

 

「…………う……ん…………」

「……フェイト」

「あぁあぁ! どうしたんだ急に泣き出してよ、どっか痛ぇんか!? なぁ!!」

 

 ――――きっと笑ってくれる!

 

ジュエルシードを集めればあの人は……母さんはきっと昔のようにわたしに笑いかけてくれる! だからいまはどんなことにだって耐えられるし歯を食いしばってもいられる。

たとえ、あの人からどんなことをされても……だけど。

 

「ううん、ちがう……」

 

 揺るがない……揺らぐはずのない少女の決意とゆめ。 苦難苦悩のその果てに求めていたものが、欲しかった笑顔が、与えられたことがなかった暖かさが。

 

「ちがうの……どこもいたくないのに……なんで?…だいじょうぶ………だから」

 

 彼女のココロを大きくゆさぶっていた。

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。 日はさらに傾き、あたりは夕暮れのせいで真っ赤に染まっている。 青い空だった天井は、ただ真っ赤に輝き、燃えるような黄昏どきを演出している。

 

あの後、いっこうに止もうとしない少女の涙に困り果てた悟空は、なんとかしようとあの手この手とフェイトを笑わせようとするのだが成果が上がらず。

 踊ったり倒れたり、筋斗雲で遊んでみても変わることがないその状況に、いい加減『ハ』の字になってきた悟空の眉。 それが解かれる間もなく、彼がとった行動は……待つこと。

 

彼は結局、フェイトのしゃくり声が落ち着くまで近くの川辺にある岩に、ふたりで腰を落ち着けるのであった……ちなみに、彼らと行動を共にしていたアルフはというと。

 

「すこしあたりを見てくるよ……頼んだよ、悟空」

「え!? 行っちまうんか?」

「…………」

 

などと言い残して、オオカミの姿に戻っては林の中に消えてしまった。

取り残された子供二人。 彼らに次の行動は特に用意されておらず、時が時ならば子供は既に家に帰る時間帯。

 

 

 

「その……ごめんね」

「ん? どうしたんだ突然」

「いろいろ迷惑……かけちゃって」

「迷惑……ん~~」

 

どうかしたのかという表情をそのままに、フェイトの話を聞く悟空。 対してフェイトはというと、悟空と目を合わせないようにずっとうつむいたまま。

 下を向いたその顔は、どこか朱に染まっているように見えたが、果たしてそれは夕日のせいか涙の跡か……それとも――――

 

―――――だが。

 

 

    こんな時間が

 

            永遠に

 

                 続く訳など

 

                       ない…………

 

 

 

 

 

「―――!!」

 

悟空は空を見た、夕日に染められた紅に一点だけ……見つけてしまう……見つかってしまう。

黒い殺気を放つ『そいつ』を悟空は睨み、『そいつ』もまた、悟空を強く睨みつけていた。

 

「誰だ!!」

「え……?」

「おお怖い怖い、そんな顔するなよ? この世界でたった二人の同族(なかま)じゃねぇか」

 

 聞いたことがある声……これがフェイトの第一印象であった。

 

「だれだおめぇ!」

「……え!?」

 

次に思ったのがどこかで見たことがあるということ。 漠然とだが、しかしつい最近似たような人物を見た気がするのは、きっとこの場に居ないアルフも同じことを思うだろう。

さらに『それ』を見たフェイトの顔は驚愕に染まる。 それは隆々とした肉体でも、身に着けた堅牢さを誇る黒い鎧でもなく――――その容姿。

 

「誰とはごあいさつだな……」

 

四方八方に伸びた髪の毛は、すぐ隣の『少年』を彷彿とさせるには十分なもの……なにより。

 

「互いに殺し合った(たたかった)仲じゃねぇか」

「オラ、おめぇみてぇな奴……知らねぇ!!」

「しっぽ!?」

 

その男には在ったのだ。

今現在フェイトの隣にいる彼……悟空と同じ、茶色く、長い「尻尾」が生えていたのだ、フェイトの驚きの声、しかしそれを無視……否、まるで存在自体を気にも留めていない男は、ただ悟空の方を向いたまま語り続ける。

 

 

「だがオレは知っている。 すごかったぜぇ? あの時の貴様は……だがあの時と同じようにこんなつまらない世界(ところ)でのうのうと暮らしてるとはな。 この――」

「フェイト! 逃げろ――」

「え?」

「――サイヤ人の面汚しが!!」

「がはっ――!!」

 

それが合図だった、悟空がフェイトを押しのけ、鎧の男は叫ぶと同時にその場から消え、気付いた瞬間にフェイトの隣にいた悟空は遥か後方に吹き飛ばされていた。

 まるでコマ送りのように切り替わった景色は……戦場。 しかしフェイトはいまだに気持ちの切り替えができずにいた。 そんな彼女の気持ちが切り替わるのを待つ男ではなく。

 

「――――!?」

「おっと悪い悪い」

 

 バリアジャケットを纏う隙もない。 フェイトは、吹き飛ばされた悟空と入れ替わりで真横に『いた』男を――その口元を邪悪に吊り上げてはこちらを見て笑っている男を……

 

「ごふっ……うぅぅ……」

 

首を掴まれながら見下ろしていた。

 

「安心しろ、『貴様ら』はまだ殺さないでおいてやる」

「ぐぅ――!」

 

 ゆっくりと、だが確実に締まっていくフェイトの首。 酸素が脳に届かなくなったフェイトの意識は徐々にかすれていく。

 締め付けられ、狭まっていく気管の感触は、フェイトに今の現状を認識させる。

 

「だが、あいつだけは別だ」

 

 まるで小枝を握りつぶすかのようにフェイトの首を片手で掴みあげているその男は、そこから離れた場所で片手を大地にあて、震える足に激を入れつつも、なんとか立ち上がろうとしている悟空をみた。

 

「フェイトを……はぁ……はぁ……はなせぇー!」

 

 重い一撃を貰い、極端に体力を減らされた悟空。 しかし持てる限りの力を振り絞り、翔けた。

光る! 強く握りしめた拳の輝きは青。 自信を吹き飛ばし、フェイトをその手で締め上げる眼前の男を打ち倒さんと、力の限り声を張り上げた。

 

「つらぬけぇぇぇ!!」

 

あのピッコロ大魔王をも倒し、フェイトとの戦いで更なる進化を遂げた悟空最大の拳。だがあの時よりも力を蓄えた悟空のそれはさらに威力をあげて相手に迫る。

 

「だあああああ!」

「……ふん」

 

 青く光る閃光は、しかし男は鼻で笑い……目で訴えかけている

 

「いい攻撃だ……だがこれじゃオレは倒せんぞ?」

 

 そう、悟空と男ではあまりにも力量(レベル)に差がありすぎる……と。

 

「ぐぅぅ!」

「ははははは! こんなものか? カカロットよ」

 

悟空の拳は男の鼻先で止まっていた。 放たれた渾身の一撃は、フェイトをとらえている方とは別の手により悟空の手首を掴まれ、いとも容易く防がれ、同時、悟空の顔が苦悶に歪む。

 こんなはずでは……ここまで力に差があるなんて……

 

「あのときより『お互い』弱くなったものだなぁ。 こんな攻撃しかできない貴様と、受け止めさせられたオレ。 だがオレはこのままでは終わらない」

「―――はっ、がは! ごほ!」

「おいガキ、これが見えるか?」

「あ、あれは」

「なん……で、それが――かはっ」

 

 男は高笑いをするとフェイトを掴んだ手から力を抜く。ドサリと地面に落とされたフェイトは男が懐から取り出したものに目を見開く。

 手は震え、声がかすれ、脳内では既に様々な憶測が飛び交っているフェイト。 なぜなら。

 

「こんなつまらん世界にもすこしは役に立つものがあるらしい。 この石は持ったものの願望を叶える性質があるらしくてな」

「そ、それはわたしが、母さんに――」

「あの爆発の後、目が覚めたらあの気にくわねぇ科学者に拾われていたオレは、“神精樹”の実で上げたはずの力の大半を失っていた。 極端に弱ったオレは正直戸惑ったさ」

 

 青く輝く『石』を持った方の手を握りしめると、妖しくも鋭く口元を吊り上げる

 

「なんせあの弱虫ラディッツ程度にまで力が落ちたんだ。 我ながらあのときは情けないったらなかったぜ……お笑いもんさ」

「どうして『それ』を……もってるの!?」

 

 一向にかみ合わない会話。 だが目の前の石は間違いなく、あの時フェイトが母に渡したそれ。 理解が追いつかないフェイトは、倒れ伏したままに目の前の男へ悲痛な叫び声をあげる。

 だが、そんなフェイトを見ると男は――

 

「貴様ら親子は本当にいい働きをしてくれる。 どこぞの裏切り者の親子にも見習ってもらいたいぐらいに……な!」

「え?」

「うわぁぁぁああ」

「悟空!!」

 

 悟空を掴んでいた腕を思いっきり振りかぶり、一気に近くの岩に背中から叩きつける

その衝撃に耐えかねた岩は粉砕……周囲の地面は陥没し、2メートル大のクレーターを作った。

 

「本当に運が良かった。 どこぞの馬鹿がこの石をばら撒いてくれたおかげで俺はこいつの力を知った。

 こいつを喰らった俺は一気に戦闘力を増し、あの気に食わねぇ王子様にはまだ届かんが、今じゃ十分に戦闘力を上げた。 研究所にいたほかの奴が同じことをしたが俺ほど変化が無かったのは気にはなるが……そんなことはどうでもいい」

 

 男は叩きつけられた悟空に手のひらを向けるとフェイトを睨みつける。

 

「21ある内のたったの3個でここまで力が上がるのだ、残りすべてを取り込めばこの俺に勝てるものは居なくなる。 さぁ、おまえが持っている残りの石も渡してもらおうか」

「そ、そんなことできるわけ……」

 

 フェイトが言葉を迷う。 それが気に食わないのか、男が眉をひそめるとかざした右手がほんの一瞬だけ灰色に輝く。

 次に聞こえてきたのは何かを撃ちだす音と……

 

「ぐあぁああぁああああ!!」

「ご、悟空!?」

「あぁ悪い悪い、つい力んじまったぜ……さて、もう一回聞かせてもらおうか?」

「あ、足……がぁ……」

 

 仰向けに倒れていた悟空の耳障りなほどに放たれる、苦痛を訴えかける叫び声。

 思わず耳をふさいでしまいそうになるその音量は、それのケガの具合に比例していて……

 

「あが……うぎ――」

「悟空!」

 

エネルギー弾の直撃を右ひざにもらった悟空は、あまりの激痛に左手で顔面を覆い、残った右手で地面を掻きむしる。

 

「ぐぅぅ。 フェ、フェイトぉ……」

「悟空……」

 

 フェイトの耳には聞こえてくる。 それは助けを求める弱々しい声ではなく……

 

「そんな奴にわたしちゃダメだ! かあちゃんのために頑張って探してたんだ……ろ」

 

 強い意志を宿した、不屈なる訴えかける声。

 如意棒を杖代わりにして、目の前の男に敵わないと知りながらもなお立ち上がる。 右ひざの出血は多量、骨にはひびが入っており、わずかに聞こえてくる引っかかる奇妙な音は、骨同士が擦れるモノ。

かなりの重症にもかかわらず、悟空はまだ立ちあがり、男に向かっていく。

 

「そんなに死に急ぎたいか。 カカロットよ」

「さ、さっきから言ってるその……カカロットって、オラのことか!」

「あぁそうさ。 どうやら貴様は自分が何者かであるのかも忘れてしまったらしいな」

「なんだと!」

「自分の事を地球人だとでも思っているみたいだが……」

「…………くっ」

 

 そこで男は一瞬だけ口を閉じる。 目の前の子どもが、どんなに身体を傷つけても立ち上がり、自身を強く睨みつけてくるその様に、“つい最近の出来事”を思い出し……そんな彼の心を砕かんと、冷たく否定の声を出してやる。

 

「違う」

「な!!」

「え……?」

「貴様の名前はカカロット。 このオレと同じ惑星ベジータで生まれ、地球人を根絶やしにし、その星を手に入れるため生まれてすぐに一人送り込まれた……誇り高き最強戦士の一人。 戦闘民族サイヤ人だ!」

 

「サイヤ人――!?」

「悟空が……地球人を……」

 

男の言葉。 戦闘民族、地球人の殲滅。

フェイトにはどれも信じられないものであり、あの悟空が、あんな笑顔ができる彼が……そんなことあるわけない、何かの間違いだ!

しかしそのセリフは口からは出ない。 否定の声を出そうと、握りこぶしを作っているフェイトを閉口させるには十分なほど、あの男はあまりにも容姿が悟空と似すぎていて。

 

「ちげぇ! オラ『カカロット』じゃねぇ!!」

「フン……信じられんか……だが事実だ」

「うるせえ!! おめぇが誰だとか、サイヤ人とか関係ぇねぇ!! オラ『孫悟空』だ!!」

「悟空……バルディッシュ!!」

 

 首の締め付けによる呼吸困難から回復したフェイトはバリアジャケットを纏う、あの悟空をいとも簡単に沈めた相手に勝てるなんて思ってはいない、だが倒れたままでいるなんて……できない!

 

しかしその気迫は――

 

「おっと動くなよ小娘、言っただろう……おまえが持っている石を渡せと?」

「がふ―――!!」

 

 この男には意味などなさなかった

 

 フェイトの腹にめり込んだ男の拳、フェイトは回避も防御もとれない、それほどの実力差。

 少女の目から気迫が消える。

 

「これでわかったろ、お前たちとこのオレの実力差というやつが」

「――――く!(悟空はこんな攻撃を生身で……もう意識を保つので精一杯)」

「フェイトぉ!」

 

 目から光を失っていくフェイトを、倒れそうな身体に鞭を振り、いま出せる力、『気』を全身からかき集める。

 ダメージがでかい、それにもうアイツには生半可な攻撃が効かないのもわかっている。

 

「ぐ、ぐぅぅぅうううう天津飯! 技ぁ借りっぞ!!」

 

――――それでも。

 

『――!?』

「太陽けぇぇぇん!!」

 

おもむろに両手を顔の前に広げ悟空は叫ぶ、かつて天下一武道会で戦った好敵手の技、全身からの瞬間的な気による発光は、太陽の直射日光にも匹敵する光度。 それは目にしたものの視力を奪う。

 

「いまだ! のびろぉ如意棒ぉぉぉ!!」

「なに!?」

「え!?」

 

完全に不意を突かれた二人にそれぞれ衝撃が走る。

フェイトはその衝撃に身をゆだね、男はその衝撃に手に持っていた石を取りこぼす。 視界は徐々に戻っていき、そこにはフェイトを抱えた悟空が、先ほどまで男が持っていた石……『ジュエルシード』をもう片方の手で掴んでいた。

 

「どうせ……はぁ、はぁ……このままフェイトが『ジュエルシード』を渡してもオラたちを殺すつもりなんだろ!」

 

 それに刻まれた数字はⅣ。 死と連想できもするその数字は、しかし悟空には特別な数字でもある。

 

「このままおめぇに渡しちめぇくれぇだったら……」

 

 偶然……にしては出来すぎてるこの巡りあわせ。 だが、もう起ってしまったことに止められるものも否定できるものもいない。

 そして重なる。 悟空の脳裏に浮かぶ『知らない』出来事。 白い龍の魔人を前にして、絶望までに追い詰められた紅い異様を纏いし戦士のとった奇策を……少年は見る!

 

「こんなもん、こうしてやる!」

『な――!?』

 

驚愕の声はフェイトと男のモノ。 悟空はなんと、手に持ったジュエルシードを……呑み込んだのである。

 いくら悟空でも、相手は石。 大きく鳴らすその喉はいささか詰まらせた感がある不規則な音を奏で……すぐに威勢の良い『ゴクリ』という飲み下す音を響かせる。

 

「こ、これねェとおめぇ困るんだ……ろ? へへ、ざまあ見ろ……」

 

 解りやすいくらいにつらい表情の中で男を笑う悟空。 それとは対照的に歪んでいく男の顔は黒い感情をじわじわと滲ませていくようで。

 

「……ちっ!」

「――――!?」

 

 それがフェイトにもわかるくらいに露見すると、黒い男は舌を一回鳴らす。

 つまらないことを……そんな言葉を吐き捨てると。

 

「どうせ吐き出さんだろう」

「ぐぎぎ……」

「ご、悟空!!(このひと、なんて――)」

「ならばその腹、この腕で貫いてやる!」

「は、はなせぇぇぐぅぅ」

 

 一瞬だけ身体がぶれると、突如悟空の頭部を鷲づかみにした男があらわれる。 この時点でフェイトは理解した、先ほどから行われる一瞬でのあいつの行動。 それは明らかな実力の差を示す“速度差”が起こす現象であることを。

 

「ふふ……安心しろ。 カカロット、貴様を殺ったあとはそこの小娘に後を追わせてやる」

「――な!?」

「石集めの方はあの白い方のガキが勝手にやるだろうからな」

「し、白い方……な、なのはの――」

「あのガキが集め終わったら……そうだな」

 

 男は視線を虚空に投げかける。

 その目は意思を感じさせない色のついてない眼差し。 誰を見るわけでもなく、ただその時のことを想像しては、目障りなくらいの笑い顔を作るに至る。

 

「じっくりといたぶった後、貴様のあとを追わせてやろう」

「や、やめ……ろ」

「ふふ、そうだ、その顔だ。 その無力を悟った顔をオレは見たかった! フン、こんな顔を見せてくれるのならそうだな……貴様を殺すのは後にして――」

「――!? フェイト!! 逃げろ!!!!」

「キャ――!!」

「目の前でまずコイツを殺してやるのもいいかもしれんな」

 

 男の言葉の後、急に吹き飛ばされたのはフェイト。 彼女は河原から森の方まで背中を向けて一直線に飛ばされていき、あわや林に激突するというところで。

 

「がはっ!!」

「まだ、死ぬんじゃねぇぞ?」

 

 その小さい背に、黒い男の大きな膝が食い込む。

 エビ剃りに飛翔を強引に止められた彼女の景色は大きく歪む。 普通ならばここで背骨を折られ、腹部から臓物をまき散らせながら生涯に終止符を打たれるであろう場面でも彼女はいまだ健在。

 その理由は、彼女が着こむ戦闘服(バリアジャケット)が、性能の限界を振り絞りつつも彼の攻撃から主人に致死量のダメージを与えまいと奮闘していたからである。

 

「フェイト!! や、やめろぉ!! オラが相手してやる!! そいつにてぇ出すんじゃ――」

「がはっ――」

 

 悟空の制止の声も虚しく、止むことのない打撃音と少女の悲鳴。 それがだんだんと小さくなっていく中、それに反して………

 

「ぐっ……や、やめ――」

「それそれどうした! そんなんじゃカカロットは救えんぞ!! ふははははっ!」

 

 大きくなる男の声と……

 

「やめろよ………………」

 

 少年の心のざわめき。

 ここにいる誰もが気付かない。 悟空の尾の毛、ソレと同じく黒い髪がふらりと逆立っていくのを。

 

「貴様もおとなしくしてろ――なに!?」

「ぐぎぎぎ!! このやろぉ……」

 

 それは怒りだった。

 全身の疲労感はすでにピークで、右足はもう動かせない。 それでも何かをせずにはいられなくて、悟空はその何かを捜し……やはりそれはひとつしかなくて。

 

「やらせねぇぞ……なのはやユーノ、『あそこ』にいるみんなも!」

「な!? なんだ!!」

「フェイトやアルフ……ここで会った他のみんな……ぐぎぎぎ!!」

「うぅ……ご、悟空……?」

 

 それを実行せんと、彼は叫ぶ。 その身を粉にしてでも奴を止めなければならない。

 それを思うだけで悟空の身体に力が蘇る……否。

 

「な!? なんだ! カカロットの戦闘力が上がっていく……」

 

 ――力があふれてくる。

 唐突に打ち鳴らされた機械音。 それは黒い男が左目あたりに付けたモノクル上のゴーグルのようなもの。 それが激しく打ち鳴らされていくたびに、男の表情から余裕が消えていく。

 

「500……1000……3000!? どういうことだ!! たかが300程度しかなかったはずのカカロットの戦闘力が!!」

「ゆる!……さねええええ!! ぐあああああアアアア!!」

 

 悟空の雄叫び。 それは既に理性の無い只の獣の咆哮となってしまっていて。 それが止むと同時に、男から聞こえてきた機械音も静けさを取り戻す。

 その装置……“スカウター”と呼ばれる装置は、相手のもつ力を『戦闘力』という数値に置き換えてみることができる道具。

 通信機能に、ロックした戦闘力を持つ相手の居場所を知ることのできるその装置からはじき出された数字に……男は――

 

「せ、戦闘力……8000だと……!?」

 

 衝撃を隠せないでいた。

 

「グアアアアア!!」

「ちっ! たかが8000の戦闘力で――は!!」

「ガアアア!!」

 

 男の拘束を解いた悟空。 すかさず蹴りを打ち込むが、男は黒い籠手をはめた右腕で見事に防御。

 腕と足がぶつかり合う刹那、その時に起こった衝撃が波を作って空気を伝わり密林を揺らす。 圧倒的なまでの力を誇ったあの男にくらいついて行く悟空に、フェイトはあの時の事を思い出す。

 

「ご、悟空……あの時と一緒だ、あの時旅館で管理局に出会った時と……」

 

 理性の無い眼差し、 膨れた全身の筋肉。 さらに逆立った“黒い”頭髪と……

 

「でも……でもあんなものは――」

 

 そして、全身に纏う“黄金”の輝き。

 吹き出るように、でも纏うかのような不可思議なただ寄せ方をするその光を、まるで見惚れるかのように見つめるフェイト。

 あのときには見当たらなかったはずのその輝き……周囲に金色のフレアをまき散らすかのようなそれは、フェイトの視線を釘付けにし。

 

「“あの時”つかった技でもない……なにが起こったんだ――ちぃ!!」

「オオオオオオ!!」

 

 撃つ、打つ、穿つ!! 既に意識を失いつつも、眼前の男に鉄よりも固い己が剛拳を繰り出していく悟空。

 明らかに立場が逆転し、押し始めた悟空に、しかし男は冷静さを見失わない。

 伊達や酔狂で最強戦士を名乗ってはいないのだ、彼はいきなり強くなった悟空に対して。

 

「フッ!」

「ガッ!!」

 

 繰り出された右こぶしを受け流し。

 

「せい!」

「――ッ!!」

 

 右ひざで悟空の腹にカウンターを決め。

 

「はあッ!」

「――――!!」

 

 両手を組んで、ハンマーをイメージさせる振りかぶり方からくる打撃を叩き込む。

 地面に叩き落とされた悟空。 その上に男の足が乗せられ……強く力が掛けられる。

 

「ご、悟空!!」

「手を煩わせやがって! だがそれもここまでだ!!」

「ぐぅ……い、いったい……なにが……」

 

 意識を失っていた悟空には、今の衝撃は丁度良い目ざましになったようで。 彼は意識を取り戻しては、いきなり変わった場面に戸惑いを隠せずにいた。

 全身に力が入らない、自分がどこから気を失ったのかも思い出せない。 気付いたら地面に伏していた悟空に、もう逆転の余地はない。

 

「ちくしょう……全身の力が抜けちまって」

「惜しかったなカカロット、中々に良い動きだったが詰めが甘い。 さぁこのまま――」

「悟空……だめ!」

 

 息の根を。 そう唱えようとした男の腕が止まる。

 別にフェイトの声が届いたわけでも、ましてや悟空を生かしておこうというわけではない。

 そよそよと流る川の水面を見た男は、すかさず視線を悟空に向けると、今度は長々と語りだすのである。

 

「そうか、『今日』なのか……なるほど、これは傑作になるな」

「なにを……」

「カカロット!」

「――ち、ちげぇ……オラ……」

「そうか、こんなにされてもまだ自分の生まれを否定するか……サイヤ人はサイヤ人らしく立派に生きればいいものを、でなければ――」

「お、オラは……」

「その立派なしっぽが泣くぞ!」

 

 今日という単語。 何を言い出したかと思うのはフェイトと悟空で、彼らは心の中で疑問符を浮かべる。 あの男はいったい何を言っているのだろうか。

 既に日が沈みかけ、夜の闇があたりを支配しようかという時間帯。 しかしその中に置いて空は太陽とは別の光によって黄色の輝きで照らされていた。

 

「ぐぅ……な、なにを……」

「さぁカカロット思い出せ!俺たちサイヤ人本来のあり方を」

「なっなに……をぉ……―――」

 

                       ドクン

 

 不意に消えた男は悟空の背後に現れると両手で悟空の頭をつかみあげる、目は決して閉じぬように、その瞳には一つの星が映り込む。

夕日が沈みかけているこの時に、夜を薄く照らすように現れた真円を描くあの――――

 

「悟空を離して!!」

「小娘、疑問に思わないか?」

「え……?」

 

 

                       ドクン

 

「なぜ星を一つ落とすのにこんなガキ一人だけを送り込むのか」

「一人だけでも落とせる……から?」

 

 突然の男の問いかけにフェイトは首をかしげた。 悟空のあの戦闘能力ならばできないことでないのかもしれない。

 あの夜に放った青い極光を思い出し、フェイトは男を睨みながら答える。

 

「たしかにそれもある、だがそれだけじゃない」

 

 

                    ドクン…………ドクン……

 

 

「それだけじゃない?」

「それをいま見せてやろう!」

 

先ほどからフェイトを『見下ろしている』男はまたも口元を吊り上げる。 それと同時にフェイトは気付いた、目の焦点が定まらず。

 

「……悟空?」

 

 

             ドクン……ドクン…………ドクン――――

 

ただずっと上空を見上げたまま自意識を喪失している悟空に……だが。

 

                              もう遅い

 

ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!!

 

 

「せいぜい仲良くすることだ、オレまで変身してしまうわけにもいかない……せっかくのショーが台無しになってしまうからなぁ、ふはははははは!!」

 

「ま、待て! 悟空に何をしたの!?―――!!」

「ぐぅぅうううあぁぁぁぁあああああああああ」

「悟空! ねぇ悟空!! どうしちゃったの悟空!!」

 

 こちらを背に夜空へ消えていった男を追おうとしたフェイト、だが唸り声を出し始めた悟空に引き換えし、見た。

 

「ど、どうなって――」

 

 身体は肥大化し、その顔は口元から隆起現象が起こり、全身は黒い体毛で覆われていく悟空の異質な姿を。

 

「こ、こんなことって」

 

肥大化……巨大化はまだ収まらない。 周りの木々の背などとっくに追い越し背丈は10メートルは優に超えている。

異様で威容、その闇夜よりも黒い剛毛は、フェイトの足を竦ませ、ある一つの単語を思い浮かばせていき。

 

「巨大な……猿……」 

【ガアアアアアアアアア!!!】

 

 フェイトはただ、悟空の事をそう呼ぶことしかできずにいた。

 

 

 

 

同時刻    アースラ艦内

 

「か、艦長!!」

「どうしたのエイミィ、そんな大声をあげ――!!」

 

エイミィは驚愕していた、なのはのいる次元世界は魔法も無くごく平均的な生態系を形作っている教本のような平和な世界だ。

 故に目の前の『それ』はあってはならないものであった。

そしてエイミィに呼ばれ『それ』を目視したリンディは硬直し、持っていたカップを落とす。

 

「そ、そんな!なんなんだあれは!?」

 

遅れてブリッジに到着したクロノも『それ』を見た瞬間に顔が青ざめた。

 

「エイミィ監視は!?」

「ずっとしてたけど突然出てきたの! もうほんとわけわからない」

「とにかく非常事態よ、クロノは至急現場に急行! あんなものが暴れ回ったら大参事はまちがいないわ」

 

 奇妙な次元振の調査、その目的で立ち寄ったアースラにはいま必要最低限の戦力しかそろっていない。

そんなことは誰もが把握していた。 そんな中、艦の責任者であるリンディは苦い顔をして苦渋の決断をする。

 

「悪くてなのはさんたちに救援要請を、本当に最悪の場合は――(アレの使用はできない今、すべての手を尽くしてでも……)――――わたしも出ます!」

 

怪異が月夜に吼える中、リンディは独り、血戦の予感を胸に、艦内の乗組員に出動の準備を進めていた。

 

 




アルフ「あれ? あいつが居ない……とりあえず。 お、おっす!」

フェイト「突如として変身をしてしまった悟空。 ダメ!! そっちには街が!!」

なのは「遅れてやってきたわたしたちは、そこで起こっていた凄惨な光景に心を震わせたのです」

ユーノ「傷ついたフェイト、いなくなった悟空さん。 今できることをボクたちは考え抜き」

なのは「わたしは、もてる限りの”全力”を振り絞るのでした」

クロノ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第14話」

なのは「星の光が満ちるとき」

フェイト「ダメ! その怪物は――」

なのは「受けてみて! これがわたしの――全力全開!!」

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