魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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ついに彼らとの遭遇。
その時にもたらされた悟空がいた世界の秘宝を知った“彼女”はその時何を思い、どんな光景をまぶたの裏によみがえらせていったのか……

りりごく11話。

迫りくる刻限を前に、彼らはいま、ほんの安らかなひと時を過ごしていく――――

では、どうぞ。


第11話 時空を管理し、監視するもの

 そこは白い空間。 ただ狭く、何もなく、それでいて様々なものがあふれかえっている不思議な場所。

 そんな矛盾をきたしているところにて、たった一人。 小さな少年が座禅を組んでいた。

 

「…………」

 

 何もない、それは彼にとっては……という意味であり、その実ここには様々なものがある。

 ただそれの意味が分からなくて、何をどうすればいいのかがわからなくて。 故に彼は……

 

「身体がおめぇ…………それにこっから出られねぇ」

 

 ほんの少し、困った顔をし始める。

 彼には力がある。 それは常人では計り知れず、並みの達人では見通せず、常識を外れたものからしてやっと理解できる大きな力。

 けれど今はそれをふるえない。 振るわないのではなく、使わないのではなくて。

 どうして? なんで? そんな疑問の声が上がりそうな彼に対する疑問は――

 

「はぁ。 ダメだ、ハラぁへっちまって、(りき)が入んねぇ」

 

 彼、孫悟空の一言で見事解決するのである。

 自身がどうしてこんなつまらない部屋(ばしょ)に居るのか、息苦しくて全身が“重く”身体が極端に疲弊しているのかさえわからなくて。

 どうしようもないと、そう考え至った彼は取りあえず……

 

「ま、いっか! とりあえずもうひと寝入りすっかなぁ? なんだか眠くなってきた」

 

 “そこ”でまたも眠りにつくのである。

 彼は知らない、今自身が居るところを。 先ほどまで黒く在った自身の内側の事を……彼は知らない……

 

 

 

 

 時空航行艦 アースラ内部

 

 つい先ほどまでの戦闘の疲れを癒さぬままに、クロノと名乗った少年と共に、時空管理局所有の船に招待されたなのはとユーノ……それに悟空。 彼女たちは転送ポートと呼ばれる、空間転移の補助装置を兼ねた場所から光と共に現れると、そこから一望されるだだっ広い船内に口を開けてしまっていた。

 

「広い……わっ! すごーい! 声が返ってきた!!」

「な、なのは……悟空さんみたいなことしてないで先に行かないと……」

「え? あ、あはは……悟空くん……みたい……か……」

 

 少しだけはしゃいでしまうのは小さな女の子。 彼女はらしくないくらいに元気に“振る舞う”と、自身のあたまをひと撫でし、ちろりと舌を出しては苦笑い。 若干の反省と共に、再度この船の入り口を見渡していくのである。

 

「ふぅ……気は済んだかい? 準備が出来たら、僕と一緒に艦長室にまで来てくれ。 この船の艦長が待っているから」

「艦長……さん?」

「さっき顔を見ただろ? あの髪の長い女性が、この船の艦長だ。 くれぐれも変なことはしないでくれよ?」

『はい!』

 

 そこから流れるように進む案内の言葉。 クロノは成れた手腕でなのはたちを片目に入れつつ歩みを始める。

 進む会話、止まることないその足。 彼等彼女たちは確実に出会いの瞬間に近づいていく。 ちなみに、我らが孫悟空はというと、クロノの束縛魔法(バインド)によって簀巻きのように包まれ、宙に浮かされては彼らの後ろを漂っていたりする。

 

 その間にも鼻チョウチンを艦内に飛ばしていく様は、通り過ぎの局員のささやかな笑いを誘ったとかどうとか。

 

「すぴ~~『ぱちん!』……むぐむぐ――すぷぅ~~」

「もぉ……こっちの気も知らないで……」

「悟空さん……」

「……なんなんだこいつ……」

 

 そんな真剣さのかけらもない彼等(主に悟空のせいなのだが)の行動は、クロノの胃袋に向かって、ほんのりとささいな攻撃をするのであった。 まじめ人間というのも大変なものであろうか……

 

「出来れば医務室で寝かせてやりたいところだが、あいにくお互い時間が限られている。 だからコイツはこのまま連れていくけど、構わないか?」

「あ、あ~~えっとぉ」

 

 クロノの提案に、悩むなのは。 つい先ほどまでならばここですぐさまyesと答えたろう。 この船に来た理由の半分はそれが目的であったし、それが叶うからうなずいてしまった側面も否定できない。

 

「ん~~」

 

 だがしかし……だが、しかしだ!

 いまはどうだ? こちらの都合も考えも心配も配慮も遠慮も思いも何が何でも……それらすべてをすっ飛ばして、ひとり幸せそうに眠っている少年になんの気遣いが必要か。

 いらないのではないか、必要としてないのではないか? クロノなんか既に頭をぶん殴ってやろうかとスタンバってる最中である。

 そんな誰もが心配無用と太鼓判を押したくなるような無邪気を前に、それでも彼女は……

 

「やっぱり、ちゃんとしたところに連れてった方がいいと思うんです。 お願いできませんか?」

「そうか……わかった」

 

 やはり少年が心配で。

 作戦変更で、進路変更で。 進行方向から見て面舵を一杯に切ったユーノは、彼女たちと顔を合わせるかのように向き直る。

 するとそのまま歩いていき、なのはとユーノのすぐ横を通り過ぎると首だけ振り向き、静かに口を開いていく。

 

「こいつは僕が送ろう。 キミたちはこのまままっすぐに通路を進んで、突き当りまで行ったら右に、そして……」

「えっと……」

「うんうん……」

「そのすぐ先にある十字路を右に、10メートル先を進んだら今度は左。 さらに8メートル先で右に曲がったら開けた場所に出るから今度はそこを…………」

『え!? そんなに!!?』

「冗談だ。 あとの案内は“彼女”にしてもらう」

『彼女……あ!』

 

 黒い少年のちょっとしたジョーク。 それに頭を唸らせていった少年少女たちは知恵熱ぎみの幼児並みに発熱しようかというくらいに、あたまから煙を出していると。

 

「やっほークロノくん! だいじょぶだった?」

「……いちおう」

「へー! その宙に浮いてる子が“例の子”かぁ。 ね? ちょっと相談があるんだけど」

 

 いつの間にか廊下に現れ、クロノに向かって小さく手をふる女性が一人。

 彼女はそのままクロノに話しかけると、宙に浮いてる悟空に向かって歩き出す。 話しながらも笑顔を絶やさず、そこはかとなく周りの温度を上昇させる笑顔は、なのはよりも悟空よりの笑顔と言えるだろう。

 

「相談?」

「うん、相談」

『…………えっと……』

 

 止まることのない会話。

開いた口がふさがらない……意味合いの違いはあれど、それはなのはとユーノの状態であり、それほどまでに流されていく彼女の勢いに、話し相手であるクロノも、服の袖で額を拭っているところだ。

 そんな彼女……名前はというと。

 

「あっ! わたし? わたしはエイミィ、『エイミィ・リミエッタ』だよ、よろしく!」

「あ、はぁ……」

「…………(ずいぶん元気なひとだなぁ)」

 

 …………という名前らしい。

 振りまく元気は人一倍。 やはり悟空を連想させるのは、彼女がこの船のムードメーカー的存在だからであろうか。

 そんな彼女は悟空にそっと手を触れる。 やさしくひと撫ですると、視線をクロノに移して目を閉じる。

 けれどその閉じ方は静かではなく、騒がしさをうかがわせる閉じ方……『にこっ!!』なんて擬音を風景に、どこかクロノの『師匠たち』を連想させる無邪気であやし笑顔を見せつける。

 

「この子、わたしが運んでいこっかなって思うだけど、どうかな?」

「エイミィが? どうかしたのか?」

「ん? ん~~知的好奇心?」

『……む?』

 

 答えを言い放った彼女。 しかしその単語に反応する少女&小動物の表情は硬い。 何をする気なんだと、ここに来て一番の鋭い視線をエイミィに送るとそのまま唸りだす。

 

「あ、いや! そんな物騒なモンじゃないんだよ? ただなんとなく気になったっていうか……ね?」

 

 若干気まずい雰囲気で汗をかくのはエイミィ。 ジト目となったなのはたち(なぜかクロノも……)を前に、両手を振っては後ずさり。

 宙に浮かされている悟空の後ろまでいくと、彼を盾にするかのように身を隠そうとする。 しかし、しかしだ。 彼女は見てしまう。

 

「あっれ? この子、尻尾が生えてる」

「しっぽ? そいつ人間じゃないのか?」

『あ、えっと――』

 

 そう、尻尾である。

 今のいままで……先の戦闘の時ですら気づいてもらえなかった悟空の長く茶色い毛をもつしっぽ。

 それは普段のように自由に漂うことはなく、寄り添うように悟空の身体にへばりついていたため、エイミィの見る視点からやっと気づかれるに至る。

 それに気づいた彼らの感想に、しかしなのはとユーノは言葉を選んでいく。

 

「えっとぉ、悟空くん、なぜかしっぽが生えてましてぇ~~」

「そうなんです。 それも本人ですら理由がわからないみたいで……」

「なんだって? というより」

「え?」

 

 本人ですら「わかんね」という始末なのだから。

 だから彼らは悩んで、言葉に詰まる。 いつだってマイペースな彼から得られる情報なんてそんなになく。

 彼の事を“観た”ことがあるなのはだって、正確な情報はつかみきれていない。 気付けばいまだになぞの多い……つい最近、年齢という大騒ぎはあったものの……彼についての言い訳や弁明は、思った以上に難しくて。

 

「キミの使い魔とかじゃないのか?」

「あえっと……そんなんじゃないです」

 

 周囲の誤解は深まるばかりで底が見えないでいた。

 

 尻尾があることから、ネコ、またはそれに近い何かを媒体にした使い魔であると誤認したクロノ。 しかしそれは局員の中に置いて、彼だけがした誤解であり、他の者は全員それが違うと確信めいている。

 特にエイミィのいまだ疑問が晴れない表情はひどいもので……だが、それも一瞬の事だけ。 すぐに元の顔に戻すと、やっと話を前へと進める。

 

「まぁ、取りあえずの話はこの子が目を覚ますか、キミたちが艦長室についてからかな? けどまぁ、とりあえずこの子は医務室に運んでいくからわたしはもう行くね」

「あ、はい! おねがいします!」

「おねがいします」

「は~~い、まかされちゃったよお!」

 

 そしてそのまま浮いた悟空のからだを、ビーチバレーのように弾いていくエイミィ。 あらよっとなどと声を漏らして通路の奥に行く様は、どこぞの業者か商人のようである。

 

「まったく……ふぅ、それじゃ僕たちもいこうか」

「えっと、いいんですか……?」

「本当に遺憾だが、実際問題キミたちだけじゃたどり着けないだろ?」

「あ、はい……そうです…ね…」

 

 去っていく彼女、それに背を向けて歩いていくのはクロノ率いるなのは一行。

 彼女たちは先を急ぐ。 若干背後に引っ張られる感覚があるのは悟空が心配だからであろうか……だがそれでも彼女らは振り向かない。 悟空は大丈夫だから、彼ならすぐに元気な笑顔を自分たちに見せてくれるから……だから彼女たちは先を行く。

 

「悟空くん……」

「……悟空さん……」

 

 たった一言、小さな呟きを残しながら――――――

 

 

 

 

 

 ミシラヌセカイ ??界

 

「……どこだ? ここ」

 

仰向けに転がっていた悟空はまたしても「眼を覚ました」 あたりを見渡してもだれもいなかったが、さっきの『夢』とはかなり違う印象を彼に与える。

まずそこは明るいのである。 さらに地面は緑色の芝生が生えて、生命の存在感を思う存分振りまいており。

 

「あ! 道だ、狭い道がある」

 

彼が寝転ぶすぐ近くには、自動車が一台だけ進んでいけそうな広さの道がある。 白の煉瓦で舗装されたそれは、この“狭い世界”をひと回りしていて。 ここにいるもののほんの些細な娯楽を提供するという役目をはたしている……らしい。

 

「――――!? な! なんだ!!? ぐ、ぐぐぐぅ……か、からだが。 身体がぁ……重いぃ!!」

 

 突如歯を食いしばる悟空。

 軋む体に、縛り付けられるような痛々しい感覚。 それらすべてが彼の感覚を圧迫し、気付かぬうちに全身を支配している。

それはさっき見た夢の浮遊感とは逆の状況。 彼はそのどうしようもない事態に対し、今の態勢……仰向けのままに、ただその重圧によって押しつぶされようとしていた。

 

『ふぐぐぐぅぅ! 重ぇ!!』

「ふぎぎぎぎぎ! びくともしねぇ!! か、からだが……さっきよりも……!!」 

 

あまりの重さ、あまりの痛さ。 耐えることもできずに、うめき、痛烈な声をあげた悟空だったが、すぐ横に自分と同じようなうめき声をあげている男がいることに気付く。

 

「ん? あ、あいつ……あんとき……の」

『ひえー参ったなこりゃ! よーしこれで』

 

悟空の横で謎の圧迫感に堪えていた男は、悟空と同じく山吹色の道着を着込んだ青年。

どことなく先ほど見た夢に出てきた男だと見抜いた悟空であったが、次に彼がとった行動に思わず感嘆の声を上げることとなる。

 

『ヤッホー!軽い軽い!!』

「す、すげぇ……こんなからだが…………重ぇ…のに! あ、あんな…ぐぎぎ!」

 

青年が道着の中に着込んでいた青いアンダー、そして穿いていた靴、さらに腕に装備していた青いリストバンドを外すと。

なんと彼は、この絶大なる圧迫感の中を元気に走り出したのである。

走り出した青年を見た悟空は、いまだ自身を襲う圧迫感に歯を食いしばりながら堪えていた。 どうして? なんで!? そう思うことすら出来ず、彼はただうねり声を出すだけで。

しかし状況は流れていく。 止まることを知らないその流れは、さらに別の状況を悟空に見せつける。

 

『おぉ~こんなところに客なんてひさしぶりだなぁ~あ?おまえ、何しに来た?』

『あ!おめぇが■■か!?オラあんたに修行つけてもらいたくってよぉ』

 

 走り回る青年を呼び止めるものが一人。

その人物は丸っこい体型に、胸元に丸印の中に何かが書かれた黒い服を着込み、その目にはこれまた丸っこいサングラスで素顔をかくし、長く伸びた2本の触覚が弧を描くように頭部から生えている男性。

珍妙な生き物がいる悟空の世界においても、さらに珍妙と呼べなくもない者がそこにはいた。

 

「な、なにモンだあいつ……いづづ!! 『アイツ』よりもぜんぜん自由に動き回ってる……」

『修業か?』

『ああ! オラどうしても強くなって、1年後にやってくるっちゅう■■■人に勝たなくちゃいけねぇんだ!』

『ふ~むそうだなぁ~ではまず試験だな!』

『え? しけん……!?』

『そうだ! というよりさっきからおめぇとか言って随分失礼なやつだなぁ? 修行つけるの……やめちゃおっかなぁ~』

『あぁぁぁ! 悪かったってぇ。 えぇと? ■■さま!』

『それでよい、じゃあまずは――――』

 

流れていく一連の会話。

その意味を理解する暇もなければ余裕もなく。 そして黒いサングラスの男が説明をしようとしたとき、悟空の視界が一気に歪む。

 もう限界だ、これ以上は“ここ”には留まれない。 一刻も早くここから出ないと身体が押しつぶされてしまう。

 

「お、オラ……まだ死にたかぁねぇぞ……この!」

 

 もがくこともできない悟空は、何もしていないのに既に限界。

 あばれ、苦しみ、声を張り上げる……ことすら出来ず。 次第に霞んでいく景色は悟空の体内が限界である証拠。

 彼に血のめぐりは、普段よりだいぶ遅い速度にまで落ち込んでいた…………目の前が闇に包まれていく。

 

「ぐぅぅぅ! もうだめだぁ……身体が!!」

 

バラバラになる! そう思った悟空は強く目をつぶって。

 

『……が…………っとんだぁ~~~~!!』

 

何かを叫ぶ声と、ほんの少しの地響きをその身に受けながら、彼の意識は身体からフェードアウトしていくのであった。

 

――――時間は、すこしだけ戻る。

 

 

 時空航行艦アースラ 船内医務室

 

「よいっ……しょっと! ん~~筋肉質に見えて、その実見た目より全然かるいなーこの子。 そうだ、空調は……あったあった」

「~~~~ん……すぴ~~」

 

 そこは白い部屋であった。 医務室と呼ばれながら、治療器具があまり散見されないこの部屋に供えられているふたつのベッドの内のひとつ、そこに転がされた悟空はいまだに安息の音を奏で。

その音を聞きながら、あらかじめ設定されていたらしい時限設定により解かれた拘束魔法(バインド)に感心しては悟空をベッドに寝かしつけるエイミィは、前に士郎が味わった不可思議な感覚を味わっていた。

 

 

 

 …………体重が軽い。

 

 見た目、120そこそこの身長の男の子。 しかも武道家というその身はかなりの筋肉質である……それなのに彼女でも抱えることができるその彼は、とても不可思議極まりなかったりする。

 

「それにしても……ホント不思議な子だよねぇ。 あの子たちの反応を見ると、今の状態が普通らしいんだけど」

「ん~~お重ぇ……からだぁ~~zZ」

 

 けれどその不思議を文字通りに蹴っ飛ばしてくれるのはやっぱり彼。 幼児なみな寝相の悪さで掛布団を大きくどかしては、いつの間にか解けた青い帯を床に垂らして腹を出して寝言を唱える。 その奔放という言葉を体現するかのようなその態勢は……

 

「あらら。 もう、ふとんを蹴っ飛ばしちゃ……これでいいかな?」

 

 ……エイミィの保護欲を適度に刺激していくに至るのでした。

 

「さってと、ホントはいろいろ“診て”みたかったけど……ん~~正確なライフデータだけとったらわたしもくろのくんのとこにいこうかな?」

「…………?」

 

 振り向く彼女。

 伸びきるしっぽ。

 

「えっと、ここがこうで……あれ? センサーが――」

「??」

 

 機械をいじくりだしては操作を誤る彼女。

 大きく振られるボサボサあたま。

 

 

「――――あ」

「…………」

 

 目と目が合ってしまった瞬間である。

 ここはどこだ? まるで小動物をうかがわせるきれいな瞳に捕まったエイミィはその場で一時停止、黒く透き通った瞳を只見つめるだけで。 そんな彼女は思い出す。 先の戦闘を、ついさっきまで凶暴の一言であったこの者の力の事を。

 

「これは……(非常にまずいんじゃ……かわいい寝相ですっかり油断してた――)」

「…………」

 

 人は見かけで判断が効かぬもの。 それは眼の前の少年にも該当し、すっかりと朗らかな雰囲気に呑まれ、やっとのこと先ほどの惨事を思い出した彼女の背には汗が流れる。

 いまだ暖房が利かないにもかかわらず、彼女の体温にも変化がないにもかかわらず……エイミィ自身の脳裏によぎる凄惨な未来予想図は彼女の心に作用し、それが大きなストレスに変換されると全身の毛孔が広がっていく感覚を彼女を襲う。

 

「…………あは?」

「…………ん!」

 

 沈黙し、笑いかける。 緊張感が一山登り切ろうかという彼女の精神力は既に下降気味。

 この後をどうするかという状況で、しかし彼女のその心配は……

 

「オッス!」

「……へ?」

 

 かなり杞憂であったと明記しておこう。

 そしてまたも時間はうつろう。

 

 

 アースラ艦内 艦長室

 

「わぁ…………すごい」

「たしかなのはの世界にあった木だよね? それに『野点』だったっけ、これ……」

 

 桃色がそこにはあった。

 雄々しくも儚げで、それでも逞しさを感じさせるそれは桜の木。 早咲き遅咲きもへったくれもない今の季節……梅雨に入ろうかというこの季節には何とも不釣り合いなこうけいであり、だがそれでも見る者の視線を釘づけにしてしまうのはこの木がそういった見えざる“ちから”を持っているからか……

 

「どうかしら? そちらの世界の話し合いの環境を用意してみたのだけど」

「え? あ……」

「あ、あなたが」

 

 部屋の中央に桜の木を構え、その周りにはよく日本の野点に使う『あの』風景が広がっている。 戦艦のなかにおいて、その有機的な暖かさを連想させる道具たちは何ともミスマッチな光景で。

 さらに周りに敷かれた赤の布。

 緋毛氈(ひもうせん)と呼ばれるそれに足を正座の形に畳んでは佇む女性が一人。 彼女は優しくなのはたちに話しかけると、そっと目を閉じ口元を緩め、朗らかな空気を部屋中にただ寄せ始めていた――――その女性、名を……

 

「こんにちは。 この船の艦長をやっている、『リンディ・ハラオウン』といいます。 よろしくお願いします」

『あ、はぁ……こちらこそ……です』

 

 リンディと名乗る彼女はそよそよと頭を下げる。 そんな彼女に釣られるかのように、なのはもユーノも腰を曲げ、相手に頭頂部を見せるようにあいさつを済ませると。

 

「さぁどうぞ。 こちらにお茶と茶菓子を用意しましたから、ゆっくりと味わってください」

「ありがとう……」

「……ございます」

 

 彼女たちを自身の座る対面へといざなう……その前に。

 

「あ、そうだわ。 もうバリアジャケットは解いても平気よ? 別に襲ったり酷いことをしようってわけじゃないのだから」

「そうですね。 えっと……それ!」

 

 リンディに言われ、やっと自身の格好を確認したなのは。 いつまでも戦闘服のままではという彼女の誘いをそのまま受け取り、少女はそっと全身を輝かす。

 桃色の光は周囲を照らし、だがすぐに元の風景へと戻るその刹那――

 

「それと、あなたも『元のすがた』に戻っても平気よ? ここは魔法関係者しかいないから」

「あ、そうですね。 ずっとこのままだったからすっかり忘れてました」

「…………へ?」

 

 リンディの声に、思わす素っ頓狂な声を上げてしまう幼き魔導師見習い。

 

「ん……」

 

 声を上げたのはユーノ。 彼はその小さな体から、緑色の輝きを放つ。

 同時に広がる魔法陣は緋毛氈を緑に染め上ると、さらに光度をましていく。 輝く身体、まるでなのはがバリアジャケットを解除するかのように輝く彼はいったい何をしようかというのか。

 

「え! ええ!!?」

 

 さらに声を上げるなのは。 それは彼の体積が急激に増大していったからで……わかりやすく言うと、大きくなったのである。 それもただ大きくなったのではない、獣の形を捨てていくかのように2本足で立ち上がり、短かった腕はすっかりと長く立派なものとなり。

 

「う……そ……だよね」

「ふぅ、この姿は……悟空さんも何回か見てるはずだからえっと? 4回目ぐらいかな? なのはも最初に見たとおも―――――――「見てない! わたし知らないよ!?」――ぇえ?! でもだって!」

 

 眩い光が落ち着き、周囲の景色が元に戻っていく中で彼はもう、小動物ではなくなっていた。

 驚く少年、驚愕する少女。 それを見守る管理局のふたり。

 彼らの間にあった疑問という名のかみ合わない歯車が、またひとつかみ合った瞬間――

 

「ぇええぇえぇぇぇええええ!!」

「な! なのは!?」

 

 本日通算2度目となる魂の雄叫びを、彼女は無駄に披露するのであった。

 

『えっと? そろそろはなしを~~』

 

 管理局務めの親子を置いていったままに。

 

 

 

 

 あれから120秒あと――

 

 やっと整った対話の空気。

 気が付けば焦った調子を打ち消していったなのははきれいな正座を披露する。 若干ながら足をもじもじと動かすユーノはいまだ落ち着かず、しかし例の騒動はなのはが悟空から伝染(うつ)された例の言葉によって終息していた。

 

「なのは……ごめん! その――――」

「まぁ……」

「え?」

「いっか♪」

「なの……は?」

 

 陽光を思わせる笑顔は、熱を持たないあたたかさを彼に与えていた。 それはあの少年を思い出させるに至る。

 なんでもないよ? そんな顔をした彼女を、どこか不思議そうに見ているのはこの部屋にいるほとんどのモノであった。

 

 そして話は本題に戻るのである。

 

「そう。 じゃあ、あのときクロノを襲った彼は正気ではなかったと?」

「あ、はい! ホントにほんとに悟空くんはあんな感じじゃなくってですね!」

「いつもはその……天ね――違う……明るく元気なひとなんです!」

「そう……なのね」

 

 なのはとユーノの必死な弁明。

 故意であんなことは絶対にしないと強く言い放つ彼女らに、リンディは思案気な表情を崩さない。 どこか聡明で、どこか難しく、事態を深く呑み込んでは見渡そうとする彼女はやはりこの船の艦長を任されるだけの事はある。

 ジュエルシード、3人の魔導師、そして一人の一般人……

 

「彼を一般人と言っていいかは正直疑問だけど」

「それは……」

「その……」

 

 とにかく知らない事態。 しかし彼らはこの件――

 

「正直言って、今回私たちは別件でこの地に来たの。 しかもごく少数で」

「別件ですか?」

「えぇ、つい1週間前ぐらいかしら? この世界を中心に、小規模な次元振を観測したのよ、だからそれを調査しにね?」

「じげんしん?」

 

 あまり強く、力を入れることが出来ぬやもしれない……と。

 明かされたのは彼らの事情。 それは聞きなれない単語を備え、その意味が解らないなのはは思わず隣にいるユーノに顔を向けてみる。

 

「えっと、次元振というのはその名の通り、次元世界においての振動……つまりは地震が起こっていると思って」

「地震?」

「そう、それがあまりにも大規模なもの……ほら、地割れとか起きたりするだろ? あれのひどくなったものだと考えてもらえると」

「地割れ……とにかく酷い状態っていうことだね?」

「そうだよ」

 

 ユーノの『なんとなくおしえちゃう次元世界! 次元振編』を終えたなのははリンディたちに振り向く。 しかしここで思い出すのはつい数日のこと。 じぶんの記憶違いでなければ……

 

「でもおかしいですよ」

「……どういうことかしら?」

「つい最近、そんな物騒なことはなかったですもん。 あ、ジュエルシードの怪物さんとかは別に考えてですけど」

「あ! そうだ、そういえばそうだった。 ボクがなのはたちの世界に来てから1週間は経つけど、その間は目立った事件なんてジュエルシードの小競り合いくらいだったはず」

 

 次元の地割れなど、起こった風なことなどなかった事実。

 そんな大規模な災害が起これば、何かしら察知するであろうもの。 だが彼らの身に覚えはなく、その事実はリンディたちの声を若干張り上げさせる。

 

「それはほんとかしら? わたしはてっきり、ジュエルシードというロストロギアのせいだと睨んだのだけど……」

「ロスト……ロギア?」

 

 少々上がる室内の気温。 それに反して、またも知らない文字に首を傾げて。

 

「あえっと……ユーノ君、お願いできるかしら?」

「ボクですか? いいですけど……」

 

 リンディはユーノにスルーパスを決め込んでいた。

 

「ロストロギア。 それは遺失世界……つまり、滅んでしまった世界に残された高度な技術によって生み出された技術、または産物のこと。 今回で言うジュエルシードがそれに該当するはずだよ」

「滅んじゃった……世界?」

「うん。 あ、そうだ」

「え?」

 

 ユーノの二回目の説明。 それを何となく受け止めるなのはに、ユーノはあのことを思いだす。

 

「そういえば、悟空さんの世界にも似たようなものがあったっけ?」

「悟空くんの?」

『???』

 

 そう、それはかつてなのはが夢のあとに知り。 のちにユーノも悟空から何となく聞いたむかし話。

 それがわからず首を傾げるクロノとリンディ。

 彼らは知らない。 かの世界には、世界が遺失するまでもなく築かれた奇跡の代物があることを……

 

「なのはも聞いてるって悟空さん言ってたけど……ほら! 悟空さんの友達の……」

「クリリンさん?」

「じゃなくって、ホラ……えっと?」

 

 なのはとユーノ、彼らはその話のとっかかりを思い出すため互いにニラメッコ。

 そういえば……そう唱える

 

「あぱ? 違う。 ん~~」

 

 何やらわけのわからないことを唱えるユーノ。 いったい何を言っているんだかと顔の管理局二人組に対して、なのはは少し思い出す。

 そういえば夢で見たあの映像に……それは思い出せそうで出来ない歯がゆいことで。

 彼女が思い出せなければわかるのはユーノと……だからそれを思い出そうとしているユーノには手助けはなく、故に彼は頑張って思い出そうと――

 

「あぱ? いぱ?」

 

「――ウパだぞ」

 

 思い出そうとする彼に。

 

「え…………?」

「この声……」

 

 少年が最後の一押しをして見せた。

 それは聞き覚えがある声。 けれど長らく聞いていなかったんじゃないかというその声はひどく懐かしいモノ。

 明るく元気で騒がしくて、だけどなんだか優しくて。 そんなあたたかいものが一緒くたになったような声を出せるのは数少なく、その声の持ち主はなのはが知る限り3人。

 ユーノはというと……やはり一人しかいないであろう。

 

「おっす!」

『悟空くん(さん)!!』

 

 彼は……少年は居た。 その身を包む山吹色の道着をそのままに、先の戦闘で感じた荒々しいまでの狂気は既になく。 いつもの彼がいつもの通りのあいさつをしていた。

 片腕を上げ、手のひらをこちらに向けては大きく口を開けてのたった一言。

 これを聞いて始まる朝がすっかり定着した彼等はすかさず振り向いて、駆け出す。

 

「悟空くん! 心配したんだよ!!」

「お? そいつは悪かったな」

「ずっと呼んだのに……怖い目でクロノくんに飛び込んでいって――」

「…………なのは」

 

 飛び込んでいったふたり。

 男だから? 女の子だから? 今はそんなことは関係ないであろう。 大事な人が、かけがえの無いヒトだから、こうもあっさり飛び込んで文句を言ってしまう。

 トントンと悟空の胸を叩くなのはに、すぐ横で彼女を案じるユーノ。 それを、自身より背の高いなのはたちを見上げる悟空は困り顔……だけどすぐにいつもの顔に戻す。 その表情(かお)はやっぱり――笑顔。

 

 彼は大きくわらいだす。

 

「ははっ! なんかよくわかんねぇけど、すっかり心配掛けちまったな。 わりぃわりぃ」

「……悟空くん」

「悟空さん」

 

 どこか大人びた風な彼を余所に、ジワリと目尻を濡らす少女と少年。

 そのさまを見ては言葉に詰まっている大人と青年はただ黙っているだけ、空気というものを読んだ彼らはやはり大人なのであろう。

 

「あ! いたいたーー! ダメだよ勝手にいなくなっちゃ……あれ?」

 

 詠み人知らず(エイミィ)は放っておくとして…………

 

「えっと、クロノの事はまぁ彼女たちの話を聞く限り、何らかの事故ということにしておくとして」

「??」

「まずはあなたの……悟空君のことについて教えてもらえるかしら?」

「オラか?」

「えぇ、それにさっきユーノ君が言いかけていたこともかしらね?」

 

 ついに集まった主要人物たち。 彼らの集合は話の内容を一段階繰り上げることとなる。

 内容……ユーノが話しかけていた“昔話”を、悟空の口から聞くこととなったのだ。

 

「ユーノが? ん……あれ? ユーノおめぇ……」

「え?」

「あ……(そっか悟空くん、ユーノくんのこと)」

 

 そこで悟空は向き直る。 その視線の先にはヒト型となったユーノ・スクライアの姿が在り、それをまじまじと見た悟空は3秒間停止……

 ここまでわかりやすいアクションをされればなのはにだってわかるもの。 そう、彼は驚いているのだ、いきなり自身より背の大きい少年へと変わったユーノに悟空は大層――

 

「なんだおめぇ、変身したんか?」

「違いますよ悟空さん、元に戻ったんですよ」

「あ、あれ!?」

 

 おどろいた……それはなのはの方であった。

 なんだか会話が酷くスムーズである彼等、なぜ? どうして? 膨らむ疑問になのはは構うことなく、気付いた時には大きな声を出していた。

 

「悟空くん……ユーノくんの事、知ってたの!?」

「しってたの? ――って、オラ、こいつがおめぇんちに居ついたその日に教えてもらったんだぞ」

「え!? ええ―――!?!」

「あ、そっか。 あのときなのは、学校に居たんだ……忘れてた」

「ええええーーー!!」

 

 それでわかったことと言えば、自身が1週間前から置いてきぼりを喰らっていたことだという事実であろう。

 それはなのはが学校に行っている間の出来事。 悟空の仲間のことで話に花を咲かせていた少年たちは、喋る動物2匹の話題に突入。 へんげ!! という掛け声で様々なものへと姿かたちを変えていくというその話に、ユーノは思い出したかのようにこう告げた。

 

「そういえばボク、ずっと変身したまんまでした」

「いい!? おめぇも“へんしん”すんのか!」

 

 そこからはもう早かった。

 いつものように軽く受け止めた悟空に、このことを恭也たちには言わないでと説得を試みるユーノの構図が完成していた。

 今思えばどことなく悟空がユーノに接するときは、他と違いなんというか動物に話しかける風ではなく、ホントに友達と会話をしているようであった。 けどそれは悟空の特性だと思っていたなのははここで思い至る。

 

「で、でも! たまにネズミを取ってくるようにって!」

「ん? そりゃ言ったけどよ」

「ほら!」

 

 そういえばいろんなタイミングで言っていたあのセリフ……「裏でネズミをとってくるんだぞ」という言葉を思い出したなのはは、これ見よがしに悟空に向かって指を向ける。

 人間相手にあんなこと言うはずはないのでは! 今になってはどうでもいいようなその問答は、しかし驚くことなかれ、悟空に取ってそんなこと――

 

「ネズミはちいせぇけどよ、めし取ってくるのを覚えんならちょうどいい大きさだろ?」

「…………はい?」

「ムカデやイモムシなんかもいいけどよ、やっぱり肉がある奴がいいもんな! ユーノじゃトラは強すぎるしよ、オオカミなんかでも歯がたたねえもんなぁ」

「…………」

 

 

 野生児(ゴクウ)にとっては日常茶飯事なのである。

 ブルマと会う以前から、既にクマは何度か食したから、久しぶりに魚にするか! などと献立に困るほどの猛者である悟空に、そういった常識を当てはめてはいけない。

 あまりにもサバイバルが過ぎる彼の食生活に、なのははおろか。

 

「…………中々壮絶なのね、彼(…………うぅ)」

「そうみたいですね……かあ――艦長(かんべんしてくれ……)」

「すみません……少しトイレに」

 

 この3人ですらそれ以上言葉を出すことをやめた。

 ちなみにこの3人、この後の食事を大幅に残すこととなるのだがそれは語られることのない話である。

 

 崩されていく余裕という名の鉄仮面。

 気取った態度を使うことなく、だんだんと笑顔の下にある素の表情をさらしていくリンディ……策士と言われたはずの彼女も、とんでもない天然ボケを前にしては最早作戦も何もないのであろう。 彼女たちは、完全にペースを乱されていた。

 それに逸れた話題。 その軌道修正を試みるのは管理側ではなく……

 

「あれ? そういえばおめぇたち“ウパ”がどうとか言ってなかったか?」

『あ、そういえば!』

 

 なんと悟空である。

 彼は後頭部に両腕を汲んだまま、適当にあたりを見渡すとこれまたテキトーに口を開く。

 気が付けば三回くらい進路変更をしていたこの話題に誰も突っ込むことがないのもおそろしい話で、こうなった原因の彼に指摘されたなのはたちはというと……

 

『なんか……激しく疲れた』

「あは、は……みなさん(ボクも最初は驚いたけど……やっぱり悟空さんって……)」

「なんだよおめぇたち。 結局なんも話さないのか?」

『はぁ~~』

「お??」

 

 態勢を崩し、肩口がずれこんでは疲れたという状態を全身で訴えかけていたりしていた。

 

「えっと、とりあえずユーノ君が言ってた話の続きからかしら? 悟空君についてだったかしら?」

「どういうことなんだ?」

「ご、悟空くん……ちょっと、静かにしようか……」

「あ……はは。 えっとですね――――」

 

 いい加減進みたい話の内容に、全力で支援攻撃をしたなのはの顔は暗い。 いやいや、決して落ち込んでいるとかそんなチープな理由ではなくて……青い焔がともったと言えばお分かりになるであろうか。

 とにもかくにも、ユーノの解説は進む。 それは悟空が第21回天下一武道会出場後まで遡る話。 悟空が世界一の殺し屋との勝負に惨敗し、九死に一生を経た時の事である。

 

「ウパさんのお父さん……ボラっていう方が殺されてしまったというお話を、前に悟空さんから聞かせてもらいました」

「いきなり重い話ね……それで悟空君はどうしたのかしら?」

「オラな、カリンさまに修行つけてもらってな。 いろいろあって、桃白白って奴を倒したんだ」

『タオ……パイパイ?』

 

 それが殺し屋の名前というのは、詳しく聞かなくてもわかるリンディ。 だがそこからが予想できない。

 友の父が殺され、そのカタキを取ったという話ではないのか。 彼女のその思考は確かに正しくもあり……答えが足りないともいえる。

 

「そんでよ、レッドリボンっちゅう悪い奴らもやっつけてさ、“ドラゴンボール”でよ?」

『ドラゴン……ボール?』

「ウパの父ちゃんな、生き返らせてもらったんだ」

「………………なんですって――!?」

「生き返らせ……た?」

 

 そう、それが今回の話のキモ。

 いま、彼はなんといっただろうか……そんな自問自答を2回ほど繰り返して出てきたのは驚愕の声と、悟空の言葉におうむ返しする声。 信じる信じないどころではない、いまだ彼の言った言葉の意味がつかめずに、リンディは長い髪を大きく揺らしながら悟空に食って掛かるように質問をする。

 

「それはどういうことかしら!」

「どういうことって言われてもなぁ……これっくらいの星が入ったさ、球っころを七つ集めるとよ? 神龍が出てくんだ。 そんでそいつに頼んで生き返らせてもらったとしか言いようがねえんだけどなぁ」

「シェン……ロン……」

 

 目を見開くのはリンディである。 彼女の気は動転していた、死人が生き返るというバカげた言葉は信じられぬもの。 だがどうしてだろうか、この目の前の少年が言うと自然に信憑性が増してくるのは? リンディはその自身の経験に基づく洞察力で、悟空の言っていることを嘘ではないと断定したうえでこの話を聞いていたのだから、故に聞き入っていた彼女の動揺ぶりは計り知れない。

 彼女は呟く……心の中で。

 もしも彼の言うそれが本当ならば……だったら――

 

「――――あのひとも……」

「ん?」

 

 つぶやいた声は悟空にしか聞こえないもので、そしてその真意は当然悟空にはわからないモノ。 過去の過ちを是正できるというその究極のアイテム、それは確かにロストロギアと呼ぶにふさわしいのかもしれない。 しれないのだが――――

 

「それにしても、ウパの父ちゃんホント運が良かったぞ」

「…………え?」

「神さまに教えてもらったんだ。 死んで生き返られるんは、死んでから1年以内だって。 もしもボール集めがうまくいかなかったら、生き返らなかったもんなぁ」

「…………そう……なの……」

 

 そこで聞いたドラゴンボールに掛かっている制約を知ると、その熱は一気に鎮火していってしまうのである。

 

「そう……よね。 そんな都合のいいものがそうそうあるわけないわよね……」

「おめぇどうかしたんか? 顔色わりぃぞ」

「あ、ごめんなさい。 信じられない話を聞いてしまったから……つい」

「そうなんか?」

「リンディさん?」

「…………(かあさん……)……ん?」

 

 静まる熱気、気落ちするリンディ。

 その姿に息を詰まらせていたクロノは、しかしそこで会話のログをあたまで巻き戻していく。 この少年は今なんといっただろうか? とてつもなく信じがたい言葉を発したように思えたが……

 

「…………まぁいいだろ」

 

 この際それは、深く検索しないでおこうと決めたクロノであった。

 

「そういえば……」

「なんだ?」

 

 話題変更。

 ここで何となく気まずい雰囲気を払拭するべく、なのはが思い出したのはさっきの事。艦長室までに来る道のりの事である。

 

「悟空くん、よくここにわたし達が居るってわかったよねって」

「あ、そういえば。 ここまでは確か、結構曲がり角とかあって迷いやすいはずなのに……もしかしてまた匂いを追って来たんですか?」

「それもあんだけどよ?」

 

結構入り組んでいたような……そう思っては答えに颯爽と到着したのはユーノ。

 だけどそれだけじゃ答えは足りない。 そう、彼はついに掴んだのである、自らが進むべく歩んだその最初の一歩……それを彼は手にしたのである――――それは。

 

「おめぇたちの“気”があんのがさ、何となくわかったんだ」

『き?』

「そうだ、気だぞ」

 

 気。 

 

森羅万象に働きかけるというちからの一つであり、有象無象が持ちうる根源的な要因の一つ。

 それを何となく使ってきた技がかめはめ波であり、それを業として作用させたのが悟空が使って見せた“探知”である。

 

「ミスターポポがいってたからなぁ。 見るだけでなく感じる――気を周りに張りめぐらせるって」

「え、えっと?」

「どういうこと……?」

「はは! オラもよっくはわかんねぇ。 何となくできんじゃねぇかって思ったらできたんだ」

『そうなんだ』

 

 いまだ解らないことだらけのなのは達に、でも悟空の解説はそこまで。

 自分で言っときながらも、自分自身が他人の受け売りなためにここから先は語ることができないのだ。 だから悟空が喋れるのはここまでで、それを知ってか知らずか。

 

「話はいろいろ分かりました……」

 

リンディは彼らに議題を持ちかけることとする。 

 

「悟空君の世界と、なのはさんの世界。 それにジュエルシードについての現状」

「え? あ、はい」

 

 垂れた前髪をかき分けるリンディ。 そこから見え隠れしたのは大人の貌と仕事の時の視線。 隠すことなく見せつけたそれは若干なのはを後退させて……

 

「なんだよ? 言いたいことがあるんならはっきり言えよ!」

「……えっとね? とりあえず、今回の件はこちらに任せてもらえないかなってことなんだけど……?」

 

 それはあっけなく悟空に打ち崩される。

 回りくどいのは嫌いだ! そう言っては駆け引きの得意な大人(リンディ)に言葉の右ストレートをぶちかました悟空。 それに応じたリンディはあきらめ半分で本音を暴露し、悟空に向かって優しさ半分の目線を送る。

 明らかに負けを認めた彼女の本音に……

 

「なんでだ?」

 

 悟空はどこか納得いかないようで。

 眉を逆八の字にしては腕を組んでプースカ……擬音を立てている彼は本当にお子様で、それを見たリンディはここで畳みかけようとはせず、さらに言葉を重ねていく。

 

「もとは民間人……危険とは縁のないところに居たんですもの、だったらこのまま私たちに任せて、元の生活に戻った方がいいに決まっているはずよ?」

「そうなんか?」

「……そのはず……よね?」

「え?! またボク!?」

 

 それを即座にピッチャーライナーで返してくるのだから、リンディは思わず通訳(ユーノ)に向かってアイサイン。

 しかし彼女は知るべきだった。 この少年、悟空がやっていたもの探しの範囲の広さを……そして既に心を決めている少女の強さを――

 

「それはよ――「できないです!」――お?」

「……あら? どうしてかしら?」

 

 高町なのはの否定の声が、艦長室に木霊する。

 それは小さな少女の強い願い。 もう決めた、決めてしまったその心は梃子でも動かすことは出来ぬと誰かが言っていた気がして。

 それが恭也と美由希だと思い出したユーノは、手伝ってもらっているという節目もあわさりただ黙りこみ、悟空は悟空でうれしそうに口元を緩めている。

 

 子供たちのまさかの反対意見。 これにはリンディも驚きを隠せない……故に聞く。 いったいどうしたというのかを。

 

「わたし、決めたんです」

「決めた?」

「はい。 最初は悟空くんが走っていくのを追いかけていくだけだったけど、今は違うんです!」

「…………」

 

 声を張る少女に対して、リンディはひどく静か。 決して聞き流さないようにと、いかに子供でも……いいや、子供の必死な言葉だからこそ今は真剣に聞いている節がある彼女の顔は、どこか昔を思い出すかのようで……

 

「自分で決めたんです! 悟空くんやユーノくんのお手伝いじゃない。 わたし自身がやりたいから“ちからを合わせる”んだって!」

「…………そう」

「なのは……」

 

 気迫。 大きく灯るその炎は誰の影響なのだろうか?

 考えるまでもなくあの少年のせいであろう。 リンディは悟空を一瞬だけ視界にとらえると、そのまま目をつむる。 静かに息を吸い、吐いていくその仕草は自分の思考をまとめているからであり。 それが終わった今、彼女は自分が出した答えをなのはに返す。

 

「わかりました」

「――――じゃあ!」

「ですが、条件がひとつあります」

「え……」

 

だからこれが最後の譲歩だ、そう心で唱えながらも少女の瞳を見つめるリンディ。

 その内容とは……

 

「出来る限り、こちらと情報を共有すること。 それと、こちらの呼びかけにきちんと答えること、以上を守ってもらえればあとは好きにしてもらっていいでしょう」

「それだけ……ですか?」

 

 あまりにも安い条件。 それは裏表なく彼女たちに協力するというリンディの心情のあらわれ。 交渉術としては最低で、それでも子供たちにとっては……

 

「ありがとうございます!」

「すみません!」

「サンキュウな!」

「えぇ、どういたしまして♪」

 

 とても最高に喜ばしい条件で。

 滞りなく進められるという好条件は彼らに笑顔をもたらしていく。 なぜ彼女がこの決断をしたのか……それは――

 

「はぁ~~(まったく、昔の自分の言葉をそっくりそのまま聞くことになるなんて。 しかも理由が……)」

「なんだ?」

「え! いいえ、なんでもないわよ?(男の子っていうのもまた……)」

 

 彼女にしかわからない理由があるのであろう。

 それに、彼女には懸念事項がひとつ増えてしまった。

 

【ねぇクロノ? 今回のこと、上に通さない方がいいかしら?】

【今回? ジュエルシードの事でしょうか?】

【いいえ、違うわ】

【――! アレのこと……】

【えぇ、そうよ】

 

 クロノ……自身の息子と交わされる心の会話。 その内容は悟空のもたらした一つの重大事項に移行していく。

 どうあっても満たしてしまった例の特徴。 球、星が入っている……そしてサイズ。 それを思い出して彼女は気付いてしまった。

 

【おそろしいものね、女の勘って奴かしら。 あれを上に報告していたらどうなっていたことかしら……】

【そうかもしれない、もしあんなものの実態を上層部にでも知られたら……】

 

 彼女の脳裏に浮かぶのはひとつの部屋。

それはロストロギアの搬入用倉庫の一室で、その奥深く……厳重封印と打刻されたプレートの内側にある物体。

 

【えぇ、きっと血眼になって悟空君が居たという世界を捜索し始めるはずよ。 死者の蘇生に若返り――制約はそれなりにあるようだけど、“どんな願いでも一つだけ叶える”っていう代物が、それもほとんどノーリスクなものだと知れば……それはきっと】

【動乱の元凶となる……か】

 

透き通るように澄み渡ったオレンジの水晶、その中に赤い一つ星を覗かせた恣意さ苦も無く、大きすぎもしない球が安置されていた……

それは唐突に周囲を小さく照らす――

【とてつもない胸騒ぎがしてならないわね、何事もなければいいのだけれど……】

 

リンディの心の内を表すかのように、何事もなかったかのように暗転していくのであった。

 

 彼らは知らない。

 その球に込められた大きすぎる願いの意味と代償を――

 たった一人が、全世界に呼びかけた末の終焉を……

 そして、その者を中心に、今まさに劇的な変化を遂げようとするこの世界の流れるさまを――彼らはまだ、知る由もない。

 

 きらびやかに揺蕩う星々の、その狂ったように輝き照らす、安穏とした闇夜の空。 そこはいまだに雲がかからず、開けた夜空がすべてを見下ろしていた。

 そんななかでひときわ強く輝く星がひとつ。

 銀色に輝くそれはいまだ完成を見ない傍らの星。 寄り添う相手を常に追い続け、日を追うごとに容姿を変えていく姿は恋を知った人間の様にも見えて…………その星の名は――

 

     月

 

 いまだ銀の輝きで大地を照らすその星は、いまは齢“十三夜月”の顔でありました。

 古来よりて、その美しさから宴が開かれていたとされるその表情は、まるで優しく微笑んでいるよう。

 さぁ……と。 これから始まる狂乱を、ともに見おろしていこうではないか……

 

 そう、全てに等しく嗤いかけるように――――

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「終わっちゃったね……」

ユーノ「うん、終わっちゃったね……」

悟空「なんだよ、そんな顔しちゃってさ? なんかあったんか?」

恭也「おい悟空、旅行の途中なんだが、残念なお知らせがある」

悟空「おしらせ?」

なのは&ユーノ「…………」

恭也「事実はな、2泊3日のこの旅行……一泊で帰ることになった」

悟空「え!? なんでだ! オラまだ、メシたらふく食ってねぇぞ!!」

なのは&ユーノ「ソレ……」

悟空「え?」

恭也「まぁ、わからんのなら帰ってからじっくり教えてやろう。 では次回!」

フェイト「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第12話」

アルフ「『さいかい』!? それは再び出会い、開かれてしまった幕」

恭也「な!? なんだこの子たちは!」

悟空「ん? トラにオオカミだ!」

フェイト&アルフ「違う!!」

なのは「にゃはは……またね~~」

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