機動戦士ガンダム 0079 彼女の瞳に映るもの   作:セキエイ

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最新投稿からもう二ヶ月ほどが経っている恐怖
この投稿ペースは流石にヤバイという自覚はあります


第六話 閉塞

このオデッサは、いまの十一月という時期が一年の中で一番乾燥するという。

照りつける陽に人工森の樹木の先端が陽炎に揺蕩い、ざああと葉音を鳴らす。

そんな葉の15m程下にある地上は11月6日の朝、つまり今朝、基地司令部から発令された全警戒陣地への警戒待機命令のための準備と喧騒でごった返している。

 

「「グレコさん、これの足どうですか?」」

ファットアンクル内のハンガーに立たせた私の機体、その足元には小隊の整備陣が集結して唸っていた。

他の機体と同様の防塵シーリングを施した筈なのに、私のこの試作機だけはどうも足の駆動系に砂を噛んでしまっているのが理由だ。

「「ううむ、やはり既存機体と装甲の分割構成が違うせいで、今までの機材ではシーリング仕切れない部分がある。砂はそこを通って侵入しているみたいだ。

一応砂を除去してシーリング箇所を増やして見たが、応急処置でしかない」」

その声色から、余り効果的な対策が出来なかったのが分かる。

異物が関節に噛みこむとどうなるか、なんて事は宇宙地上問わず訓練時に嫌という程叩き込まれるから、そのリスクは避けたい。

「「分かってはいると思うが、関節に異物を噛むとMSっつーものはは追従能力が大幅に下がっちまう。この地上で足に噛むとなると、宇宙以上に様々な弊害が生じる」」

周りの整備員達も、他に何かまだ手だては無いのかと巨大な足を手で撫ぜ、或いは覗き込んでいた。

ただでさえ気難しい試作機だ。

テストパイロットとかは経験がないけど、手法が成熟されていない試作機を扱うのが余程に面倒なのは分かる。

「「本当はこんな機体のままで嬢ちゃんを戦場には送り出したくは無いんだがなぁ」」

不意に渇いた風が、開いたコックピット私の髪を目線の先の樹々と同じく掻き乱す。

グレコさんは機体の頭部を睨みつけている。

その視線をモニター越しに見て、射竦み指先がピクリと動じた。

「「すみません」」

「「なんで嬢ちゃんが謝る…ともかく出撃準備に入るぞ」」

ガコンと脇のアームが作動して120mmザクマシンガンを釣り上げる、それを右手で受け取る。

機体に取り付いて作業していた整備員さん達も、全身のアクセスハッチを閉じ終わり続々と離れる。

手元のシステムアクセス画面に携行武装が追加表示された。

「「嬢ちゃん、120mmの弾倉はファットアンクルを出る時に持って行け。勿論出てから銃につけるんだぞ」」

「「分かってます」」

それじゃあ出すぞ!無線の少し遠くからグレコさんの声が聞こえ、そして機体背面の固定ロックが重い金属音を伴って解除された。

フットペダルを踏み込みすぎないようにすごーく気を使いつつ歩かせて、途中弾倉を装備して輸送機を出た。

 

〜〜〜

 

私達の陣地の第一小隊、そして我が第二小隊はMS主体の戦闘部隊なので、そのどちらかが哨戒に当たる事になっている。

今回は私達第二小隊の当番だった。

最前線は恐らくここから10キロ程進んだ先だろうから、もし今戦闘状態に突入したとしても第二小隊は真っ先に狙われるという事は無い。

けれど施設防衛という任務の性質上、敗走がギリギリまで許されない守りの側の立場を覆すことは出来ない。

「はぁ、中尉」

歩行による規則的な振動を尻で感じる。

私達は、ここで四方を敵に囲まれても戦い抜く覚悟を要するのだ。

森林の外縁にそって機体を歩かせ、私は焦燥を奥歯で噛みしめる。

「なんでよ…中尉」

死ぬかもしれない、そんな言葉が思考の中で常に自己主張をする。

その時、鋭いジェットエンジンの唸りがコンソールのスピーカーを震わせる。

「「……後方からドップ三個小隊が接近中」」

全身が怯えて、ビクリとした。

闇を背に眇められた濁った瞳がフラッシュバックする。

隊の中で最も高い索敵能力を有しているザクキャノンに搭乗するエルデリー軍曹が、抑揚無く隊共通回線に私の意なんて関係無く声を流す。

そしてそれから数秒後、ジオン共通の回線で通信が入る。

「「こちら公国軍第19オデッサ航空隊第28小隊以下二隊、これより11:20からミノフスキー粒子の戦闘濃度散布を行う。「雲」に飛び込まないように風向きに気を付けてくれ」」

雲、とは粒子が散布された際に種々の影響によって散布率にムラが生じ、そうした中で局所的に粒子濃度が高くなってしまった部分を指す。

当然ながら不可視であり、濃度は場合によっては戦闘濃度以上に濃度が高くなる事もある。

その只中に飛び込むと、短距離通信はおろか接触回線でさえ危うくなってしまうので非常に厄介だ。

常にレーダー波の粒子による減退具合を見ながら動く必要がある。

「「こちら南西第六陣地第二MS小隊、了解した。貴航空隊の武運を祈る」」

中尉が言い終わるのと殆ど同時にドップの編隊が私達の頭の上を低空でフライパスして行く。

戦闘の編隊長と思しき機体が、軽く翼を振った。

さて、人工森林の外縁から離れて三キロは進んだだろうか、やはり渇いて茶けた地面に今までは見なかった掩体壕が現れ始めた。

壕のサイズは大小様々で歩兵や車両サイズの物から、MSが中隊規模で収まれるような、殆ど渓谷と言っても差し支えないものまである。

昨日偵察を行った区域にはこういった掩体壕は無かった。

ミノフスキー粒子の干渉を受けてか少しノイズが混じりつつ、隊の回線から中尉の声が聞こえた。

「「全機へ通達する。これより一時の方向五十メートル、二時の方向百メートルのMS掩体に隊を分けて入り、そこから今日午後六時までの間哨戒を行う」」

 

、、、

 

黒い機体を掩体に収める。

「「……伍長、私に擦ってる」」

「す、すみません!」

見ると、右横のザクキャノンの腕にこちらの腕をぶつけて居たようだ。

俗にラビットタイプとも言われる、頭部から伸びた二本のアンテナが激しく揺れている。

私を見るモノアイの向こうで、彼女は鋭い視線を向けているのだろう。

少しして単眼は前方に戻った。

今私は、夜にあんな話をした軍曹と肩を寄せ合っている状況だ。

MS越し、だけれど否が応でも緊張はする。

 

そもそも夜に指摘された通り、私の今の感情は同性愛というものなのだろう。

でもそう言われるまでそんな事を思わなかった。

けれどああして中尉がオルシア准尉と行為に及んでいるのを耳で聞いて、彼女がもう他の誰かの手によって愛し愛されているのだと知った時、感じたあのえも言われぬ悲しい気持ちは確かにある。

だから、きっと恋していたのかな?

この部隊に配属になったあの日、あの切れるような瞳で見つめられて手を握って。

朝、櫓の上で煙草を呑む横顔をみて、私は中尉にトキメキを抱いている。

憧れと好意が産まれるのを自覚した。

でもこれらが同性愛という形で括られる性愛感情かと自問すると、疑問符の自答が返って来る気がした。

通常では同じ性質で併せ持っていなくてはならないものなのに、なのに私の中尉に対する想いはそれがどうしてか乖離している。

「LikeかLoveかで言ったらLoveなんだけどなぁ」

あの夜、軍曹に言われて私の中尉への想いの基礎が形を変えた。

 

「いや」

 

「違う」

 

見ていなかった全体像を見たに過ぎないのだ。

そうだ。

つまり私はこの気持ちの形状を認識出来ずいて、今でもそれを100パーセント理解しているとは言えない。

少なくともこれは恋愛ではないのではないか?

「スタートラインにさえ立って無かったのかもね…」

 

、、、

 

二時間程経過した頃か、時刻は13時30分を過ぎている。

中尉はそこで私とエルデリー軍曹に30分の休憩を言い放った。

思えばもう昼を超えているのに何もお腹に入れていない、何度か水を口にしただけだ。

「「……ちょっと遅いけど、お昼食べるよ」」

あれれ、私ご飯を持ってきてたっけ?

 

〜〜〜

 

「……まあ貴女、出撃の前からずっと機体に付きっきりだったんだもの、仕方ない」

目の前に岩塊にちょこんと腰掛けちびちびとサンドイッチをか齧りながら、軍曹は目も合わせずに言った。

同情か呆れか、その両方とも取れる声質に怯えながら

「ありがとうございます」

そう言って、私は軍曹に分けてもらったサンドイッチを頬張る。

結果的に私は昼食を忘れて居た。

軍曹が言うように私は朝からずっと乗機の整備を行っており、昼食の詰め込みを忘れて居たのだった。

機体を降りて、緊急キットにあるクソまずい栄養バーでも食べようかと思った矢先、軍曹に「昼食を持って来過ぎたから手伝って」と命令された。

それが言い訳なのは何と無く察せた。

けど深夜のあの後から軍曹に会うのが気まずくて仕方が無くて、内心ビクビクしている。

こればかりはどうしようもない。

あざ笑うかのように、ざあっと、遠く頭上で風が駆け抜ける。

 

コックピットの外で食べると聞いた時はアホかと思ったけど、意外にも掩体の底は風が無かった。

もう一口、サンドイッチを運ぶ。

中の具はハムとチーズとトマトにレタス、チーズがかなり濃厚で他のを具を引き立てとても美味しい。

気まずくて味なんて分からないかと思ったけど、はじめの一口を食べて自分がかなり空腹であると自覚すると、寧ろその旨さが思考を捉えて離さなかった。

現金だな、私。

そしてふと思った。

「軍曹、このサンドイッチって売店で売ってるのじゃ無いですよね?」

「……今更、ね」

手元の最後の一欠片を口に放って、ボトルの水を飲むとこちらを向く。

「……私が作ったの」

意外だ。

「そうなんですか!? あの、ご馳走様でした!」

別にお礼なんて、とそっぽを向く口元は微かに笑って居た。

これからは忘れないでね、と付け加えて。

それにしても、夜とは随分雰囲気が違う。

妙に柔らかい気がする。

軍曹への態度が緩んで行きつつも、内心は違和感を抱いて硬くして行くこの感じは多分良くない性質のものなんだろうな。

それに、中尉とその周りの人間の関係、好意と愛欲の絡み合ったそれに倫理観がまとわりつく状況に、この時の私は完全に周りに盲目的になっていた。

 

〜〜〜

 

それから数時間後の午後六時。

数回の休憩を挟みつつ約七時間の警戒を終えて、陣地の第一MS小隊に場を引き継いで戻る。

人工森林に入った頃には日は暮れていて、代わりに月が蒼く見下ろしている有様だった。

陣地は昨日までとは違って星空が覆う今の時間帯でさえ、昼間のような喧騒が絶える気配すら見出せない程に続いている。

機体をハンガーに駐機して整備科に引き渡すと、直前で指示された通りデブリーフィングへ向かう。

それも特に戦闘が無かった為対した議題も無く終了した。

しかし私はそれさえもまとも聞く余裕さえなくて、ブレーキを失って加速し続ける感情に完全に飲み込まれていた。

 




文章が何時もより少し長めになっておりますが、お楽しみいただけましたでしょうか。
ここ数日で書き溜めしましたので、次回話は割りと直ぐに投稿できるかと思います。


それと、今のところの登場キャラ名と機体を階級順に紹介します。

アネモーネ・アルブレヒツベルガー中尉→ザクⅡS型
オルテンシア・ロマニノス准尉→グフ重装備型(右腕のみノーマル)
マグノリア・アリエス曹長→ザクⅡJ型
アスセーナ・エルデリー軍曹→ザクキャノン
ユリ・レムトナリティ伍長→YMS-08A高機動型試験機

今のところはこんな配機です。
作品に対するご意見ご感想、お待ちしております。

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