機動戦士ガンダム 0079 彼女の瞳に映るもの 作:セキエイ
陣地の小隊営地に着く頃には、陽はもう半身を地に沈めていた。
海風にざわめき立つ森の樹々が未だ昂ぶりが収まらない心を代弁してくれている気がした。
ルートCを回ったオルシア准尉とマリア曹長は、どうやらその道中で撤退中の敵偵察部隊と遭遇したらしい。
そして指揮車の無力化と確保により、捕虜を得る事成功したという。
これは敵の戦力状況や配置を知るための大きな手掛かりになるので、見た目以上の戦果と言ってもいいだろう。
流石、地上戦に慣れている先輩方だな。
けれど今、後から駆けつけたオデッサ中央防衛隊に現場と捕虜ら引き渡して帰投する間、前方を歩くオルシア准尉もマリア曹長も何一つ口を開く事は無かった。
だからといってアネモネ中尉も基本的に寡黙な人間であるから話をする訳ではない。
私としては妙に気まずいような変な空気感を感じていた、だからただひたすらに機体を陣地に向かって歩かせる、本当にそれだけを行う。
あ、陣地が見えてきた。
基地司令部に状況を知らせる為に先に帰投したエルデリー軍曹のザクキャノンがファットアンクルの脇に鎮座している。
「「全員機体をハンガーに預けた後、1830までに隊舎のブリーフィングルームに集合。セナ軍曹にはマリアから伝えておくこと。以上」」
淡々と事務的な中尉の声が、久しぶりにインカムのイヤホンを震わせた。
、、、
デブリーフィングも終始静かな空気だった。
けれどそれは戦闘後の安堵感じゃない、もっと重苦しい成分から構成されている気がした。
因みに戦果は、オルシア准尉が偵察兵を一人撃破、指揮車を確保。
マリア曹長も偵察兵を一人撃破、指揮車確保の補助。
指揮車確保時に、一人死亡者が出たらしいがそれは仕方ないと思った。
それよりも捕虜を確保出来た事の方が上だろう。
それでも一体なんなのだろうか、この静かさは。
もっと笑って、盛り上がってもいい位なのに。
何処か釈然としない静けさだけが胸の中を過ぎ去って行く。
、、、
深夜、私は目が覚めた。
時刻は午前0時を跨いでいて、11月5日に入っていた。
同室の二人が使う隣のパイプ二段ベッドは静かで、目を覚ました私はちょっぴりとり残された気持ちになる。
しかし眠れないものは眠れないしその上原因は明確に見えている。
帰投時やデブリーフィングに感じたあの粛々とした雰囲気、あの違和感。
まるで一人だけ皆と外されたかのような、いや
「私はここに来てまだ一日、分かってない事が多いすぎるよね」
闇の中で冴えた思考だけが先走る、でもその通りだ。
この部隊の人たちについて、まだまだ表面的な事しか知らない。
そう考えると、だんだん自分という存在がここではどれだけ必要になって来るのかな、とか思い始める。
「あぁダメだ、やっぱり夜だと暗い気分になる」
ここに身体を横たえている事すら不毛に感じて、今日の昼間に眠気と戦う覚悟を決めて私はベッドを降りた。
そっと部屋を出る。
横並びに続く部屋を繋ぐ廊下は、最低限の夜間灯のみが薄ぼんやりと連なって点いていて、宇宙世紀以前の大昔のホラー映画を連想させた。
夜間灯を何と無く目で追うと、その最奥に他と隔絶された一つの部屋の扉があった。
アネモネ中尉とオルシア准尉が使用する部屋の扉だ。
ふと気が付くと、鼻につく煙草、そして水音を感じている自分がいる。
とりわけ煙草の匂い、銘柄なんて一つも知らないけれどこの匂いは知っているそれだ。
それに若干驚く、ザリッとサンダルがコンクリートを擦る。
生ぬるい風が開いた窓から頬を舐め、目が冴えたという割に未だ鈍い思考のままの頭がゆっくりと最奥の部屋へと足を運ばせる。
「…っ?」
扉に近づくに従って何かが聴こえてくる、断続的でわりかし高い音。
少し震えている。
また一本二歩と進むと、それが人為的というか人が発する故のものであると察した。
「声…?」
更に、これは本当に微かではあるけど粘液質な水音も混ざっている。
扉はもう目の前だ。
首筋をすうっと冷気が抜けて、私は分厚い木の扉にそっとを耳を近付ける。
熱に浮くような、それは喉奥から漏れる嬌声と激しい息遣いだ。
その中に小さく互いが互いを求め呼び合う声が交じる。
その本質は劣情に身を焦がして、互いにその気持ちをぶつけ合う絡めあう、そういうこと。
この扉を隔てた先でこの部屋に居る二人の間で起こっているのが、一つの形での性行為だという事は早々に合点がいった。
その瞬間私の中尉への憧憬と想いが、准尉への頼もしさが、一番汚い形で崩れていった。
涙なんて出やしない。
手の先から冷えて震える、それだけ。
「……ここで何をしているの?」
立ち尽くす私の背後から、か細いながらも声が聞こえた。
振り向く、そこにはエルデリー軍曹がいた。
、、、
隊舎の外、錆びた鉄骨に隣り合って腰掛ける私と軍曹。
先に口を開いたのは軍曹の方からだ。
「……あの人たちを…、軽蔑した?」
「……、」
私は答えない、答えられない、いやそれどころじゃない。
心の整理がつかない。
「……貴女、中尉の事が…好きなんでしょう?」
軍曹を見竦める、なんでそれを?
「……その目、当たりか」
色素の薄い前髪越しに眦を嫌らしく歪めて笑う。
私はぐっと唇を噛んで堪えるけれど、その嘲笑の瞳は直ぐに暗く陰る。
「……私も、私も…中尉が好き。
でも大嫌い」
「な、ぜ?」
「……簡単よ。中尉は、いえ中尉と准尉と曹長の仲良し三人組は…人殺しを恐れている、だからよ」
これだ
どくんと鼓動が身体に響いた。
これが今夜眠れなかった理由の核心だ、私はそう理解した。
「……三人とも、あのルウム海戦から戦争に参加してる手練れの癖に…何時まで経っても人を殺すのに心に罪悪感の枷を掛けているの……でもそれに耐える心の強さが無いから、煙草に酒にセックスに逃げる」
「だから、軍曹は嫌いなんですか?」
軍曹のサンダルが地面を掻く。
面持ちが一瞬闇に落つ、首を縦に振った。
「……そうよ。自分の弱さを直視しないで逃げている…そこが嫌いなの…」
しかし軍曹の虚空をなぞる瞳はどこか暖かい。
そして唐突にそんな瞳が私をのそれに合わせられ、射抜く。
「……貴女は何にも考えずに自分の感情を納得しているみたいだけど、この好意は同性愛よ…」
どくん、と拍動がえらく大きく聞こえた。
「生物がつがいで成立する以上これはエラーの感情…倫理的にも憚られる。ねえ、それを分かっているの?」
この話を書く前に、登場人物と機体の紹介を纏めようかと思いましたが、機体に関して今後かなり乗り換える流れになるので当分先になりそうです。
次回は恐らく戦闘回になるかと思います。
作品の御意見、御感想をお待ちしております。