機動戦士ガンダム 0079 彼女の瞳に映るもの   作:セキエイ

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投稿出来る時に投稿し切る、それが俺のやり方だ(計画性無し


第三話 夜と夜明けと霞む紫煙

歓迎会という名目で食事の形を取った大騒ぎを終えた私は、隊舎の外階段で夜風に当たっていた。

いや〜、ファットアンクルを出た後に、私がここ最近宇宙用のパック食しか食べていないと聞いてから、小隊の営地の人々の動きは凄まじかったな。

暇な隊員たちは総て隊舎の厨房に掻き集められ、調理に入ったのだ。

使える食材はガンガン使う。

材料はやはり缶詰めとパックものが大部分を占めていたけど、陣地で育てた野菜やいつの間にか獲って来た野生動物の肉なども使われ、その総てがちゃんとと「料理」として手を加えられてるのだ。

目の前に出されて歓喜に満ち、一口頬張って激しい感動を覚えた。

「美味しかったなぁ、料理」

あのどんちゃん騒ぎの雰囲気も含めて美味しく感じるのだろう。

皆で楽しく食べれば、食事は何倍も美味しくなるって言うし。

とにかくあの、雰囲気的に味気ない宇宙用パック食にはもう戻れない。

「うわっ!」

ざあっと強い風が耳元を通り抜けた。

肩口で揃えたショートヘアが踊り、目の渇きに瞼を瞑る。

この黒海から吹く風は、微かな潮と土草が混ざった湿ったもの。

コロニーの浄化された人工の空気の動きではない、地球の自然が起こす大気の循環によるものだ。

強風は去った、私は目を開ける。

 

地球、ここは地球。

大いなる母なる大地、重力の井戸の底。

それを噛み締める。

「私、地球に来たんだ…」

 

そうだよ、元宇宙人ちゃん

 

ぎゅっと背後から熱に覆われたのはその時。

小柄な身体に長い肢体が絡まる、必要以上に火照った頬が私のそれと密着してこそばゆい。

「身体ちょっと冷えてるね〜、風邪引くよ?」

「准尉が暑過ぎなんですよ」

くくっと背後から抱きつくロマニノス准尉は含み笑う。

何がそう面白いのか、やっぱ先の歓迎会で飲みまくったテンションなのか。

「ねえ、伍長」

若干思考に耽っていると、准尉は唐突に暗闇の空を指差した。

その声は冷たい、何故かアネモネ中尉を想起する。

「空、今は曇ってるよね?」

「はい」

「この雲が晴れてたらさ、宇宙が綺麗に見えるんだよ」

盗み見た准尉の横顔、雲の奥の星々を幻視して遠い目をしている。

「昨日も、私は見ました」

昼間とは異なり冷たい雰囲気を湛えた横顔をしている…そんな気がした。

今准尉は一体何を思っているんだろうか。

「宇宙で見るのとは違うよ。ここで見る星はさ、本当に綺麗なんだよ、本当に」

 

「ロマニノス准尉」

 

「ああぁ〜〜〜〜!!!!」

意図せず漏れた呟き、それに突然大声を上げる准尉。

耳が痛い。

腰をホールドする彼女の片腕がすすっと移動して、その手と私の手が絡められる。

「突然なんですか、一体?」

「あたしを呼ぶ時にロマニノスなんてぇ か た す ぎ 、だーめっ」

「え、じゃあどうすれば…」

腰を抱くもう片方の腕の力が強くなる。

ほっぺたがもっと強く押し付けられて、茶髪の癖毛が首元でチクチクした。

「オルシア、今度からそう読んでよ。あたしもユリちゃんって呼ぶからさ、ね」

ユリ、か。

下の名前で呼ばれるのは本当にいつ振りだろう、ふふっ。

嬉しい、かな

「あの…。お、オルシア准尉!」

「よろしいっ!」

さっきの憂いを帯びた横顔は一体何処へ、満面に笑う准尉がそこにいた。

やっぱり酒臭かった。

 

、、、

 

翌日

11月4日 早朝

まだ隊の皆が寝ている中、少なくとも同室のアリエス曹長とエルデリー軍曹は寝ている中、何と無く目が冴えて起床した私は散策がてらランニングをした。

澄んだ朝の空気を吸い込んで走る、しかしたまに地面の凹凸に足を取られて転ぶ。

足場の状況もそうだが、体感的にコロニーに比べて地上の重力の質が違い、それに起因する違和感が身体を転ばせるのだ。

転んだ周囲には人は居ない。

「セーフ、誰も見てない」

きらきらと照りつける朝陽に目を細めながら、そんな感じで陣地内を一周した。

 

蛇口から流れ落ちる水に直接頭を付けて、ざばざばと汗を洗い流す。

隊舎前の水場にはちらほらと夜間勤務開けの整備員や警戒兵がいて、樹々の隙間を縫って照る朝陽を浴びながら談笑している。

髪をタオルで拭いて蛇口を譲り、私は大きく伸びをした。

朝陽は早くも樹々の高さを超えて、なおゆっくりと高みを目指す。

「コロニーのセントラルピラーなんかと、全然違う」

朝、これが地球の本物の朝なんだ

 

、、、

 

少し錆びた鉄梯子、時折の風に煽られながらも上を目指す。

下を見るとそこそこの高さがあって、周囲の森の樹々より高い。

と言っても、そもそもそんなに高い木では無い。

「それにしても、一体どうしたんだろう?」

隊舎脇に置かれた鉄骨構造の簡易観測塔、それを私は登っているのだ。

高さはおよそ15mは有るだろうか。

登っている理由は簡単で、てっぺんに居るアネモネ中尉に呼ばれたから。

「もうっ、すこしっ!よいしょ」

てっぺんは櫓のような構造になっていて、そこまで着くと上からひょいと腕が伸びた。

「掴みなさい」

その細腕を掴んで、櫓の方に引き上げてもらう。

そして床の上に立つ。

「おはよう、伍長」

「おはようございます、中尉」

私を引き上げた中尉の格好は、ランニングシャツに捲った戦闘服のズボン、初めて会った時のようなラフなもの、まあ私も大概似たようなそれだけどさ。

少し延びたシャツの脇から豊満な横胸がちらりと覗いて視線を奪われる。

「どうしたの?」

落下防止の手すりに腰掛けながら中尉は言った。

手すりが厭な音をして軋んだ。

「いや何でも無いです、無いですよ」

 

この観測櫓は一人用らしい。

だからはっきり言って狭い、二人も入ればもうぎゅうぎゅうだ。

向かい合うのも気恥ずかしいから、私はそっと中尉の隣に立った。

すると中尉はポケットに手を入れて何かを取り出すと、私に掲げて見せた。

「良いかしら?」

それは名刺サイズのモスグリーン色をした小箱、官給品の煙草だった。

「ええ、はい」

私は頷いた。

中尉は箱の口から一本取り出すと咥えて、同様に取り出したジェットライターで火を付ける。

独特な匂いが漂って来た。

目を細めて旨そうに深く吸う中尉は、一応私を配慮してか向こうを向いて煙を吐いた。

同じ事を三回繰り返してから、煙草を口から離して私に向き直った。

「宇宙じゃあ喫煙家は白い目で見られるからね、限り有るエアを汚すって。地球だったら見られなければ誰も何も言わない、ふふふ。

一本いかが?」

「ありがとうございます、でも済みません」

そう、と少し残念そうに箱胸の谷間に挟んだ。

「まあ地上に居れば、そのうち吸いたくなるわよ」

もう一度咥えて、今度は軽く吸って吐く。

「中尉が喫煙家だったなんて、気が付きませんでした」

臭いの処理は徹底してるからね、今度は朝陽に目を細めた。

「私のこと、嫌いになったかしら?」

冗談めかして言うその言葉に勿論首を横に振った。

指に挟んだ煙草の灰が落ちそうになり、胸元に掛けた携帯灰皿を開いてそこに落とす。

目線を落としたその横顔を私は盗み見る。

それは美術品の生き写し、そう言われても過言じゃない。

たわわな胸の谷間に挟んだ箱や、陽を浴びてきらきらと透けるブロンドヘアが、中尉に初めて会った時の胸の高鳴りをさらに増長させる。

「ねえ伍長、陣地前方の森をどう思う?」

ほんの一瞬見とれていた私に、その質問は唐突だった。

「ああはいえっと、そのなんていうか、私はああ言った高い木が集まるのは見たことがないので、森には凄く地球の自然を感じています」

「あれね」

中尉は煙草を咥えたまま食いぎみに言葉を投げ出した、そしてどうしてか遠い瞳をして森を指差す。

昨日のオルシア准尉と同じ目をしていた。

「あの森ね、全部人工の森なのよ」

「えっ人工!?」

信じられなかった、あんな広大なな樹木群をどうやって人の手で

「人工よ全部。滑走路からこの南西地区に掛けてのこの森は、敵の進軍と偵察を阻む緩衝森林として植樹されたの。

森の中は小陣地と蛸壺塹壕よ」

そういえば昨日、この陣地に来る道中の間に塹壕を沢山見たな。

「結局全部、人の手によるものなんですね」

「そうよ。それも、戦争に使うために拵えたのよ」

はぁ、とため息とも煙吐ともつかぬ重苦しい何かを吐き出す。

馬鹿らしいわ

そう言って一瞬横目で私を見ると、火を灰皿に押し付けて消した。

 

、、、

 

隊舎の部屋に戻るとアリエス曹長も部屋の奥の窓を開けて、外を見ながら紫煙を燻らせていた。

ショーツに上はジャケットを羽織っただけという、完全に寝起きのそれだ。

「アリエス曹長、おはようございます」

「ああ伍長、おはよう」

艶かしい脚線美、開いた胸元から覗く乳房の片鱗に何故だかどきどきする。

曹長は下ろしている髪をかき上げながら振り向いた、まだちょっと眠そうだ。

そのまま、すんすんと鼻を鳴らした。

「ん、煙草の匂いがする」

自分が今まさに吸ってるからでしょうに。

「違うんだよ。僕のよりもグレードの高い、良い煙の匂いがする」

さっぱり分からない。

「若しかして今、中尉に会ったりして来た?」

「はい、観測塔の上で」

「やっぱりね。アネモネはあそこが好きだからな」

灰皿にぐりぐりと残り少ない先を押し付けて火を消す。

「そういえば伍長、煙草の匂いとか大丈夫?というか吸う人?」

「私は吸いませんけど、苦手じゃないです。気にしないで吸って下さい」

なら良かった、と箱からもう一本取り出して咥えた。

「じゃ、今の内にもう一本吸っておこうか、ウチの隊は煙草には厳格だからねぇ」

厳格、禁煙とは違うのだろう。

そういえば中尉も、臭い処理は徹底してるって言ってたような。

「煙草に厳格ってどういうことなんですか?」

曹長はぼうっと天井を仰ぐ。

「まあ、通常の陣地任務中は昼休憩以外は吸えないとか、匂い処理は徹底するとか、調理担当時は調理前には吸わないとか、そんな感じ。勿論決めたのは中尉さ」

通常任務中が始まるのは八時から、だから今中尉も曹長も吸ってるんだな。

「ああそうだ伍長。僕の事はマリアって呼んでくれないか?アリエスって呼ばれるのは慣れなくてさ、えへへ」

はい、という返事を聞いて灰を落としつつアリエ、いやマリア曹長は人懐っこく笑った。

 

そこで、がちゃりと部屋の扉が開いた。

入って来たのはもう一人の部屋の住人たるエルデリー軍曹。

煌びやかな白髪がまだ生乾きで、頬が上気しているのを見ると多分下のシャワー室に行って来たのだろう。

「……マリアさん…消して」

前髪で目線を読み取れないけど、ちょっと怒ってるみたい。

「ああ、ごめんセナ。今消すよ」

今の煙草はまだ点けたばかり、名残惜しそうに火を消した。

そして共用の棚に置いていた消臭スプレーを手にして、部屋に吹きつけて回った。

粗方匂いが消えた所で、軍曹はやっと中に足を踏み入れた。

「…毎朝、ちゃんと外で吸ってって言ってるのに…」

「はは、ごめんごめん。でもこんな格好だからなぁ」

マリア曹長、自己紹介では自分はマトモと説明してたけど案外ズボラな人なのか。

「……伍長、貴女…吸う人?」

寝巻き用らしいシャツを脱いで畳んでいたオリーブドラブのインナーに着替えながら、軍曹は私に問う。

「私は、煙草は別に吸いませんよ。苦手とかじゃないですけど」

戦闘服の上に袖を通して、ボタンを留める。

「……そうなら、良かった…」

髪の奥から軍曹が私を眇めて見ているような気がした。

「……けどもし吸うのなら…絶対にわたしの近くで吸わないで。わたし…キライだから」

「は、はい!」

言外の圧力に圧倒されながら返事を押し出す、脇でマリア曹長が苦笑いした。

 

 




毎日投稿三日目。そろそろ限界が見えて来たけど、作者は大丈夫です!

次回はちょこっと戦います、でも大規模戦はもう少し先になりそうです。

ご意見ご感想、お待ちしております。

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