魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 作:阪本葵
朝練が終わり、近藤はヴィータによる機動六課内の案内終えた。その後ヴィータは仕事があると言って別れ、自身もライトニング分隊についてフェイトもしくはシグナムに聞こうとしたところ、丁度昼食の時間となり食堂へ向かった。
そこへ、丁度ティアナ達四人のフォワード陣と出会い、スバルやエリオに誘われ一緒に昼食を摂ることになった。
「へぇ、君達は一度出動したのか」
パンをちぎりながら近藤はそれぞれに聞く。
「はい。リニアレール襲撃事件の任務を担当しました」
ティアナは丁寧に近藤の質問に答える。そんな会話の最中もスバルとエリオが大量のパスタを胃袋におさめていくのを見て近藤は、あいつといい勝負だなと心の中でつぶやく。
《(ご主人様が失礼なこと考えてるという電波を受信した!バツとして水羊羹買ってきて!てゆーか私のこと放置しすぎ!私放置プレイ好きじゃない!もっとかまってよね!)》
・・・なんか幻聴が聞こえるが無視無視。しかしあいつどこからそんな下らん情報入手するんだ?今夜じっくり尋問するか?というか仕事しろ。あとで『あの人たち』にお小言もらうの俺なんだぞ。
近藤は眉間を揉むように指を動かし、これから『あの人たち』に言われるであろう言葉に頭を悩ますのだった。
「ガジェットドローンが出て来て大変でした。」
事件を思い出したのかキャロは苦笑いして言う。
「アレはAMF(アンチ・マギリング・フィールド)があるからなぁ・・・」
近藤はちぎったパンをスープに浸しながらしみじみ言う。
「近藤副隊長もガジェットと戦ったことあるんですか?」
スバルは口の中のパスタをゴクリと一気に飲み込み、食い気味に聞いてくる。
「え、ああ。俺は無人世界とか、観測世界とかでの単独駐在仕事が多かったからな。まぁ、二、三度遭遇したよ」
スバルのあまりの食いつき具合に、近藤は若干引きながら言う。
「最初の頃はガジェットが目撃されるのは何故かそういう無人世界のようなところが多くてな。製作者の気まぐれか、はたまた運用試験をしていたのか」
近藤はパンを口に入れながら、まったくバカの考える事はわからん、とつぶやくが、そのつぶやきは四人には聞こえなかった。
「どうやって倒したんですか?」
エリオが目をキラキラさせて聞いてくる。エリオは近藤がとんでもない武勇伝を持っていると思っているようだが、そんな自慢するほどの事はしていない。やったことと言えば至極単純なことである。
「俺は魔力量が少なくてな。さっきの朝練では偉そうなこと言ったが、俺は総魔力量・魔導師ランク共にBだ」
それを聞いたティアナが、えっと驚きの声を上げた。こんな高ランク魔導師達がいる部隊に転属になったのだから、てっきり近藤も高ランクだと思ったいたのだろう。
「え、でも、Bランクじゃあガジェットに近づいたらAMFで魔力形成が・・・」
ティアナは疑問を口にする。
そもAMF(アンチ・マギリング・フィールド)とは、魔力結合や魔力効果発生を無効にするAAAランクの魔法防御である。フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害されるという、魔導師にとって天敵とされる防御であり、このAMF濃度が増すほどに魔力の結合が解除されるまでの時間が短縮される。
つまり、AMFが発生している場所では魔導師は魔法で対処しにくく、命の危険度も跳ね上がるのだ。AMF内だからといって魔法が使えないわけではない。場合にもよるが、使いにくくなるだけなのだ。ただ、それは高ランク魔導師だからこその力技であり、近藤のようなBランク魔導師ではそうはいかない。実際、ティアナ達がガジェットと接触した際は、新たなデバイスの恩恵によるところが大きかったりする。
デバイスマイスターが心血を注ぎ、自身の持つ技術の粋を詰めたワンオーダーのインテリジェンスデバイスと、支給品のストレージデバイスや素人のハンドメイドとは雲泥の差なのである。
ティアナは、近藤がそんな高性能なデバイスを持っているから対処できたのだと結論付けたが、近藤の口からは到底考え付かない答えが飛んできた。
「だから、殴って破壊した」
「え?」
「AMFで魔法が使えなかったから、素手で殴り飛ばして破壊した」
「・・・えぇ~・・・」
シンプルイズベストの回答である。魔法による攻撃手段が取れないなら、別の手段で。それが近藤は『素手』だっただけなのだ。
ティアナはもう少しためになる方法を聞きたかったのだが、まさか肉体行使が来るとは思っておらずショックを受けた。
だが、近藤の体格を見てみればその回答も納得してしまうのが悲しい。
「あ、あの・・・ガジェットの装甲って金属だから素手で殴ったら痛いんじゃあ・・・」
キャロがちょっと的外れな質問をするが、しかしその疑問ももっともだ。ガジェットドローンはいくらAMFがあるとはいえ、機械兵器である。アームドデバイスや、魔法などによる攻撃でもそうそう打ち破れる防御力ではない。まして素手で攻撃すれば皮は破れ、肉は削げ落ち、最悪骨は砕け折れてしまうだろう。
だが、近藤はまたもや予想を上回る答えを用意していた。
「1センチくらいの鉄板なら楽勝だ」
そう言ってグッと拳を突き出す近藤。その拳はゴツゴツとしていて岩のように硬そうで、まさに『鉄拳』と呼ぶに相応しい男の拳だった。
だがその拳を見たティアナはドン引きである。まず頭によぎった言葉が「こんな拳で殴られたら死ぬ」という明確な恐怖だったからである。
「すげー!近藤副隊長パネーッス!!」
「ほんとすごいです!!」
なにやら言語がおかしくなったスバルと、賛同するエリオ。二人の瞳は憧れのヒーローを見るかのようにキラキラと輝いていた。
そんな二人を見て呆れているティアナとキャロ。同時にため息が漏れたのは仕方のないことだろう。
「食事中に何騒いでんだ、おまえら」
声のした方を向くと、トレイを持ったはやてやなのは、フェイト達隊長と、ヴィータ、シグナム副隊長、リインがいた。ヴィータは騒がしいフォワード達に呆れた様な顔を向けていた。
近藤は相手がはやてだと見るや急に椅子から立ち上がり、またもやビシッと音がしそうな敬礼をした。すると、一緒にテーブルを囲んでいた四人も急いで立ち上がり敬礼をする。
その姿にはやてとリインはため息を、なのはとフェイトとヴィータは驚きの顔を、シグナムは「ウム」と頷き微笑む。はやてはため息をつきながら、楽にしてええよと言い皆を座らせる。
「八神隊長達も今から昼食ですか?」
スバルがそう聞くと、はやては清々しい笑顔をフォワード達に向け、ついでに近藤にはジト目をプレゼントした。
「まぁ、な。でも仕事がワンサカあるからな。お昼食べたらすぐ仕事や。あ、後で近藤さんにも手伝ってもらうよ」
八神隊長はとてもアリガタイお言葉を近藤に贈る。
「それでやねんけど、後で部隊長室に来てくれへん?」
「了解しました」
敬礼を行い返事をする近藤。だが、それがはやてには気に入らないようだった。
「近藤さん。私昨日言うたよな?堅苦しいのヤメテて」
はやてはニッコリ笑いつつ、しかしその笑顔からは重苦しい重圧が近藤に向けられる。
「・・・はい」
近藤はたじろぐ。声も少し小さい。こんな見た目で勘違いされがちだが、もともとこの男は気が小さく、傷つきやすいいわゆるヘタレなのだ。19歳とはいえ二佐であるはやての圧力は、近藤のスモールハートに重くのしかかった。背中に冷たいものが流れる感覚があり、ああ、自分は冷や汗を流しているなと意外と冷静な分析をしていた。つまりテンパっているのだ。
「その辺も少し話し合おか、じっくりと、な?んふふふふ・・・」
黒い・・・
はやては笑いつつ、違うテーブルに向かった。
「部隊長ともなるとイロイロあるのだ。察してやってくれ」
近藤の肩にポンと手を置くシグナム。その目は憐憫を纏っていた。
昼食を採り終え、近藤は重い足取りで部隊長室へ向かった。ドアの前でコールし、プシュッと空気の抜ける音と共にドアが開く。恐る恐る入ると、そこにははやて、フェイトとシグナムがいた。
「まぁ掛けて」
ソファへの移動を促され、ソファに腰掛ける。
前のソファにはやてとフェイト、近藤の横にはシグナムが座る。近藤はちらりとフェイトの顔を見た。フェイトはまだ近藤が怖いのか、若干硬い。いや、はやてもシグナムもその表情は先ほどの食堂での和やかな表情ではなかった。
「近藤さん」
はやての声音は真剣さを帯びていた。
「私は腹の探り合いとか嫌いやから、率直に聞く」
はやての真剣な態度に、近藤は改めて姿勢を正す。
「はい。なんでしょうか?」
フェイトとシグナムもはやての言動を見守る。はやては目を閉じ、フーッと一つ息を吐き、そしてゆっくりと目を開ける。
「近藤さん、あんたレジアス・ゲイズ中将が送り込んだスパイか?」
はやては直球ど真ん中の質問をした。はやてもこのまま泳がせるか悩んだのだが、モヤモヤした気持ちでいたくないという結論に至り赴任初日にいきなり核心を突くことにしたのだ。
これで、おそらく近藤は否定するだろう。しかしそれはそれで正解だろう。だが、人は嘘をつくとき必ず何らかの変化を見せる。眉や鼻の動き、瞳の揺らぎ、体の強張りや震え、それらを見逃さないように、そして見極め近藤という男を知ろうと、じっと見つめ答えを待った。
そして、近藤はゆっくりと口を開き・・・
「はい、そうです」
近藤ははやての投げた球をフルスイングで打ち返した。それはもうホームランである。
部屋の時間が止まった。三人共、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしている。
「ん?何か?」
近藤は三人が何故そんな表情をするのかわからず首をかしげるが、はやてはガックリと首を擡げソファのひじ掛けにヘナヘナと力無くもたれ掛かった。
「・・・こ、近藤さん・・・聞いたコッチが言うのもなんやけど・・・あんた、メチャクチャや・・・」
「そうですか?こんなあからさまな人事異動ですから、隠してもしょうがないと思いまして。それに八神部隊長もそう思ったから自分に質問したのでしょう?」
「そらそうやけど・・・」
実際、はやて達は今朝のミーティングでの近藤の異動経緯の説明によってスパイだと結論付けていたのだが、まさか、こんなに簡単に暴露するとは思ってもみなかった。
「で、でも、そんなこと言ったらスパイ行動に支障をきたすんじゃ・・・」
「テスタロッサ、お前どっちの味方だ」
フェイトがもっともな返答をすると、シグナムがツッコミを入れた。まあ、フェイトの言いたいこともわかる。カミングアウトするのはいいが、元々スパイ活動が目的なのに、それを堂々と「スパイしに来ました」と言って、円滑に活動ができるだろうか?それは当然ノーである。
フェイトとシグナムの漫才のようなやり取りを無視し、近藤はまっすぐはやてを見てこう言った。
「自分は機動六課に対し、不利益になるような行動はしません」
「・・・その言葉をどう信じろと?」
三人は胡乱気に近藤を見る。すると、近藤は爆弾を投下した。
「実は、レジアス・ゲイズ中将の指示とは別に、もうひとつ任務を受けているんです」
そう言いながら近藤は立ち上がり、空間投影モニタを展開しさらにこう言葉を続けた。
「本局へ連絡をとりたいのですが、よろしいですか?」