魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 作:阪本葵
なのは達はすっかり忘れていた朝練の事を思いだし、急いで近藤を連れて訓練場に向かった。そしてようやく空間シミュレータに到着し、現在指導している4人の新人フォワード達がストレッチを行っているところに近づきゴメンゴメン、と言いながらなのはは四人に近寄る。
「みんな、遅くなってごめんね」
なのはは四人に謝るが、四人は聞いていない。みんな視線は近藤に釘付けだ。それに気づいたなのはは、順序が違うがまず近藤を紹介することにした。
「ああ、紹介するね。こちら、今日付で機動六課に配属された近藤大輔三等陸尉さん」
案の定、フォワード四人は近藤を見るなりそれぞれ驚く。ティアナは顔を青ざめさせ、硬直。キャロも同様の反応でエリオにしがみつき離れない。ただしスバルとエリオの反応は今までのそれとは異なっていた。
「カッコイイ!」
などと言い、目をキラキラしている。エリオなどは、尊敬の眼差しさえ向ける始末。
「えーと、それで近藤さんはライトニング分隊の副隊長になります」
なのはの言葉での反応は様々である。エリオは歓喜し、キャロは気絶した。ティアナはホッと安心し、スバルは「いいなー」と指をくわえていた。
「では、近藤副隊長、一言お願いします」
なのはがそう促すと、四人は姿勢を正し聞く姿勢をとる。ティアナは切り替えが速いのだが未だ顔色は悪いし、キャロはあからさまに体が震えて涙目である。
「本日付で機動六課ライトニング分隊副隊長に任命されました、ダイスケ・コンドウ三等陸尉です。いたらない点などもあると思いますが、皆さんよろしくお願いします」
キャロのような少女に怯えられた事にショックを受け、挨拶もトーンを下げて言った。
「ティアナ・ランスター二等陸士であります!」
「スバル・ナカジマ二等陸士です!!」
「エリオ・モンディアル三等陸士であります!!」
「グス・・・キャロ・ル・ルシエ・・・三等・・・陸士・・・です・・・うう・・・」
「・・・こんなナリでスイマセン・・・」
事前に隊長陣からこの容姿について言われていたので心構えはしていたが、まさか子供にここまで怖がられるとは思っていなかった近藤は、今にも泣きそうだった。
なんとも微妙な空気が流れる。なのはとヴィータもさすがに近藤を可哀相に思い、パンパンと手を叩き話を切り上げる。
「は、はーい、じ、じゃあ、挨拶も済んだことだし、皆、朝練開始しようか!近藤さんはこちらで見学していてください」
「よ、よし!おまえら今日もビシバシいくぞ!」
「はい!」
ヴィータの声に四人は元気よく返事をする。 そして、なんだかんだと遅れた朝練がようやく始まった。朝練を初めて見た近藤は、朝練とは思えないハードな訓練驚いたがそんなことお構いなしに続けられる。
近藤はそんな訓練風景を眺めつつ、忙しくメモをとる。ヴィータは近藤に近付き、何をしているのかと手元を覗き込んだ。
「何してんだ?」
「四人それぞれの魔力の流れを把握しているんですよ」
近藤は答えつつもヴィータを見ることなく、なのはの展開したスフィアに悪戦苦闘するフォワード達の一挙手一投足も見逃すまいと訓練風景を観察しながら答える。
ヴィータは聞きなれぬ単語に首をかしげた。
「魔力の流れ?」
「ええ、空戦の局員は大体空を飛べるので魔力バランスはそれほど問題無いんですが、陸士隊員はどうも偏りがありまして、それをいまのうちに矯正できるようにチェックしているんです」
「?」
ヴィータは近藤の言葉があまり理解出来ていないようで、さらに首を傾げる。
「つまりですね、空を飛ぶとき、魔力をどこに集めますかということです」
「あ、そういうことか」
空を飛ぶときに、どこに魔力を集めるか?足?背中?答えは全身だ。
体全体に魔力を巡らせていないと、空でのバランス、移動などが難しいのである。いくら足に魔力を集めて空を飛んだとしても、上半身が不安定になり、バランスを崩すと空中で上下逆に飛ぶとかマヌケな飛行ができあがる。
背中の場合は、どうしても手足が吊られているような感じでブラブラしてしまい、踏ん張りが効かないうえに、攻撃や防御体制をとるときに力が入らない。
そのため、飛行時は体全体に魔力を巡らせ、空中でのバランス、迅速な移動を行うのである。ただ、これはあくまで一般的な飛行方法であって、空中に足場を展開するように『飛ぶ』ではなく『立つ』というやり方もあるし、ジェットのように常に推進し続ける方法もある。まあ、後者は限りなく燃費が悪くおすすめできないが。
だが、この全身魔力帯状にはもうひとつ利点がある。
高速移動の際に術者への空気抵抗を軽減させるのだ。戦闘行為中に高速移動を行い、空気抵抗がありすぎて目が開けられないとかでは本末転倒である。
『空』の局員はそれを自然と身につける。自分の命に関わることであるから当然である。
その点、陸は全身魔力帯状はあまり浸透していない。空を飛ぶ者が少ないので必要が無いというのが一番大きい理由ではあるが、どうも陸の局員は一点を究極まで引き上げるとか、長所を徹底的に伸ばすやり方が取られていることが多い。
確かに長所を伸ばすことは悪い事ではない。しかし、この四人はまだ卵だ。いまのうちに矯正しておけば、魔力のバランスが良くなることにより戦いのバリエーションも増える。
長所を伸ばすのははそれからでも遅くはない。つまりは基本、基礎の地盤固めなのである。
なるほどと、感心していると、ふとヴィータが疑問に感じた事を近藤に聞いた。
「ちょっと待て、魔力の流れを把握してるっつったか?」
「はい」
「おまえ、魔力の流れが見えるのか?」
「はい。ここからでは少し遠いので、大まかにしかわかりませんが」
ヴィータは驚いた。魔力の流れが肉眼で見える人間などいままで聞いたことないからだ。医療器具や訓練に関する測定器ならばそういったものも存在するが、もしそれが本当なら、魔力の集中する場所が把握でき、相手の攻撃を読むことが容易になり、不意打ちや抜き打ちが難しくなるではないか。。
「・・・近藤、それはおまえのレアスキルなのか?」
そんな反則技、レアスキルしかないとヴィータは結論付けるが、近藤はヴィータの問いにNOと言った。
「いいえ、誰でもできますよ?ただ、少し術式がややこしいしデバイスの補助とマルチタスクによる並列計算が必須ですので、使いこなせるのに時間がかかりますけど」
なんてことを平然と言うものだから、ヴィータは珍しく動揺した。
「ちょ、ちょっとまて。そんなスキルあたしは聞いたことないぞ」
「ああ、これは以前頓挫して放置されてた術式を自分が完成させたものなので、正式に管理局には報告してませんから。・・・そうだな、じゃあ教えますよ。ヴィータ副隊長ならコツさえ掴めば、すぐ使えますよ」
ヴィータは驚きのあまり、口をポカーンと開けたまま近藤を見つめる。
「・・・おまえ、本当に『あの時』の近藤大輔か?8年前のおまえはただの隊員ていうイメージしか無かったぞ?」
ヴィータはおもわず疑いの目を向ける。当然だろう、一般的な陸士隊員が久しぶりに会ってみれば、自分の知らない反則気味のスキルを使えるという。疑うのも無理はない。
見た目も180度変わってるし。
「まあ、時間はたっぷりありましたからね。暇だったんですよ」
「ぐっ!」
カウンター気味に近藤の自虐ネタが飛んできて、大ダメージを受けてしまいヴィータは胸をおさえよろめく。
「それに、自分はそういう魔力循環機能なんかの細々した事を考察、研究するのが好きですから」
「・・・そうか。」
とりあえず、ヴィータはこれ以上聞くと洒落にならないダメージを受けると判断し話を打ち切った。
「はーい、整列!じゃあ、今日の朝練はこれで終了!」
ヴィータは近藤とかなり話し込んでいたようで、なのはの訓練終了の声でビックリしていた。
「あ、もう終わったのか?じゃあ近藤行くぞ」
「了解しました。ヴィータ副隊長」
ヴィータは少し焦ったように近藤に言い、それに従う近藤はなのは達の所へ向かった。
「どうでした?近藤さん。四人の動きは?」
なのはは近藤にフォワード四人の出来を聞いた。四人共砂やほこりまみれのボロボロの姿で近藤を見つめる。近藤は先程書いていたメモを見ながら、総評を述べた。
「そうですね、これは全員に言えることなんですが、デバイスに意識が行き過ぎでいるので、魔力バランスが不安定ですね」
一度言葉を区切り、ひとりひとりの評価へ移る。
「ティアナ・ランスター二等陸士は、まだデバイスに慣れていないのか少し動きがぎこちなかったですが、全体を注意し冷静に的確な指示を出していたので素晴らしい指揮だったと思いますよ」
ティアナは賛辞を受け、少し照れる。まさかこの『鬼教官×100倍』みたいな非人間のような、まさに『鬼』のような男に好評価を受けるとは思わなかったのだろう。
「ありがとうございます!」
褒められてうれしくないはずはなく、少しにやけながら敬礼した。
「スバル・ナカジマ二等陸士は動きが大雑把で、無駄な動きが多いですね。あまり考えずに行動し、力に振り回されているという感じがしました。もう少し状況の把握、予測をし動きをコンパクトにした方がいいでしょう。とはいえ、あのパワーと瞬発力は目を見張るものがあります。これからも研鑽をつめば素晴らしいアタッカーになるでしょうね」
スバルも最初こそ欠点をズバズバ言われてへこんでいたが、長所を褒められて満面の笑みになる。
「ありがとうございます!!」
げんきんなもので、勢いよく敬礼をした。
「エリオ・モンディアル三等陸士とキャロ・ル・ルシエ三等陸士は先の二人より経験値が足りないのか、全体的に未熟さが目立ちました。指示待ちで判断に迷って行動が遅れる所が何度か見受けられましたが、そのあたりは日々の訓練で解消されるでしょう。しかし、エリオ・モンディアル三等陸士の攻撃力はとてもBランクとは思えないほどの突貫力ですね。思い切りもいい。キャロ・ル・ルシエ三等陸士のサポートも中々でした。召喚獣との連携もよかったです。それと、二人は相性がいいのでしょうね、お互いを助け合うという気持ちが伝わってきました。その気持ちを忘れずに、これからもお互いを助け合っていけば、素晴らしいコンビになるでしょう」
エリオとキャロは欠点については自覚していたので素直に受け止め、さらにそこから褒められたことに頬を染め、恥ずかしそうに敬礼した。
「あ、ありがとうございます!」
キャロも、近藤の眼帯と筋肉に見慣れたのか、それとも褒められたからか、いつの間にか怖がることも無くなっていた。
そしてずっと黙っていたなのはとヴィータは、近藤のフォワード達の総評に目を丸くした。一度の訓練の、所見でしかもあの短時間で、長所と短所をキチンと見分けていたのだ。
「おまえ、スゴイな・・・」
ヴィータの素直な感想に、なのはは頷くしかなかった。なのは自身、たしかに近藤に話を振ったが社交辞令程度の評価をすると思っていたのだ。しかし、まさかここまで深くコメントをくれるとは思っていなかった。
「相手や周囲を観察し、状況を把握し、情報を整理する。そしてそれをもとに対策をたてる。基本ですよ、別に褒められることではありません。経験と年月を積めば誰でもできます」
当然とばかりに返されたので、「はぁ、そうですか」と言うしかなかった。
そうして最後は変な空気が流れ、近藤の顔見せと朝練は無事終了したのだった。