魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版   作:阪本葵

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第7話

 

 今現在、近藤はヴィータに連れられて隊舎の外を歩いているが、なのはは近藤の後ろを歩いており、一度も近藤を見ようとせず俯くばかりである。

 とりあえず、ついて来いと言われたので素直について来ているが、ヴィータとなのはは隊長室を出てから一言も口を開いていない。

 

「あの、隊舎の案内では?」

 

 近藤がもっともな質問を投げかける。はやてが言ったオリエンテーションにより、機動六課隊舎の案内をヴィータとなのはが買って出たのだが、ついて来いと言われてついていったら隊舎外に出てしまったのだから、当然の疑問である。

 すると近藤の前を歩いていたヴィータは、近藤の方を振り向かずにこう言った。

 

「今から空間シミュレータに行って、フォワード連中におまえを紹介する。案内はそのあとだ」

 

 どうやら、先に部隊の部下への挨拶を済ませようということらしい。納得した近藤は、了解しましたと簡素に答えた。

 しばらく歩くとヴィータは急に道を曲がり、ちょうど建物と建物の間に差し掛かったところで、突然歩みを止めた。立ち止まるが振り向きもせず微動だにしないヴィータに、近藤は不審に思い声をかける。

 

「ヴィータ三尉?」

 

 尋ねると、わなわなと震え始めたヴィータがバッと勢いよく近藤の方へ振り向き、急に頭を下げた。

 

「すまなかった!近藤三等陸尉!」

 

 近藤は突然のことでビックリする。当然だろう、何の脈略もなくいきなり腰を90度折り曲げ頭を下げてきたのだから。なのはは近藤の後ろでヴィータの姿を見て今にも泣きそうな顔をしている。

 

「ど、どうしたんですか、いきなり?」

 

 近藤はただ戸惑うばかりである。

 

「・・・8年前、お前はなのはを助けてくれたのに、あたし達はお前を救ってやれなかった!全てあたしのせいだ!気の済むまで、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」

 

 ヴィータがそう言うと、慌ててなのはがヴィータに駆け寄り庇うかのようにヴィータと近藤間に割り込んだ。

 

「違うよ!ヴィータちゃんのせいじゃない!私が悪かったの!」

 

 そこで一旦言葉を区切り、なのはは近藤に向き直りゆっくりと目を合わせる。

 

「近藤・・・さん・・・」

 

 なのはは震え、言葉も喉から思うように出てこない。

 急激に喉が渇き始め、カラカラになる。

 思考が纏まらない。

 

 一体、自分は何を言いたいのか。

 

 目の前の命の恩人に。

 自分のせいで人生がメチャクチャになった人に。

 

 謝りたい。

 

 本当なら隊長室ですぐに謝りたかった。

 でも声が出なかった。

 震えが止まらなかった。

 見ることができなかった。

 ごめんなさい。

 私のために怪我をさせてごめんなさい。

 私のせいで罪を被せられてごめんなさい。

 私のために、私のせいで・・・

 

 だが謝って何になるというのだろうか?すでに近藤は自分のとばっちりで人生をメチャクチャにされたのだ。過ぎたことに対し謝ることに意味があるのだろうか?それに謝ったところで許してもらえるはずがない。今更謝るという行為は、なのはにとってただの自己満足であり、自分が謝ったという心の救い、免罪符を手にしたいだけではないのだろうか?

 そう考えると、言葉が喉までせり上がりながらも口から声として発せなくなる。

 

「わ・・・たし・・・」

 

 口を開こうとすると、涙が出てくる。関係ない言葉は出てくるのに謝罪の言葉だけが出てこない。

 なのに代わりに涙が溢れてくる。止まらない。言いたいことがいっぱいあるのに、言葉は出ずに、涙が流れるばかり。ただ泣くだけ。

 女の涙は武器だという。男は女の涙に弱いと兄や父が言っていたことをなのはは思い出した。

 

 最低だ。

 意図せず自分は男が弱いという武器を晒し、相手に罪悪感を与えてしまっている。これでは、『自分は悪くない。近藤の自業自得で処分を受けたのだ。こんなことで何故私が心を痛めなければならないのか』とでも言っているようだ。

 私は最低だ。

 

 もうなのははまともな思考すらできず、ただただ震え、涙を流すだけであった。

 

「なのは・・・」

 

 ヴィータはそんななのはの姿を見るしかないかった。なのはは自分で罪を償おうとしている。自分で、自分から。

 

 ヴィータは知っている。

 

 この8年間、なのはは苦しみ続けていたことに。フェイトやはやても気づいてはいたが、自分たちはただ横に立ち支えるしか出来なかった。

 あの事件の真相は闇の中、関係局員全員に箝口令が敷かれた。それはなのはとて例外ではない。8年前にリンディから厳命されたのだ。

 

「また空を飛びたければ、この事は誰にも話さないこと。それができないのであれば管理局から、魔法から離れ元の普通の生活に戻りなさい」

 

 魔法から離れろ。

 

 つまり、二度と空は飛べないということ。

 

 この言葉はなのはにとって拷問のような言葉だった。

 

 ―――結果、なのははリンディの言葉に従い、事件について一言も口にしなくなった。

 

 なのはは、近藤の人生と自分の夢を天秤にかけ『夢』を取った。まあ、実際なのはが声高に真相を訴えたところで、与太話として皆信じないだろう。

 

 逆に、なのはが近藤をかばっているという認識が周囲に印象付けられ、なのはの言葉など誰も耳を貸さず、近藤の印象はさらに悪くなる。

 事実、管理局が発表した捻じ曲げられた事の顛末によって、近藤の評価は最低最悪になった。さらに色々な噂が尾ひれがつき、近藤とは関係ない不祥事や黒い噂さえ近藤のせいとして誤認識され、近藤という人物を最低人間へと変えていったのだ。

 なのはは近藤のそういった噂を聞くと、くちびるを噛みしめ、爪が食い込み皮を突き破り血が出る程拳を握りしめ心に刻んだ。そして一人で、誰も見ていないところで涙を流した。ヴィータはそんな姿をただ見ているしかなかった。ヴィータ自身も近藤のそういった噂を耳にするといい気分にはならなかったし、悔しい気持ちになったからだ。

 人知れず心を痛め、一人泣いているなのはの事を、親友であるフェイトとはやては当然知っていた。だが、二人は何故なのはがそこまで心を痛めるのか理解できなかった。一体誰に何に対して心を痛め泣いているのか?なのははそれについて一言も二人に口にしなかったのだから。頑なに、貝のように。だから、ふたりはただなのはを傍で支えるしかできなかったのだ。

 

「わた・・・し・・・は・・・」

 

 なのははもう顔を上げていることもできず、近藤の顔を見ることができず俯く。そしてポタポタと地面になのはの涙が斑点を作っていく。

 

「・・・」

 

 近藤は目を細め、なのはとヴィータを無言で見つめていたが、しばらくするとフーッと一つ息を吐いた。

 

「高町一尉、ヴィータ三尉」

 

 近藤の、感情のこもっていないように聞こえる声に、なのはとヴィータはビクッと体を震わせる。

 

「とりあえず、落ち着いて話をしましょう」

 

 そう言いながら、ポケットからくしゃくしゃに皺のはいったハンカチを取り出し、なのはに渡す。

 

「何か飲み物でも買ってきましょう。えーと、自販機は・・・」

 

 そう言いながら周りをキョロキョロしていると、ヴィータが飛び跳ねるように手を挙げた。

 

「あ、あたしが買ってくる!お前等、ここに居ろよ!」

 

 そう言うや、ヴィータは風のごとく走っていった。

 

「じゃあ、こちらでヴィータ三尉を待ちましょうか」

 

 そう言ってなのはに近くのベンチに座るように促し、なのははおぼつかない足取りながらも素直にベンチに座り、近藤から渡されたくしゃくしゃのハンカチを握りしめ、俯いている。

 

「ああ、そのハンカチはちゃんと洗ってますから。ただ乱暴にポケットに入れたせいでくしゃくしゃになってるだけですから」

 

 近藤が場の空気を和ませるようにジョーク交じりに喋るが、なのはは俯くばかりで全く反応しない。時々、なのはから嗚咽や鼻を啜る音が聞こえる。

 近藤は小さくため息を吐きなのはの横に座り、なのはの方を向かずにただ前を見て、静かに語りだす。

 

「高町一尉、今更ですが、自分は8年前の事件の事について、なんら後悔はしていません」

 

 その言葉に、なのはは顔を上げ近藤の横顔を見た。それを感じながらもなのはを見ず、近藤は言葉を続ける。

 

「確かにあのとき、辞令を言い渡されたときは納得できませんでした」

 

「あ・・・う・・・」

 

 なのはが何か口にしようとするが、やはりうまく声が出ない。また視線が揺れ涙を浮かべるなのはに対し近藤は、しかし、と言葉を遮られた。

 

「高町一尉は、戦技教導隊であの出来事を糧に後輩魔導士の育成を行い、二度とあのような事が起きないように、皆に自分と同じ苦しみを味わわせないために指導しておられるのでしょう?」

 

 そう言いなのはに向けた顔は、確かに近藤自身が言った通り、後悔はおろか怒りや悲しみなど感じない、穏やかな表情をしていた。なのはは近藤の顔を初めてしっかりと見てグッと声を詰まらせる。

 確かに見た目、顔の右半分が隠れるほどの大きな眼帯と、鬼かと思わせるような盛り上がった筋肉は身を引いてしまいそうな恐怖を感じてしまう。そもそも、なのはの記憶の中に残る近藤とはかけ離れている。

 しかし、目はあの8年前と同じだった。優しげな、曇りのない黒曜石のような瞳だけはまったく、いやむしろ8年前より透き通っていて、すべてを見透かされているような感覚に、なのはは思わす息を呑んだ。

 

「・・・っ、は、はい」

 

 なのはは近藤の雰囲気に呑まれていたことに気付きハッとすると、短く返事をした。すると近藤はニコリと笑いかけこう言った。

 

「過ちを犯すことが罪ではありません。その後ただ悔い、罪に目を背け、何もしないことが罪なんですよ」

 

 その言葉が、なのはの心を優しく癒していく。

 

「高町一尉、あなたはキチンと失敗を糧にして前に進んでいる。それだけで、自分は満足です」

 

 なのはの曇っていた心が晴れていく。近藤はなのはの前にゆっくりと左手を出し、握手を求めた。

 握手の意味、それは―――

 

「自分は高町一尉を赦します」

 

 なのはが一番聞きたかった言葉。自分への救い。それが『赦す』という言葉。誰にも話すことができず、普段は顔にも出さず、だが近藤の誹謗中傷を聞く度に陰で唇をかみ、涙を流し続けた8年。何もできず、無力な自分を悔い、自分の夢を優先した傲慢で汚い選択。悔いしかなかった事件。

 許されることではない。それが自分のあずかり知らぬところで決められた大人の都合だとしても、すべての責任は自分にあると、なのははずっと心に、魂に刻んでいたのだ。

 だが、この一言で、救われたのだ。

 忘れてはいけない。この痛みを。この悲しみを。

 

 でも、いまだけは・・・

 

 なのはは出された近藤の左手を涙で歪む視界で確認すると、ゆっくりと両手で包み込むように取る。

 そして、ダムが決壊したかのように涙が溢れ顔をくしゃくしゃにして、子供のように泣いた。

 

「う・・・ううっ・・・うあぁぁっ・・・っ!」

 

 それは、いままでの苦悩を全て吐き出すようで、両手で包むように握った手に頭を寄せ流れる涙が手を濡らす。

 

「ごめん・・・なさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・!」

 

 なのはは何度もごめんなさいと言い泣き続け、近藤はそんななのはを無言で受け止めていたのだった。

 

 

 

 

 今ヴィータは焦っていた。

 両手に缶コーヒーを3個抱え全力で走ってなのはと近藤のもとへ向かっている最中であるが、それはもう焦りまくっていた。なにせ、飲み物を買いに行くと言ってすでに15分は経ってしまっているからだ。

 

(ちくしょー!なんで近くに自販機がねーんだよ!?結局隊舎の中まで戻っちまったじゃねーか!)

 

 自分が買いに行くと言った手前、どうしても買わなければならないとあちこち探していたら結構な時間が経っていて、急いで戻るハメになったのである。

 ヤバい。

 何がヤバいのか。

 もし、近藤が8年前のことに恨みを持っていて、キレてなのはを殴っていたりしたら、ただ事では済まない。絶対フェイトあたりに殺される。

 本来ならそんなことありえないし、考えもしない。

 しかし、しかしだ。あの外見がその最悪なシナリオを連想させる。ヴィータは部隊長室での近藤の紹介の際、近藤の登場にビックリしたが、あの外見にもビックリしていたのだ。

 

(ありゃその気になれば、素手で熊を殺せるかもしれねぇ。ていうか8年前の面影が微塵もねー)

 

 このヴィータの推論、実は的外れなことではない。実際、近藤は小型の龍種(2~3メートル)くらいならば苦も無く素手で殺せるのだ。これは左遷された世界でのサバイバル生活の賜物であり、これが近藤の肉体を鬼のような筋肉に仕上げる要因ともなっているのだが、今は関係ないことだろう。

 それはともかく、そんな失礼なことを考えていたら、ようやくなのはと近藤が座っているベンチにたどり着いた。

 

「わりい!遅くなっちまった!」

 

 そう言いながらヴィータはなのはと近藤が座っているベンチに近づく。

 

「あ、ヴィータちゃん。おかえり」

 

 なのはが普通に出迎えてくれる。

 

「・・・え?」

 

 ヴィータはなのはの顔を見てビックリした。目元と鼻は先程まで泣いていたせいで赤いが、顔の表情が何か憑き物でも落ちたかのようにスッキリした顔をしている。

 

「お、おい、なのは。へ、変なことされなかったか?」

 

 何かとても失礼な物言いをするヴィータになのはは苦笑するが、まあ言いたいことはわかるのでスルーした。

 

「ヴィータ三尉、自分を何だと思ってるんですか?」

 

 近藤はジト目でヴィータを見る。

 

「まだ何もしていません」

 

「まだってなんだ、まだって。いや、まぁ、その・・・なんだ、スマン」

 

 素直に謝るヴィータになのはは少し驚きつつ、クスッと笑う。

 

「ヴィータ三尉、自分は高町一尉の謝罪を受け、和解しました。あなたも、もうあの事件の事は気にしないでください」

 

 そう言う近藤を、ヴィータは目を大きく開き見て、すぐに隣のなのはに顔を向ける。するとなのはコクンと小さく頷いた。

 

「そ、そうか・・・そうか!よかった、よかった!!ホントに・・・よかった・・・!」

 

 ヴィータは少し涙ぐんで、一人ウンウン頷いて事の解決に喜んでいる。

 

「高町一尉の今穿いているパンツ一枚で手打ちにしました」

 

「えっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 至極真面目な顔で近藤はとんでもないことを言ったので、驚く二人。

 

「ホントか!?なのは!?」

 

 まさか本当にそんな卑猥な取引をして赦してもらったのかと、ヴィータは焦った風になのはに聞き返すが、当のなのはは目を剥いておもいっきりブンブンと首を左右に振っている。

 

「嘘です」

 

 その言葉にヴィータは呆れ顔、なのはは苦笑した。

 

「おまえな・・・」

 

「セクハラですよ、それ」

 

 セクハラは社会的問題である。パワハラも同じであるが、この手の認定は相互の思想や一般常識が絡むのでなかなか無くならない。そしてこれらが社会で認定されると罰が与えられる。降格、異動、最悪解雇や悪質なものは逮捕までされる。

 二人が近藤をそう諌めるが、当の近藤はどこ吹く風、はっはっはと笑い飛ばした。

 

「はっはっは。自分はこれ以上落ちることもありませんから、平気です」

 

「うっ!?」

 

 グッサーと胸に刺さる近藤の自虐ネタに二人は胸を押さえる。

 

「さあ、仲直りもしましたし、改めてよろしくお願いします。高町隊長、ヴィータ副隊長」

 

 差し出された近藤の左手を見て、なのはとヴィータはお互い顔を見合わせ、再び笑いながらその手を取った。

 

「よろしくお願いします、近藤副隊長!」

 

「頼むぜ、近藤副隊長!」

 

 朝の清々しく澄んだ空気と共に、空は雲一つなく晴れ渡り、新たな『今日』、希望溢れる『今日』が始まる。それはなのは、ヴィータそして近藤の心象を表しているようだった。

 

 

 

 

 その頃、空間シミュレータ訓練場では新人フォワード四人がなのは達を待っていた。

 

「ねーティア、なのはさん遅いねー」

 

「そうね。てコラ、スバル!座ってないで準備運動でもしときなさいよ!」

 

「何か急な用事かな?キャロはどう思う?」

 

「うーん、そういうことがあれば、すぐに連絡入れてくれると思うんだけど、でも私もエリオ君と同じ意見かな?」

 

 なのは達は訓練をすっかり忘れていた。


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