魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 作:阪本葵
「え、えっと・・・転属って言いました?」
シャーリーは頬をヒクつかせて聞き返す。
「はい。そうです」
男は当然と言わんばかりに答える。シャーリーは自分の耳がおかしくなったのかと、耳を指で穿る。
「あ、明日からウチに来るんですか?」
耳を穿る手を止め、シャーリーは変な汗をかいた。それこそ滝のように、とめどなくドバドバと。
「はい。そう言いましたが?」
短く答える。男は、何を言ってるんだ?という顔をしている。シャーリーはその顔を見て「幻聴」ではないと確信した。
「・・・ちょっ、ちょっと待って下さい!今、隊長に確認をとりますから!」
シャーリーは慌てて確認をとるため八神はやてを呼び出す。しばらくしてシャーリーの前にウィンドウ画面が展開し、少女の顔が映しだされた。
栗色のショートに切り揃えた髪に、クリッとした大きな瞳が特徴の、人当たりがよさそうな、いわゆる美少女を呼ばれる分類に入るであろう少女。彼女こそが機動六課の部隊長たる、八神はやてである。
『ん?なんや、シャーリー。なんか報告か?』
八神はやては、年相応の可愛らしい笑顔でにこやかに微笑み聞く。
「あの・・・実はですね・・・今ですね・・・明日から転属してくるって言ってる人が・・・ですね・・・八神隊長に挨拶をしたいと言ってましてですね・・・」
シャーリーはしどろもどろに報告する。報告しながらも彼女の背中は緊張で大量の汗が噴出しておりぐっしょりしていた。
(お願い!嘘だと言って!私こんな怖そうな人と仕事できない!)
とんでもない理由だが、彼女なりに必死なシャーリーは目を閉じ、心の中で祈る。しかし、神様とは残酷なものなのだ。
「ん?・・・ああ、もう来たんか?了解や。隊長室に通してあげて」
シャーリーは、ガラガラとなにかが崩れていく音を聞いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いま、隊長室にははやて、リイン、シャーリーと転入者である男の4人がいる。
全員無言だ。
そして空気が重い。
はやては顔を引き攣らせ、男のある部分、眼帯を見ている。リインは涙目になって、はやての背中に隠れて男の眼帯を見ている。シャーリーは顔が青く、やつれ、メガネがずれつつも男の眼帯を見ている。
対して男は直立不動ではやてを見ている。はやては一瞬、どこの海賊さんですか?と口にしそうになり、慌てて自分の手で自分の口を押えた。
はっきり言って怖い。
どこが?
当然、眼帯と体格だ。
管理局の地上局員が着ているブラウンの制服を纏っているにもかかわらず、その体格はまずお目にかからない程の筋肉質。身長自体180センチ程であろう、平均男性より少し大きめ程度なのだが、その鎧と見間違えるほどの筋肉が、より体を大きく見せ相手に圧力をかけ、さらに眼帯というこれまた滅多に見ないアイテムをより迫力あるように演出させ恐怖心を煽る。よく見れば、優しそうな目をした親しみのある顔なのだが、顔の右半分を覆う眼帯がそれを認識させない。というか、全員そんなにじっくり彼の顔を観察する余裕などないのだ。この空気をなんとかせねばと、はやてがよしと気合を入れ口を開く。
「えー・・・と、どちらさん?」
言葉がだんだん小さくなっていくのはご愛嬌として、とりあえず名前がわからなければどうにもならないと、右手の平を上にして手を男に向け、喋ってくださいと促す。
「はっ!自分はダイスケ・コンドウ三等陸尉であります!八神はやて二等陸佐殿!」
ビシッと音が聞こえそうな敬礼をして、大音量で返ってきた。あまりの大音量に部屋の空気が揺れ、はやてはビクッと体を硬直させ、リインとシャーリーは「ヒィッ」と悲鳴をあげてはやての背中に隠れる。はやては後ろから服が引っ張られ、痛い痛い破れる破れると呟く。
「あ、あー・・・こ、声が大きいんは結構なんやけど、もうちょいボリューム下げてくれません?それと楽にしてください」
後ろの二人も超ビビっとるしな、と心の中で付け足し、はやては両の手の平を水平にし、上下に動かし、音量を下げさせるジェスチャーをする。はやて自身もビビッていたのだが、ほかの二人が自分よりビビッており、それを見て逆に冷静になっていく。
「はっ。申し訳ありません」
音量を下げて謝罪し、休めの姿勢をとる近藤。その姿を見て、皆次第に気持ちが落ち着いきたのだろう、このダイスケ・コンドウという男を観察する。
(・・・なんや、よう見たら優しそうな顔しとるやんか。筋肉と眼帯で台なしやけど)
(・・・よく聞いたら、優しそうな声してるです。筋肉と眼帯のインパクトのせいで気がつかなかったです)
(よく見たら、すごく礼儀正しい人だなー。筋肉と眼帯のせいで最初の印象最悪だけど)
それぞれの感想が、すべて筋肉と眼帯のせいになっていた。そして大分落ち着いたのか、思い出したかのように、はやては近藤に質問する。
「あ、それでやね、えー、コンドウさんのことやねんけども」
「はい?自分が何か?」
「ああ、そんな畏まらんでええよ。コンドウさんの方が私より年上やろうし」
たしかに、近藤は26歳ではやては19歳。年はかなり離れている。しかし、近藤はそれを是としない。
「いえ、年齢は関係ありません。部下が上官を敬うのは当然のことです」
なんとも取り付くしまもない返答である。はやては苦笑し、とりあえず辞令の不備について聞くことにした。
「まあ、ええわ。それで早速なんやけど、レジアス中将からの辞令なんやけどコンドウさんの事一つも書いてないんよ。レジアス中将に限って書類不備なんてそんなミスするとは思えんし、なんか知ってはるかなー、思てね」
近藤は、はやての言葉に少し考えた風の格好をし、一つの可能性を導き出した。
「おそらく辞令を作成した局員のミスでは?レジアス中将は指示するだけでそういう書類を作成するのは人事課ですからね」
はやては、なるほどと感心した。だが、そういう書類の不備もレジアス中将のミスとなりえるのだから、一概に人事課の局員にミスを擦り付けるのもよくない。はやてのそんな考えが透けて見えたのか、コンドウがレジアス中将に報告しておくと共に、自身の書類を提出するということでこの件は終わりとなった。
「うん、今のところはこんなところかな?」
近藤に異動の手続きをさせ終わり、はやては書き込まれた大量の書類を確認する。
「じゃあ、正式な異動は明日からやから、今日は宿舎に戻って荷物の片付けとかしといたらええわ。明日は隊長達とのミーティング時に顔見せするから、少し早くココに来てくれるか?」
「了解しました。八神二等陸佐殿」
近藤はまたもやビシッと音が聞こえそうなほどのキレのある敬礼をする。
「堅苦しいなー」
はやては近藤の態度に溜息をつき、指を眉間に持っていく。はやての横でリインとシャーリーもうんうんと頷く。
「あのな、別にタメ口にしろとは言わんから、もっと柔らかくならん?」
「善処します。八神二等陸佐殿」
ブレることなく真面目に返す近藤に対して、はやては眉をピクリと動かす。近藤の態度が気に入らないようだ。
「コンドウさん、ここは機動六課やねん。だから、私のことは二等陸佐やのうて、隊長言うてくれる?」
「了解しました。八神隊長殿」
近藤の四角四面な返答に、はやて、リイン、シャーリーの三人は口をへの字にして、近藤を見た。
「うーん・・・なんやろう、なんかバカにされとる気がする」
「リインもそう思うです」
「私も・・・」
真面目に答えたのに、三人のあまりの捻じ曲がった受け取られ方に真面目な近藤は慌てて訂正する。
「いえ、決してそんなことは!」
両手を前で振りながら弁解する姿に、はやてはクスっと笑い、なんや、かわいいとこあるやんかと思いつつ、冗談だと言った。それを聞いた近藤は、ホッと胸を撫で下ろし、そんな姿に三人はそれぞれ笑みを浮かべる。
「じゃあ、さっきも言ったけど、他の隊長や隊員への挨拶は明日するいうことで、今日は終わりにしよか」
「了解しました。それでは、失礼します」
近藤は再び敬礼をして隊長室を出ていった。
近藤が部隊長室を出ていき、程なくしてシャーリーも仕事にもどって行った。現在部隊長室には、はやてとリインしかいない。
「・・・なあ、リイン?」
「なんですか?はやてちゃん 」
「・・・ホンマにあの人が監視者なんやろうか?」
首を傾けて呟くはやて。
「考え過ぎだったですかね?」
リインも首を傾ける。近藤はっきり言っては容姿が目立ち過ぎており、監視などには全然向いていない、とはやては思う。監視は目立たず、影から覗き人の良いところ、悪いところを報告するのが仕事だ。はやてにはどうも、近藤が影でコソコソしている姿が想像できない。それに、とはやては思う。
(なんやろうか、あの人と話してたらホッとするねんな・・・)
近藤から改めて提出された自身の書類を眺めるはやて。
そこには「ダイスケ・コンドウ」という名前の横に「近藤 大輔」という地球の漢字で書かれており、懐かしの文字を使った名前を発見したはやては、少し驚いた。
(あのひと地球出身・・・しかも日本かいな・・・また何やら運命というか、皮肉というか・・・)
いつの間にか夕焼けが部屋に差し込み、白い部屋がオレンジ色に染め上げられ、座る椅子にもたれかかり傾く太陽を窓から眺め思うのだった。
近藤は宿舎に向かうため一人で歩いている。
「(どうだった、会話を聞いてみて第一印象は?)」
前を見て歩きながら、見えない相手に念話で聞く。
《(うーん、なんか頼りない感じかな?)》
オブラートに包み隠すということを知らないストレートな答えが返ってくる。
「(仕方ないさ。八神隊長はまだ19歳、捜査官をしていたから多岐にわたる仕事の経験は多いながらも人生経験は浅い。それに、あの融合機も生まれてそう日にちが経っていないみたいだしな)」
《(お子ちゃまなの!)》
「(いや、実際の稼働時間で見たらお前の方が年下だからな)」
元気よく返す女の声に、にべもなく返す。それが気に触ったのか、子供扱いされたことに腹が立ったのかプンプン怒り出した。
《(むー!むーむーむー!ひどい侮辱なの!はつげんのてっかいをよーきゅーするの!)》
両腕をブンブン振り回し、頬を膨らましている姿が容易に想像できたので、そういうところが子供なんだと、つぶやく。
「(さ、そんなことより、宿舎に行って、荷物整理が終わったら夕食を食べにいくぞ。なにが食べたい?)」
その言葉に先程の怒りも何処へやら、元気ハツラツな声でこう言った。
《(ケーキ!)》
「(・・・夕食って言ったよな?)」
近藤は呆れるように聞き返す。
《(パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない!昔の偉い人の有り難い言葉なの!スバラシイ言葉なの!)》
「(・・・肉にするか)」
軽くスルー。
《(肉!お肉!賛成!霜降り!カルビ!マトン!食べ放題なの!)》
・・・マトン?
「(その後で、シュークリームを買いに行くか)」
《(やった!シュークリーム!30個ね!)》
・・・10個増えてる。
「(そうと決まれば、さっさと部屋を片付けるぞ)」
《(りょーかいなの!)》
近藤は、脳に響く元気な声と共に宿舎に向かったのだった。
―――その夜
《いたいー、おなかいたいー、流石に80人前はやりすぎたー。胃薬ー》
とかなんとか言う女の泣き声が宿舎から聞こえたとか。