魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 作:阪本葵
近藤ははやてによって言動の矯正を受け、強制的にだが多少話し方を柔らかくさせられた。その様子を見ていたシグナムは、別に矯正しなくてもいいのに、と一人ブツブツ言っていたが、はやては無視した。
「ああ、年上の男の人、しかもコワモテゴリマッチョをこんなに心置きなく怒れるって・・・私の中で何かが目覚める・・・癖になりそうや・・・」
はやては近藤の矯正中に、何か新しい自分を見つけたようでとんでもないことを口走る。恍惚とした表情で危ない発言を口にし近藤を叱る姿に、皆一抹の不安を覚え黙ってしまった。
リンディとはやて達の話が終わり、各々仕事に取り掛かるため近藤ははやてと別れ、フェイトとシグナムと共に隊員オフィスへ向かい、ライトニング隊でのデスクワークについてあれこれ説明を受ける。
時間が経つのは早いもので、そうこうしているうちに時刻は16時に差し掛かろうとしていた。
「もうこんな時間か。さて、要領はわかったな?」
「はい、大丈夫です」
シグナムは近藤に説明をし、確認を取ると近藤は質問もなく頷く。
「それでは近藤、私と副隊長の仕事を振り分けるぞ」
「わかりました。シグナム副隊長」
はやてによる矯正はあまり実らなかったようだ。
「隊長、そちらの仕事もこちらに回すように。いいな?」
「あ、はい」
隊長のフェイトが副隊長のシグナムに指示されている。
フェイトは何でもかんでも自分一人で抱え込み解決しようとする傾向がある。これはなのはやはやてにも言える事なのだが、自分でできる範囲であるならばそれでいいのだが、明らかに許容量を超える仕事量でも一人で解決しようとするのである。だからシグナムのように周囲の人間が無理やり負担を減らすように気をまわしているのだ。
フェイト達3人も周囲が気遣いをしてくれているのはわかっているし、自分が許容量を超える仕事を抱え一人で解決しようとしているのもわかっているから、頼ろうとは思っているのだが、いかんせんこれは根っからの性格のようなものでなかなか直せないものなのだ。
「テス・・・フ、フェイト隊長、どうかしましたか?」
ぎこちない近藤の喋りに横で見ていたシグナムは苦笑する。まだ言いにくいようだが、そこは慣れてもらうしかない。
「い、いえ、何でもありません」
フェイトは慌てて否定し、亀のように身を縮こまらせ畏まる。
「この分隊に配属されたからにはなるべくフェイト隊長の負担を減らすよう努力しますから、安心して下さい」
なんとも頼もしい台詞を吐く近藤にフェイトはさらに畏まる。
「ほう、いい返事だ。では今日はこれだけやってもらおう」
シグナムが近藤の言葉に満足そうに頷きそう言うと、軽快にキーボードを操作したと思ったら突然近藤の前の画面はズラーっとファイル名で埋め尽くされる。
「・・・えー・・・」
近藤は自分の発言に後悔した。
自分の目の前のモニタに展開される大量のファイルにため息をつく近藤をしり目に、フェイトとシグナムはちらりとアイコンタクトを取る。
「(テスタロッサ、あまり先程の統括官の話を引きずるなよ)」
「(う、うん。でも・・・)」
「(言いたいことはわかるが、近藤はそんな態度を望んでいないと思うぞ)」
「(・・・うん、そうだね)」
念話で話すフェイトとシグナムは、リンディの言っていた『真実』を思い出していた。
話は少し遡る。
「大輔君、少し彼女達と話がしたいのだけれど、席を外してくれるかしら?」
「わかりました」
近藤は敬礼しリンディに言われるがままに部屋を出ていった。
現在部隊長室に居るのははやて、フェイト、シグナムの三人と、モニタに映るリンディのみである。
「さて、先程のスパイのことにも関係する話をしましょう」
「関係する話?」
リンディの言葉に三人は身構える。
わざわざ近藤に席を外させるほどの内容なのかと、ゆるんだ空気がピンと張りつめた。
「まず、レジアス中将の事なのだけど、彼はこの機動六課のように一つのところに強大な力、特にあなたたち『エース』や『レアスキル持ち』が集まることをとても嫌う人なのだけれど、今現在彼は、『地上防衛兵器アインヘリアル』の生産計画を推進、建造しているわ」
「アインヘリアル?」
聞いたことがない名称が出てきてはやては首を傾げる。
「未だ正式発表はされていないけど、近いうちにプレス発表をする予定よ。万年人手不足の魔導士のような、個人に左右される平均的ではない魔力より、個人資質に左右されない大量の兵器こそが、地上を守る最も有効な手段である。そのコンセプトに基づいた兵器がアインヘリアルよ」
リンディの説明通りならば、確かにより安定した能力があれば、日々の安全を個人の資質によるムラが無くなり、一定基準で戦力を供給し成果を残せるのだから当然そちらの方が良いだろう。
「確かにレジアス中将は地上の守護者と言われてるし、その理念は管理局の永遠のテーマでもあるから、賛同する部分もあるわ。でも、結局は兵器。レジアス中将という『いち個人』が有する武力の範疇を大きく越えてしまうのよ」
「アインヘリアルとはそれ程のものなのですか?」
シグナムはリンディにアインヘリアルの戦力を聞いてみた。リンディは人差し指を顎に当て、んー、と考える仕草をとる。
「まぁ、一言で言えば、地上戦艦という言葉が一番合うかしら?」
地上戦艦という言葉に皆絶句する。
この単語に明らかに過剰戦力だと反応してしまうかもしれないが、しかしレジアス中将がそれほどまでに推し進めるアインヘリアルという戦力を保有せねばならない程地上の平和は紙一重なのだということなのだ。
「それで、近藤さんはアインヘリアルについての調査でレジアス中将のもとに?」
「ええ、アインヘリアル生産について裏の調査をね」
「裏、ですか?」
リンディの含みのある言い方にはやては眉根を寄せる。
「レジアス中将は色々と黒い噂が多いから、アインヘリアルも時空管理局とは別の組織に悪用される可能性があるの。だからその辺りの裏付けとなる政界や他組織とのパイプなどの物的証拠を調査してもらってたの」
「では、今回の近藤の機動六課への異動はアインヘリアルと関係が?」
近藤がアインヘリアルについての調査を行っていたところで機動六課への異動。なにか繋がりがあるのかと思うのは当然だろう。
しかし、機動六課はレジアス中将との繋がりなど存在はしないし、アインヘリアルなどという過剰戦力にも全く感知していない。
だが、もしかしたら自分達の知らない所で何かが水面下で蠢いているのではないか。そんな考えがよぎる。
表情が固まるはやて達だったが、しかしリンディはニコリと笑った。
「いいえ、全然関係ないわよ」
なんとあっさりとリンディは否定する。
「はぁ?」
はやて達は訳がわからない。
「これは最初大輔君にレジアス中将とアインヘリアルの調査を命じていたのだけど、その後もし大輔君に機動六課への異動があった場合、レジアス中将の調査は中断し違う人物に引き継ぐように、そして機動六課での指示に従うこと、と指示していたの」
はやて達はますますわからなくなる。しかしはやてはリンディの物言いに引っ掛かるものがあった。
「リンディ統括官は、レジアス中将が機動六課へスパイとして近藤さんを転属させることがわかっていたんですか?」
リンディの説明がそうとしか思えないとはやては眉間に皺を寄せ自分の考えをぶつけた。しかも、近藤が機動六課へ異動することが決定しているかのような、用意周到に綿密に計画したかのようなものが見え隠れしている感じがするのだ。
「まあ、遅かれ早かれレジアス中将は自身の息がかかった人間の異動か査察は行ってたやろうけど、どうもリンディさんは近藤さんが行くことがわかっとるような動きしてますね?」
はやては思っていたことを口に出してリンディに聞く。予想外に洞察力のあるはやてにリンディは素直に驚く。
そして同時にふむ、と考える。ひとつの要因は隠すほどの事でもなかったので簡単にネタばらしできるが、もう一つの理由を話すべきか悩む。
これはいわば管理局の汚点であり忌まわしき習慣でもある。これを暴露することにより目の前の次代を担う若き世代が、管理局に対し『負のイメージ』を持ち心変わりしてしまうのではないかという危険性もあるのだ。
だが、とリンディは考える。忌まわしき負の連鎖は断ち切るべきだと。近藤は報われるべきだと。せめて自分の知る仲間には真実を知ってもらいたいと。
リンディは表情にこそ出さなかったが、決意を持って言葉を紡いだ。
「そうねえ、まあ私が”そうなるように手回しした”ということもあるのだけど・・・」
リンディは一呼吸置き、先ほどまでの朗らかな表情とは打って変わって眉間に皺を寄せ表情を曇らせた。
「・・・みんな、8年前の出来事を覚えてるかしら?」
「8年前、ですか?」
はやてとシグナムは8年前に何かあったかなと過去を思い出していた、フェイトは8年前という言葉を聞いた瞬間、体を強張らせた。
「なのはがケガをした・・・」
フェイトの言葉に、はやてとシグナムはあっと声をあげた。
「そう、あの事件よ。あの時の詳細は省くけれど、なのはさんともうひとり、ケガをした隊員がいたのよ」
ここまで言われてはやて達は察した。今この説明をしているときに8年前の話題を出すのだから、察せないほど愚鈍ではないのだ。
「まさか・・・」
「そう、大輔君よ」
はやて達三人はリンディの口から出た名前に驚いた。予想はしていたがやはり実際にリンディの口から近藤名前が出てくると、構えていてもショックを受けてしまう。
「では、あいつが暴走行為を行い、高町にケガをさせたのですか?」
管理局が8年前に情報公開された内容を要約すればシグナムの言った言葉で終わる事件である。
”任務終了帰還中に遭遇したアンノウンに近藤が無謀にも突撃、その暴走行為により高町なのはが巻き込まれ重傷を負った”
すでに風化しつつある事件だが、シグナムは怒りを露わにする。大事な仲間を、自分勝手な行動によりケガをさせたということに。そして当時、自分にはなにも出来なかったと、なのはを助けられなかったと悩み苦しんだ仲間であり家族であるヴィータのために、シグナムは怒る。
「いいえ、違います」
「何が違うというのです?」
淀みなく即答するリンディの否定に、シグナムは怒りをこめて言い返す。
シグナムは怒りによって珍しく冷静に判断ができない状態だったが、隣でははやてが顎に指を乗せリンディの否定の意味を考え一つの答えを導き出さした。
「もしかして・・・隠蔽・・・ですか?」
はやては、なのはの8年前に負った痛ましい姿を思い出し心を痛めながらも、リンディに確認をとるように聞いた。
無二の親友であるフェイトとはやては忘れない。
あのときの、なのはのあの姿を、また空を飛びたいと地獄のようなリハビリを自身に強いた鬼気迫る姿を。
そして、なのはの絶望をただ見ているしかなかった自分たちの8年前を。
「なのはさんから聞いたの?」
はやてとフェイトは首を横に振る。実際なのはは当時の事件を一言も口にしなかった。貝のように頑なに口を閉ざし、皆の前では感情を一切表に出さなかった。
だからこそ違和感があったのだ。
たしかになのは人災によって自分に被害が及んだからといって、その当事者に対し仕返しをするだとか、悪口や陰口をたたくような人間ではない。だが、はやて達が気を遣っていたとはいえ、事件そのものをまるでなかったことのように不自然なほど口にしなかったし、その話題になりかけるとあからさまに話の方向を変えたり、その場から離れたりしていた。
そして、密かになのはが泣いていたことも知っていた。今思い返すと、それはある人物の悪口や陰口を聞いたときだった気がする。極力はやて達もその話題から離れるようにしていたし、人の悪口を進んで聞きたいとも思わなかったので、悪口を言われていた人物の名前は覚えていなかったが。
リンディは、なのはが「この事件を口にしないこと」という約束を守っていたことに安心し、同時に長年苦しめていたこと奥歯を噛みしめた。
「・・・はやてさんの予想通りです」
リンディは目を閉じ、吐き出すように真実を告げた。
「発表された事件の内容は管理局によって改竄されたものです」