女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
その日の夜、アキから召集がかかり、俺たち「ダリア連合軍」はアパートに集まっていた。
昼間にはいなかった女の子たちも集まり、昼間に増してアパートはにぎわっている。
ざっと数えて、30人はいるだろうか。
ポーカーフェイスを保ちながらも、俺は幸せに浸っていた。
ダイニングと二つの和室に、女の子たちがおしくらまんじゅうしている光景は、まさに絶景。
その絶景を堪能すべく、俺はギリギリアキが見える、六畳和室の一番後ろを陣取った。
「トーコ!」
玄関でキョロキョロしていたカレンが俺を見つけ、女子たちをかき分け俺に近づき、そして離れないよう腕をからめてくる。
ああ、神様。
ありがとうございます。
これ、ずっと妄想していたデートの待ち合わせシーンです。
ふと思う。
俺がトーコになったのは、やはりこのためだったのだろうか。
花梨ちゃんを忘れよう忘れようとしていたことで、それが反動となりこんな世界に迷いこんでしまったのか。
考えてもムダなことはわかっているけど、いつかきっとここにいる意味を考えなければならない時が来るだろう。
その日のために、この記憶はしっかりと刻み込んでおかなければならない気がした。
とはいえ、今が一番幸せ。今この時が一生続きますように。
「トーコ」
その幸せなひとときをぶち壊す、ドスのきいた声がカレンとは逆隣りから聞こえた。
オカッパ鉢巻き、ハルだ。
ハルは小さな目をさらに細めて俺にじりじりと近づいてくる。
「結局、アキさんに言えなかったんだね」
「う、うん」
アキとはまともな会話すら交わせていないが
「人の言うことを聞くような人じゃないでしょ」
となんとなくそれっぽいことを言ってみる。
するとハルは意外にも
「そうなんだよね」
と神妙な面持ちでうなづいた。
ダイニングの中央にアキと園子が立ち、そこを取り囲むように女子たちが座っている。
豆電球ひとつだけともしたアパートは薄暗く、みんなの真剣な面持ちに影を落としている。
「ついにこの時が来た」
アキの声は小さく低いのに、よく通る。
「ここにいる人は全員、明日参加ということで、いいわね」
園子の淡々とした声に、女子たちは周りの様子をうかがいながらも、各々うなずいている。
ハルが俺の脇をつついたが、無視した。
この状況で物申す人なんて絶対にいないだろう。
嫌だと思ったら、抜ければいいんだから。
「あの!」
俺は「マジか」とため息をついた。
立ちあがったのは、ハルだった。
「トーコから一言あるようです」
ハルはそれだけ言うと座りこみ、俺のワキをガンガンこづいてくる。
俺は気づかないふりをした。
前傾姿勢になり、アキと目が合わないよう思い切り体を丸める。
しかし、
「トーコ。お願い」
というカレンのマシュマロのような声に、俺はつい立ちあがってしまっていた。
前を見ると、アキの冷たい視線とぶつかった。
恐る恐る周りを見まわすと、ほとんどが俺から目をそらしているが、5人ほど、俺を真っすぐ見つめてくる女の子がいる。
そんな視線を見ていたら、ハルがここまで俺に固執する理由が、なんとなくわかった気がした。
たぶん、トーコは密かに仲間たちに慕われていたのだろう。
俺の言うことだったら、もしかしたらアキに響くかもしれないと、ハルや、今俺を真っすぐ見つめている子たちは思っているに違いない。
しかし、俺は残念ながら花田透だ。
密かに慕われているような、トーコにはたぶんなれない。
「…特にありません」
これだけ言うと、脱力するようにその場に座りこんだ。
ハルの顔は、怖くて見れなかったが、しばらくすると隣りから人の気配が消えた。
恐る恐る隣りを見ると、ハルはどこかに行ってしまっていた。
誰かに頼られるなんて、そんな慣れないことは全力で避けたい。
たとえ俺がトーコだろうと、目立つようなことは絶対にしたくない。
安心してふとカレンに目をやると、カレンは見たことのないような顔で俺を見ていた。
今にも泣きだしそうな、いや、怒りだしそうな、潤んだ瞳で俺をじっと見つめている。
なんとも言えない恥ずかしさが、胸の奥底から湧き上がってきた。
しかし、どうすることもできない。
俺はただ目をそらし、ひざに顔をうずめた。
トーコ、俺はお前を恨む。
どれだけ慕われているかしらないが、俺のハードルをあげないでくれ。
誰にも期待されないから今まで息をしてこられたのに、これじゃムダに失望されるだけじゃないか。
「じゃあ、具体的な計画について、ロッカ」
園子が言うと、茶髪のくせっ毛を頭のてっぺんで無理矢理まとめた、ぽっちゃりとした女がアキの横に立った。
場違いにニコニコしながら、みんなを見渡してから一言。
「みんなごはん食べた?」
彼女の丸い声に、張りつめていた空気が緩む。
「腹が減ったら戦はできないから、お腹すいたら私に言ってね。食料はどっさり持っていくつもりだから」
「ご飯はあとでですよロッカさん。今は計画について」
今まで一番前で黙りこくっていた女の子が、茶々を入れる。
彼女はこの中でも、一番小柄だった。
チョコマカと動き回って、大声でその名を呼ばれていたからよく覚えている。
たしか「マツリ」という名前だ。
ハルと同じように、大きくてくりんとした目が印象的だけど、マツリの目はウサギやリスなんかの小動物のそれのようで、可愛らしさがある。
「はいはい。じゃあ、アキさんに任された計画についてお話しますね」
この二人が絡むと、なんだかさっきまでの空気があまりにも重苦しく感じる。
みんなの表情も、さきほどまでとは打って変わって明るいものだった。
「明日は、朝5時に学校集合です。来た人から、5階の階段にどんどん机やテーブルを積み上げてください。エレベーターは6時にスイッチ切っちゃうので、それまでには絶対に集合すること。警察や報道陣への呼びかけは、彼らが集まり次第屋上で開始です。その都度また声をかけますね」
まるで、小学校の先生が、遠足の前日に生徒たちに明日の確認をしているようだ。
「よくわかっていると思うけど、命の保証はありません」
ほんわかとした空気からは考えられないほどの、あまりの内容の重さに、俺は胃もたれを起こしそうだった。
「それから例の物理化学研究室のこと。今日アキさんたちが偵察に行ったようですが、やはりクロに間違いないだろうということでした」
女の子たちがざわつき始める。
俺はこっそりとカレンに「どういうこと?」と解説を求めた。
ほんの少し、俺に違和感を抱いているであろう表情を浮かべたものの、カレンは丁寧に教えてくれた。
マキナエがいたあの研究室には、国を背負う核兵器開発計画の計画書などが置かれているのではないか、というのがダリア連合軍の見解だという。
ロッカの父親は警視庁長官であり、ロッカたちには言わないが核兵器開発について詳しく知っているらしかった。
その父親が、「花巻女子大学で核兵器開発の研究が行われている」と明言しているのを、ロッカが聞いてしまったらしい。
「これも、伝えておきたい」
そう言って前に出てきたのは、椿だった。
ざわついていた女子たちは、水を打ったように静まり返る。
椿は一呼吸おいて、そして一気に話し始めた。
「私の父が研究者だということはみんな知っていると思う。父は、マキナエとまだ交流がある。そんな父が、言っていたことがある。『あの人が、世界を変えてしまうかもしれない』って。だからアキが言う通り、マキナエが出入りしているあの研究室に、研究資料がまとめられていることは間違いないと思う。もしかしたら核兵器の一部も。そうなったら警察や政府はこの大学に手を出せないはず。そして、私達の訴えも飲んでくれるはず」
静まり返った一同が、椿の言葉に合わせ力強くうなづいている。
「だからみんな、あの研究室は絶対に死守して」
椿の一言に、女たちは「はい」と返事をした。
「あと、忘れてはならないこと」
横から口を開いたのは、アキだ。
「私たちは、女の代表であるということ。日本で唯一ともいえる女子大学の学生なんだ。この機会に、女の必要性を訴えようじゃないか」
アキの声に、一同は口ぐちに「そうだそうだ!」と声をあげ始める。
「女が教育を受けてどうするんだ、なんて言わせておいていいのか?あいつらは、女の賢さをわかってない!そうだろ?」
誰かが突然床を叩きだし、びくっとする。
一人だけじゃない、この部屋にいる全員が興奮し、床を叩いたり叫んだり立ちあがったりしている。
「私達で変えよう、この国を!」
近所中に響き渡るほどの「はい!」という賛同の声で、アパートが揺れた。
みんなの顔を、後ろから見渡した。誰もが、真っすぐにアキを見つめ、まっすぐに何かを信じている。
まるで、俺が知っている60年代、70年代の学生運動そのものだった。
あの頃は、みんなが「革命」を信じて運動をしていたって、親父はなつかしそうに言っていた。
少しの感動と、そして大きな不安が俺を襲った。
こんな一丸となった女子たちの中で、俺はいつまでやっていけるのだろうか。
椿とアキが元の位置に座り、みんなが再びざわつき始める。
「あ、トーコ。火炎瓶の準備は大丈夫?」
突然ロッカに呼ばれて焦ったが、カレンが変わりに
「大丈夫です。明日の朝から調合します」
と答えてくれた。
「でも。ニトロ火炎瓶は威力が強すぎるので、専用の部屋がないとちょっと危険かも」
カレンの物騒な一言に、ロッカは軽くうなづく。
「そうだね。じゃあ朝一で私が準備しとくね」
ロッカは俺に何の疑いもなくほほ笑んでくるので、俺もうなづきながらほほ笑み返してみた。
トーコは、武器の準備までしていたのか。
ニトロというのは、ダイナマイトの原料のニトログリセリンのことだろう。
火炎瓶ならガソリンがあればなんとかなるが、ニトログリセリンをどうやって入手したんだろう。
たしか、危険物の取り扱い免許か何かが必要なはずだ。
俺はようやく、とんでもなく危険なことに巻き込まれつつあることを実感した。