女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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よくわからない研究室

 アパートを出て、先をぐんぐん歩いていってしまう椿を小走りに追いかける。

 沈みかけている夕陽とあいまって、椿の背の高さとスタイルの良さが俺の目をくぎ付けにする。

 なんともいえない薄気味の悪さを覗いたら、誰もが振り返る美人だろう。

 こんな女性と話すチャンスなど今後一切ないだろうから、意を決して話しかけてみた。

「風邪ですか?」

 すると椿はその場に立ち止まり、眉をひそめて俺を見る。

 ヤバい。何か気に障ることを言ってしまったようだ。

 マスクに触れるのはNGな人なのか。

「あ、風が強いですねって」

 椿は俺の目をじっと見つめ、そして何事もなかったかのようにまた歩き出した。

 この人、ちょっと怖い。

 マスクが黒いってだけで怖いのに、目つきもまるでヘビのように鋭い。

 漫画の世界だったら、こういう女に限って最終的にいいヤツなのだが、なぜだろう、この人に救われる気が全くしない。

 「一人や二人殺してそうな目」という表現を見るが、なるほど、核兵器の開発をしているような日本だ。

 この人ならマジで一人や二人殺しているかもしれない。

 椿の後ろ姿を見ながら、背筋に走る悪寒をぐっとこらえ、学校名は違えども、この半年間通っている見なれた校舎に入っていった。

 

 俺が連れていかれたのは、ハルが「明日立てこもりをする」と言っていた5階だった。

 5階は研究室と資料室が主で、学生の姿は全くない。

 夕闇に溶ける独特の雰囲気が、そこには漂っていた。

 連れて行かれた廊下には、アキが立っている。

 アキの横では、メガネにショートカットという、いかにも優等生な「園子」が俺を睨みつけていた。

 一度も話したことはなかったが、金魚のフンみたいに常にアキにくっついているからよく目立ってはいた。

「園子さんが離れないからアキさんに話しかけにくい」と誰かがぼやいているのをさっき見かけたばかりだった。

 

「連れてきたよ」

 椿はアキに、俺を引き渡した。

 人影のない校舎の中でのこのシチュエーション。

 まさか、俺はこの女たちにボコボコにされるんじゃなかろうか。

 俺の不安をあおるように、三人の冷たい視線が俺に絡みつく。

 難しい顔をして俺をじっと見つめたまま、動かない。

「あ、あ、あの、なんですか」

「静かに」

 アキが俺の口をふさぐ。

 三人は、俺の肩越しに廊下のずっと奥の何かを見ているようだった。

 ガチャガチャという派手な金属音が廊下に響き、俺もゆっくりと首をひねる。

「マキナエだ」

 椿が小声で言い、俺たちは近くにあったロッカーの陰に身をひそめた。

 廊下の奥では、白髪の老人がドアに鍵を閉めているのが見える。

 教授らしいが、俺が知っている大学にはあんな白髪でチビな教授はいなかった。

 鍵は一つだけではない。

 ジャラジャラと手元にいくつも抱え、背伸びをしたりかがんだりと、上から下まできっちりと閉めている。

 目を細めてそれを見ていた園子が、

「上部に1、通常位置に2と南京錠が1、下部左右に1ずつ。奥にももう一枚扉があるみたい」

 と早口で言う。

 そんなにも鍵をかけてどうするというのだ。

「大事なものでも置いてるんじゃないですかね」

 俺の一言に、アキが不機嫌そうに言った。

「そんなこと、みんなわかってる」

 

 マキナエがエレベーターに乗ったのを見計らい、俺たちはマキナエが鍵をかけていたドアの前まで急いだ。

 そこには「物理化学研究室」という無機質なプレートが掲げられている。

「どうだ?簡単には開かなそうか?」

 アキが、鍵穴を覗きこんでいる園子に問いかける。

「4つはいけそうだけど、他はかなり特殊だね。みてよ、この南京錠」

 園子は、自分の指よりも明らかに太いチェーンを、ジャラリと持ちあげて見せた。

「やっぱりここに核兵器の研究資料がまとめられているんだろうなぁ」

「え!?」

 すっとんきょうな声をあげてしまい、思わず口をふさぐ。

 アキは呆れた表情を浮かべ、鼻で笑った。

「どうしても連れて行ってほしいというから連れてきたのに、なんだその反応は」

「あ、ごめんなさい。その、あの」

「頭がおかしいらしい。みんな騒いでる。倒れてから、トーコがおかしくなったって」

 俺のかわりに、椿がスラスラと暴言を言ってのけた。

 アキは黙り込み、俺をじっと見つめたが、ぷいと顔を背け、園子と椿だけに話しかけた。

「明日はどうにかしてここを死守したいが、鍵がこれだけ頑丈なら、常に見張りがいなくても大丈夫そうだな」

「そうね。この南京錠のカギはかなり旧式だから、マキナエ本人しか持っていないと思う。マキナエが来ない限り、ここは開かないはず」

 と園子。

「ここを担保にすれば、警察も私達には手を出せないだろう」

 アキは薄笑いを浮かべ、踵を返した。

 そしてすぐに、立ち止まった。

 そこには、エレベーターに乗り込んだはずのマキナエが立っていたのだ。

 アキが息をのむのが聞こえたようだった。

 しかし、マキナエ本人はいたって能天気に俺たちの顔を見回す。

「あれ?みんな、帰ったんじゃないの?もう遅いから帰りなさい?って、中学生じゃあるまいしね~。ふぇふぇふぇ」

 マキナエはほとんど歯がなく、笑うと歯の隙間から声が漏れてしまうようだ。

「教授」

 椿が一歩前に出る。

「なんじゃい?」

「さようなら」

「うん、さようなら~。ふぇふぇふぇ」

 椿がアキの背中を押し、園子があとを追う。

 俺も胸をなでおろし、その後ろについていこうとした時。

「トーコくん」

 突然、筋張ったひょろい腕につかまれた。

 こいつ、うら若き乙女にセクハラか。

 思わずマキナエの顔を覗きこむ形になってしまったとき、マキナエが耳打ちをした。

「その後、どうだい?」

 すきっ歯が目の前でむき出しになり、背中に虫が這うような寒気がした。

「その後…?」

 つぶやく俺を尻目に、マキナエはまたふぇふぇふぇと笑って、去っていった。

 アキたちを振りかえるが、今のやりとりに気づいていないようで、さっさと前を歩いている。

 俺も慌ててその後を追った。

 男勝りなトーコのことだ。

 考えにくいが、トーコはマキナエのセクハラにあっていたんじゃないだろうか。

 しかも、相当気持ち悪いセクハラに。

 今の笑いには、そんな意味が含まれているような気がした。


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