女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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チョコレートの裏切り

 講義室Cの前は燦々たる光景が広がっていた。

 廊下にまで赤い水たまりができあがっており、黒ずんでしまった肉片がそこら中に散らばっている。

 衣類、ゲバ棒、机やイスなど、ありとあらゆる破片が散らばっていた。

 廊下だけでも吐き気がするのに、室内は見る気もしなかった。

 俺は、出入り口に近づき中を見ないよう、そっとドアを閉める。

「さっき、中に入ったの?」

 横を這ってきたカレンに問いかけると、カレンは首を横にふる。

「入りかけたけど、私は無理だった」

 良かった、カレンがそこまで強くなっていなくて。

 しかし、俺の前をほふく前進のように這っていくアキ、園子、椿はほぼ動揺せず中に入っていったことだろう。

 その様子が目に浮かぶようだ。

 研究室の前に辿りつき、俺たちは身体を起こす。

 

 研究室の前はエレベーターになっていて、窓もないため外から狙われる心配はなかった。

 日の当らない研究室周辺は、どことなくひんやりとしており、不気味な雰囲気が漂っている。

 部屋のドアには相変わらず、南京錠が頑丈にかけられていた。

「園子、どうだ」

 園子は、ズ太い南京錠をジャラリと持ちあげ言う。

「開けた形跡はないけどな…」

 そして他の鍵穴も覗きこみ、うなずく。

「うん、あの状況だったら普通の人間は焦るか、恐怖に襲われるかして、鍵穴のまわりを傷つけると思う。それが傷なんてなにもない。だから、あの時誰かが開けたというのは考えにくいね」

「そうか…じゃあ、まだこの中に国家機密があるというわけだな」

 俺たちは黙り込む。

 が、すぐに思い出して、ケツのポケットに触れる。

 あった。マツリが俺に遺してくれた、ダイナマイトだった。

 これだったら、扉をふっとばすことができるのではないだろうか。

 しかし、まだアキたちにこの存在を伝えることには気が引けた。

 もしかしたらこの中に、国家機密を持ち出すよう命令されている犬が残っているかもしれないのだ。

 ダイナマイトの存在を伝えることで、自分に危険が及ぶ可能性が頭をよぎり、俺はもう一度ダイナマイトをポケットに押し込んだ。

 

「園子、鍵、開けられないか?」

「南京錠以外はいけると思うんだよね」

 いけるのか…それだけでもびっくりしたが、園子はすぐに実行に移った。

 髪につけていたピンを3本取り、そしてそれを鍵穴に差し込む。

 手先で少々角度を調整したかと思ったら、すぐに「ガチャッ」と音をたてて開いた。

「すごい!園子空き巣になれるな」

 あまり感情を見せることのない椿だったが、この神業ともいえる技術にはさすがに感心したようだった。

「これくらい楽勝だよ」

 園子は少しだけ照れくさそうに、しかしそれがバレないよう早口で言う。

「それに、鍵はここだけじゃない。上部に1、通常位置にもうひとつと南京錠、下部左右に1ずつ。奥にはもう1枚扉がある」

「でも、そのペースなら全部いけそうじゃないですか?」

 カレンが恐る恐る言うと、園子はうなづいた。

「少し時間がかかるし、奥の扉はどんな鍵の形状かわからないけど、やるしかない」

 そしてすぐに座りこみ、また同じようにして鍵穴にピンを差し込んでいく。

 4つ目までは順調だった。

 まるで職人のように、手先の角度だけで開けてしまうのだから大したものだ。

 しかし、南京錠がどうしても開かない。

 ずっと中腰だった園子がとうとう、ペタンと腰をおろした。

 園子の集中を削がないようなるべく物音をたてずにいた俺たちも、全員でふーっとため息をついた。

 

「集中力が、続かない…」

 園子が初めて嘆いた瞬間である。

「よくやったよ。ちょっと休んで」

 アキが珍しく、園子に優しい声をかける。

 そういえば、園子の顔に火炎瓶をクリーンヒットさせてしまった時も、アキは園子に優しく手をさしのべていた。

「あの二人、小学生の頃からあんな感じらしいよ」

 俺があまりにも二人のことをじっと見ていたからだろう。

 カレンが3人には聞こえないように、そっと教えてくれた。

「いじめられっこの園子さんと、番長みたいなアキさん。ずっと仲が良くて、園子さんがいじめられるといじめた相手のこと、殴りに行くんだって。それで高校も退学になりかけたとか」

「へー」

 人は見かけによらないと言うが、このことに関しては見かけ通りである。

 本当に絆でつながっているというのは、こういう二人のことを言うのだろう。

 

「二人も食べる?」

 気づくと、椿が俺たちに食べかけの板チョコをさしだしてくれていた。

「お腹がすくと集中力が途切れやすくなるから。その点、チョコはいい」

「ありがとうございます」

「全部食べていいから」

「はい!」

 カレンは嬉しそうに、板チョコをパリッと割り、そしてその残りを俺にも手渡してくれる。

 俺はそれを受け取りながら思った。

 そういえば、椿がマスクをとったところを一度も見たことがなかった。

 この機会に見られるのではないかと、園子たちと言葉を交わしている椿をじっと観察する。

 しかし椿はアキと園子、俺とカレンにチョコを渡し、自分では食べていないようだった。

「いい人だよね、椿さん」

「そうなんだ。悪い人にしか見えないんだけどな」

「ああ見えて優しいんだよ」

「ふーん」

 チョコをぺろりとたいらげてしまったカレンが、俺の手元を見て言う。

「あれ?まだ食べてないの?チョコ好きでしょ?」

 実のところ、俺はチョコレートが苦手だった。

 一度ももらえなかった、バレンタインの呪いだろうか。

 子どもの頃には何度か食べてみたことがあったが、もう10年以上食べていないと思う。

「食べておいた方がいいよ。これから長いかもしれないし」

 たしかに、食べておいた方がいいんだろう。

 でも、こんな時に甘ったるいものを食べる気にはなれない。

 そこらへん、スイーツ好きの女の子はスゴイ。

 腹が減っている時に甘いものが食べられるなんて…。

 って女の子に言ったら「意味わかんない」と言われたことがあるからもう言わないようにしているけど。

 

「よかったら、食べる?」

 俺の一言に、カレンが絶句した。

 そこまで驚くか?と思ったが、トーコがチョコ好きだとしたら、カレンのこの反応もわからなくもない。

「いいから、食べて」

 カレンを喜ばせたい、というちょっとの下心もあいまって、俺はそのチョコをカレンに押し付けた。

あの時カレンにおにぎりをもらっていなかったら、たぶん苦手なチョコでも食べていただろう。

 カレンは

「ありがとう」

 ととびきり明るい声で言って、嬉しそうにチョコを頬張った。

 チョコを渡しただけでこんな笑顔が見られるなら、いつでもどこでもチョコを渡したいものだ。

 

 それからすぐに鍵開けは再開されたが、なんだか様子がおかしいことに気づいた。

 中腰で南京錠を開けようとしている園子の足元がフラフラしている。

 アキを見ると、目を執拗にしばしばまたたかせていた。

 突然、カレンがその場に倒れた。

「カレン?」

 必死に呼びかけるが、返事がない。

 そして立て続けに、アキがその場に崩れ落ち、園子もドアに額をぶつける勢いで倒れてしまった。

「これは…」

 3人とも眠っているらしかった。

「寝てる?」

 俺がつぶやくと

「そうだよ」

 と椿が返事をする。

 椿を見ると、俺のことをまっすぐ見つめていた。

「なんでトーコは無事なの?」

「……」

「チョコレート、食べなかったの?」


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