女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
肩で息をしながら、室内に滑り込む。
もう、一刻の猶予もなかった。
降伏=死、だということがわかったし、あれだけ大勢のスナイパーが待ち構えていることもわかってしまった。
「アキさん」
ゼーゼー言いながら、声を絞りだす。
「なんだ」
「なんとか、脱出しませんか」
「…園子、トーコを縛っといてくれないか」
「うん」
園子が、フラフラしながら立ち上がる。
せっかく千鶴に解いてもらったのだ。絶対にまた同じ状況に戻ってたまるか。
こちらに歩いてくる園子に向かって、
「そんなことしている場合ですか」
と冷静に投げかけた。
「見ましたよね!今!」
俺の絶叫とも言える声に、
「…ああ」
とアキが答える。
園子は俺とアキを見比べ、そしてその場に座った。
「千鶴は、自分で自分を犬だと認めた!絶対警察が助けてくれるって、信じてた。でも、そんな千鶴もあんな姿に…。もう、何をしてもダメなのわかりましたよね?警察に反撃しようとしたって、もしも降伏しようとしたって、すぐに殺されて終わりです」
「ああ」
アキの力ない声が室内にぼんやりと響く。
「私も、脱出するのが先決かと」
カレンが口を開き、そして椿も
「賛成」
とうなづく。
アキはしばらく床を睨んだ後、苛立たしげに拳で床を殴った。
「私たちは何のためにダリア連合軍を立ち上げたんだ。平和を訴えるためだよ。なんで、平和を否定する連中の前でしっぽを巻いて逃げださなきゃならないんだ」
アキは、戸惑っているのだ。
千鶴が言った言葉に。
そして自分が負けを認めなければいけない状況だということに。
ようやく、この現実を受け止めるときがきたようだった。
「アキさん。俺はあなたを許しません。でも、今は力を合わせて逃げるしかないと思います」
繰り返し床を拳で叩いていたアキの手が止まる。
「…許さない?私を?」
「大勢の仲間を集めておきながら、内ゲバを起こし仲間たちを死なせた」
「内ゲバ?なんだそれは」
「内ゲバですよ。こうやって学生運動をしている学生たちが、仲間割れを起こして内紛を起こす、まさに現状そのものです!」
しかし、アキの目にはまだ疑問が浮かんでいる。
「最初のうちはただの小競り合いだった内部紛争が、そのうち殺し合いになって、そして戦争になった。死者は100人は出たって聞いています」
言いながら、ハッとした。
俺が生きてきた世界と、アキが生きている世界は違う。
もしかしたら、この世界では「内ゲバ」という定義すらないのかもしれない。
俺が知っている世界では、内ゲバを起こし死亡者が何人も出るという悲惨な歴史がしっかりと刻まれている。
しかし、この世界では例え悲惨な内ゲバが起ころうとも、政府や警視庁が隠ぺいしてきたのではないだろうか。
まさに今の俺たちみたいに。
「内ゲバなんていうもの、見たことも聞いたこともない。トーコ、お前はなぜそんなことを知ってるんだ?」
俺は咄嗟に
「アキさんが知らないだけで、そういう事実はあるんです」
と答えた。
アキは一呼吸置いた後、静かに言った。
「同じようなことが、今までにあったなんて、知らなかった。仮にこれを内ゲバというなら、これは必要な内ゲバだった」
「必要だった…?」
何かが俺の中ではじけた気がした。
俺は立ち上がり、怒りにまかせてアキの胸倉をつかんだ。
アキは、ここ数日おとなしかった俺が突然激昂したことに、驚きを隠せないようだった。
園子が俺につかみかかってくるが、俺はアキしか見えていなかった。
「なぜハルを撃った?ハルは、本当にこのダリア連合軍のことを想って行動してたやつだったのに。アキさんのことだって慕ってたんだよ。アキさんが独りよがりの行動をしているからそれに抗議した。ただそれだけのことなのに、なんであんなこと…」
友だち想いで、革命を熱く信じてやまない戦友を想い、目頭が熱くなる。
「マツリだってそうだ。あの時逃げ出せていたら、あんな死に方しなかった。犬は死んで当然だって、あんた言ってたよな?マツリは犬だったけど、なんとかそれを抜け出したくて、今の日本を変えたくてダリア連合軍に入ったんだ!ダリア連合軍のために一生懸命やってきたあの子を、あんな死に方させて、悲しくないのかよ。千鶴も、ロッカさんも、アイリも、みんなみんな!」
園子はもう、俺につかみかかることをやめていた。
アキは口を真一文字に結び、俺の目を見つめている。
俺は、アキから手を離し、流れる涙をゴシゴシとぬぐった。
「すまなかった」
アキが、静かに口を開く。
「私も、全部…後悔している」
アキは、荒れ果てた室内を見渡し、そして土下座をするように深く頭を下げた。
「私は、うちの家族が、一族が許せなかったんだ」
「一族?」
「うちは、政治家一家だから。日本のため、国民のためだと言いながら、自分たちの損得でしか動かないやつらが今この日本を牛耳っている。そんな政治体制、おかしいだろう」
アキは再び拳で床を殴る。気づけば、アキの拳は皮がむけ血がにじんでいた。
「そんな国家を正すために、私は家を抜けだし、ダリア連合軍を立ちあげたんだ。だから国家の犬が紛れ込んでいるのなら、まずはそこから洗浄することは当たり前だろう。ただ、こんなことになるなんて、思っていなかったんだ」
悔しそうに床につっぷしているアキに向かって、椿が言う。
「内部洗浄は、正しい判断だったと思う。アキは、間違ってない。ただ、みんなの団結が甘かったんだ。だからこんなことに」
俺たちは、今までの出来事を思い返すように押し黙る。
アキの家族のことや想いを知ることができて、アキがやったことは絶対に許すことはできないが、これ以上責める気にはなれなかった。
「俺、わかったんです」
沈黙が続き、口を開いた。
「平和を訴えることは絶対に必要なことだと思う。こんな世の中、どうかしてるし。でも、戦争の計画が進んでいる今、まずは一番近くにいる守らなきゃいけない人を守るべきなんだ。このままじゃ、全員死んで終わりです」
アキが、ゆっくりと顔をあげる。
「ここを生きて抜けだしてから、また平和を訴えましょうよ。無事に抜けだしたら、戦争のこと、警察がやってきたこと、これを全部世間に知らしめてやりましょう」
俺は、必死だった。
何より、カレンを助け出したかった。
俺と二人で生きて行こう、なんてことは言わないから、カレンがまた両親に会えるように、とにかくここを抜け出すんだ。
そしてまた、生きる方法を見つける。
そういう生き方が、この世界では必要なのだ。
平平凡凡と生きてきた俺がこの戦争だらけの世界で生き残れるかはわからないが、でも、死ぬわけにはいかない。
生きる意味を考えていた年頃もあったけど、ようやく答えが出た気がする。
生きることに理由なんてないのだ。
ひきつっていたアキの顔はみるみる冷静さを取り戻し、そして言った。
「そんなのわかってる」
俺の知っている、アキだった。
「しかし、まずは国家機密をどうしても手にしたい。担保になるのはもちろんだが、どんな計画が進んでいるのかが気になる。その情報を手に入れることができたら、戦争反対を訴えるだけじゃなく、もしかしたら今度こそ戦争を止められるかもしれない」
アキの目が輝く瞬間を見た。
「どうにかしてこの国が滅びていくのを止めたい。その戦争を止めるための、戦いを私たちはしなくちゃならないんだ」
その目を見ていたら、なんとなく腑に落ちた気がした。
ハルが言っていた「戦争反対を訴えながら本当は戦争好き」という言葉。
たしかにアキにぴったりだと思った。
でもアキにとっては、戦争を止めるための戦争は欠かせないものだった。
アキもアキで、大切なものを守るために、必死の想いで戦いに挑んでいるのだろう。
「じゃあ、どうしますか」
「そうだな…」
アキが中腰で立ちあがる。
「とりあえず、研究室がどうなっているか見に行こう」