女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
「どうする、ねえ、どうする」
誰かの上ずった声が響く。
「表側がダメなら、裏側から出るしかない。マツリ、そのカーテン外して」
ハルの指示で、マツリは窓の外から見えないよう、窓枠の手すりに固く結ばれたカーテンを外していく。
マツリの手は大きく震えていたが、徐々にカーテンはほぐされていった。
ハルがほふく前進をして、マツリに近づく。
「私が、これを廊下の窓枠にくくりつける。みんなは火炎瓶であいつらを威嚇して。あいつらが離れているすきに、一人ずつ降りて行く。いいね」
「でも、全員降りられるかどうか」
「わからないよ。でもこれしかないでしょう!」
ハルの切羽詰まった声に、一同は押し黙った。
「トーコ、いいね?」
何かの義理だろう。
ハルは必ず俺に確認をとろうとする。
俺も、ハルの言う通りでしかもう逃げ道はない気がしていた。
「もちろん」
パニックに陥っている皆を不安にさせないよう、俺はなるべくハッキリとうなづいてみせた。
「無事に出られたら、またイチからやり直そう」
ハルは、真っすぐと俺を見て言う。
俺も、力強くうなづいた。
ドアの鍵は、もうほとんど壊されていた。
ドアが大きくゆがみ、隙間からアキ派たちの様子がうかがえる。
10人くらいがドアに群がり、全員でドアを蹴破っているようだ。
ドアの前に、ハルがしゃがみこむ。
その後ろを囲むように、火炎瓶を持った5人が立つ。
俺はというと、火炎瓶を握りしめながらも、なるべく後ろの方でしゃがんでいた。
怖くて腰が抜けそうなのもあるが、部屋の隅におかれたニトロを守らないといけない気がしたのだ。
いよいよドアが破られそうになり、ハルが鍵に手をかけた。
そして叫ぶ。
「実行!」
ドアが開き、ハルの後ろに並んでいた火炎瓶隊が一斉に火炎瓶を投げた。
火炎瓶は派手な音をたて、廊下を燃やす。
アキ派は短い悲鳴をあげながら両脇に散り散りになったが、
「突入!」
というアキの声と同時に、何人かが燃え盛る火をくぐり、こちらに向かってきた。
それを食い止めるように、室内から廊下に向かって次々と火炎瓶を投げて行く。
あっという間に出入り口付近の廊下が火に包まれた。
煙が立ち込めており、視界がぼやけてきた。
「私が窓を開ける!」
ハルが叫び、廊下に走り出た。
カレンをはじめとする5、6人がその後ろをついていく。
そのとき、火災報知機が反応し、天井からシャワーが注がれた。
「早く!」
カレンの声が廊下にこだまする。
ハルの援護にまわっているカレンの手にはもう、火炎瓶やゲバ棒は握られていなかった。
俺は床に置かれている火炎瓶を箱ごと持ち上げ、カレンの元へと走る。
しかしカレンの背後で、園子がゲバ棒を振り上げているのが見えた。
「カレン伏せて!」
俺は一か八か、カレンめがけて火のついた火炎瓶を投げる。
カレンは一瞬驚きの表情を見せたが、ギリギリのところでなんとか火炎瓶をよけしゃがみこんだ。
俺が投げた火炎瓶は、園子の顔面にクリーンヒットする。スポーツなんてほとんどやったことのない俺だったが、こういうコントロールだけは妙にいいのだった。
あとは力と協調性が伴っていたらきっと、野球でもうまくいっていただろうに。
園子の声は、まさに断末魔の叫びだった。
「ぎゃああああ」
という地の底からわき上がるような声をあげ、その場に倒れ込み手足をバタバタさせる。
カレンはあっけにとられて俺を見つめたが、すぐにカーテンを結んでいるハルのサポートにまわった。
園子の周りには数人のアキ派が集まり、自分の服などを使って顔をはたき、髪で燃え上がった火をなんとか消そうとしていた。
火は、天井から降る水のおかげですぐに消火されたが、園子の顔は赤くただれかけている。
「園子、こっち」
背後からアキが手をさしのべて、どこかに園子を連れて行った。
園子は目を開けずに、アキに手を引かれるがまま歩いていく。
アキ派もすぐに応戦にかかる。
俺もいくつもの火炎瓶を持ち、廊下に出た。
女の子たちが頑張っているのに、俺が縮こまっていてどうする。
とにかく、誰よりも、カレンを守らなければという想いが俺の体を突き動かしていた。
廊下では、かすかに残っている火の向こう側、こちらに来れずに立ちつくしているアキ派と、窓枠にカーテンを結びつけているハルとカレンにゲバ棒で立ち向かっているアキ派がいる。
俺もそれにならい、カレンにゲバ棒で殴りかかっている者の背中を、思い切りゲバ棒で殴った。
倒れはしたものの、すぐに俺に襲いかかってくる。振り下ろされたゲバ棒をガードし、そして隙をつきもう一度殴りかかった。
気づいたら、周りでも同じようにゲバ棒での対戦が繰り広げられていた。
いつのまにか立ちつくしていたアキ派たちは講義室Cになだれこみ、待機していた子たちに殴りかかったのだ。
どこかで火炎瓶が割れ、火が燃え盛り、そしてシャワーによってすぐに消火される。
しかしまた火炎瓶が割れ、というのが繰り返し行われていた。
ついさっきまでは、ひとつになって学生運動をしていた女の子たちが、今は暴力をもって対立している。
なんだか不思議な光景だった。
ハルは、カーテンをなんとか結び終えたらしかったが、アキ派に食い止められ、進めずにいる。
それを、カレンとマツリとでサポートしているようだった。
その時、俺の横を素早く駆け抜けるヤツがいた。
その子は、アキ派だろうか。
さっきまで講義室C内ではみかけない顔だったが、ハルが結んだカーテンにしがみついた。
「何するの!」
ハルが、なんとかカーテンを奪い返そうとしたが、遅かった。
そいつはカーテンにつかまると、下へ下へと降りて行く。
「こんなところ、もういられない!早くここを出る!」
半ばパニックに陥っているのか、水を浴びて寒さに耐えられなくなったのか、声が大きく震えている。
それを見ていた他の子たちも、我先にとカーテンに群がった。
しかし、カーテンは水を含みかなり滑り易くなっている。
「ダメ、危ない!」
ハルが叫ぶが、遅かった。
3人が次々とカーテンをつかみそこね、5階下の地面にたたきつけられた。
さきほど見た光景と同じように、すぐに地面は血だまりとなった。
「こっち!」
それを見た誰かが、今度はCを通りすぎ、B、そしてAの向こう側にあるバリケードが張られた場所へと走る。
トーコ派だけじゃない。アキ派の何人かもそれに加わり、ここから逃げ出そうとしているのだ。
俺は、何人かに殴りかかられながらも、なんとかそれをかわし、彼女たちのあとへついていく。
後ろを振り返ると、カーテンからの脱出を諦めたトーコ派がそれを追いかけてくるところだった。
ハル、マツリ、カレンの顔もそこにはあった。
しかし、あんなにも頑丈に積み重ねたバリケードだ。
防火戸を開けたとしても、すぐには通り抜けることはできなかった。
先頭の人たちが、足で思い切りバリケードを蹴っている。しかし有刺鉄線が足にささり、苦戦しているようだった。
俺は思い出し、講義室Cへと踵を返した。
あれがあれば、あんなに頑丈に積み上げられたバリケードも崩すことができるだろう。
しかしその直後、何かが崩れる音がした。
それはまるで、地響きのように学校中に響き渡る。
ゴゴゴゴゴゴゴ、とこれでもかと天井まで積み重ねてあったバリケードが崩れ、階段側ではなく、廊下側へと崩れ落ちてきたのだ。
何人がその雪崩に巻き込まれたことだろう。
机やイスの隙間から、何人ものうめき声が聞こえる。
振り返ると、すぐそこに机に押しつぶされた誰かの足が見えた。
「カレン!」
思わず、名前を呼んでいた。
しかしカレンはまだ俺の後ろにいたようで、
「なんで、どうして」
と悲痛の声をあげて俺の元へと駆け寄ってきた。
「崩れた、全部」
「うそ…」
ハルも、マツリも、なすすべなくそこに立ちつくすしかなかった。