女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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組織が分裂してしまった

 アキは、銃を俺に向け、じわじわと迫ってくる。

「正直に言え。あいつらの犬とは、どういうことなんだ?」

 周りからの痛いほどの視線を浴びながら、なんとか声を絞り出す。

「俺は、何も知りません。拳銃も、なんで持っていたかとか、そういうの知らないし」

 喋れば喋るほど、俺の自信はなくなっていく。

だって、俺が知らなくたって、トーコ本人は知っているのだから。

「だったらなんでお前がこの拳銃を持っているんだ」

「だから、それは、知らないんですって」

 トーコはこんなに情けない声を出すヤツだろうか。

 俺はどんどん、トーコのことを情けないヤツにしてしまっている気がする。

 

 それ以上口を開かずにいると、俺に向けられていた拳銃がおろされた。

 安心したのはつかの間、アキからとんでもない一言が発せられた。

「みんな、トーコも動けないようにしてくれ」

 その言葉が、俺へのリンチ命令だということは明白だった。

 俺は、ゆっくりと一人一人の顔を見ていく。

 疑いの目ばかりが俺に向けられていた。

 しかしその中には、アキへの疑いの目も少なからずあった。

 ゴンっ。

 と後頭部に衝撃が走り、後ろを振り返る。

 振り返ると、そこには一度も会話したことのない子が俺を睨んでいた。

 ロングヘアで、小柄で、興奮しているのか怯えているのか、ぶるぶると震えている。

 その子が、手に持っていたゲバ棒で俺に殴りかかってきたのだ。

「千鶴、やめろ!」

 呆然としている俺の代わりに、ハルが俺と千鶴の間に入る。

「トーコがダリア連合軍を裏切るわけないよ。だって、私たちをダリア連合軍に引きこんでくれたのはトーコなんだよ?それが、なんで裏切る必要がある?最初から裏切ろうと思っているんなら、私たちをひきこむ必要はないでしょ?」

 ハルの言葉に千鶴は目を泳がせ、口元をひくつかせる。

「あ、いや、違うんです、命令だから、と思って」

 そして素早く、アキの後ろに隠れてしまった。

「だったら拳銃を手に入れた経緯をきちんと説明して」

 前に出てきたのは、園子だった。

「……気づいたら、あったんです」

 俺がボソボソと口を開くと、前にいたハルが俺をこづいた。

 そして小さな声で

「ちょっと黙ってて」

 と囁くと、一歩前に出て、アキに、園子に、みんなに呼び掛けた。

 

「正直に言う」

 ハルの目はとても強く、ずっと先を睨んでる。

「私は、これはアキさんがトーコをはめるために用意したものだと思う」

 講義室の空気が固まった気がした。 

 なんてことを言うんだこいつは。

 カレンも同じことを思ったようで、ハルをなんとか止めようとしている。

「ハル。やめよう。そういうこと言うの」

 しかしハルは聞かない。

 

「私は、アキさんを信じていないわけじゃない。でも、トーコを疑うのは絶対に間違っている。私は、今の腐った日本をどうにかしたいと思った。でも、ダリア連合軍でデモやバリ封を起こすのは正直いって、不安だった。独裁思考のあの人に本当についていけるのか、それが不安だったんだ」

 ハルはアキを容赦なく指さし、そしてしっかりと見つめた。

 アキは何を考えているのか、無表情でハルのことを見つめ返している。

「でもトーコから、『みんなそう思っているから人が集まらない。たとえ不安があったとしても、動かないでどうする。不安なときこそ動くんだ』って説得されて、ダリア連合軍に入った。トーコは本気で、この世の中を変えたいと思ってるんだよ!そんなトーコが、政府の言いなりになるとは、私は思わない!みんなどう思う?」

 ざわついていた一同だったが、今は無言で床や壁を睨んでいる。

「私は、まずはダリア連合軍で革命を起こさないといけないと思う!指揮者を、みんなで引きずり降ろすんだ!」

 ハルは汗をかいていた。

 よく見ると、指先も震えている。

 なんだよ、ハル。

 お前、めっちゃいいヤツじゃねーか。

 俺を助けるために、なんでそこまでできるんだ。

 ハルの説得にうなづいた子も確かにいた。

 でもここから見る限り、ハルの意見に賛同している子は少数だった。

 

 しばらく沈黙が続き、俺の横で風を切る音が聞こえた。

 顔をあげると、ハルが目の前で園子が振りかざしたゲバ棒をしっかりと受け止めていたのだ。

 その瞬間、講義室内の空気が一気に動く。

 カレンがゲバ棒を持っていた園子を突き飛ばし、俺とハルの手を引き、出入り口に向かって走り出す。

 後ろを振り返ると、マツリが園子からゲバ棒を奪おうとしている。

 そこに何人かが群がり、マツリと数人が力を合わせ、そして園子からゲバ棒を奪った。

 予想外の出来事だった。

 こんなにも、トーコを支持してくれる人は多かったのか。

 講義室を出る瞬間、アキの冷たい視線と、ぶつかった。

 

 俺たちは、武器製造室となっている講義室Cに駆け込んだ。

 かろうじて月明かりがカーテンの細い隙間から室内に注ぎ込んでいるだけのうす暗い武器製造室に入っていくのはとても危険なことだと思ったが、むしろこれは自分たちの身を守るためでもあった。

 入り際にAを振り返ると、マツリを始めとした女の子たちがこちらに向かって走ってくるところだった。

 マツリと、20人ほどの女の子たちが、俺たちに続いてCに滑り込む。

「あとはアキ派だから!」

 マツリの言葉に、女の子たちが機敏に動き、ドアに鍵をかけ、ゲバ棒をドアにつっかえ棒のようにし、さらに机とイスをドアの前に積み上げていく。

 

 マツリが、まだ呆然としている俺の元へ駆け寄ってきた。

「トーコ、大丈夫だった?」

「俺は、大丈夫。みんなは?」

「みんなも大丈夫。あっちはひるんでて、手を出せるような状態じゃなかったから」

「だよね」

 ハルが口を開く。

「まさかこんな大勢に裏切られるなんて、思ってもないもんね、アキさんは」

 俺たちは、ドアの前に机やイスを一生懸命になって積み上げている20人ほどの女の子たちを見た。

 そのほとんどが、1年生のようだ。

 思えば、トーコが劇薬を飲んで目を覚ましたときに、あの和室になだれこんできてくれたあの子たちだ。

 トーコはやはり、これだけの人に慕われていたのだ。

 ドアの外側から、何人かがドンドンとノックする音が聞こえたが、開かないことがわかったのか、すぐにノックは鳴りやんだ。

 そして、園子の声が外で響く。

「ここに逃げ込んだやつら全員、我々ダリア連合軍の裏切り者、国家の犬だと断定する。全員、総括するべし!」

 総括。

 俺も聞いたことがある言葉だった。

 本来の意味は、全員をまとめることだが、たしか学生運動では「反省」という意味が含まれており、そしてそれは「リンチ」を意味したはずだ。

 ここでは同じ意味なのかはわからないが、みんなの顔を盗み見ると、泣きだしそうな子もいる。

きっと、ここでも「リンチ」と同じような意味で使われているのだろう。

 

「これからどうする」

 ハルが座席に座り、俺たちもそれにならうように後部座席周辺に座りこんだ。

 みんな、俺を見ている。

 きっと俺の指示を待っているんだろう。

「なあトーコ、どうする?」

 ハルもまた、俺の顔を覗きこんできた。

「どうするって…」

 子どもの頃から、女の子は守るものだと父親に教わってきた。

 でも、こんな状況ではなすすべなく、女の子たちの顔を見返すしかなかった。

 

「ねえトーコ」

 俺の隣りに座っていたカレンが、ぽつりとつぶやく。

「なに?」

「本当に、その拳銃はどうしたの?」

 みんなの視線が俺に集まる。

 みんな、真実がようやく明かされることを待ち望んでいるようだが、残念ながら俺は本当に知らないのだ。

 だから

「知らないんだ」

 とハッキリと答えた。

 そして

「本当のトーコだったら知ってるかもしれないけど」

 と思わずつぶやいてしまった。

全員の声には届いていないようだったが、カレンが

「どういうこと?」

 と吐き出すように言う。

 俺は、どう説明していいかわからず、ただ首を横にふりうつむくしかなかった。


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