花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※今回から、ようやく『転生學園』シリーズが絡みます。

※『天津』=『天津の神子』です。原作でさんざん空気扱いされた伊波飛鳥ですね。


※腐海はまだ発生しておりません。

※腐海は、発生していませんが……この雰囲気は、なんでしょう。たぶん、貴腐人な方が見たら「そのまま押し倒……ゲフン! ――キスのひとつでも戯れにしてみればよかったものを…っ!」とか考えてしまいかねない雰囲気な瞬間があるかもしれません。

※しかし、特に何もしてないです。

※相変わらず獣殿が寝起きでのんびりマイペース。表面上は。




花霞み -天津-

 

 

 しっとりと柔い霧のような雨の中、微風に揺れる藤を眺める。小さく息を吐き、そっと視線を転じた。

 その先には、柱に背を預けながら和綴じの本を捲っている、黄金の髪を背に流した男。この国では『鉄色』と云われる深緑の衣を着流し、淡い薄紫の羽織を肩に掛けている。

 

(――えっと……こういう場合、は……)

 

 どうすれば、良いのだろうか。

 今、ここの家主は留守のはずで。だから、さっさと用を済ませて帰ろうと思っていた。元々、ここの家主にも逢う気は無かったのだから、当然、長居する気も無い。

 そして、『在り得ない』ものと遭遇してしまった。言わずもがな、隣にいる黄金の髪の男性である。

 

(――えっと……)

 

 まず、自分を視界に入れる前に声を掛けられた事に驚いた。そういう経験は、片手で足りる程しかない。ここの家主である黄龍殿ですら、自分の気配は見つけ難い、というくらいなのだ。別に故意に気配を絶っている訳でも無いのに、である。

 次に、単純な力の容量の差に、軽く気が遠くなった。桁が違うとか、もはやそんなレベルでは無い。これでも弱っているようではあるが、そんな事実は慰めにならないどころか絶望感を通り越して笑い出したくなる。この時点で、もう色々と諦めた。所詮、世の中とは理不尽で廻っているようなものだし。

 強いて何か言うのであれば、黄龍殿に対する愚痴か文句くらいだろうか。

 

 黄龍殿……あなた、なんてモノを招き入れているんですか、と。

 

 まぁ、ヒトも動物も鬼も基本的には分け隔てない接し方をする黄龍らしい、と言えばらしいが。

 

 ページを捲る乾いた音が、小さく響く。次いで、本が閉じられ、脇に置かれる音。幽かな衣擦れの音に改めて視線を向ければ、黄金の双眸が向けられていた。

 正直、心境としては獅子に追い詰められたウサギに近い。

 

「…………あ、の……?」

 

「――ふむ。口が利けるのならば、いくつか訊いてみたいことがある」

 

「…………なんなりと」

 

 そう、応える以外に、何が出来るというのか。ただでさえ『自分』にとって『彼ら』は絶対的上位者であるのに。その中でも更に輪をかけて別格中の別格であろうこの男性に逆らうなどという選択肢は無い。

 

 黄金の眸が僅かに細められる。優雅な動作で腕を伸ばし、何処か慎重に頬を撫でられた。被っていたフードが軽く払われて背中に落ち、褪せた鳶色のような色彩の髪が微かに揺れる。

 

「――卿は、何者だ?」

 

「……それは、『あなたがた』も、良くご存じでは……?」

 

「卿は、私の知る男とよく似ているようだが、違うな。ツァラトゥストラからはもっと独特な、複雑に混じった気配も感じられたが、卿は殆ど何も感じない」

 

「――良く、『空気のような』と言われますね」

 

「ふむ。なるほど。――確かに、卿の気配を掴めぬ者には、そう感じ取れような。だが、そうではない。違うだろう? 卿は、透明度が高すぎて存在に気付かれない水、あるいは、そう――エーテルの塊、と表現する方が正しいと思うのだが」

 

 故に『我ら』からすれば、判りやすい、と男は笑む。

 それに応えるように、思わず眉尻を下げて微笑んだ。

 

「――『天津の神子』と。そう、呼ばれていました。天上の神々にとっては、地上に干渉する為の傀儡や依代であり、人間にとっては生贄、といったところでしょうか」

 

「ほう?」

 

「一応、この身は人間の肉体ですが……これも一種の枷ですね。天脈からは絶えず力が注がれますが、人間の肉体では長くもちませんし……あまり長く生かすと、逃げるための準備工作の時間を与えてしまうし、第一、力をつけすぎれば自分たちの手に余る。――故に、だいたい二十歳までに肉体は限界を迎える設計です。今生も、そろそろ寿命ですね」

 

 というか、今までの転生経験を踏まえて考えると、むしろ二十歳を超えられたこと自体が僥倖と言って良い確率である。前世の記憶などは――よほど強烈な印象のあったもの以外は基本的に無いし、人格なども引き継いではいない。ただ、それでも転生するたびに同じ死に方をすれば嫌でも魂に刻み付けられるし、何度も出逢えるひとがいれば、懐いてしまう自覚はある。

 黄龍はその筆頭で、何度か巻き込んだり看取って貰ったりした。――だが、そう言えば、彼の方に自分が巻き込まれたことは無かったな、と今更にして思う。

 

「――ここの主とは、知り合いか?」

 

「えぇっと……まぁ、それなりに古い知り合いなので、挨拶くらいは出来たら良かったかな、と」

 

 言いながら、視線を伏せて淡く微笑む。

 本当は、会う気は無かったし、今も無い。ただ、手紙くらいは用意しておいても良かったかもしれない、とは思っていた。

 ただ、そうすると無茶をされそうで怖い。あのひとは基本的に穏やかに笑っているが、目的を定めたらそれに至る手段は意外と選ばないのだ。『意思が強い』とか『頑固』だとかいうタイプのものでは無く、とりあえず最終的に目的を果たせればどんな過程であってもあまり気にしない、という方が近い。なんというか、目的を達成するにあたって、優先順位の低いモノは切り捨てても仕方ない、という思考回路であるらしい。そして、あの人自身は自分の優先順位を限りなく低く見積もっている。だから、あまりこちらから頼ったりはしたくない。

 なにより、一番重要なのは。

 

「――あのひとは、変わらずいてくれるので」

 

 何度となく生きて、死んで――――流転し続ける転生の中で、あのひとだけは変わらずにいてくれた。変わらず、微笑んで迎えてくれる。ただそれだけのことに、随分と救われた。

 

 あまり多くは無い思い出と記憶を思い返し、思わず笑みが零れる。名残り惜しい、とも思うが……そういう訳にもいかない。

 束の間 瞑目し、ひと呼吸おいて目を開く。目の前に座す金色の神は、未だに頬を撫で、髪を指先で梳いたりしているが――――なんというか、こう……珍しい猫を見つけて戯れに撫でている、というような印象だった。

 その大きな手に自分の手をやり、両手で包むように握る。そうして軽く首を傾げながら、視線を合わせた。髪よりは少し薄い金の双眸が、面白そうに細められる。

 

「あなたは、まだしばらく此処にいますか?」

 

「――その予定だな」

 

「では……ひとつ、『お願い』しても良いでしょうか」

 

 相手の口元に浮かんでいた微笑が、僅かに深くなった。視線で促され、首に掛けていた勾玉を片手で外し、そのまま相手の手に乗せる。

 

「――気が向いたらで構わないので、黄龍殿にお返し下さい」

 

「……それだけかね? これはまた、随分と可愛らしい『お願い』だ」

 

 そんな言葉に淡く笑んで静かに立ち上がる。3歩ほど離れてから金の髪の男に向き直り、深く頭を下げて一礼した。

 そうして踵を返すと、背後から男の声が投げられる。

 

「――もう来ないつもりか?」

 

 ここの主も、それは気分を害するのではないか、と。

 『こういった存在』からそんな言葉を聞くのが意外で、思わず足を止め、逡巡する。

 

 フードを深く被り直しながら肩越しに振り返り、小さく応えた。

 

 

「――――機会があれば、また」

 

 

 そして今度こそ、その場を後にする。

 視界の端で、色を変え始めた紫陽花が揺れた。

 

 

 

 






 本当は黄龍殿の出掛け先での話も書こうかと思ったのですが……このタイミングで入れるといっきにSAN値が持ってかれそうだったので、自重しました。

 今しばらく、表面上の雰囲気をお楽しみください。



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