花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※不穏。

※というかモヤモヤ?

※一瞬、黄金×黄龍っぽい横道が見えた気がするんだけど、スルーして普通の道を突っ走ってきました。なので今回もBL臭は無い。……筈。

※とにかく、色々と不穏すぎる。

※雰囲気の明暗の差がヒドイ。


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綺羅の影 -黄金-

 

 風が木々を揺らす音に混じり、やわらかな声が聞こえた。

 

 その声が旋律を奏でているのだと気付き、何とはなしに自分に宛がわれた部屋を出て木目の美しい床の廊下を歩く。

 特に何か言われた訳では無いが、目覚めてから今まであの部屋から出たことは無かった。それで不自由を感じなかったのだから、もしかするとあの家主は相当に気を使ってくれていたのかも知れない。それでなくても、あの部屋から見える庭の時と共に移り変わっていく花の様子は目に楽しかったし、いつも家主が何かしらの本を置いて行ってくれるのも暇潰しとしてはありがたかった。だから、こうして自分の足でこの邸の中を歩くのは初めてで――――意外にも、予想していたよりはるかにこの家は小さいらしい。

 まぁ、よくよく考えてみれば、人らしき姿はあの家主以外は見たことも無かった。つまりは、ひとりで管理できる程度の広さでしかない、というのはある意味で当然だろう。ただ、それを考えると少し広いような気がする。部屋数もひとり暮らしにしては中途半端に多いような気がした。

 

 キシ、と時折、床が軋む音がする。それだけ古い建物だというのは見れば判った。だが、それでもきちんと掃除は行き届いているらしく、黒檀の床はしっかりと磨き上げられている。

 

 流れてくる歌声を辿り進めば、開け放たれた部屋の縁側に腰掛けている後姿を見つけた。ゆっくりと腕を動かしているのを見て、膝の上に何かを抱えているらしいと知る。

 

 

Quivale flip, frawrle chs,

en ciel porter ee warma.

 

Colga fernia, plina harmon,

re ini brinch sapon clalliss.

 

 

 特に気配を隠すこともなく近付けば、家主もこちらに気付いたらしく振り返って淡く笑んだ。その膝の上には、白い蛇姿の友がじっとして撫でられている。あまりにも大人しい様子に、どうやら眠っているらしいと知って思わず瞬いた。

 

 

Lirle pak, ptrapile tek,

en ciel porter ee wasara.

 

Sheak chsee, grave clalliss,

en coall tes fowrlle slepial.

 

 

 ――――ちらちらと。

 瞬いた刹那、蛇姿の友を撫でる家主の手のひらから、金色の煌めきが零れ落ちたような気がして、咄嗟にその手首を掴む。家主は驚いたのか硬直し、口遊んでいた歌を息と共に呑み込んだ。

 

「……何故だ?」

 

 そう問えば、家主は瞠目する。まじまじと見返してくる家主の様子に目を細め、ふと掴んだままの手へ視線を落とせば、その指先には小さな噛み痕があった。まだ僅かに血の滲むそれは、明らかに膝の上で眠っているカールにやられたものだろう。それでおおよその状況は読めた。

 

「……えっと、――『何をしている』とかじゃ、ないのか?」

 

 やや困惑したように確認され、ゆったりと瞬く。

 

「解からないのは理由だ。――卿は自らの生命を裂いて砕いてまで、カールの魂を癒やそうとしていた。それは、見れば判る。だが理由が解からない」

 

 それに、と続ける。

 

「こういう事が可能ならば、おそらく私に対しても同じ方法を使ったな? だが、それは卿の心身に負担を掛ける筈だ。――――にも拘らず、卿は見知らぬ我らに現状、いかなる見返りも求めていない。理由が判らぬ故、『何故』と訊いた」

 

 僅かに首を傾げながら応えれば、家主は数瞬の後、ゆっくりと息を吐いた。

 

「…………『時間が無い』」

 

 ぽつりと呟き、家主は静かな眼差しをカールに向ける。

 

「『一刻も早く』『還らなければ』『女神が砕かれた世界など』『認めない』『回帰して』『やり直さなければ』…………」

 

「……カールが、言ったのか?」

 

 問いながら、それは無いだろうと思う。基本的にカールはそういう感情を誰かに話すようなことはしない。案の定、家主は首を振った。

 ――――だが、と考える。

 確かに、その言葉はカールが考えていることではあるだろう。さすがに長い付き合いだ。考えることくらいはわかる。だが、カールがそれを口にすることは無いとも理解している。ならば。

 

「ふむ。――――思念を読んだか」

 

「ちがう、」

 

「ほう?」

 

 咄嗟に否定してから何やら難しい顔で黙り込む家主に、首を傾げる。見る限り、応えるつもりが無いという訳では無いらしい。どちらかと言うと、どう伝えれば良いのか判らない、という反応に近いと見た。これは、少し時間が掛かるかも知れない。

 だが、家主は深く息を吐くと、たぶん、と前置きして口火を切った。

 

「その、――――蛇殿は、基本的に他力本願なタイプだろう」

 

「……まぁ、そうだな」

 

「意識はしていなかったんだと、思う。ただ、強く願っていた。――――だから、応えた」

 

「理屈では無く?」

 

 願っていた。だから、応えた。――なるほど。至極単純だが、それはどういうことなのか。そう思って見つめれば、家主は困ったように苦笑する。そうだな、と少し考えるように瞑目し、しばらく後に改めてこちらへ視線を向けた。

 

「山吹殿は、軍神だろう?」

 

「――――ふむ。まぁ、そう言えなくもないか」

 

「それも、戦場を収めるタイプでは無く、どちらかと云うと戦い、それも命のやり取りを好むタイプじゃないか?」

 

「……む?」

 

「つまり……戦いを終結させるタイプでは無く、延々と戦い続けるタイプ」

 

「ああ、なるほど。その2択ならば、後者であろうな」

 

「うん。――きっと戦場であれば、喜んで戦いだすだろう。たとえば、そこで和平に至る道を探すことは無い。そんな選択肢はいざ戦が始まれば、脳裏を掠めることすらしないだろう。戦場なのだから、全力で戦う。ただそれだけのことだ。――――そんな風に、思っているだろう?」

 

 ああ。まさしく、その通りと言える。ゆったりと頷けば、家主はふとやわらかく笑んで見せた。

 

「戦場にあれば戦う。そこに疑問など無いだろう。――――同じように、私は求められれば応える、という性質を有する――あるいは、強い想いに反応する。それだけの話だ。理屈云々の問題じゃない」

 

「……なるほど。これ以上ないほどに解かりやすい例えだ」

 

「納得いただけたところで、出来れば手を放してもらいたいんだが……」

 

 言われて、手首を掴んだままであることを思い出し、とりあえず放してやる。痕がついてしまっただろうかと思ったが、多少赤くなっている程度で動かすのにも支障はなさそうだった。

 

「……意外に頑丈だな」

 

「いやいやいや。《氣》を巡らせて防御したんだぞ。だから面白い玩具を見つけた猫みたいに目を細めるな」

 

「なに。防御が出来るなら、多少はじゃれても問題なかろう」

 

「問題だ。――――少し、出かけてくる」

 

 言いながら家主は立ち上がり、膝に乗せていたカールをこちらへ放って渡す。さすがにそれで目が覚めたのか、カールはしばらく硬直してからのっそりと鎌首を擡げ、抗議するように牙を向いて威嚇した。

 それをとりあえず腕に抱き上げて宥めつつ、家主を見つめて首を傾げて見せる。

 

「出かける?」

 

「すぐ戻る。あ、いや……遅くとも、明日の夕方には戻って来る。――定期報告ついでに少し釘を刺してくるだけで……まぁ、いつものことだな」

 

「では、そういう事にしておこう」

 

 ゆったりと頷けば、家主は安堵したように息を吐いた。――やはりこの御仁、隠し事はしないが肝心なことを言う性格ではないらしい。

 家主は申し訳なさそうに微笑むと、今度はカールに呼び掛けた。

 

「――蛇殿、手荒に扱ってすまなかった。土産に酒でも買ってくるから、」

 

 ――――バサリ、と。

 

 家主の言葉を遮るように、庭にある岩の上に白い猛禽が舞い降りた。それを見て、家主は何とも言えない様子で嘆息する。

 

「……ふむ。迎えか?」

 

「…………そのようだな」

 

 思っていたよりも低い声が返され、思わず家主へ視線を向けた。だが彼は既に背を向け、手早く着付けを直すと頓着無く草履を引っ掛けて縁側から庭へ下りる。バサリ、と白い鷹のような猛禽が家主の肩に飛び移った。

 

「――そうだ」

 

 不意に足を止めて振り返った家主は少し困ったような微笑を浮かべたまま、僅かに首を傾げる。

 

「留守の間、客人が来るかもしれないが……基本的に、構わなくて良い」

 

 その言葉に、思わず瞬いた。ゆったりと首を傾げれば、家主は苦笑のような、自嘲のような笑みを薄く刷く。

 

「野良猫か何かだと思ってくれればいい。たぶん、自分からは寄って来ないだろうし」

 

「……ふむ?」

 

「家の物は、好きに使ってくれて構わない。食事は……後で、式を遣ろう」

 

 それから、と続ける家主に、思わず笑みが滲んだ。何やら、一般家庭の主婦のような心配のしようである。そこまで心配する必要など無いだろうに。

 

(――――だが、おそらく。そういう事ではないのだろうな)

 

 心配なのでは無く、不安なのだろう。要は監視が出来なくなるのは困る。何を仕出かすかわからないから、と。そういう種類の『心配』であり『不安』なのだろう、と理解する。

 同時に、おそらくこの家主――黄龍殿がいては、不都合な話をしたい者たちがいるのではなかろうか、とも考えた。可能性としてならば、ありえるだろう。何せ、自分たちはこの世界の理に囚われない神格なのだから。

 思わず、口角が笑みの形に吊り上がる。

 

「――――黄龍殿」

 

 そう呼びかければ、彼は口を噤んで静かな眼差しを向けてきた。その眼差しからは内実をはかることは出来ない。いや、人間らしい感情があるのかどうかも、怪しいだろう。事実、人間らしい気配は纏っていないのだから。

 

「かかる火の粉は、祓っても構うまい?」

 

 す、と目を細めた相手は、しかし嘆息すると空を仰いだ。

 

「…………御身らに火の粉が掛かることは無い。そういう類の状況では無いからな。不満だろうが、此処で大人しくしていてほしい」

 

「やはり、正直だな」

 

「これから面倒なことをしに行くんだ。なのに今、面倒なことを増やしたくない」

 

 もう一度息を吐き、彼は一礼して改めて踵を返した。その姿が木立に隠れるまで見送り、腕に絡んでいる親友へと視線を落とす。

 

「――――さて、カール。卿の回復にはまだ掛かりそうか」

 

 カールは実にわざとらしく欠伸をしてみせてからするすると懐へ入り込み、不貞寝することにしたらしい。思わず苦笑が零れる。

 大人しくなった親友を懐に抱えたまま来た道を戻り、自分の部屋へと戻って読みかけだった本を手に取った。

 

 

 

 





Quivale flip, frawrle chs,
冬は過ぎ 春が訪れ
en ciel porter ee warma.
世界はこんなにも暖かくなった

Colga fernia, plina harmon,
融ける氷雪 結ぶ新緑
re ini brinch sapon clalliss.
解れた指先も温もりを懐かしむ


Lirle pak, ptrapile tek,
夏を迎え 秋を辿り
en ciel porter ee wasara.
世界はこんなにも豊かになった

Sheak chsee, grave clalliss,
巡る日輪 赤めく楓
en coall tes fowrlle slepial.
そしてまた安らぎの眠りへと


【参考楽曲】
・『EXEC_SEEDING/.』
stellatram『PARADIGM SHIFT ~cenjue innna, cenjue ciel~』収録。


 はりきって頑張ったら、体調崩しました。てへぺろ☆
 あと、情景描写が足りないと感じる部分があるので、直したい気がします。が、しかし。直そうとすると今度は会話とかのテンポが悪くなる。どうしたものか……orz


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