花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※今回はサブタイトルを見てお分かりの通り、前回の宣言通り水銀視点でございます。

※ほとんど寝てるので、独白状態。

※架空言語(ヒュムノス・星語)が出てきます。本来はアルファベット表記では無いのですが、専用フォントだと表示されないのでアルファベット代用です。


※実は色々とテンパってたり焦ってたりしているニートと、そんなニート(小蛇)を撫でて子守唄うたって落ち着かせてるだけの黄龍殿がいます。端から見れば和める風景です。



sstaary cloowu tier eever
fiitaai siei titaa seefaltann syii tie




金砂の夢 -水銀-

 ――――深々(しんしん)と、淡い金の雪が降り積もる。

 

 微睡むような夢の中、降り注ぐものは時折その姿を変えた。時には雨になり、花弁となり、あるいは星屑のような小さな煌めきになり、やわい羽になり、透き通った鱗にもなる。だが、いずれも長く形を留めることは無かった。

 深々と音も無く降り注ぐそれが、あの邪神に砕かれ、在るべき世界から弾き出された自分たちの命脈を繋いだものだと、今では理解している。

 

 夢の中で降り注ぐそれは、触れれば儚く溶け消え、じんわりとあたたかくこの身に染み込んでは傷を癒やした。砕かれ、罅割れた魂にまで染み込み、無数の疵をあたたかい波動で触れて罅の隙間を埋めていく。

 抱きしめるというよりは、ゆっくりと撫でられているような感覚に近い。慰撫されている、と言えばいいのだろうか。ひたすらにゆっくりと、何度も何度も繰り返し、労わるように撫でられているような、そんな感覚。

 

 そんな夢の中でゆっくりと瞬けば、視界には星屑の空が広がった。天上には無数の煌めきが集い、ひとすじの大河のように止め処なくゆったりと流れている。それはまさしく天の川のようだった。そして天上のそれを映すかのように、遙か眼下にも同じような光の道がある。まるで脈打つようにゆっくりと明滅を繰り返しながら、無数の小さな光が流れていく。

 あの無数の小さな輝きが、この世界のあらゆる生命の灯火なのだと、誰に教えられるでも無く理解した。眩い煌めきは、自らの生を懸命に謳いあげているからだと。だが、どんなに眩い輝きであろうと、それは一瞬だった。ひときわ鮮烈な輝きを放った後まるで花のように散り、別の光に溶け込み、また同じように輝いては弾け、他の光に呑み込まれていく。

 それはまるで、輝きを受け継ぎ、受け継いだ輝きをまた別の者に託していくかのよう。そして、それは間違いでは無いのだろう。『この世界』とは、そういう世界なのだと理解する。

 短い生を、ひたすらに繋げていく。その、間断無く、綿々と繰り返される継承が、この世界の根底にあるのだと。

 

 ふたたび瞑目し、淡い雪の如く沁み込んでくる力に意識を向ける。

 

 寄せては返す波。大地に根を張り、天へ向かって枝葉を広げる大樹。湧き立つ雲から降り注ぎ、地表を濡らして循環する水。山野を駆け抜け、吹き渡る風。

 

 春には草花の芽吹きを、秋には実る稲穂の豊穣を。

 生に喜びと悲しみを。死の喪失と寂寞を。

 陽光の恵みと、月夜のやすらぎを。

 

 永劫の時の流れの中、ひたすらに短い時を繋げていく。万象に宿り、巡り流れる、命の奔流。脈打つ鼓動のリズム。すべてが繋がり、星を満たす命となる。

 

 その、あまりにも多くの欠片を内包する、力の気配。その小さな小さなひと粒を、『この世界』は幾百幾千と集め、深く傷付き衰弱した我らに分け与えてくれた。それは、『この世界』にとっては自らの血肉を、魂を分け与えるに等しい行為と云えるだろう。それでも、『この世界』から我らに向けられるのは、優しい労わりと深い慈しみだけ。ごく稀に小さな感情らしき気配も向けられるが、概して感情らしき気配の波は穏やかで――――こう、巨大な老木と対峙しているような、そんな気にさせられた。

 

 ――――だが、そう。

 この力の性質は、愛しい女神のそれに似ていた。その輝きは黄金の獣にも近しい。故に、どうしても親近感が湧く。

 最初こそ、あの邪神を連想させるほどの膨大な力の気配に警戒したものの、どうもその力の大半は『この世界』を維持することにまわされており、しかもその性質は愛しい黄昏の女神に近いものであると察してからは、気にならなくなった。

 

(――――嗚呼、いとしの女神よ……)

 

 彼女は、無事だろうか。彼女に捧げたアレは、きちんと役目を果たしたのだろうか。きっとそうであってくれと思いながら――――それでも、おそらくそれは叶わなかっただろう、と考える。

 自らが総べた時代に比べれば、あまりにも短かったその治世。まさしく自分が例えた花のように短い治世で散ってしまうとは。これも自分が彼女を花などに例えた所為だろうか。

 

(ああ、いや。そんなことよりも……)

 

 早く、戻らなければ。一刻でも早く『あの世界』へと帰還し、あの邪神を排し、自分が神座に就いて再び世界を回帰させなければ。そうすれば、再び女神の治世を迎えることが出来る。

 

 純粋無垢なる、至高の魂よ。黄昏の女神――――私はあなたに恋をした。故に。

 

 幾度となく、世界を繰り返した。愛しい女神に抱かれて死ぬ。それだけを己の終着点を定めて。それに至るためだけに、那由他ほども世界を繰り返し――――そこそこ、満足のいく結果が出せたというのに。

 それを、あの邪神がすべて打ち壊した。おそらく、きっと女神も砕かれてしまっただろう。

 

 ――――否。

 

 認めない。

 私はそんな結末など、望んでいない。あの輝かしい女神の世が、あんな外道に潰されて終わるなど在ってはならない。

 

 ちりん、と。

 小さな鈴の音のようなものが、意識に入り込んだ。同時に、ふわりと風が身体を撫でる感触。

 

 

―――― rlae llar

 

 

 淡雪のような光と共にやわらかく降り注いだ音の連なりに耳をすませば、急速に夢の情景は遠ざかった。その代わり、さわさわと草木が揺れる音と、深い色の声がやわらかな音を口遊んでいるのを知る。

 

 

enu remvia fuff

cuol un wahh remvia tfuff

solf syene sattsa via

pon euxyel ciel clal nouwa

 

 

 ふと、唐突に目が覚めた。もぞもぞと身動ぎし、そういえば今は小蛇の姿だったと思い出す。ついでに何処で微睡んでいたのかと言えば、『この世界』で自分たちを拾い世話を焼いてくれている家主の懐だった。スルスルと身を這わせて懐から顔を出せば、縫物をしていたらしい家主は手を止めて視線を落とし、淡く笑んでそっと指先で頭を撫でる。

 一応、人間の姿も知っている筈なのだが――――どうにもこの小蛇姿の時は、扱いが孫か何かのそれであるように思えて仕方ない。不快かと訊かれれば否ではあるが。

 

 

ydw noze enn

syene f rr fu fuu

cuoln air nm r nm

a il ya iam iyshi

 

 

 知らない言葉を、やわらかな旋律に乗せて口遊む声はひたすらに穏やかで――優しい、と云えるのだろう。眠る者に呼びかけ、ゆっくりと目覚めを促すような旋律を聴きながら、思わず首を傾げた。

 自分はそれなりに言語には詳しい、と自負している。ヨーロッパ諸国は勿論、中東近辺の言語もひと通り問題無く操れるが――それでも、この言語は理解できなかった。だが、それでもひどく原始的な言語であるらしい、とは察せられる。まだ明確な文法が構築されるより前の、古い言葉なのだろう、と。

 不意に、頭上で家主が微笑った気配を感じとり、首を巡らせて振り仰ぐ。彼は手にしていた縫物を脇へ退かして針を片付けると、私を懐から出して膝の上に置いた。そうして普通の蛇でも相手にしているかのように頭を撫でる。ちらりとその指先を見れば、以前に噛みついた時の痕がまだ赤く残っていた。

 

(――――ふむ……)

 

 あの時、流れる血を舐めて素晴らしい純度の力――エーテルだったことを思い出す。いや、東洋的には《氣》というのだったか。言い方などはどうでも良いが、つまりは全くもって人間らしからぬ血であったことは確かである。

 正直、おそらくこの御仁の血を呑んだ方が回復は早い。女神の許へ還るにも、あの邪神を排するにも、兎にも角にもまずはこの身を回復させなければ話にならない。

 ただ、やはり全く違う理の世界に在るモノの血をそのまま摂取するなど、危険極まりない行為ではある。本来は毒にはなっても薬になることなど無いだろう。

 

(……だが、)

 

 時間が無い。

 ゆっくりと悠長に回復を待つ時間は無い。あの邪神はおそらく女神が総べるべきあの世界そのものを消し去ってしまう。女神に捧げたアレは、いくらか時間を稼ぎはするだろう。だが――――それ以上は難しいだろうし、何よりアレが座を握ることは無い。アレは己の生み出す世界の法を忌むべきものとしている。そうなるように仕向けたのは自分だ。だからこそ、アレは全身全霊で時間稼ぎは出来たとしても、神座には就かない、と考える。

 

 ならば、やはり自分が帰還し、再び自分が神座に就いて世界を回帰させるしかない。

 そもそも女神が砕かれた世界など、あってはならないものだ。

 

 その為には、まずは回復しなければならない。

 そして、目の前には手っ取り早く確実に回復出来る手段がある。これを利用しないなど、在り得ない。

 

 ゆったりと自分を撫でる指先を見つめ――――先日のように噛みついた。じわりと滲んでくる甘露のような紅い雫を啜り、舐める。

 相手は噛みついた瞬間に驚いたように動きを止めたが、しばらくすると噛みつかれた手はそのままにもう一方の手で優しく撫でて来た。ちらりと顔を見上げれば、どこか困ったような、あるいは呆れたような笑みを浮かべ、小さく息を吐く。

 だが、それでも手は振り払わなかった。

 

「……小蛇殿。あまりに取り込むと、その身には毒だぞ」

 

 わかっている。だが、それでも猶予は無い。時間が無いのだ。

 もう一度、女神の地平を取り戻せるのなら手段など選ばない。何度でも繰り返し、最適解に辿り着くまで、那由他の果てまでも回帰させよう。

 

「……蛇殿、」

 

 そっと、溜息を吐かれる。だが、やはり振り払おうという気配は見えない。それどころか、労わるように身体を撫でられた。

 

 

hymme yos noese enesse.

 ありのままの想いを謳いなさい

sor lhasya ciel revm.

 それが世界の夢を繋ぐ

 

 

 不意に奏でられた言葉に、思わず身体が硬直する。同時に草木が、風が、水が、空間が、その場のすべてが震え、揺らぎ、ざわめいたのが判った。

 害意も敵意も無い。ただ圧倒的な量の気配が、こちらへ意識を向けた。空間を埋め尽くすほどに無数の何かが振り返り、息をひそめてこちらを窺っている。

 

 

urt ratinaa siary faur sieerr fantu naa

urt ratisyaan tee fee

faur siary faur tututuui

 

 

 旋律に乗せて紡がれる言葉は、解からない。だが、それでも自分たちを労わり、心を砕いてくれているのだとは理解できた。ゆったりとこの身を撫でる手はあたたかく、歌う声は子守唄を奏でているかのように優しい。さわり、と木々が揺れて無数の気配は柔らかな風に溶け込むように散じた。

 おずおずと噛みついた指を離せば、彼はやはり淡く微笑みながら歌いかける。

 

 

fauve syaarn viverr sfaatry clouti revver

tsakaa uhutu cheelnssr kforr tulii veetr

 

sstaary cloowu tier eever

fiitaai siei titaa seefaltann syii tie

 

 

 ゆったり、ゆったり。何度も繰り返しこの身を撫でられるたび、夢の中と同じように細かな金砂のようなあたたかな光が染み込んでくる。労わるように、罅割れた魂を癒やすように。

 その柔らかなぬくもりに、ふたたび眠くなってくる。

 

 

linen yos revm eetor.

 夢の続きを語りなさい

sor lhasya ciel fedyya.

 それが世界の明日を繋ぐ

 

 

 うつらうつらと微睡みに揺蕩う中、やはり優しい歌が意識を撫でて夢の中へと誘っていった。

 

 

 

 




urt ratinaa siary faur sieerr fantu naa
 あなた達の語った理想が 美しい夢が
urt ratisyaan tee fee
 幻想ではないのなら
faur siary faur tututuui
 もっと語って

fauve syaarn viverr sfaatry clouti revver
 幾たび躓いても 挫けず立ち上がり
tsakaa uhutu cheelnssr kforr tulii veetr
 己の信じた道を 歩み続けられるのなら

sstaary cloowu tier eever
 謳いなさい 絶えることなく何度でも
fiitaai siei titaa seefaltann syii tie
 私達へと響き渡るように


linen yos revm eetor.
 夢の続きを語りなさい
sor lhasya ciel fedyya.
 それが世界の明日を繋ぐ




 さて。
 つまりは何が言いたいのかと云うと。フラグとか伏線とか、そういうことです。




【参考楽曲】
・『EXEC_SEEDING/.』
stellatram『PARADIGM SHIFT ~cenjue innna, cenjue ciel~』収録。
・『Ec Tisia ~Tarifa~』
志方あきこ『謳う丘 Ar=Ciel Ar=Dor』収録。


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