花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※『東京魔人學園外法帖』と『転生學園』要素のクロス?です。

※黄龍殿の追憶的な何か。

※実は結構、黄龍殿も不安定なのが発覚。

※過去のことですが、別に付き合っていたりとかはしていません。

※黄龍殿×天津の神子的な雰囲気に見えたりするのは、錯覚です。おk?

※よって、腐海でもBLでもありません。そもそも当時の神子の性別が不明。

※しかし、わざわざここで警告するという事で、お察しください。

※よろしいですか? ではどうぞ。




昔日の花雨 -黄龍-

 最初に気付いたのは、木々が揺れて擦れあう音。次いで頬を撫でるように過ぎた風の感触。そして次に濡れた土と草木の匂いが届き、最後に強い芳香を放つ花の匂いが鼻腔に残った。

 

 どうやら、少し居眠りしてしまっていたらしい。何度か瞬き、そっと手にしたままの布と針を確かめる。――布はともかく、針を失くしていなくて良かった。落としていたら探すのが面倒だ。

 柱に凭れたまま庭に目を向け、思わず目を細めた。濡れた青葉が陽の光に輝いて眩しい。ぱたぱたと、軒先から音を立てて雫が滴り落ちる。

 

「……雨は、止んだか」

 

 縫い途中の布を膝から退かし、裁縫道具を箱に片付けて立ち上がる。急に立ち上がった所為か目が眩み、踏鞴を踏んで柱に寄り掛かって数秒。何度か瞬き、視界が明瞭になるのを待って息を吐いた。

 自らの失態に軽く苦笑を零し、布と裁縫箱をまとめて鏡台の横に置いて片付ける。

 

 居間から土間に降り、竹で編んだ籠を持って勝手口へ向かった。戸を開け、うららかな日差しに目を細めながら外へ出る。

 

 ここ数日降り続けていた雨は、すっかり上がっていた。洗われたような蒼い空と山の緑が心地良い。菜園脇の小道を歩きつつ、道端に生えている(よもぎ)の柔らかい葉を摘み、野蒜(のびる)を抜く。家の周辺をひと巡りする頃には、籠には充分な量の山菜が採れていた。

 

 ちらりと山を下る小道に目を向け、緑に沈む木陰を眺める。

 この道は小さなせせらぎに繋がっているが、普段はあまり使わない。今も用がある訳では無く、そちらに目を向けたのは単に見知った気配があったからだ。

 見知った――けれど、此処に在る筈のない気配。

 

「……『鹿跳(ししとび)』……」

 

 名を呼べば、大気を揺らめかせて陽炎のようにおぼろげな姿を見せる。

 蒼い体躯に燐光を纏う、大きな鹿。複雑に枝分かれした角を凛と掲げ、静かに佇む姿は『幽玄』という言葉が良く似合っていた。

 ユラリ、と形が揺らぐ。

 水面に映った虚像のようなそれに、理解した。

 

「……神子は、もう刻限か……」

 

 蒼い大鹿が、ゆったりと瞬く。

 

「……そうか、」

 

 静かに歩み寄り、佇む大鹿にそっと手を伸ばした。

 

「――すまない。俺は、」

 

 手が触れる。大鹿はそれを避けるように身を引き、次いで軽く頭を垂れた。そうして、ふわりと風に散らされるように(ほど)けて消える。

 

「…………また、」

 

 零れかけた言葉を呑み込み、伸ばした手を下ろした。少しだけ俯き、言葉の代わりに吐息を零す。騒々と揺れる木々の音を聴きながら、しばらくその場に立ち尽くした。一度は下ろした手を眼前に運び、ぼんやりと眺める。ふと思い出して懐に手を入れ、歯の欠けた櫛を取り出した。

 黒に近い深い藍の地に古びた色彩で金銀の波紋が描かれ、花弁を散らせる桜があしらわれている。風に散り、水面に浮かんで滑るように流れ去っていく桜の図。

 

 ――――だいじょうぶ。

 

 不意に、記憶の深みから、あの日の声が蘇った。

 

 ――――だいじょうぶ。自分はいくけれど、あなたはかわらず在るのだから。

 

 満開の桜。降り頻る花弁は雪のように白く、けれど仄かなぬくもりを纏って終わりゆく春を謳いあげる。

 ふわり、と。天津神々と地上を結ぶ神子の色素の薄い髪が風に舞った。病的に細い腕が伸ばされ、自分の手に触れる。両手で包むように手を取り、そうして何かを握らせた。

 

『…………見つけてくれて、守ってくれて、ありがとう。――――契約でも何でもない昔の口約束を、忘れないでいてくれて、ほんとうにうれしかった。 叶うなら、』

 

 ――――どうか、来世もまた、見つけてほしい。

 

 ごめんなさい、と声を震わせて涙を流す神子の涙をぬぐい、わかってる、と返す。わかっている。だから泣くな、と。

 

 そうして交わした言葉を、最後に叶えたのはいつだったか。

 徐々に人として生きる時間すら短くなっていく神子に、追いつけなかったこともあった。そもそも、産まれてすぐに殺されてしまっては、手を出すも何もない。それでいて死ぬのは常に龍脈絡みだ。つまり、産まれたかどうかは解からなくても、死んだ時だけは確実に解かる。転生したことに気付けず、その死んだ気配でようやく気付いた時の虚しさなど、知りたくも無かった。

 

 ざわり、と。山の木々が風に揺れる音で、我に返った。

 手にする櫛を眺め、目を細めてそれを改めて懐に仕舞う。

 

(――今代には、まだ、会えていない……)

 

 いや。会っていない、が正しい。居場所も立場も、把握している。ゆるやかに使い潰されていることも。それに思うところが無い訳では無い。それでも、ある事実が会うという行動を躊躇わせる。

 

(……会った、ところで……)

 

 自分は、あの魂を救えない。それを、どうしようもないほどに、自覚している。

 万の民が暮らす国土と、たったひとつの魂を、天秤に掛けることも無く、選ぶことすら無く前者を採ると、自覚している。――国の未来の為に、死んでくれと。きっと自分は、迷い無く口に出来る。出来てしまう。

 会って、ほんの束の間を共に過ごして、流れる涙を拭ってやって――そうして、背中を押してやる。自分で、選べと。選んだ先に、神子自身の未来など無いと知りながら。

 痛む胸など、関係無い。良心の呵責など、無縁のものだ。そもそも、自分は人間では無い。人間の形を取ってはいるが、それでも人間では無いのだから――――痛む心など、知らない。

 ――そして、それがもはや、自身に言い聞かせているだけに過ぎない言葉であるのだとも、自覚していた。繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせる。そうしなければならないほどに、自分は人間寄りになってきてしまっているのだと。だから、親しい魂が何度も汚泥(おでい)に塗れるのを見るのは、自分も苦しいのだと。

 幾度も考えた。この苦痛から逃れるには、どうすればいいのか。幾度も考え、出た結論はふたつ。

 きっと人であったなら、神子の運命を弾劾する。神子の手を取り、無理矢理にでも引っ張って、共に逃げるなり抗うなりするのだろう、と。

 しかし自分は、その選択肢を選ばない。その選択の先に流れ着く場所を、知っているから。その選択の先には、もっと深い絶望の風景が広がっていると。そこに辿り着いた時、きっと後悔しか残らない。そもそも、手を取ろうが離そうが、神子の寿命は花の如く短いままだ。延命は可能でも、いずれ死ぬのはどの生命も変わらない。

 畢竟(ひっきょう)、たとえ贄の宿命から逃れようと、神子もいずれ死ぬ。土へ還り花を咲かせ、風に散じて世界へ溶ける。そうしていずれ、世界を巡る『わたし』の中へと還ってくる。

 そこまで考え、この器に収まっている自分は泣きたくなるのが常だった。結局、自分は本当の意味で人間らしく在ることは出来ない。人の器で人と交わっても、本質的には相容れないのだと。

 

 深く息を吐き、梢の間から降り注ぐ木漏れ日を見上げる。小鳥がさえずりながら飛んでいくのが見えた。

 

「――嗚呼、ダメだな……」

 

 このまま戻れば、先日拾ったあの白い蛇の姿をした神に要らぬ勘繰りをされてしまう。その程度には気分が塞いでいる自覚があった。だが、そうも言っていられない。

 

 やがてもう一度だけ溜息を吐き、手にした籠を抱え直す。

 

「――戻るか」

 

 思考を切り替えるために小さく呟き、振り切るように(きびす)を返した。

 

 

 

 

 




作業用BGM

・『忘れられた桜の木』(より子)
・『桜の樹の下』(KOKIA)
・『命奉処』(stellatram)
・『天出処』(stellatram)
・『EXEC_SEEDING/.』(stellatram)
・『Little Sign』(レトクオリア)

 というラインナップでした。知らない方は是非、聴いてみてほしいです。
 あ。でもたぶん、一般受けしそうなのは
 KOKIA>より子>レトクオリア>stellatram
 だと思われます。やはり、多重録音+架空言語は一般には敷居が高いかと。でも雲龍紙は大好物です。


 それはそうと。
 また、花見が出来なかったよ……orz


 幼少期に1度だけ、まさしく『桜吹雪』と云える瞬間を見たことがあります。しかも、丁度その瞬間、自分の視界には人がいなかった。
 やわらかな風が吹いて、公園の桜が一斉に花弁を降らせて、本当に夢のように美しい瞬間でした。あれ以上に美しいものを、未だに見つけられていません。

 またいつか見たいものです。


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