花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※病み上がりで寝起きな珍しすぎる状況の獣殿視点です。

※上記に拒絶反応が出た・脳が理解を拒否したなどの症状があった方は、速やかにブラウザバックで脱出し、お気に入りの作品を眺めて精神力の回復をすることをおススメします。そしてそのままこのシリーズについては忘れましょう。

Q:キャラ崩壊ですか?
A:キャラ崩壊はしてないと思います。ただ、他の二次作品の獣殿と比べるとだいぶ穏やかと云うかマイペースと云うか……ゆったりしているような気がします。あくまで気がする程度。たぶん。

※というか、獣殿も黄龍殿も軽いジャブで挨拶しているだけなような……? 先制は獣殿。しかし黄龍殿もカウンターを発動します。
 が、どちらもあくまでにこやかに言論で遠まわしに、です。

※シュピールドーゼ。ドイツ語でオルゴールのこと。




花山吹 -黄金-

 ぱたぱたと軒先から滴が落ちるたび、キン、と鉄を打つような澄んだ音が小さく響く。

 あまり聞いたことのないこの音に気付いたのは、今朝だった。一定の間隔で高く澄んだ音や低く鈍く反響するような音が耳に届き、何かの楽器だろうかと思ったのが気付いてから30分近く過ぎた頃。――楽器かと考える程度には、音階があるように思えた。

 興味が湧いて音のでどころを探り、雨の降り頻る外から聞こえているのだと気付いて考えを改める。流石にこの雨の中、外に楽器を持ち出す筈も無いだろう。そう思って、すっと紙と木で出来た戸を開ける。濡れた土と草木の匂いが、ふわりと部屋に流れ込んだ。

 ――キン、と。鉄を叩き、反響するような音が小さく響く。どうも、その音は軒先から地面に雫が落ちるたびに響いているらしい。――――たしかに、雫が水面を打つ時の音にも似ている。

 

「…………ふむ、」

 

 軒先から滴り落ちる雫は、ちょうど庭と家屋を隔てるように敷かれているらしい白い砂利のラインに染み込んでいく。それから僅かに間をおいて、キン、と高い音が響いた。

 ――これは、下が空洞になっていて、そこで音が反響しているのではないだろうか。しかも音の響き方から察するに自然に出来た訳では無く、大きめの壺か何かを土の下に埋め込み、わざわざ空洞を作っているものと思われる。おそらくは、この音を楽しむ為の仕掛けなのだろう。なかなかに手が込んでいる仕掛けである。

 板張りの床に腰を下ろし、柱に背を預けて目を閉じた。――――高く低く、水滴の音が雨の音に混じって響く。時折、風に揺れてこすれる梢のざわめきも耳に届いた。

 人の気配は、微塵も無い。

 

(――――にも、かかわらず……)

 

 スッと部屋の戸が開かれた静かな音に、目を開く。ゆったりと視線を巡らせれば、ここの家主が手に盆を持って入って来たところだった。ぱちりと目が合い、家主はゆったりと瞬いて淡く微笑む。――本当に、この御仁には人間らしい気配が無い。皆無と言う訳では無いが、それでも草木や花のような気配に近いと感じられた。

 

「おはよう。――どうかしたか?」

 

「なに。少し、音が気になってな」

 

「音?」

 

 呟きながらゆるりと瞬き、ふと思い当たったのか、「ああ」と言って苦笑する。

 

水琴窟(すいきんくつ)だな。そうか。異国には無い仕掛けだったかな。――耳障りなら、部屋を変えようか?」

 

「いや。珍しい音だったのでな。――最初は、鉄琴か何かだと思ったのだ」

 

「確かに、(きん)の類ではあるが……」

 

「シュピールドーゼかとも思ったのだが、それらしきものも見当たらない。それでよくよく観察してみれば、軒先から滴る雫とどうも関わりがあるようだったので最終的には水滴の音だとは理解したのだが……」

 

「単純に音を楽しむ為の装置だ。『風流』だとか『粋』だとか『侘び寂び』の演出装置のひとつだな。――まぁ、こういう言い方をすると、いっきに無粋になるが」

 

 軽く苦笑しながら、家主は盆を持ったまま歩み寄り、カタリ、と板敷の床に盆を置いた。一人分の食事なのだろう。小さめの土鍋と木彫りらしい椀がひとつ、盆の上に乗っていた。それを見て、わずかに首を傾げる。

 

朝餉(あさげ)は食べられそうか? 山吹殿」

 

「――卿はすませたのか?」

 

「ああ、まぁ。作っている時にちょいちょい味見とかで摘んでたから。もともと、あまり食べないし」

 

 だから気にしなくて良い、と言って笑う家主に、ゆったりと瞬く。――――少し、反応を見てみようか。

 

「ふむ。――では、毒見をせよ、と言えばどうする?」

 

 す、と家主は僅かに眸を細め――だが、それ以上の変化は特に無い。

 この反応は、意味を理解できていない訳では無いらしい。どちらかというと、こちらがこういう事を考える可能性は一応、考慮していた、といった反応だろう。しかし同時に、その考えをこちらがこうも明け透けに提示するとは思わなかった、と。

 ふと、家主の口元に笑みが浮かぶ。しかしその眼差しには、特に笑みは含んでいない。ただ静かにこちらを映している。

 

「――――御身らは、毒殺が可能なのか?」

 

 馬鹿な、とでも言いたげな口調と言葉に、思わず瞬いた。相手は一瞬呆けたこちらに笑みを深くし、こてん、と首を傾げて見せる。

 

「毒など効かないだろう。御身らは、『そういう存在』の筈だ。――であるならば、毒など盛るだけ無駄だ。少し考えれば明白だろうに」

 

 それに、と家主はゆったりと続けた。

 

「山吹殿に至っては、毒の種類まで判りそうだ」

 

 その言葉に、口元に微かな笑みが滲む。

 確かに、人間時代に色々とあったおかげで嫌がらせや暗殺に使われる毒はひと通り判別できるが、まさかそれを出会って数日の相手に看破されるとは思わなかった。

 

「――不安なら、これは下げよう。人の作ったものを口にする習慣が無いなら仕方ないし、アレルギー持ちなら確認しなかったこちらも悪い。ただ、申し訳ないが……この家の台所では御身らは非常に料理しにくいと思う。第一、」

 

 御身らが料理している姿は、あまりにも似合わなかったので……と告げて眉尻を下げる家主に、思わずくつくつと笑い声が漏れた。ひとしきり笑って、いや、と首を振る。

 

「少しばかり、反応を見たかったのだ。許せ」

 

「……だろうと思った。面白みが無くて悪いな」

 

「いいや、充分だとも。――――頂こう」

 

「ずいぶん調子のいい手のひら返しだ。憎茶でも出してやろうか」

 

 口ではそう言いながら、家主は本音では気にしてはいないのだろう。変わらず笑みを滲ませたまま、運んできた小さな土鍋の蓋を開ける。ふわりと立ち昇る湯気と匂いに、ふと何故か違和感を覚えて瞬いた。僅かに首を傾げ――そういえば、人間らしい温かい食事は、いつぶりだっただろうか、と思い至る。

 ほかほかと立ち昇る湯気の下から現れたのは、ほのかに黄みを帯びた粥に緑のネギを散らしたもの。それを木彫りの椀に移し、小さめの木匙を添えて差し出してくる。それを受け取り、ひと匙掬って口に運んでみれば、溶かれて絡んだ卵と出汁の旨味が口の中にじんわりと広がった。

 

「……見た目よりも、手間をかけたのか」

 

「ん? 出汁のことか?」

 

 鰹節と昆布と……と指折り数えだした家主に、思わず苦笑が零れる。どうやら、この御仁は思っていた以上に世話焼きであるらしい。

 黙って食事を続ければ、家主は少し考えた後、慣れた手つきで冷ました白湯をカップに入れて盆に置く。それに瞬けば、彼は「緑茶が飲めるか判らなかったからな」と言ってもうひとつのカップに茶を注いで見せた。ハーブティーよりも濃い緑色の茶に、確かに、と思う。これは苦手な者もいるだろう。

 ゆっくりと食事を続けていると、家主は気を使ったのか、静かに立ち上がり部屋を出ていった。

 

 雨の音と水琴窟と云うらしい雫の音を聞きながら、ぼんやりと食事を続ける。しばらくして食事が終わる頃、ふたたび家主が部屋にやって来た。その腕には鮮やかな橙色の花を抱えている。

 

「……それは?」

 

「ヤマブキだ。――活けようと思って。食器を下げるついでに持ってきた」

 

 ヤマブキ、と呟き、まじまじとその花を観察する。流れるように垂れる細枝に、いくつものあたたかみを帯びた黄色の花を咲かせている様は、確かに観賞用としては良いだろう。どことなくカーネイションやバラの形に近いような気がする可憐な花に、しかし思わず瞬いて首を傾げた。

 

「……卿は、私をその花の名前で呼んでいるが……自分で言うのも難だが、とうてい似合っていないと思うぞ?」

 

 自分よりは、黄昏の女神の方が似合っているのはあまりにも明白だ。この意見に反対する者などいないだろう。自分はこんな可憐な花の名で呼ばれるような存在では無い。

 そんな風に思いながら、微かに笑みを滲ませる家主を見遣る。彼は面白そうに目を細めた後、部屋の片隅にある花瓶へとヤマブキを活け始めた。もともと活けていた花の中からダメになっているものを抜き出し、代わりにヤマブキを差し込んでいく。

 

「山吹色は黄金色という意味を持つ。が、それを抜きにしても、御身を表すのに相応しい名前ではあると思うぞ、山吹殿」

 

「ほう。――して、その可憐な花のどのあたりが?」

 

 ざっと活けた花を整えた後、抜いた花を脇に抱え、食事のすんだ膳を持って立ち上がりながら、家主は応えた。

 

「――七重八重 花はさけども山吹の みのひとつだに なきぞかなしき」

 

 ――――和歌、というものだろうか。あまりにも予想外の返答に、思考が空転する。しかし内容を吟味するより早く、家主は部屋を出る直前で肩越しに振り返り、艶やかに笑って見せた。

 

「確かに八重咲きの花は美しいな。観賞用としては良く映える。――しかし、命を繋ぎ、次代へ残すことが出来ないのなら、果たして生きることに意味はあるのだろうか。……地味な一重咲きは実を結んで種を残すが、人目を引く八重咲きは実を結ばず、種も残さないんだ」

 

 ふと、肚の読めない微笑を浮かべ、今度こそ家主は部屋を出ていった。さぁさぁと、雨が降りしきる静寂の中、ときおり水琴窟の音が響き渡る。

 

「……――――ふむ、」

 

 皮肉、だろうか。いや、そういう気配とはまた違った気がする。では何か、と云われれば、まだ明確な言葉は掴めないが。

 

「……ああ、そうか」

 

 問われたのだ、自分は。あるいは、『自分たち』は。

 その理に、意味はあるのか、と。ヤマブキと云う花の性質に託けて。

 思わず、口元に笑みが滲む。

 

「……【渇望】の意味を問う、か」

 

 ヤマブキの花を見て目を細め、手を伸ばして花をひとつ、摘み取った。しみじみと眺めた後、ぐしゃりと握り潰して風に散らす。

 

「それこそ、意味のない行為だろうに」

 

 滲んだ笑みは、しかし苦笑の色が強いだろうと自覚していた。

 

 

 




 Pixiv版には無いお話でした。まだ、微妙にお互い探り合ってます。

 そして実はこの間、ニートは蛇姿で黄龍殿の懐でねむねむでした。出そうかとも思ったのですが、そうすると何故か
「パパもママもけんかしちゃやだぁ!(泣)」
って状態の子供っぽくなりそうだったので、自重しました。はい。


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