花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

4 / 19

※腐海はまだ発生しておりません。

※腐海は発生していませんが……人によってはニートが口説かれてるように見えるかもしれません。


Q:黄龍殿は口説いているんですか?

A:口説いているつもりはありません。口説き文句っぽいな、という自覚はしているようです。しかし、思ったことを素直に口に出しているだけで、口説こうと思っている訳ではありません。
 今のところは。





花雨の抄
花翳り -黄龍-


 

 柔らかな陽射しを受けて、物干し竿に掛けた白い衣が風に揺れる。

 ひらひらと庭木の花に飛び交う蝶を時折 眺めながら無心に手を動かしていると、いつの間にか布の端まで縫い終わっていた。それに気付いて、ぷつり、とひと段落した縫い物から糸を切る。縁側に座り、陽だまりの中で欠伸を噛み殺しながら、失敗している箇所が無いか検めていると、不意に手元に影が落ちた。

 

「……ふむ」

 

 降ってきた声に、視線を上げる。黒い襤褸布を身に纏っただけの、影法師のような男の姿を見て思わず瞬いた。

 

「――思っていたよりも、美人だな。 小蛇殿」

 

 姿は違うが、気配は変わらない。小蛇殿で間違ってはいないだろうが、正直、思っていたよりも女顔な美人で驚いた。

 いや。所謂『蛇神(へびがみ)』と呼ばれるモノたちは、基本的に妖艶な美女・美形なので、美人であることには驚いてはいない。だが、こう……美人ではあるが『妖艶』とは言い難い、という部分に驚いた。なんというか、『蛇神』にはあるまじきことに、雰囲気からして『枯れて』いる。

 

「んー……白くなるまで乾燥した流木、みたいだな」

 

 海を渡り、浜に打ち上げられ、日照と潮風によって乾燥した流木。時に不可思議な曲線を描く骨のような色の流木は、火を灯せば炎色反応で蒼や緑の炎を見せる。えびす――即ち、『外より来たる流れの神』。

 

「……御身(おんみ)は妙なことをおっしゃる。この身は大抵、影に例えられるのだが」

 

「ん? まぁ……ぱっと見の外見はそうだな。影法師のような、と」

 

 何気なく手を伸ばして闇色の髪をひと房、手で掬い上げる。ひと通り感触を確かめてから、改めて顔を上げて微笑んだ。

 

「――まぁ、ある程度は回復なさったようで、安心した」

 

「ふむ。確かに、快調にはほど遠いと言わざるを得ないが、」

 

「それはそうだろう。本来の状態からすれば、砂一粒程度の欠片になって更に、薄皮一枚で辛うじて首が繋がっている状態――と言ってもまだ足りないほどに、弱っているんじゃないのか? どれだけ控えめに言っても『辛うじて奇跡的にまだ消えていない』という表現くらいしか思い浮かばないんだが」

 

 しかも、と思わず笑みが洩れる。いや、心境的には笑うしかない、というべきか。

 

「――そんな状態でなお、この星を潰すのは腕の一振り程度で済むんじゃないのか?」

 

 いや。もっと簡単なのかもな、と呟いて長い髪を手放す。さらりと流れた感触は、やはりというべきか、弱り具合を反映してだいぶ傷んでいるものだった。綺麗なのにもったいないと思う。

 

「……御前(ごぜん)は、」

 

 一段落した縫い物を片付けていると、再び声が掛かった。どういう思考の下なのかは解らないが、呼び方が変わったな、と認識する。――この手の存在を相手にする時には、こういった細かい言動から許容範囲にアタリをつけて、その範囲内に収まるようにしなければ痛い目を見る事は経験的に判っていた。特に『呼び方』には意識を向けておく必要がある。

 

 ―――が……良く判らないな。

 

 『御身』から『御前』へ変わった訳だが、こう、評価が上がったのか下がったのか、良く判らないチョイスである。

 言葉の意味を紐解けば『御前』の方が格式は高い。だが、現在では『お前』にまで格下げられた言葉でもある。その上、『高貴な者の細君。妻』などの婦人を敬う際に使うこともあれば、神の名前や白拍子の名前にも付けられる敬称であり――正直、どういうつもりで、そう呼ぶのか判断に困る。

 とりあえず片付けの手を止めて、改めて闇色の髪を流した麗人を見上げた。

 

「御前は、妙だな」

 

「端的過ぎて意図が判らない」

 

 即座に切り返してしまった言葉に、だが相手は気を悪くした様子も無く口元に微笑を浮かべる。それを見て、思わず顔を(しか)めて眼を逸らし、溜息を吐いた。それに益々、相手は笑みを深める。

 このパターンは、身に覚えが多分にあった。それも、個人的には有り難くない方向で。

 

「……ひょっとして、気に入られたのだろうか。小蛇殿」

 

「私に対する態度としては、非常に珍しい部類に入るのでね。こう、朗らかに明け透けな態度で接されるのは、非常に新鮮でもある。――ああ、中々に面白い」

 

「…………蛇は、執念深くて面倒臭いからな……」

 

 まぁ、多分。何処からともなくユラリと現れては、相手にとって嬉しくない話で絡んだり、警戒心しか抱かせないような話題を提供したりしていたのだろうな、とは思う。人間は蜘蛛か蛇かのどちらかに生理的嫌悪を抱く、という話も聞いた気がするし。

 ――どうも自分は嫌悪、という感情には縁も遠い様で、良く解らないが。

 

「――やはり、御前は面白い」

 

 その言葉に、改めて視線を向ける。影法師のような蛇神(へびがみ)は、口元に翳りのある微笑を刻んだまま、言葉を続けた。

 

「御前は、私が如何なるモノかを理解している。理解してなお、まるで友人に対するかのような態度を崩さない。――それは、万人に出来る事では無いし、第一、御前は我等を厄介だ、面倒だなどと言いながら、恐れてもいなければ畏怖している訳でも無い。――手負いとはいえ、毒蛇と獅子が傍にいても気にしないのは、余程の器量の持ち主か、単なる愚者か、あるいは道化か。――御前は、いずれもあり得そうで、私としても判断しづらいのだよ」

 

「私は【黄龍(こうりゅう)】だ。東洋の龍の姿形を知っているなら、蛇も獅子も無闇に恐れない理由としては単純だろう?」

 

「……ふむ。(ワニ)のような顔に、鹿の角。獅子の(たてがみ)を持ち、蛇のような胴体に、猛禽類の爪――という姿だったかな? 心境としては、獅子も蛇も同族扱いであるとでも?」

 

 問われ、考える。

 

(――いや、『同族』と云うよりは、むしろ……)

 

「……親? 兄弟? に近いような……」

 

「……く、くくく…っ」

 

 一瞬、瞠目した蛇神は、すぐに込み上げて来たらしい笑いを堪えようと肩を震わせている。それを横目で眺めながら縫い物に使っていた道具を部屋の鏡台(きょうだい)脇に片付け、ふと目についた櫛を手に取って縁側に戻り、蛇神に声を投げた。

 

「悦に浸っているところ申し訳ないが、ちょっと隣に座ってくれないか?」

 

 ちょいちょい、と手招きすれば、蛇神は面白そうな顔で言われたとおりに横に座ってくれる。何か言われる前に蛇神の背後に回り、膝立ちになって闇色の髪をひと房すくい上げ、軽く櫛を通してみた。

 やはり、あまり通りが良くない。

 

「蛇神でも、長生きしすぎると身嗜みはどうでも良くなったりするのか? せっかく綺麗なのに、もったいない」

 

「……私などよりも、獣殿の方がよほど美しいと思うのだが」

 

「系統が違うだろう。あっちは華麗、絢爛、煌びやかな美形で、御身は単純に綺麗だと思う。あちらが輝石をふんだんに散りばめた王冠なら、御身は水、というくらいには、『綺麗』の系統が違うな。――いや、水と云うよりは、(ソラ)か」

 

「…………」

 

「言われ慣れてなくて落ち着かない、とでもいうような顔だな」

 

「…………御前、扱い難い、と言われないかね」

 

「失礼な。私以上に扱いやすいモノなど、なかなか存在しないと思うぞ?」

 

 ゆったりと髪を梳かしながら他愛無い言葉を交わし、小さく笑う。自らに対する皮肉が混ざるのは、我ながら自嘲するしかない。

 

 ――それにしても、と思う。

 

 自分とはまた違う黒の髪を指に滑らせながら、ふと呟いた。

 

「……花よりも、珊瑚や貝、真珠が似合いそうだな」

 

「…………何やら非常に嫌な予感がするのだが」

 

「これだけ長い、綺麗な髪なんだ。いじりたくなるだろう、普通」

 

 組み合わせを考えてる、と応えれば、蛇神は何とも言えない沈黙を返す。頭の中で反論しているのか、それとも思考停止に陥っているのか。その内心を思えば、くつくつと肩を震わせて笑みが零れた。

 

 どこか深海の淵を思わせるような、紺碧(こんぺき)を帯びた闇色の髪。

 この髪ならば、薄縹(うすはなだ)よりも白藤(しらふじ)の色の着物が映えるだろう。飾りは真珠と翡翠が良いかもしれない。

 あるいは、いっそ蒼闇の地色の衣も良いかもしれない。黒にしてしまっては面白くないが、限りなく黒に近い蒼ならば、似合うだろう。

 

「……っと、」

 

 するり、と手から櫛が滑り落ちる。縁側の床を転がり、庭へ滑り落ちて縁石の上でカラン、と音を立てて止まった。

 それを蛇神は身を屈めて拾い上げ、おや、と声を上げる。束の間、逡巡したような間の後、半身で振り返ってソレを差し出した。

 

「……中々に良い品のようだが、実に惜しい事だ」

 

 歯の欠けた櫛を見止め、ふと思い返す。

 

 ああ。そう言えば。

 ――――これをくれたのは、神子だったか。

 

 もう、顔も、姿形も声も――交わした言葉さえ、褪せて擦り切れ、明瞭には思い出せないけれど。

 

「……そう、か。そうだな……」

 

 ぼんやりと遠い日を思い返しながら、歯の欠けてしまった櫛を受け取る。僅かに目を伏せ、淡い笑みを浮かべた。

 

「――やはり、残念だな……」

 

 ふと我に返り、櫛を懐にしまって蛇神に笑い掛ける。束の間の追憶は、違和感はあったとしても、訝しむほどの間ではなかった筈。

 

「――ところで、勝手に『小蛇殿』やら『影藤殿』と呼んでいた訳だが、私は御身をどう呼べばいいだろうか」

 

 後は、話題を変えて違和感など埋没させてしまえば良い。――だが、蛇神はじっとこちらを見つめた後、やれやれとでも言うように息を吐いて見せた。

 

「――――もしや、想い人か何かの形見だったかね?」

 

「違う」

 

「御前にしては余裕の無い返答、と言えそうだが」

 

「…………流石に、無駄に年経た蛇は、油断がならないな。だが、想い人では無いし、形見でも無い」

 

 言いながら、軽く笑う。意識して普段通りの態度を装っているように見えたりするのだろうか。実のところ、本当にいつも通りでしか無いのだが。我ながら、淡白だし薄情だと思う。しかし、だ。

 自分としては、薄情ながらも自分に人間らしい感情が在ることの方が、想定外である。ずいぶん長い事、人間に混じって生活していた所為なのだろうな、と理解しているが。

 

「……だが、そうか。それなりに、長い付き合いではあるのか。あの魂とは」

 

 ではやはり、『形見』と言えるような、言えないような、と呟きつつ、考えるような素振りで視線を落とす。

 

「まぁ……強いて言えば、『形見になる予定』だったのか。そろそろ今生でも寿命だろうし……って、なんだ、その顔は」

 

「――いや。少々、想像していたよりも斜め上な回答だったのでね。……というか、臨終の場に居合わせなくて良いのかね?」

 

「ん? ……あぁ、それは無理だ。どうあっても、平穏な逝き方は出来ないだろうし。経験上、いつ死ぬかは判っているが場所とタイミングはいつも変わる。第一、私も此処から動けないし」

 

 ああ、でも。

 今回は丁度、結界を張り直すタイミングか。なら、十三連座か富士のどこかになる。であれば、《龍脈》を通じて、死に目くらいは何とかなるだろうか。

 

「それより、私としては蛇殿の呼び名を聞きたい。それから是非とも身なりを整えて飾ってみたい。もちろん、あの山吹の君と一緒に並べて」

 

「――いや。ちょっと待て」

 

「ああ、でも。着せ替えの前には風呂かな。――生憎とこの家には湯船など無いから、裏山の温泉に行かなければならないが。そもそも、その前に体調は大丈夫か?」

 

 強引な流れなのは承知の上だが、とにかく適当に話を流す。正直、こちらの事情に突っ込まれるのは面倒だ。

 ――――少ない情報で真実に気付いてしまうような相手には、下手に秘匿するよりも適当な情報を過分に流してしまえば良い。そうすれば過剰な情報に翻弄されて、当分は大人しくなる。――そんな事を考えながら立ち上がり、ふと思い至って訊いてみた。

 

「とりあえず、夕餉(ゆうげ)の時はその姿のままだろうか?」

 

 ……こくん、と。勢いに圧されたかのように、蛇神は無言のまま、微妙な顔で頷いた。だが、すぐに我に返ったように苦笑を零して首を振る。

 

「ああ――いや。時間切れのようだ」

 

 ゆらり、と陽炎のように揺らぎ、姿が掻き消えた。視線を落とせば、白銀の蛇が蜷局(とぐろ)を巻いている。チロチロと赤い舌を見せる蛇神に微笑し、そっと掬い上げればスルスルと首の周りに陣取った。その小さな頭を指先で撫で、不意に翳った陽射しに空を仰ぐ。

 稜線の向こうが暗く翳ってきたのを見て、思わず息を吐いた。

 

「……また降って来るか。まぁ、そういう季節だから仕方ないが……」

 

 雨は、嫌いでは無い。だが、洗濯物が片付かないのは少し困る。――幸い、昨日、今日と晴れていたので今回は庭先で干している分で終わりだが、それでもまた数日降り続けるようなら竜神に苦情を言うかもしれないなと考え、思わず苦笑を零した。

 ちらりと稜線の向こうの曇天を見つめ、ここらに雨が降って来るまでのおおよその時間を計る。

 

「……うん。まだ少し時間はあるな」

 

 改めて縁側に腰を下ろし、柱に背を預けて空を見上げた。片手で小蛇を構いながら、もう一方の手で懐に仕舞った櫛に触れる。――――はて。これをくれたのは、何代前の神子だったか。

 もはや明瞭には思い出せない擦り切れた記憶の断片の中、白い欠片が降り頻っていたことは覚えている。懐からは出さないまま、つ、と指先で櫛をなぞり――ふと、かつては感じられた神子の気配の残滓(ざんし)すら、消えていることに気が付いた。

 その事実――――残滓が消えたことよりも、それを今更になって気が付いたという事実に、思わず瞑目する。

 

(――――嗚呼……こんなにも、遠い……)

 

 すり、と。ひんやりとした温度に頬を撫でられ、思わず瞬く。視線を向ければ、小さな蛇神が内実の読めない眼差しを向けていた。それに軽く笑みを零し、優しく頭を撫でて応える。

 

「……ああ、先に片付けてしまおう」

 

 徐々に暗くなっていく空を見上げ、軽く息を吐いて立ち上がれば、微かに遠雷(えんらい)の音が耳に届いた。

 

 

 

 ――――そういえば、今代の神子にはまだ、会っていない。

 

 

 

 

 

 





 前回までの投稿分の閲覧数を話ごとに分けてみると、獣殿が強すぎて「……うわぁお」ってなりました。ここまであからさまに差が出るのか……、と改めてしみじみ思ったものです。

 あ。でも言わせて下さい。
 雲龍紙が書くと、双首領は基本的にほのぼの要員になります。
 ……理由? 雲龍紙が知りたいです。何故だ、何故なんだ。解せぬ。なんなんでしょうね、本当に。

 そんなんでも宜しければ、引き続き次回の投稿を気長にお待ちくださいませm(_ _)m




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。