花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※病み上がりで寝起きな珍しすぎる状況の獣殿視点です。

※上記に拒絶反応が出た・脳が理解を拒否したなどの症状があった方は、速やかにブラウザバックで脱出し、お気に入りの作品を眺めて精神力の回復をすることをおススメします。そしてそのままこのシリーズについては忘れましょう。

Q:キャラ崩壊ですか?
A:キャラ崩壊はしてないと思います。ただ、他の二次作品の獣殿と比べるとだいぶ穏やかと云うかマイペースと云うか……ゆったりしているような気がします。あくまで気がする程度。たぶん。






花衣 -黄金-

 

 ――――初めに、柔らかな風が頬を撫でる感触に気が付いた。次いで意識してゆっくりと呼吸すれば、芳しい花の香りが鼻腔に広がる。あたりに人の気配が無いのを確認してからそっと目を開けば、木目の美しい天井が目に映った。

 

 戦場の気配は、微塵も無い。

 

 蛇が閉した世界の既知感も遠く、女神に抱かれた理の気配も無く、刹那の凍てついた法の気配も感じられず――――ただ、小さくも輝かしい、無数の生命に満ち溢れている気配だけが、強い。

 

 身体を起こせば、自分が見慣れぬ服を身に纏っていることに気付いた。たしか、極東の――浴衣、と云っただろうか。視線を転じれば、枕元にはガラスの水差しとグラスが置かれていた。

 

 ――――雨風を凌げる場所で、寝床と衣服を与えられて、水差しまで用意されている。ついでに拘束されている訳でも無く、部屋を見渡しても特に閉じ込めておく意図を感じさせるものは何一つなく、部屋の端には花瓶に黄色い花まで飾られていた。

 助けられ、面倒を看て貰っていた、と解釈するのが正しいだろう。色々と疑問は尽きないが、それでも礼には礼をもって報いねばなるまい。

 

 毛布の上に置いた右手に、スルリ、と何かが触れた。視線を落とせば、小さな白銀の蛇が鎌首をもたげて見上げている。その姿はともかく、気配には充分に覚えがあった。

 

「――カール、か?」

 

 頷くように頭を動かし、肯定の意を伝える。

 

「これはまた、随分と愛らしい姿だな」

 

 小蛇姿の親友は、「やれやれ」とでも言いたげにチロチロと赤い舌を出した。その仕種は、どうみても普通の蛇にしか見えない。だが、同時に気配はどう探っても親友のモノ。

 その親友はスルスルと移動すると、枕元の水差しに近付き、こつん、と口先でつついて見せた。そうしてこちらを見上げてから、もう一度水差しを示す。

 

「――飲め、と?」

 

 頷く蛇を眺め、ふむ、と少し考える。――この親友は、どうやら言葉も使えない程度に消耗しているらしい。だが、特に周囲を警戒している素振りは無い。つまり、少なくともこの場には自分たちを害するモノは無い、と考えていいだろう。

 そう考えて軽く笑む。水差しに手を伸ばし、グラスに透き通った水を注いでまずは軽く匂いを嗅いでみた。――ほんの微かに、爽やかな柑橘系の香りがする。ひと口含み、毒物にありがちな妙な苦みなどが無いことを確認してから、一杯分の水を飲み乾した。

 

 カールの様子を見る限り不要である可能性が高いが、それでも此処がどのような場所なのか判らない以上、警戒するに越したことはないだろう。

 

「……して、カールよ。此処の主は何処だ?」

 

 ユラリ、と身体を揺らした白蛇は木と紙で作られた丸い窓へ頭を向けた。おそらくは外なのだろう。紙の窓には、庭木のシルエットがまるで絵画のような配置で映り込んでいる。――いや、これは窓と云うには大きい。もしかすると庭に通じる戸でもあるのかもしれない。

 とりあえず立ち上がって近付き、木枠に彫り込まれた取っ手のような個所を見つけてそっと横に滑らせてみる。何の抵抗も無くなめらかに開いた戸の先には、磨かれたような板を張った狭いデッキと見事な花房を滴らせる藤の樹の庭があった。

 おそらくここは、庭を観賞する為の場所なのだろう。藤の大木と、その木陰が掛かる池。地面にはところどころに濃い緑の苔が広がり、デッキの目の前には庭と家とを区切るように卵サイズの白い石が敷き詰められていた。

 庭のあちこちで小さな雫が陽射しを受けて輝いているのを見るに、おそらくは雨でも降った後なのだろう。圧倒的に緑が多い庭の中、細い道が通っているのを見つけて視線で辿れば、藤の向こうに白い壁の建物が見えるのに気が付いた。――が、窓の無い造りからすると、あれは倉庫のようなものだろう。

 

 騒々と木々が揺れる音だけが響く。時折、小鳥の囀る声も耳を撫でた。

 こういった風景の中にいると、時の流れもゆったりしたものに感じられる。――こういう時間を好みそうなツァラトゥストラを思い出し、その事に思わず笑みが零れた。

 木の床に座り、柱に背を預ける。しばらくすると、2、3羽の小鳥が警戒も無く肩に舞い降りて来た。小首を傾げ、チチチ、と鳴き交わすと間違いを悟ったかのような調子で慌てて飛び立ち、藤の花房の向こうへ消える。小鳥の向かった先に、何かの気配があった。カールに確認するように目を向ければ、蛇姿の親友は素知らぬ素振りで蜷局(とぐろ)を巻いて日向ぼっこをしていて、その様子で改めて危険は無いのだと知る。

 

 やがて見事に咲き誇り、風に身を踊らせる藤の帳の向こうから、淡い紫の花房を片手でそっと掻き分けて人影が現れた。陽射しに照らされた黒髪が、時折銀のような煌めきを零す。手には周辺で摘んだらしい山菜を込めた籠を持っていた。

 肩や差し出した指先に止まる小鳥たちと戯れながら藤の中に現れた青年の姿に、花や森の精霊の御伽噺を思い出す。

 20代半ばの青年。――いや、東洋人は若く見えるというから、20代の後半なのかもしれない。とにかく、その程度の年代に見える青年はしかし、どうあっても人間とは思えなかった。

 姿こそ人間を模しているが、人間らしい気配が感じられない。気配が無い訳では無いが――その気配は、人気(ひとけ)の無い、山深い森のイメージが強かった。あるいは、この庭がヒトの姿を得たとしたら、この青年のような形をとるかもしれない。そう思えるほど、人間よりは森や山に近い気配。

 その青年の視線が、こちらに向いた。少し驚いたように瞬き、次いで柔らかく微笑する。

 

「――目が覚めたようで何より」

 

 (しず)かな森を思わせるような、深く澄んだ声が耳に届いた。

 

「しかし、まぁ。ここまで自己主張の強い破壊神に会うのは久々だな。眩しいからちょっと気配を抑えて貰いたいんだが、どうだろう」

 

 要点を突いた、しかし何かが決定的にずれている言葉に、思わずまじまじと青年を眺める。青年は何度か瞬くと「まぁいいか」と言ってゆったりと近付いて来た。

 石の擦れ合う音が響き、青年の肩に止まっていた小鳥が軽やかな羽音を立てて飛び去る。青年はそれを見送ると抱えていた籠を降ろし、屈託なく笑みを向けて来た。

 

「はじめまして、異世(コトヨ)の神よ。私は大地に流れる龍脈の化身。黄龍と呼ばれることが多い。差し支えなければ、呼び名を教えてほしい」

 

「……なるほど、『呼び名』か。で、あれば『メフィストフェレス』『黄金』『獣』『至高天』『修羅』――このあたりが、卿の云う『呼び名』に当たるであろうな」

 

 本名ではなく『呼び名』を訊かれたという事は、それだけ『名』というものの扱いに注意が必要である、ということに等しい。古今東西、『名』は広く呪術に用いられる場合が多いことから、おそらくはそれを念頭に置いての『呼び名』だろう。

 

「まずは、礼を述べよう。我等の面倒を看てくれたこと、感謝する」

 

「いや。――俺は押し付けられて、暇潰しになりそうだから拾っただけだ。それに、お前たちみたいなのが放置されていた方が、要らん面倒が起きる」

 

「ほう」

 

「とりあえず、回復するまでは此処で休むと良い。たまに騒がしいこともあるかもしれないが、此処にお前たちの敵に成り得るものは存在しないだろう。――という訳で、何か食べられそうか?」

 

 思わず瞬き、次いで頷く。随分と長い間、『食べる』という行為をしていなかった気がするが、別に食べられない訳でも無い。

 だが、なんだろう。――おそらく、この青年としては、病人に対して「食欲はあるか?」というような意味で訊いたのだろうが、そのような扱いを受けたのが逆に新鮮だった。その事実に思わず笑みを零す。

 青年も軽く笑うと足下に降ろしていた籠を持ち上げ、蜷局を巻いているカールを片手で撫でると花の咲き乱れる庭の垣根の向こうへと消えた。

 

「……ふむ」

 

 何やら、こう――毒気の無い、さっぱりとしたカールと話しているような、妙な気分である。

 

「……カールよ。若い頃はあんな感じだったのか?」

 

 そう問い掛けてみれば、白蛇姿の親友は恨みがましい眼差しを向けて来た。おそらくこれは、言葉にすると『そんなワケないだろう』あたりであると判断する。

 そんな応えにゆっくりと頷き、込み上げて来る笑いを堪えた。

 

「であろうな。カールであれば、あそこまで淡白ではあるまい」

 

 溜息を吐くように頭を動かした白蛇を撫で、視線を再び庭に向ける。うららかな陽射しに照らされ、見事な藤の滝が風に花を揺らしていた。

 

 

 


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