花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※お久しぶりです。お待たせいたしました。

※前回から……え、前回5月?? えっと、4か月ぶり、ですか……?

※今回分で『銀月』というワードの意味がわかると思います。Pixiv版からだいぶズレてのご登場。でもこれが済んだら帰るので、あんまり絡んでは来ません。ご安心を。





銀月の庭 -黄龍-

 瞑目したまま、遠ざかる衣擦れの微かな音と気配に、ゆっくりと息を吐いた。目を開き、身を起こして目元に掛かる髪を掻き上げる。

 

 少々、ワザとらしかっただろうか。だが、あんまり頭も回ってないし、もうこれ以上、長々とこの呪詛に付き合ってやる気は無いし、必要も無い。だから、処理をしようと思って下がってもらった。……平時なら、もうちょっとうまく誘導できたかもしれないが。

 

 無論、向こうも判っているだろうから、後々非礼は詫びようと思う。うん。

 

 そこまで考えて、痛む足に目をやり、もう一度息を吐いた。

 

 正直、この手の呪詛は心当たりがあるというか。まぁ、毒のようなものだ。場合によっては本性を曝すことになるような瘴気を帯びた毒。――――かつての戦友たちは動物姿にされることもあったが、自分は黄色い龍だった筈だ。大きさは成人男性くらいの、龍としては可愛らしいものだった筈だが。さて。

 

「…………今は、どうだろうな?」

 

 あの頃より、もうだいぶ人間的な部分は摩耗している。もしかすると、本物の黄龍(ミニサイズ)くらいにはなるのかも知れない。どうだろう。

 ――――まぁ、この手の呪詛は、もう殆ど効かないが。

 

 ただ、痛いものは痛いし、こう、熱された汚泥が分厚く貼りついているようで、気持ち悪い。ただ、『コレ』では死んだり決定的な致命傷にはならないと判っているから、冷静に分析する精神的余裕はある。

 

「っ、……剣山を叩きつけられてるような、とでも言うべきか」

 

 別に痛みを感じるのが好きだとか、そういう屈折した嗜好は持っていない。というか、いま問題なのは痛みよりも呪詛のほうだ。気持ち悪くて堪らない。無論、怪我としての引き攣るような痛みもある訳だが、それよりも呪詛としての苦痛の方が酷い。

 

「――――は、……っ」

 

 痛みを堪えて立ち上がろうとして、それも出来ずに布団の上に頽れる。だが、ここで折れれば悪化の一途を辿るだけだ。ズルズルと四つん這いのまま片足を引きずって進めば、畳との摩擦で足首に巻かれていたらしい包帯がとれる感触に気が付いた。だが、それを気に掛けるだけの余裕は無い。

 

「――っ、」

 

 障子戸を開けば、外は夜気を帯びてしっとりと湿っていた。いつの間にか上がっていた息を整えて、柱に縋るようにしながら立ち上がる。ふと空を見上げれば、十六夜の月が浮かんでいた。

 

『――――かけまくもかしこき こはくのりゅうよ……』

 

 ふっ、と。

 

 耳に入り込んできた密やかな声に瞬き、夜空に浮かぶ月を仰ぐ。心なしか、山の氣もさわさわと落ち着かない様子でさざめいていた。

 

「……ああ、なんだ」

 

 どうやら、心配させたらしい。ならば、応えるべきだろう。

 

「……ついでに呪詛も祓ってくれると、ありがたいな」

 

 微笑と共にそう零してから月に向かって手を差し伸べ、呼び掛けた。

 

「――――掛けまくも畏き月弓尊(つきゆみのみこと)は上絃の大虚(おおぞら)を司り給ふ」

 

 さわり、と夜気に満ちる大気が震えた。

 

月夜見尊(つくよみのみこと)圓滿(えんまん)の中天を照らし給ふ 月読尊(つくよみのみこと)は下絃の虚空(そら)知食(しろしめ)す……」

 

 月光が、目に沁みる。皓々とした光が増し、月虹が弧を描いた。夜を統べる月が密やかにわらう気配。それを珍しいなと思いながら、目を閉じる。

 

「三神三天を知食せと申す事の(よし)聞食(きこしめし)て――――……」

 

 ひんやりとした手のひらの幽かな感触が瞼を覆った。そのまますっと融けるような感触を残して消える。

 

 

「『 祈願圓滿感応成就無上靈法神道加持 』」

 

 

 そうして紡がれた言葉を契機に、身体の主導権が盗られたことを知った。

 

「『――斯様な毒をうつされるとは……まこと、難儀な器よな』」

 

 自分の口から零れる言葉は、けれど自分のモノでは無く。視界の端にサラサラとかすめる髪は長く伸びて白銀にも似た、夜の新雪の色に染まっていた。それらと現在の条件を顧みれば、降りて来た神威はひとつだけだろう。だが、こうして身体まで奪われるとは思っていなかった。何が目的なのかは知らないが、例の破壊神が来るまでには返してもらいたい。ついでに呪詛も祓ってくれ。

 

「『――この月を扱き使うは、汝くらいよのう……』」

 

 くつくつと笑う白い月の神は足の負傷を無視して庭へ下り、ゆったりと歩く。――痛い。自分は痛みを感じているが、元より肉体を持たない神である月は、痛覚という感覚そのものが無いのだろうか。あるいは遮断しているだけなのか。とにかく現状では痛みなど感じていないらしく、容赦無くこの身を痛めつけてくる。

 

(――いたい、痛い痛いっ!!)

 

「『騒ぐな、黄龍の。この程度の傷を受ける方が悪い』」

 

(そんなこと言ったって、完全にあの状況では不可抗力だ!! というか、絶対にワザとやってるだろう!?)

 

 どうせなら、痛覚も奪って欲しかった。痛いのは好きじゃない。そういう趣味嗜好は持っていない。

 

「『――ほんとうに?』」

 

(、……たぶん)

 

 思わず返した言葉ににやりと笑う月を感じながら、意識の中では溜息を吐いた。どうもこの神霊は掴み難くてやりづらい。

 

 だが。

 

「『――では、はじめるか』」

 

 今日この時点の条件では、祓いや浄化を頼む相手としては最上だ。

 

 水も風も、陰に属するモノは夜の影響を受ける。夜こそは陰の最たるモノ。そして夜闇の宙を統べるのは太陰――太陽の対を成す、陰中の陽たる月である。

 

 その月に盗られた身体が向かったのは、夜空を映す池だった。水面は静謐を保ち、夜天の月を映す鏡ともなっている。――――月読にとっては、もっとも親しみやすい力場のひとつだろう。

 

 ぱしゃり、と。

 

 遠慮無く負傷した足から池の浅瀬へ入り、水が傷に沁みてくる痛みに意識だけで苦悶する。痛い。本当に止めてもらいたい。せめて、もう少し気を遣って欲しい。無理か。無理だな。腐っても神の一柱だ。

 

「『――――掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫(つくし)日向(ひむか)の橘の小戸の阿波岐原に (みそぎ)祓へ給ひし時に成り座せる祓戸(はらいど)の大神(たち) 』」

 

 すっと両腕をひろげ、月の光を全身で浴びる。それだけで、僅かに痛みが引くのがわかった。――仕事はきちんとしてくれるので、最終的には文句も言えなくなる。仕事と言っても、実のところ条件だけ整えた後は他力本願だが。

 

「『 諸々の禍事(まがごと) 罪穢(つみけがれ)有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと(もう)す事を 聞食せと 』」

 

 皓々と注ぐ月光と清廉な水の波動が大気に満ちる。その向こうに、別の神々が潜む気配がした。流れる水と、吹き抜ける風を以て穢れを払うモノたちの気配が。同時に、意識は眠りの淵へと沈んでいく。

 

『――――恐み恐みも白す 』

 

 呪詛の痛みが掻き消えた直後、月神が白い髪を翻して振り返った。その視線の先に佇む二柱の神を認識して嘆息する。

 

 面倒なことになったなと思いながら、それでも意識は薄れていった。

 

 

 

 

 




 お久しぶりです。
 こちらを書き込んでる間に、同居人が増えました。猫です。……引き取りに行った時は猛獣だったのですが、今では膝の上でゴロゴロしてます。というか、ずり落ちてます(笑)

 猫には癒されますー。


 この後は、もう1話入れるか、入れずにPixiv版に加筆修正しながら戻すか……はてさて。



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