花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※お久しぶりです。たいへん長らく、お待たせいたしました。

※1年近く空きました。が、完全にエタることだけはしません。(と宣言してしまってるので、エタれません)

※BL臭は……瞬間的なミスリードがある程度? 気付かない人は気付かないまま普通にスルー出来るレベルだと思われます。

※あと、何と言いますか。黄龍殿が今回、子どもっぽい振る舞いをしてます。ワザとですが。





銀月の庭 -黄金-

 

 

 結局この日、龍殿はまともに目覚めなかった。

 時折、寝惚けながらに起き出して家事をしようとしていたが、即座にカールに諸々の雑事を取り上げられ、結局はすぐに寝かされていた。途中で見かねて、龍殿が普段寝起きしているらしい部屋まで運び、見よう見真似で寝床を整えて寝かせたところ、それ以降はぐっすりと眠ったらしい。暇に飽かせて髪を指で梳いてみても、特に何の反応も窺えなかった。

 

 さて。

 

 であるならば、思考する時間が出来たという事だ。此処で目覚めてからというもの、この龍殿は何かを深く考えるほどには時間を与えてはくれなかった。同時に、こちらが煩わしいと思うほどにはしつこくなかったので、距離の取り方が絶妙だと感心するほか無い。

 だが、今は時間もある。決定的な違和感を覚えたものについて、ゆっくり考えられる時間が。

 

「――【 Yetzirah 】」

 

 唱えると同時に、手の内に黄金の槍が現れる。良く馴染む気配は、多少の違和感を除けば変わり無い。『コレ』は紛れも無く、カールによって己に与えられ、委ねられた『神槍・ロンギヌス』である。

 

 だが。

 

「……ふむ。威圧的な気配は減衰したか……?」

 

 所有者は己である為、さほど気にしたことは無いからか、はっきりとは判らない。だが、どうも周囲を威圧するような気配は、減じているように思う。ついでに眩い輝きも纏っていない。精々、厳粛な空気の漂う博物館に展示されている普通の黄金の品々と変わらない。

 

「…………」

 

 スルリ、と黄金の柄を撫でる。欠損は無い。――だが、接がれ、修復されたような気配が、触れた指先に微かな感触として伝わった。――――ああ、これは。おおよそ察せる。

 

「確かに、一度は砕けた身。それを癒やしてくれたのは、龍殿。ならば、こちらも龍殿か」

 

 思わず、すぐ隣で寝具に伏している龍殿の髪を片手で梳き、笑みを滲ませる。――流石に、これほどまでに面倒を見てもらってしまっては、無碍には出来ない。恩はいずれ返すことにして、ふたたび己の槍へと目を向ける。

 実際に砕け散った訳では無いだろうが、それでも罅を接いで直したような気配が、微かに感じられた。――そう、あくまでも気配である。おそらくは器物としての損傷では無く、霊威の破損だ。人間で言えば肉体に受けた傷では無く、魂に受けた損傷。それを微かとはいえ『感触』として認識したのは、己の認識方法として、それがもっとも理解しやすいと無意識下で判断しているからに過ぎないのだろう。

 そして、その継ぎ目に幽かに滲むやわらかな気配に、嘆息する。淡くやわらかな金色の気配は、龍殿のものだ。察するに、龍殿は破壊するよりも守護や修復に向いた性情の神格なのだろう。だが、あの鋼鉄の異形と戦闘していたことを顧みれば、まるで戦えない訳でも無いらしい。

 

 その、『黄龍』と名乗る、眠ったままの相手に目を向け、何とは無しにその髪を指先で梳く。祖国にも黒髪はいたが、色味や質感はまた違っていた。これは単純に人種の違いによるものだろう。ずいぶんしなやかで、濡れてもいないのに滑らかな髪だ。カールとはまた違う、銀砂を撒いた夜空のような色味で、興味深いとも思う。

 

「…………」

 

 さらり。さらり、と龍殿の銀に煙る黒髪を指先で梳いて、手慰みにもてあそぶ。そうしているうちに、不意に龍殿の瞼が微かに震えたのに気付いた。長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。黒曜石のような、どこか澄んだ黒い双眸を緩慢に瞬かせて眩しそうに目を細めると、そのまま毛布を引き上げてこちらに背を向けてしまった。

 

「…………なぁ、龍殿よ」

 

「眩しい」

 

「、――ああ、これか」

 

「とりあえず、しまってくれ」

 

「しまうのは構わんが……」

 

 どうやら、私の持つ槍を眩しいと感じているらしい。――だが、これでも以前よりだいぶ大人しいはずだ。第一、修繕したのも龍殿自身だろうに。何故、こうもつれない態度なのか。

 

「……私は、目が利くほうだ。瞑っていても自己主張が激しくて眩しいのに、認められている主が手にしている状態でなんて、目にしたくない。目が潰れる」

 

「む……さようか、」

 

 とりあえず槍の顕現を解き、霧散させる。どうやら本当にそれに気を揉んでいたらしい。龍殿はこちらに背を向けたまま、微かに息を吐いた。

 だが、あれを接いで直したらしき気配は、まぎれもなく龍殿のものだろう。それを指摘すれば、もぞもぞと寝床の中で身体を動かし、こちらに向き直った。

 

「……気に障ったか」

 

「否。だが、疑問は尽きないな。しかし、それを楽しむだけの余裕は持ち合わせているつもりだ」

 

「そう言ってくれると、こちらも気が楽だな。――アレは、私の意思じゃない」

 

 応えた龍殿は特に感慨も無いらしい。ただ、告げられた言葉にはこちらが首を傾げることになった。緩やかに瞬き、僅かに首を傾けてみれば龍殿も小さく苦笑する。

 

「――お前は、どちらかというと自身に取り込み、呑み込んでいく性質だろう?」

 

「ふむ。違いない。――――であれば、もしや私が御身から回復する為の力を奪い取ったという事だろうか」

 

「奪われた訳では無いが……まぁ、うん。――不足しているのはわかっていたから、勝手に提供はした。それをどのように吸収したのかまでは、関与していない。無意識の関与はしたかも知れないが」

 

 なるほど。どうやら、この御仁も感覚的に片付けてしまったらしい。それも呼吸をするような感覚で、ほぼ無意識的に。ならば、これ以上は何も答えられまい。第一、今はそれよりも気にかけるべき問題がある。

 

「足の具合はどうかね?」

 

「……、」

 

 ざわり、と。不意に、風に戦ぐ樹々の音が、意識を撫でた。同時に、どこからか吹き込んだやわい風に乗って、甘い花の香りが鼻腔を撫でて通り過ぎる。

 

「――大丈夫だ」

 

 一瞬、風がもたらした変化に意識を向けてしまった直後、そう答えた龍殿の声に、思わず押し黙った。これは、確実に狙って意識を逸らされたのだろう。だが、証拠は無い。証拠が無ければシラを切られて終わりだ。

 

「まぁ、しばらくは多少、不便かも知れないが……なんとかなる」

 

 普段通りの笑みを見せる相手を見遣り、そうかと言って頷く。そのまま何気なく龍殿の頬に掛かる髪を梳いてみれば、きょとんとした表情を見せた。無防備と言える反応に思わず笑みを零す。

 

「……卿は、いまひとつ警戒心が不足しているようだ」

 

「は、――――ッ!?」

 

 片手で龍殿を軽く押さえ、もう片方の手で勢いよく毛布を剥いで露わになった足首を掴めば、龍殿からは短く苦悶の声が上がった。負傷した部分を掴んだ手に力をこめれば、びくりと身を跳ねさせて敷布に爪を立て、痛みを堪えるように背を丸める。

 

「……で、これは呪か?」

 

「ぁ、……ぐ、っ」

 

 包帯の上からとはいえ直に手で触れた傷からは、じくじくと何本もの針でつつかれているような痛みが伝わってくる。同時に、腐った血の臭いのような気配も幽かに感じられた。――まぁ、黒魔術系の材料にするならともかく、この御仁にとっては確実に害毒にしかならないものだろう。

 

「さっさと取り除ければいいのだろうが……」

 

 いかんせん。自分やカールはこの系統のものを利用することはあっても、取り除いて廃棄する、ということはやったことが無い。つまり、安全な切除の仕方を知らないという事だ。流石にそれで手を出しては、余計にこの御仁の状態を悪化させかねない。

 とりあえず足首から手を離せば、龍殿からも安堵したような吐息が零れた。そっと汗ばんだ前髪を梳けば、その髪の隙間から透明な眼差しが向けられる。

 

「……なんでまた、いきなり、」

 

「身構える隙を与えては、確認のしようも無いと判断した。どうせ誤魔化す気だったのだろう?」

 

「…………」

 

「だが、無意味に痛めつけるつもりも無かった。それはすまないと思っている」

 

「……、」

 

「――しかし、卿はもっと警戒すべきだ。今も私に痛めつけられたというのに、警戒も怯えも無い。それは、生物としては失格だ」

 

「……お前は、私を殺したりしないだろう。お前にとっての楽しみが減る。そういう選択は、最期の最後までお前はしない。……気が向いた場合も、蛇殿が仲裁するだろうし」

 

「……く、くくくっ」

 

 ああ、そうだ。そうだとも。全く以てその通りだ。

 私はこの御仁と関わることを、それなりに楽しんでいる。それはカールも変わらない。更に、色々と考えているだろうカールは、この時点で我らを保護したこの御仁を切り捨てることもしない。可能性を吟味し終わり、この御仁にある程度の返礼が済んでいれば考えるだろうが、それはどの道、今では無い。

 第一、この世界に『我らが座と認識するもの』は存在しない。それはつまり、カールには可能であった『やり直し』も出来ないという事だ。それなりに慎重にもなる。

 

「――ただ、痛いことには変わりない。よって、今から拗ねる」

 

「……うん?」

 

 はて。

 今、この御仁は奇妙な言い回しをしなかっただろうか。龍殿を見ればごろりと寝返り、こちらに背を向けている。……本当に無防備な御仁だ。

 

「……拗ねる、とは……宣言するものか?」

 

「知るか。――とにかく、拗ねる」

 

「……さようであるか。なら、言葉を交わしてくれるうちに訊いておこう。何か食べるかね? 食べねば体力も回復しにくいだろう」

 

「、たべる……」

 

「うむ。雨のせいか、今日も冷えるからな。粥で構わないか」

 

「……、」

 

 無言で頷く龍殿に笑みを堪えつつ、先ほど乱暴に剥いだ毛布を改めて掛けておく。その時に小さく礼を言われて、やはり笑いを堪えるのに苦労しながらカールがいるであろう居間に向かった。

 

 






 お久しぶりです。雲龍紙です。しぶはともかく、こちらでは本当に久々です。
 ちなみに、粥が食べたいのは、雲龍紙だったりします。雑炊でもいいよ!! ……っとと。向こうのノリが出てしまいますね。危ない危ない。

 この話、時間が掛かってしまったせいで季節感が迷子になっています。それが気に入らないので、後々、時間があれば手直しするかもしれません。


 あと、ちょっぴり予約投稿とか仕様変更されててちゃんと更新できてるか不安です……。出来てますように。



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