花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※獣殿視点です。

※背後からの視点で絵面だけ見ると完全に恋人同士のイチャイチャに見える不思議。

※BL臭? 当人たちがBL的な発言も思考も曝してないので、それっぽさは殆ど無いと思われる。但し行動は……読む人次第ですかね……?

※若干変態チックな水銀が出没したり、黄龍殿が獣殿に寄り掛かってうたた寝していますが……文面自体からはBL臭は漂っていない不思議。





 鮎の塩焼きが食べたい季節が近付いて来ました。炭火焼が良いです。


未明の分龍雨 -黄金-

 

 

 邸へ戻る途中で、黄龍殿は目を覚ました。終始ぼんやりとはしていたものの、とりあえず自分で体を拭いて着替えたり、髪を乾かしたりはしていた。ついでにおそらくは我らの為だろう。適当な根菜や葉物を入れた雑炊らしき鍋を囲炉裏に掛け、どこからか持ってきた魚を串刺しにし、それも囲炉裏の火で炙るように灰に挿していた。

 パチパチと、遠火で炙られる魚から油が滲み、熱に弾ける音が響く。

 

「…………眠い……」

 

 ひと段落ついた時、龍殿がようやく零した言葉が、それだった。それまでは茫洋とした眼差しと鈍い動きで食事の支度をしていた訳だが、あまりにも危なっかしい状態だったので包丁も火の扱いもカールが強引に奪い取って代わりにやっていた。――のだが、どうやら本当に眠いらしい。何度も目をしばたかせている。

 

「――――龍殿。救急箱か何かは、どこにある?」

 

「……ん、」

 

 炉端に座っていた龍殿は立ち上がり、左足をやや引きずるようにして部屋にある箪笥の前へと移動した。低めの箪笥の上に置かれた木製の箱を腕に抱え、運んでくる。それを受け取り、思わず苦笑した。

 

「龍殿。とりあえず、ここに座れ」

 

 そう言って自分の横を示せば、やはりぼんやりとした様子で龍殿は腰を下ろす。どうやら、本当に眠いらしい。寝かせても構わないのだが、それより何より、足をどうにかしなければならないだろう。

 

「足を出せ」

 

「…………」

 

 黙って言われた通りに足を見せる龍殿の、その負傷を見て思わず息を吐く。はっきりと手の形が残るその傷は、あそこにカールが現れなければ負う事も無かっただろう、と察していた。

 横に薙ぎ払われた刃。それを屈んで避ける羽目になったのは、懐にカールがいたからだ。確かに、後ろに下がるのは間に合わなかっただろう。だが、龍殿の体裁きを見た限り、上に跳んで避けることは出来たはずだ。それをしなかった――出来なかったのは、懐のカールを落とす可能性があったからだろう。下手に中空で身体を捻れば、カールが落ちる可能性が跳ね上がる。

 よって、龍殿は身を屈める方を選んだ。そして足首を掴まれた訳だが――対応の速さを顧みるに、おそらく予想もしていたのだろう。

 だが、だからと言って、傷を放置するなど言語道断である。放置すれば細菌が入り込み、感染症などの元になりかねない。というか、今現在も行動や返答が鈍いのは熱でも出しているからではないだろうか。そんな様子では、思わず嘆息も零れるというものだ。

 渡された救急箱を開け、中に入っている薬や道具をひと通り確認する。だが、どうやら市販薬では無いらしい。ほとんどの軟膏や丸薬は異なる模様が彫られた木彫りの容器に入れられているが、その内容物を記した語句は見当たらない。――おそらく、彫られた模様で判別しているのだろう。つまり、自分には何が入っているのかは不明である、ということだ。

 

「……ん」

 

 少し考えていると、とん、と軽い衝撃と共に二の腕あたりに微かな重みが掛かった。思わず、おそるおそる視線を向ける。案の定、と言うべきだろうか。睡魔に負けたらしい龍殿が眠っているのが見えた。すやすやと、実に安らかに眠っている。

 

「――――……」

 

 思わず、思考が空転した。こういった状況は、今までに経験したことも無い訳では無い。だが、その大半は誘うようにしなだれてくる女である。こう、こんな風に他意などまるでなく、無邪気かつ無防備に支え代わりにされたことなど無い。――いや。龍殿は寝落ちしただけなので、おそらくはそもそも自分に寄り掛かっているなどとは考えていないだろう。つまり、寝落ちする直前には、既に自分のことなど意識の片隅にものぼっていなかったと思われる。

 

「……っ、ふふ、……くく、くっ……」

 

 口から、笑いが零れ落ちた。盛大に溢れそうになるそれを、片手で口元を覆って何とか堪える。

 

「――――獣殿?」

 

 微かな気配と共にカールの声が届いた。目を向ければ、水を汲んで来たらしく桶を手にしたカールが土間に佇んでいる。しばらく龍殿と私との間を視線がいったり来たりした後、状況を理解したらしく「……なるほど」と言って頷いた。

 

「自分の存在を全く意識されない、という状況に遭遇した気分は如何ですかな」

 

「なかなかに痛快だ」

 

 良くも悪くも常に意識されているのが普通だった自分にとっては、こんな風に接されるのは殆ど無かったと言っていい。いや、『意識していない』と示すかのように演じてみせる輩は何度か見掛けたりもしたが、そんなものは演じている時点で無意味だろう。それに対し、この龍殿は本当に意識していない。

 ――いや。気にしていない、と言う方が正しいだろうか。野生の獅子が傍にいれば緊張するのが人間として普通だ。しかし、龍殿は気にしていないらしい。だから緊張しないし、特に意識することも無い。こういう対応は、今までされたことが無かった。

 

「――――ああ、実に気分が良い」

 

 改めて視線を龍殿に向け、目元に掛かる黒髪をそっと指先で払いつつ、唇に笑みを滲ませる。

 

「いっそ、――……」

 

 (こわ)してしまいたい。

 だが、今そうしてしまうと、今後味わえるかもしれない未知を逃すことになりかねない。それはそれで、どうにも惜しい。それに――と、あの異形と対峙していた時の龍殿を思い返す。あれでもまだ、全力では無いだろう。どうせ(こわ)すなら、全力で戦いたいものだ。叶うならば、あの刹那のように全力で立ち向かって来てもらいたい。それでこそ(こわ)し甲斐があるというもの、と。

 そこまで考え、ふと瞬いた。――――龍殿が、全力で立ち向かってくる?

 

(…………無いな)

 

 少し考え、そう結論付ける。

 何というか、いざ対峙したなら、遁走されそうな気がする。それはもう、いっそ気持ち良いくらいにあっさりと。しかも何か――対峙するのも遁走するのも気が進まない、と言われる気がする。つまり、もの凄く消極的な理由でもって最終的に遁走を選択して、そうして雲隠れされてしまいそうな。

 

(……『戦う理由は無いし、だが壊されるのは困る』……)

 

 そんなことを、言われそうな気がする。そして、遁走されて雲隠れされる未来が見えたような気がした。

 

(……ふむ、)

 

 だが、それも一興かもしれない。

 遁走されたなら、追いかければ良いだけの話だ。――――そういえば、今まで『追う』側に回ったことは無い。ならば、それを楽しむのも良いだろう。徐々に囲い込み追い詰めて――――いや、待て。

 

(…………追い、詰める……?)

 

 無いな。これも無い。

 龍殿は、こう……状況的に追い詰めたとしても、精神的にはまったく堪えないような気がする。

 これが刹那であれば、歯を食いしばって踏み止まろうと足掻いたりもするだろう。だが、それが龍殿となると――――無いな、と改めて思う。

 この御仁は追い詰められたら「しょうがないな」と笑って、改めて対峙するだけだろう。「しょうがないな」だ。しかも朗らかに笑みさえ浮かべながら。

 

 更に言えば。

 壊されるのは困る――という理由が無くなった場合、逆にあっさりと私の槍に貫かれそうである。それも微笑なり苦笑なり、あるいは自嘲なり、つまりは笑みを浮かべながら。

 正直、それではつまらない。

 

「――そういえば、カールよ」

 

 槍、という単語で思い出した。先ほど龍殿を庇って出した神槍には、違和感があった。顕現させる際にあった、拒絶されているような、微かな抵抗感。顕現させてからも、常に微かな揺らぎがあった。

 重要な何かが欠落しているような、そんな感覚。

 それをひと通り魔術の師でもあるカールに告げれば、黙々と龍殿の足を手当てしていたカールは微かに息を吐いてから応えた。

 

「……むしろ、発動したことが僥倖、と捉えるべきでしょうな」

 

「ほう?」

 

「おそらく、この世界にも『ロンギヌス』は存在するのでしょう。そして、この世界にとっての『本物』は、どちらであると思われる?」

 

「――ああ、なるほど」

 

 そう言われれば、理解できるし納得するしかない理由である。要は、この世界においての『本物』が他に存在する場合、他の世界から持ち込んだものはどうあっても『その世界においての本物』にはなり得ない、という事だ。

 

「然り。――――しかし同時に、詠唱の中で宣名がなされた為、おそらくこの世界においての術理法則に則って、私が作り上げた『エイヴィヒカイト』とはまた違う過程でもって魔術が発動したものと思われる」

 

 たとえば『形』を似せ、『名』を『本物』と同じものを冠すれば、『似せもの』もまた『本物』の能力をある程度は写し取ることは出来る――――というような。

 

「――とまぁ、仮説は立てられるが、答え合わせには龍殿の意見が必要でしょう」

 

 そう言って、龍殿の足に包帯を巻き終えたカールは何を思ったか、そのまま爪先に軽く口付けを落とした。少し意外に思いながら、それでもどこかで納得する。

 

「――――確かに、少しばかり借りが多くなってきたな」

 

「この世界に落ちたのは僥倖でしたな。我らのような神格を無条件で受け入れ、尚且つ療養させてくれる場所など、そうそうありますまい」

 

「……本当に、無条件だと思うか?」

 

「いいや、まったく」

 

 我ながら少し意地の悪い問を投げれば、カールは即答した。自分と同じ見解であるらしい親友と視線を交わし、互いの口元に薄く笑みを滲ませる。しばらく後、ゆっくりとカールが改めて口を開いた。

 

「我らは神格を有する。通常、神格というのは発生した世界においてある種の権限があり、その権限に付随する一定の責務を負う事となる。要は王族と同じ。そして、我等の状況は『他国へ亡命した王族』と同じようなもの。――――で、あるならば、受け入れた国からは、何らかの取引、あるいは条件が課せられるはず。今のところその様子は無いが、それはおそらく――……」

 

 カールの視線が静かに動く。その視線を追って自らも龍殿へと目を向ければ、彼は相変わらず静かに眠っていた。

 

「……龍殿が止めてくれたか」

 

「その答え合わせも、龍殿が起きてからになりましょう」

 

 応えながらカールは座椅子に畳まれて置かれていた膝掛けを取り、ふわりと広げて龍殿の肩に掛ける。その際に身動ぎして倒れ込みそうになった龍殿を咄嗟に支え、少し考えてから改めて横たえて太腿の上に頭が乗るようにそっと動かしてみた。それでも起きる様子が無いので、相当深く眠っているのだろう。

 

「獣殿御自らの膝枕とは……」

 

「……変わるか?」

 

「いえ。それはまた、いずれの機会に」

 

 別に正座はしていないので厳密には『膝枕』とは言い難いと思うのだが――まぁ、確かに自分が直接的に誰かの世話を焼くのは珍しいかも知れない。そう思いながら視線を落とし、眠る龍殿の髪を梳く。

 

 

 ――――ぱちん、と囲炉裏の火が小さく弾けた。

 

 

 

 






 黄龍殿と戦ってみたいけど戦ってくれる気がしない、という事に気付いてしまった獣殿の回。
 はい。きっと黄龍殿は戦ってくれません。無理やり戦場に立たせても、たぶん遁走して雲隠れします。

 槍に関しても……フラグが立ってる気がしますが、まだ先の話ですね。テストに出ますよ~。


 爪先への口付け→崇拝の意。
 しかし今回は『軽く』なので本気では無い模様。完全に「なんとなく」の域。


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