花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※水銀視点。結構、グルグルしています。モヤモヤ。

※悶々とグルグルしている水銀を、獣殿が珍しそうに眺めている図。

※さり気なく黄龍殿を抱き止める水銀がいたり、抱き上げてる獣殿がいたりする。でも状況的にBL臭とか無い。









※ある仕込みが行われました。




未明の分龍雨 -水銀-

 

 ――――降りしきる雨が、身体を叩く。

 

 基本的に黄龍殿は、一度眠るとなかなか起きない。眠りが浅く、時間も短い獣殿と違って黄龍殿の眠りは深く、時間も長かった。就寝すれば翌朝までは絶対に起きない。それでも朝日が昇る時間には起床するが、逆に言うと夜明け前には深く寝入っている。

 だから、今朝がた――日が昇るよりも先に目が覚めたらしい龍殿が布団の中で身動きするのを見て、珍しいと思った。ちなみに、最近は龍殿の布団に紛れ込ませて貰っている。本人は気付いているのかいないのか、見つかっても特に何も言われない。ただ、着替えが終わると大抵そのまま懐に入れられ、家事や掃除に付き合う事となる。

 いつもなら、黄龍殿は起きる時には自分に気付いて、声を掛けた。だが、今朝は。

 

 ――――ぱきん、と。

 

 微かに響いた音無き気配を、思い出す。

 この感覚には、覚えがあった。結界を破られた時の気配に似ている。それを聞いたらしい黄龍殿は軽く溜息を吐いて起き上がり、手早く寝乱れた格好を整えるとそのまま部屋を出ていった。

 何気なくその後を追えば、土砂降りの雨の中へと裸足のまま出ていく姿。それを見て思わず自分も後を追いかけた。おそらく、破損した結界の様子でも見に行くのだろう、と。

 

 その、先で。

 異形を打ち払う姿を見て、感心した。かつて私が定めた異能の法則とは異なる術理の下に振るわれる力は、まるで極彩色の絵画のように美しい。表面上は属性らしきものを帯びているが、本質はそこでは無いのだとも理解する。

 ああ、未知だ。自分の与り知らないものが、そこにある。

 終わったところを見計らって姿を見せれば、黄龍殿に溜息を吐かれた。その直後、乱暴に引っ掴まれて懐に押し込まれる。その(あわせ)の隙間から、数歩先に別の『敵』の姿を見つけ、同時に黄龍殿の行動の意味を察した。――――冗談では無い。確かに荒事は得意ではないが、それでも足手まといのレッテルはごめんである。

 意地になってもがいていると、龍殿は軽く苦笑を零した。着物の上からそっと撫でて、金色に煌めく気配を降らせる。それは、やはりどこか、愛しい女神の気配に似ていて。

 

「――『隠れていろ、カリオストロ』」

 

 呼ばれた名に、思わず呼吸が止まった。耳の奥に、記憶の淵から女神が自分を呼ぶ声が木霊する。

 これが『カール』と呼ばれたならば、問題無かった。獣殿は普段から自分をそう呼んでいる。だから、黄龍殿も知っているだろう。

 『メルクリウス』でも、驚きはしなかった。何となく、その名には思い至っているような気がしていた。自分たちの情報の断片を繋ぎ合わせて、自分が『そう呼ばれている可能性』はあると判断しているだろう、と。

 だから、逆にその時に『カリオストロ』と呼ばれたのは、完全に不意打ちだった。そして、不意打ちであった為に、『言霊』としての効力をこれ以上無く発揮されてしまった。――――『隠れていろ』と。

 

 その、結果が――――『コレ』か。

 異形との対峙が終わった後、倒れかけた黄龍殿を人型に戻ってとっさに抱き止め、何とも言えない遣る瀬無さを噛み締める。

 

「――カール」

 

 背後から、嘆息する獣殿の気配。

 

「卿が自らの内に籠るのはいつものこと故、いまさら何を言う気も無いが――――このままでは、龍殿は身体を壊すやもしれんぞ」

 

「――あ……」

 

 告げられて、黄龍殿の様子を見る。真っ先に目についたのは、左足首に負った火傷。どことなく手の形に見えるソレには、嫌な気配が残っていた。思わずその気配の残滓に顔を顰める。

 怨念、妄執、呪詛――――おそらくは、そう云った気配の残滓。

 幸い、怪我としてはそこまで重症では無い。おそらくは何らかの手法によって防御するなり軽減するなりはしたのだろう。そうでなければ、熱された鉄に握り潰すような強さで掴まれて、なお足の形が無事である筈はない。

 問題は、である。

 

「…………獣殿。正直、私は困っている」

 

「――ふむ。そういった毒々しい気配は、卿の得意分野ではないのかね」

 

「はい。確かに、得意分野ではありますが……今回ばかりは、……」

 

 確かに、この手の気配は慣れ親しんだものだ。得意分野とも言えよう。

 だが、しかし。

 

「――――浄化、という分野に関しては、どうにも……」

 

「……ああ、」

 

 なるほど、と呟き、獣殿も口を噤む。

 怨念、妄執、呪詛――これらを集めて利用することはあっても、正直、浄化はあまりした記憶が無い。しかも、『此処』はあの神座が統べる世界では無いのだから、余計に勝手がわからない。下手に触ると悪化させることすら考えられる。というか、その可能性の方が高い。

 そこまで考え、龍殿が先ほど行った浄化を思い出す。特に何かしらの術式を組んでいた訳では無い。あれは、ただ『呼び掛けた』だけだ。そしてその声に、周囲の『何か』が応えた。『何か』、と考えて、先日の小さな光のような精霊たちを思い出す。――だが、あれよりもずっと深く何かしらの属性を帯びていたような気がした。

 

「…………」

 

 呼び掛ければ、応えてくれるのだろうか。――しかし、呼び掛けるべき対象を、自分は知らない。

 

「……ん?――カール」

 

 獣殿の声に顔を上げる。その視界に見慣れないものが映って、思わず呼吸が止まった。近い。思わず仰け反るように距離を取れば、それは円らな眸でこちらを見つめてくる。――――蒼い、鹿。あるいは角の形状的には、トナカイやヘラジカの方が近いかも知れない。蒼く半透明な体躯には、奇妙な文字のような、紋章のようなものが無数に浮き出ている。

 生物では、無い。

 むしろこの気配は、つい先日も感じたような気がする。水のように清らかで、大気のように色が無い、澄んだ気配。

 

「…………もしや、神子、か……?」

 

 剥き出しの魂のようなそれは、ゆったりと瞬いただけで肯定も否定もしない。ただ、ゆっくりと頭を垂れ、鼻先で黄龍殿の足首を軽くつついた。すぴすぴと小さな音を出して鼻をヒクつかせている。そうして舌を出して傷口をぺろりと舐めた。

 

「――え、な…っ」

 

 そこには現在、非常に濃い怨念やら妄執やらが纏わりついている訳で――――そんなことをすれば、呪詛が移ってしまう。そしてあの神子は気配からして汚れやすいだろう。まっさらな白い布に、黒いインクを垂らすような行為である。そして、そんなことになったと、この黄龍殿が知ったら、だいぶマズイことになりそうな気がする。

 慌てて止めようとして手を伸ばし、しかしその手は空を切った。蒼い鹿はあっさりと距離を置き、少しだけくすんだ気配を纏って、首を傾げる。しばらくの間そうして我等と黄龍殿を眺めた後、そのまま雨に溶け込むように滲んで消えた。

 消滅した、訳では無いだろう。黄龍殿の足に纏わりついていた負の念もだいぶ薄れているし、それは良いのだが状況的には何も解決していないような気がする。そもそもからして、あの異形は何だったのか。むしろ状況の詳細がいまだ不明で――――ただ、途方に暮れるしかない。

 

「……ふむ、」

 

 背後で、獣殿が動く気配。それにつられて視線を巡らせれば、視線が合うよりも早く黄龍殿を抱き上げ、獣殿は息を吐く。どうやら、いつの間にやら彼の神槍は仕舞ったらしく、その影すら見当たらなかった。

 

「卿は許容量を超えると、動けなくなるのだな」

 

 ――――それは、もしかしなくとも、自分のことだろうか。いや、確かに色々と考えてしまって動けなくなってはいたが。そこまで感慨深げにしみじみと言わなくてもいいのではないだろうか。

 

「我らはともかく、このままではこの御仁は風邪でも引きかねんぞ」

 

「……さて。彼も神格であるならば、果たして風邪など召されるのでしょうかな」

 

 そう返しながら、たぶん引くのだろうな、とは考える。何となく、そういう在り方を採っているのだろう、と。獣殿も同じように考えたからこその発言だろう。珍しくも微かに苦笑を零すのが見えた。そのまま踵を返し、龍殿を落とさないように抱え直してから歩き出す。その後姿を追って立ち上がり、濡れて頬に張り付いた髪を耳に掛けて息を吐いた。

 空はいつの間にやら薄ぼんやりと明るくなったが――――雨は未だ、やむ気配を見せない。

 

 

 

 

 





【分龍雨】
 ぶんりゅうう。ぶんりょうう。ぶんりょうのあめ。
 陰暦五月(現在で云うとおおよそ6月ごろ)に降る俄雨。
 急な大雨で、龍が分かれて棲むからとも伝わる。なお、夫婦喧嘩なのか縄張り争いなのかは不明。

 別伝として、『龍をも分かつ(=断つ)』という詠み方があるとも。


 いずれにせよ、詳細の出典は不明。




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