花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※割烹にて宣言した通り、一応黄龍殿の戦闘シーンです。一応です。

※とはいっても……戦闘らしい戦闘はしていません。はい。火の粉を振り払っただけ、的な。しかも久々すぎてちゃんと動けてないという仕様。

※双首領のイライラゲージがあったら、ちょっと上昇傾向にあるかも知れません。

※黄龍殿が水銀に対してナチュラルに黒い。ような気がする。


※BL臭? そんなものはありません。というか、そんな余裕は無かった。





未明の分龍雨 -黄龍-

 

 

 

 ――――また、雨が降り出した。

 

 雨は、嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。だが、同時に思考も行動も鈍くなるから、出来れば眠っていたい。ただでさえ面倒な会談があったばかりで、正直、とても疲労していた。薄目を開けて、まだ薄暗い部屋から障子越しに外の明るさを計る。――まだ、未明か薄明か。雨が降っているから誤差はあるだろう。だが、とにかくまだ普段起きている時間では無い。ならば、二度寝しても良いだろう。

 そう思って目を閉じれば、ひんやりと湿った空気と、雨の音が部屋に満ちる。

 

 

 ――――ぱきん、と。

 

 

 微かな音を、意識が拾った。同時に閉ざされている筈のこの空間に、『外』からの【氣】が流れ込んできたのを感じて、目を開く。深く息を吸って、吐いて、ゆっくりと身体を起こした。

 

「…………」

 

 今のは、結界に罅が入った音だ。自然に開いただけなら、自然に修復されるように術式を組んであるし、そもそも『外』の【氣】が流れ込んでくることは無い。ならば、何者かがわざとやったのだろう。だが、生憎と心当たりが多すぎる。

 いつもなら、無視する。その程度の『ちょっかい』でしかない。だが、今は残念ながら放置しておくと面倒なことになりかねない事情がある。

 もう一度、深く息を吐いた。

 毛布を退かして布団から出て、とりあえず寝間着の乱れを直して部屋を出る。冷たい床を歩き、庭に面するところでガラス戸に手を掛けた。頓着なく戸を開き、雨が降り頻る中へと歩き出す。どうせ濡れるし泥だらけになるのは変わらない。下駄も草履も引っ掛けず裸足のままで山中に至る小道を辿りながら、意識を大地に向けた。

 

「――――――」

 

 息を、吐く。

 意識を、足へ。下肢を通り、膝を過ぎ、爪先、足の裏へ。足の裏に捉える地面へ。大地の奥へ。そうして、今度は意識を広げていく。薄く、広く。波紋を広げるように。雨に濡れる大地を撫で、草木を伝い、風と共に。

 そうして捕らえた気配は、山氣の塊と――――陰を色濃く帯びた金の氣の塊。

 

「これはこれは……」

 

 知っている。覚えている。もはやいっそ、懐かしい。思わず、口から笑みが零れた。

 

「――――どこから引っ張り出してきたのやら」

 

 あれは、禁咒に指定させた筈だ。そもそも、まともな感性の生き物ならばアレは本能的に拒絶する。――ああ、だが、そうか。ロボットなどが一部とはいえ実用化されている現代では、嫌悪感も低くなってきているのかもしれない。

 だが。

 

「アレは、ダメだ。――――それは、許さない」

 

 ふ、と息を吐き、雨に濡れて泥濘んだ道を走り出せば、泥が跳ねて白藍の裾を汚す。――後で処理するのが面倒な気がするが、それは今考えることじゃない。とりあえず、思考の彼方へ放り投げる。

 未明――――人里離れたこの場所では、闇の中にいるのと変わらない。それでも自然の中であるならば、自分の眼には【氣】の流れが映る。だから、それを頼りに進めばいい。ただ、人間の視界に慣れていると、この視界はどうしても酔いそうになる。

 

 ユラリ、と。

 視界の先で、凝り固まった山の氣が蠢いた。ひとつ――いや、ふたつ。流石にそれ以上は用意できなかったのだろう。瞬きと同時に人間の視界に戻せば、暗闇の中、紅い眼光を宿す鬼がゆらりと彷徨っている。

 

 本来、自分の気配はかなり目立つ。龍脈を流れる【氣】の奔流こそが本質なのだから、当然と言えば当然だ。だから、普段は出来る限り周囲の気配に溶け込むように調整している。それは今現在も変わらない。そして、あの山鬼は鬼の形をしてはいるものの、別に生き物では無い。だから五感も無く、ゆえに雨の山中に佇む自分を認識することも出来ない。

 ひとつ息を吐き、周囲を見渡す。――――例の陰を色濃く帯びた金の氣の塊は、近くに無い。

 

「――――さっさと終わらせるか」

 

 でないと、あの二柱に見つかりそうだ。結界破損的な意味では蛇殿に、戦闘の気配という意味では山吹殿に。――どちらにせよ、見つかるのは面倒なことになる。ついでに人型であればまだ良いが、万が一にも小蛇姿で現れた場合、少しばかりハードルが上がってしまう。そもそも、自分は今、全盛期ほどには動けないのだし。

 

 ゆっくりと呼吸し、呼気を整える。静かに【氣】を巡らせ、改めて山氣で練られた鬼を見た。やはり、特にこちらには目もくれず、彷徨っている。――ただ、【氣】を動かしたから、間合いに入れば気付かれるだろう。

 

 長く息を吐き、姿勢を低くして鬼の一体に肉薄する。途中でこちらに気付き、咆哮を上げようとした顔を右手で鷲掴みしながら足を払い、体勢を崩す。ついでに溜めていた【氣】を胸部に向かって叩きつけるように放てば、実にあっさりと鬼の形は霧散した。

 所詮は、山の【氣】を凝らせたモノ。ならば、凝った【氣】を掻き消すなり掻き混ぜるなりして散じさせてしまえば良い。普通なら、それだけで形を保てなくなり霧散する。

 それより、人間と変わらない大きさで助かった。これが大鬼になったりすると、的確な場所に攻撃を当てること自体が大変になる。――いや、大変なだけで、出来ない訳では無いが。

 周囲を見渡し、20メートルほど先にもう一体の鬼がいることを確認して軽く瞑目し、【氣】を練り上げる。

 

「……もう少し、詰めるか」

 

 生憎とここ数十年、まともな戦闘をした記憶が無い。相当に勘も鈍っているだろう。ならば、確実を期したほうが良い。

 目を開き、軽く地面を蹴って距離を詰める。――――場所は山。周囲には木々。天候は雨。ならば、木氣が一番、削がれず通る。あるいは水氣か。この状況では木氣が一番目立たないだろうが、殺傷力、という点で少しばかり不安が残る。

 あと10メートル。体内の【氣】を、ほんの少し陰に傾ける。天から降る雨の【氣】と混じり、体内で練った【氣】は容易く凍えるような水の気を帯びた。

 鬼が振り向く。その咆哮を聞きながら、僅かに目を眇めた。腕が振り上げられるのを見て、一瞬、足を止める。振り下ろされる腕を掻い潜って背後に回り、鬼の背中に右手を置いて体内で練り上げた【氣】を解放した。ふ、と息を吐き、言霊によってイメージを確固たるものにする。

 

「――雪蓮掌」

 

 刹那、溢れ出した凍氣で周囲の水が凍り付いた。一拍の間隙の後、鬼も巨大な氷に包まれて動きを止める。それを確認してから手を離し、一歩さがった。ざり、と足元で霜を踏む音がする。右の手のひらを見れば、僅かに朱く霜焼けのようになっていた。――やはり、きちんと制御できなかったらしい。その事実に息を吐き、ぱん、と柏手を打つ。その音で、鬼を封じた睡蓮のような氷塊はあっけなく罅割れ、砕けて消えた。

 

「……――――やれやれ……」

 

 これは、頂けない。

 もう少し真面目に身体を動かしたほうが良いかもしれない。たとえ使う場が無いとしても、ここまで鈍っていると遣る瀬無くなる。

 ひとつ息を吐いて軽く頭を振って思考を振り払い、さてもう一体は――と視線を巡らせた時、視界の端に白い色を捉えた。思わず硬直し、ついで深々と息を吐く。

 

「…………なんで、ここにいるのかな? 小蛇殿」

 

 しみじみと呟けば、白い蛇はスルスルと這いより、鎌首を擡げて首を傾げた。どことなく、咎めるような気配があるが、そんなことはどうでも良い。

 咄嗟に蛇殿を引っ掴み、転がりながら振り下ろされた鉄塊を避ける。すぐさま立ち上がり、木立の後ろに回り込んで呼気を整えた。

 ――――1本の古木を挟んで、ソレを見据える。甲冑をがしゃがしゃと鳴らしながら、機械的な動きでソレもまた、こちらを見た。

 

「……悪い、蛇殿。苦情は後にしてくれ」

 

 鎧兜から目を逸らさず、掴んだままだった蛇殿を懐に入れる。抗議するように暴れる蛇殿に思わず苦笑を零し、鎮静剤代わりに自らの【氣】を金粉のように僅かに降らせてやりながら、着物の上から撫でた。そして、おそらく最も効くであろう言葉を、そっと呟く。

 

「すまない。――『隠れていろ、カリオストロ』」

 

 途端に硬直したように大人しくなった蛇殿を撫で、ゆっくりと息を吐いた。この間、派手に動かなかった為か、向こうにも動きは無い。

 赤黒い【氣】を立ち昇らせる、黒い甲冑。時折、キリキリと歯車を軋ませるような音が耳に届く。手にする刃物はもはや鈍器と言った方が良いような代物で、人の身の丈ほどもある鉈のような形をしていた。

 ――――鬼兵。正式な名は知らない。だが、かつてそう呼ばれていた。

 

「……まいったな……」

 

 アレは、苦手なのだ。

 戦闘的な意味では無く、もう存在そのものが。

 はぁ、と息を吐き、それでも目は逸らさない。逸らした瞬間、間合いを詰められる。真面目な話、手甲も何も身に着けていないので出来れば直に攻撃を受けたくない。アレは全身鋼鉄で出来ているから単純に攻撃力も高ければ防御力も高い。そのくせ機動力も高いので、今の状況では油断すれば軽傷じゃ済まない。――――まぁ、攻撃自体は大ぶりで読みやすいが、それに身体の反応が間に合うかというと、正直、危ういと判断する。

 しかも、今は懐に蛇殿を抱えている訳で――――傷付けない為には、回避方法もかなり限定される。

 

「――手甲くらいは付けてくるべきだったかな……」

 

 軽く嘆息し、鈍ってるなぁ、と呟いた。呼気を整え、ゆっくりと【氣】を練り上げる。

 

「んー……規模は、抑えたいな」

 

 となれば、【氣】の質を、純度を上げるほか無い。

 

「――鬼兵は金。五行に則り、火によって相剋可能」

 

 だが、現在は生憎の雨。基本通りにやれば火性の【氣】は削がれてしまう。しかし、この場は山。周囲には木々。であるならば、この場としては木性の【氣】に充ちている。ならば、問題無い。

 

 ふっと息を吐き、泥濘んだ地面を蹴る。

 やはり大ぶりな上段構えをして見せた鬼兵は、思っていたよりも動きが重かった。それにむしろ嫌な予感が脳裏を掠める。だからといって、もはや引けない。引けば逆に重い一撃を喰らう羽目になる。

 

「――――秘拳、」

 

 振り下ろされる鉄塊の一撃。それを軽く半身を逸らして避け、そのまま胴体に練り上げた【氣】と共に掌打を放った。

 

「朱雀」

 

 一拍の静寂をおき、放たれた【氣】が火の性を帯びて吹きすさぶ火焔の渦を巻き起こす。伝承の朱雀を思わせる色彩――朱金に輝く、浄化の炎。現象としては、火災旋風に近い。要は炎の竜巻だ。

 その渦巻く炎の中から、咆哮が響いた。

 

「――っ……」

 

 炎の中から、黒い鉄塊のような刃が横薙ぎに振るわれる。咄嗟に身を屈めてそれを躱せば、何かに足首を引かれて体勢を崩してしまった。一拍遅れて、足から灼熱と痛みが伝わって来る。歯を食いしばって視線を向ければ炎の中から黒い腕が伸び、左足首を掴んでいた。

 咄嗟に凍気を放ってその腕を砕き、痛みを堪えながら転がるようにして距離を取る。痛み具合から考えて、すぐに立てる気がしなかった。――――これは、もしかすると足が使えなくなるかもしれないと、冷静な思考が告げる。

 

「 …ぁ゛ し……か … れ ぇ゛… 」

 

 酷く聞き取りにくい、しわがれたような声が、炎の中から届いた。ギシギシと軋む音を響かせながら、炎の中で黒い影が巨大な鉄塊の刃を持ち上げる。

 

(――ああ、ちょっと無理だな)

 

 これは、安全に躱す余裕が無い。

 この位置はまだ鬼兵の間合いだし、当たったら確実にスプラッターな状況になるだろう。懐の蛇殿を撫でて確認し、とりあえず自分が出来うる限りで強固な加護を付けておく。抵抗するような気配があったが、気にしない。蛇殿には悪いが、此処は彼らの世界では無いのだし。故に、基本的には正式な手順を踏まない限り、彼らよりも我等の意思が優先される。

 

「ぁ… ざ……わ゛…に゛……」

 

 ぎしり、と鬼兵が軋む。

 死ぬ気はないが――――どうだろう。この器は壊してしまうかもしれない。

 タイミングを計るために、じっと鬼兵を見据える。というか、朱雀の炎でもまだ残っているのは素直に称賛したい。どれだけ禁咒をつぎ込んだのか。

 

 

「動いてくれるなよ、龍殿。――――【 Yetzirah 】」

 

 

 耳に入り込んだ声に、思わず瞠目した。同時に、納得する。あれだけ派手に攻撃したのだ。最小限には抑えたはずだが、軍神(いくさがみ)ならば呼吸するように気付くだろう。――――だから、さっさと終わらせたかったのに。

 

 

「 さ わ゛に゛ ぁ゛し か れ゛ぇぇ゛ぇ…っ!!」

 

 

「【Vere filius Dei erat iste(ここに神の子 顕現せり) ―――― Longinuslanze Testament(聖約・運命の神槍)】」

 

 

 振り下ろされた鉄塊を、金色の槍が弾き返した。金属同士がぶつかり合う音が響き、そして衝撃に耐えかねたように鉄塊が崩れる。ボロボロと崩れていく鬼兵の影から、どろりとした陰の氣が溢れ出した。それを眺めながら、本命はこれかと理解する。

 ふと息を吐き、足の痛みを無視して木を支えに立ち上がれば、懐の蛇殿が苛立ったように腹に噛みついて来た。いや本当に申し訳ないが、まだ休めないんだよ、蛇殿。

 

「――龍殿」

 

 山吹殿に掛けられた声を敢えて無視し、柏手を打つ。乾いた音と共に朱雀の炎は掻き消えた。その中心から、どろりとした嫌な【氣】が溢れて近付いてくる。

 

「――――天地清浄(しょうじょう)

 

 ざわり、と黒い(おり)のような【氣】が震え、微かに波立つ。

 

「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄 天津神 国津神 八百万神達諸共(もろとも)(きこ)し召せ」

 

 微かに、空間が震える気配。――聞いている、と応えるように。

 じくり、と掴まれた足が痛みを発した。何かに侵蝕されるような、嫌な痛み。だが――そう。この手の痛みには、慣れている。

 

「罪と云ふ罪は在らじと 禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ) 祓い給え 清め給えと申し奉る」

 

 ぱん、と最後にもう一度、柏手を打つ。その瞬間、一陣の風が吹いて凝った【氣】を散らし、それでも残った穢れは雨に洗われるように溶けていった。

 それを見届けて深く息を吐き、そのままズルズルと座り込む。とりあえず蛇殿を懐から出し、最初に仕掛けた『言霊』を剣印で軽く払って切った。その途端、蛇殿は人型になってじっと見下ろしてくる。

 

「――――龍殿、」

 

「悪い、眠い。――放っておいていいから、……くじょうは、あとで……」

 

 睡魔に引きずり込まれながら傾ぐ身体を、誰かに抱き止められたような気が、した。

 

 

 





【多に強暴れ】
 さわにあしかれ。
 鬼兵が叫んでいた言葉。これは日本神話において『まつろわぬ神・民』たちを意味する言葉である。


【黄龍殿によるニート言霊縛り】
 わざわざ自分の【氣】を金粉の如く降らせつつ(←彼の女神の気配に似ているらしい)、『隠れていろ』などとのたまい(←つまり、庇う気満々)、挙句の果てに誰も教えていない筈の『カリオストロ』呼び(←女神が呼ぶ名前なので思い入れも強そう)するナチュラルな黒さ。

 結論:これはニートも怒って良いと思う。
 悲報:しかし黄龍殿も『これは無礼な行為である』とは認識しているので、真っ先に謝罪してから行使している。
 結論2:ニートは怒りたくても怒れない可能性。



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