花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※前半は水銀の考察回です。

※とりあえずここまでが、雲龍紙にとって非常に胃が痛い流れでした。

※結果として、後半が……人によっては和むしかない感じになってます。はい。なんか、すみません。雲龍紙の精神がシリアスな解説に耐え切れませんでした。はい。

※BL臭なんて何もなかったんや……。





花篝り -水銀-

 

 

 ひらり、と白い衣が翻り、金の鈴が円弧を描いて五色の飾り布がなびく。

 

 てっきり酒の席での余興程度かと思っていたが――どうやら舞い手の気が変わったらしく、随分と『本格的な』神楽の様を呈してきているようだった。

 舞い手が動く度に金の粒のような光が零れ、その光に触れた草木や花、水や土も微かな光を放っている。幽かな光がゆっくりと明滅しながら流れを巡らせる様は、まるで星の血流を見ているようだった。

 

 どうやら彼は、表面的な言動よりもずっと繊細な性質であるらしい。ここまで細やかにエーテルに干渉するとは思わなかった。いや。東洋的にはエーテルでは無く、《氣》と称するのだったか。

 だが、そんなことは些末な事だ。

 

 おそらく、彼は自分に『コレ』を見せる為に神楽なんぞを舞ってみせたのだろう。百聞は一見に如かず。お蔭でこの世界における魔術の原理の基本は理解できた。

 

 《氣》の流れを阻害する事無く、出来うる限りそれに沿う形に術式を整えれば、問題無く大抵の魔術は発動する。流出自体も、引き起こされる結果――現世に対する干渉に関しては著しい制限が掛かるか、あるいは『本来とは僅かに異なる効果』としてなら発現可能であると考えられる。この世界に【神座】そのものが無い以上、理自体をそっくり塗り替えることは出来ずとも、《氣》の流れに乗せて発動させるなら、世界に対する自らの影響力を増大させることは出来る――――とでも言えばいいだろうか。

 

 もっと具体的に述べるならば、おそらく『この世界』では『結界』などと同じ分類として認識されるのだろう。よって、『一時的』あるいは『限定された空間内』であれば、本来の流出と遜色ない効果までもっていけると思われる。

 

(――が、やはり『その程度』が限界か)

 

 そもそも、自らが幾度と無く世界をやり直せたのは、やはり【神座】があった為だ。【神座】というモノがあったからこそ、何度も世界を壊し、上書き出来たのだ。『世界』というもののバックアップ――おそらくは、それこそが【神座】が存在した理由だったのだろう。そして、『バックアップ』があったからこそ、世界に対する干渉制限も緩かったのではないか、と推測できる。

 

 だが、『この世界』にはバックアップといえる【神座】は無い。故に、世界に干渉する際の制限も厳しいのではないか、と。おそらくは、個人的な意志で世界の法則を塗り替えることは、原則的に不可能なのだろう。バックアップが無いのだから、再生することも修復することも難しく、故に世界を塗り替えることは、個人の意志のみでは成し得ない。――――いや、『世界の意思』とでも云うべきモノによって、拒絶される、と表した方が近いかもしれない。

 

 つまるところ、【神座】の世界は、『座に就いた神格一人の意思』が世界を統べる法則となる世界であり、『この世界』とは『多くの神格の総意』によって創り上げられている世界なのではないか、と。

 

「……ん?」

 

 幽玄な舞を酒の肴として愉しみながら、ふと、蛍のような光が漂い出していることに気が付いた。青白く小さな光は、ゆったりと明滅しながらフワフワと周辺を漂っている。

 視線を巡らせれば、獣殿の周りにも多く漂っていた。特に、その黄金を流したかのような髪に纏わりついたり、潜り込んだり、絡まっていたり――――要は、じゃれ付いて遊んでいる、ように見える。

 

「……カールよ」

 

「言いたいことは察せますが、獣殿。私もこれについては解らぬ故、許されよ」

 

 ころり、と獣殿の髪から滑り落ちるように転がって来た光を摘み上げれば、首根っこを掴まれて持ち上げられた猫のように大人しくなった。

 目線の高さにまで持ち上げ、観察する。だが、特に生き物らしき気配は無い。しいていえば手触りとしては綿っぽい、と言うべきだろうか。

 

『カミサマ?』

 

 唐突に、ソレが声を発した。思わず取り落とせば、ころころと転がった後、フワフワと寄ってくる。

 

『カミサマ?』

 

『カミサマ?』

 

『むかしのカミサマ?』

 

 一匹が寄ってくると、周りの何匹かもつられるように集まってきた。――いや、そもそも一匹、という数え方でいいのだろうか。

 

『ほしのかみさま?』

 

『そらのかみさま?』

 

『おおきいの?』

 

『なんで? どうして?』

 

『どうしたの?』

 

「……なんだこれは」

 

 思わず呟けば、ころり、と膝の上に転がり落ちて来た一匹が、首を傾げるような気配を返す。

 

『せーれー』

 

『まだ、小っちゃいの』

 

 ――なるほど。

 つまり、この良く判らないモノは精霊である、と。しかも意識をもってまだ間もない、精霊の赤子のようなものである、と。

 

 この時点で、とりあえず今まで溜め込んだ魔術的な方面の知識は一旦封印することにした。放り投げたと言っても良い。【神座】の世界で得て、構築してきた理論のままでは、とてもではないが役に立たない。――あそこには、少なくともこんな風に言葉を交わせる精霊なんていなかった。

 

『かみさま、けがしてる?』

 

『なおす?』

 

 言われた言葉が理解できず――いや。言葉は理解できたが、何故そんな言葉を言われたのかが理解できず、思わず押し黙って瞬く。

 

『おねがいされたの』

 

『わたしたちから、はなれてしまった子たちの魂はだめだから』

 

『おねがいされたの』

 

『いってもいいとおもったら、おねがいって』

 

『かわりに、わたしたち』

 

『いる?』

 

 言葉としては、非常に解りづらい。だが、言わんとしていることは、理解した。出来てしまった。

 

 ―――はらり、と。

 視界の先、闇の中で白い袖が揺れる。舞を終えたらしい此処の家主は、水面の上に佇みながら、金色に煌く眸をこちらに向けて優艶に微笑って見せた。

 

「逸れたとはいえ、我が民の魂は差し出せぬ故……代わりに我等に最も近しい子らを」

 

 ――――それは、つまり。

 人の魂を差し出す気は毛頭無い。どうしても必要ならば、代わりに人の魂よりもエーテル的純度が高いこの子らを捧げよう、と。

 

 確かに、あの邪神とも云うべき存在によって、溜め込んだ力――総軍もほぼ消し飛ばされている。自身の魂すら罅だらけで砕け散る寸前――というか、辛うじて核部分が傷付かずに済んでいる、というような状態ではあった。それもこの御仁のお蔭で、だいぶ回復はしているが。

 

「……ふむ。我等について、話したことは無かったと思うのだが」

 

「衰弱した神が贄を求めるのは、基本的に何処も変わらない」

 

「なるほど」

 

 改めて、視線をフワフワと浮いている精霊へ向ける。きゃっきゃっ、とはしゃいでいるような気配に思わず苦笑が零れた。

 

「――おいで」

 

 手を差し伸べれば、実に嬉しそうにフワリと手のひらに乗り、そのまま融け入るように手のひらに沁み込んだ。じんわりとした温もりの残滓だけが残る。

 

『わす、ぃえ、らー』

 

『うぃー、いぇー、らぁ』

 

『らぁ、ぃえー、らあ!』

 

 くるくると回りながら、楽しげに歌う精霊たちに包まれながら、ふと家主に目を向ける。夜空を閉じ込めたような色の眸に戻っているのを見て、改めて先ほどの金色の色彩を思い出した。

 

 

 

 

 

 







風水――――

 古代中国から伝わる、地相占術。
 陰陽五行――木、火、土、金、水により、地相と方位を占い、相生相剋の相を見て、吉凶を観る。その源泉は、《氣》の流れ。
 龍脈と呼ばれ、龍脈の流れの集まる場所は、龍穴と呼ばれた。

 そして、龍脈を制したものは、陰と陽からなる太極を知り、森羅万象を司ることが出来ると云われた。



 はい。
『東京魔人學園外法帖』のOP冒頭に流れるナレーションです。
 一時期流行りましたね、風水。但し、主に『家相』で。
 たぶん「黄色い財布だとお金貯まるんでしょ?」とか。そんな感じの認識されていそうな最近の風水……言わせてほしい。
 黄色=金色、じゃないんだ。
 黄色は土性を表す色で、五行では土から鉱物が生じるとされているから、だから金回り関係に土性の黄色を使うと、金属であるお金も『生み出される』ようになるかもよ、っていう事なんだと……!!
 つまり、『お金が貯まる』のではなく『稼ぎが良くなる』と捉えるべきで、いくら稼ぎが良くなったとしても、それを使っていたら貯まるわけないぞ、と……っ!!
 そう言ったら、友人が無表情になりました。心当たりがあったようです。はい。


 あ。五行では水は玄(デザイン上では紫の場合有り)、木は青(現代の感覚だと青緑っぽい)、火は赤、土は黄色、金は白で表されます。
 方角に当て嵌めると、北は水、東は木、南は赤、西は白、中央が黄です。
 そして北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白虎、中央に黄龍あるいは麒麟、となります。
 この中央の『黄龍あるいは麒麟』というのは……文化の変遷、と言いますか。なんと言いますか。
 元々は黄龍だったのです。これは龍脈に関わる思想なので、本来は黄龍が正しいのです。ですが、『四神』という聖獣・神獣そのものが注目されるようになると、『龍が二体もあるのはおかしい』となって中央に麒麟を当て嵌めるようになりました。歴史の文化の上で本来の意義を忘れられ、黄龍は麒麟に中央を追われた形になります。

 しかし、本来は龍脈が基本にある思想です。良く話に出てくる『四神相応の地』というのも、あくまでも風水的に見た地相から見て、厳密に条件が整っていることが要求されますし……。



 …………。
 長くなりそうなんで、後々割烹で解説しますね!!




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