花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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※振袖を着せられた(=女装させられた)水銀がいます。

※Pixiv版より加筆しました。

※不穏なフラグが見え隠れしています。




雨隠りの抄
花篝り -黄龍-


 

「……ほう。見事だな」

 

「だろう? いやぁ、夜延べした甲斐があった」

 

 限りなく黒に近い蒼――褐色(かちいろ)の地に、淡く月光を纏って風に揺れる藤が描かれた着物を着付けられた蛇神を鑑賞し、山吹殿は愉しげに頷いた。

 対する蛇神は、無表情のまま沈黙している。おそらく、素のままで突っ込むか道化じみたセリフ回しで自らも悪ノリするかを決めかねているのだろう。

 ――うん。では、言動を決める一手を指してみるか。

 

「ちなみに、その形状の着物は『振り袖』と云う。一般的に、『未婚の女性』が身に纏うとされているものだ」

 

「な…っ!?」

 

「ほう? つまり、女装という訳か。――だが似合っているぞ、カールよ」

 

「……っ、……それ、は……むしろ、この『作品』を作り上げた、そこの――……何をしている」

 

「いや。流石に1人だけ女装させる、というのも申し訳ないので、自分も着替えようかと」

 

 一度部屋を出ようとしたところ、ジト目で睨まれたが気にしない。というか、蛇殿は非常に混乱しているようである。

 ご友人からは褒められてしまったものの、女装ではあまり褒められても嬉しくないというかむしろ屈辱、とか。しかし友人からの言葉では無下にも出来ず……といったあたりではなかろうか。

 

「――ふむ。では、卿は『紅』にしたまえ。よく映えるだろう」

 

「おやおや。それでは、希望に沿うてみるとするか」

 

 軽く応えて、箪笥(タンス)の置いてある部屋へと向かう。部屋を出る間際に見えた二柱の様子から、少しばかり時間が掛かっても良いだろう、と判断した。

 暗い廊下を渡り、離れから母屋へと戻る。自室の戸を開こうと右手を伸ばしたところで、左手に持っていた手燭が滑り落ちた。

 

「――――っ、」

 

 カラカラと手燭が廊下を転がる音で、ようやく落としたことに気付く。幸い、手燭の灯火は、落とした拍子に消えていた。それを確認し、そっと自らの手に視線を落とす。

 別に、震えも痺れも無い。だが。

 

(……感覚が、遠い……?)

 

 ――そういえば。

 最近、目が眩んだり、小物を落としたりすることが度々あったことを思い返す。つい先日も、神子から贈られた櫛を落とし、歯を欠けさせてしまった。

 単なる不注意だと思い、自嘲していたが――――もしや、と予感が脳裏をかすめる。

 

「…………」

 

 その、脳裏をかすめたものを振り払い、手燭を拾い上げて戸を開いた。部屋に入り後ろ手で戸を閉め、静かに息を吐く。閉じた戸に背中を預け、ズルズルと座り込んだ。

 

「――――ははっ、」

 

 思わず乾いた笑い声が零れ、片手で顔を覆う。手の感覚は、既に元に戻っていた。だが。

 

「――――そうか……」

 

 手のひらを見つめ、ぽつりと呟く。

 

「……1年、保つかな?」

 

 感覚的には、それくらいは保つだろう。――――振り返れば、随分と永く存在したものだと思う。

 だが、今は間が悪い。そろそろ龍脈が乱れる時期だし、それに乗じて暗躍する連中も増える。それにもまして気掛かりなのは、現在 自分の許に文字通り別格の異邦神が二柱もいることだ。しかも、思っていたより回復が遅い。衰弱しきった二柱を拾ったはいいものの、なかなか回復しない。蛇殿もようやく人の姿に戻れるようになったばかりだ。そんな状態で放り出す訳にもいかない。だが。

 

「……考えても、仕方ない……か」

 

 苦笑と共に嘆息し、思考を切り替えて立ち上がる。

 改めて手燭に火を灯し、部屋の隅にある行燈(あんどん)にも火を入れた。ぼんやりと浮かび上がった部屋の中、ふと壁に掛けていた古い友人の作品に目を止める。

 

 いわゆる能舞台で使われる、『増女(ぞうおんな)』の面。

 いくつかある『女面』の中でも『増女』は特に天女や神女に用いられる、憂いと神性を帯びた表情の面だと、無口な彫物師の友人から教えてもらった。自分の舞を見て彫ってみた、といって差し出された面。今までで最高の出来だ、と。どこか満足そうに言っていたのを思い出す。あれは――――今からどれほど前のことだっただろう。

 

「…………」

 

 壁に掛けていたその面を手で軽く撫で、ふと思いついたことに笑みが零れた。

 

「――酒の肴程度には、ちょうど良いかな?」

 

 帯を解いて着流しを脱ぎ、着物用のハンガーに掛けて吊るす。そのまま衣装を取り出そうとして、ふと思い留まった。

 

「…………ふむ、」

 

 もう少し、遊んでみようか。どの道、これは酒の席での余興なのだし。

 襦袢(じゅばん)姿のまま鏡台の前へ移動し、抽斗(ひきだし)を開けて化粧道具を出す。軽く整える程度に薄化粧を施し、唇に紅を乗せ、そこでふと髪をどうするかと考えた。

 自分の髪は短いとも言えないが、同時に結い上げられるほどには長くない。普通ならば(かもじ)でも用意するところだろう。だが、流石に本職では無いのでそんなものは持っていない。

 

「さて……」

 

 どうするかな、と視線を巡らせる。ふと、庭の藤が目についた。いや。

 

「――おいで、藤波(ふじなみ)。共に遊ぼう」

 

 藤に宿る精霊と、目が合った。淡く微笑み手を差し伸べれば、ふわりと長い髪の精霊が近寄って来る。

 

「――――此の身は 神の斎串(いぐし)なり」

 

 差し出した手のひらに、藤の精の手が触れた。花びらが触れたような、微かな感触。

 

「 神が我が通路(みち)として 御威津(みいづ)を顕現し給う 」

 

 するり、と藤の精が融けるように自分の中へ入って来る。……どうも、喜んでいるらしい。とても嬉々とした気配が伝わって来た。

 

「 此の身は我が身に在らず、千早ぶる神の御寄代(みよしろ) 」

 

 ――――うたいましょう。おどりましょう。ああ、神楽なんて久しぶり。

 

「…………」

 

 うん。とても喜んでいる。これは、中途半端な舞では悲しむだろう。悲しんだら、ちょっと面倒だな、と心の底でそっと考えた。藤は浮かれて気付かなかったようで、そのことに少し安堵する。

 

 ――――さら、と。長くなった髪が肩口から滑り落ちた。今回のように自分を依代にして招神すると大体、髪が伸びる。場合によっては色も変わるし、瞳の虹彩が変わることもあった。神の《氣》を享ける影響だとされているし、そうなのだろうと思う。実際、髪には『力』が籠りやすい。

 

「……巫女舞でいいか?」

 

 ――――いいわ。あそびましょう?

 

 応えを受けてさっと髪を一本にまとめ、後ろの生え際の下で檀紙(だんし)を使って束ねる。着物用の箪笥から白衣(しらぎぬ)と緋袴を出し、手早く着替えて千早(ちはや)を羽織り、金色(こんじき)天冠(てんかん)を頭に乗せた。

 

採物(とりもの)は――」

 

 ――――鈴が良いわ。

 

「扇でなくて良いのか?」

 

 鈴は(ごん)の属性を帯びる。藤は言わずもがな(もく)属性。五行(ごぎょう)によれば相剋(そうこく)の繋がりだ。(ごん)(もく)(こく)す。だと云うのに、構わないのだろうか。

 

 ――――鈴の音は好きよ。だから、水の上で舞ってちょうだい?

 

「……なるほど。水を挟めば相生(そうじょう)になるか」

 

 金は水を生み、水は木を生かす。確かに水を挟めば相生にはなるが――――これは、相当本格的に舞う事を要求されている気がする。余興の筈だったのだが。

 

「……まぁ、いいか」

 

 仕方ない。ならば、藤たちの気付かない部分であの客神たちをからかって遊ぶとしよう。

 箪笥の脇に仕舞われた箱の中から鈴を取り出し、一度振って音の出を確かめる。――――問題はなさそうだ。

 そうして、最後に壁に掛けていた友人の作品の前に立つ。そっと表面を指先で撫でてから、その(おもて)を手に取った。

 

 




『神が我が通路(みち)として 御威津(みいづ)を顕現し給う――』

 このあたりの文言が、日本系の神霊さんの根本を物語る部分ですね。なんというか、『我』が薄い理由。強固な我は邪魔になる、みたいな。なので、本当に『Dies』系な人たちとは、タイプが全く違うのです。
 かといって別に反発はしません。Dies系な方々が自身の我を通そうとした時、日本系の神霊さんたちは基本的にそれを受け入れるからです。
 単純にDies系な方々は『人間』、日本系神霊さん達は『自然』だと考えてもらえれば、おおよそは理解できるのではないでしょうか。

Q:「呪文?の意味が解らなかったよ!」
A:大体の意味は、『私の身体は神の物。この身を現世への通路として、神はその力を示して下さる。そう、この身体は私の身体では無く、神の依代、器である』という感じの意味になります。
 更に超訳すると『神に此の身を捧げます。どうかその力をお貸し下さい』ってなります。


【能面】
 本来は、能面を付けて舞うのなら化粧はしません。ただ、神楽舞の場合は地域差や継承地にもよるようです。いわゆる里神楽とかですね。

【相生相剋】
 風水や陰陽道の基礎。いわゆる陰陽五行の相性の見方で使われるアレ。もっというと五芒星を円で囲んだやつ。
 五芒星の一番上の頂点から右回りに水・木・火・土・金と当てて、星を描く線が相剋。頂点を円で結ぶと相生になる。詳しくは……専門書でお願いします。

褐色(かちいろ)
 同じ漢字で『かっしょく』がありますが、意味は違います。『かっしょく』は暗い赤茶っぽい色ですが、この『かちいろ』は黒い紫を帯びた青系の色です。一見、黒や墨と違いが判らない人も多いでしょう。
 日本の伝統色のひとつです。



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