花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

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 さらさら、さらさらと。
 金砂の煌めきが、ゆったりと巡り続ける。数多の生命の躍動の中を、あるいは深海の底や大気の中を、果ては地表に転がる巨石の中にさえ。
 さらさら、さらさらと。
 流れ、巡り続けるそれを、いつの頃からか人はエーテルや氣や、エネルギーと呼ぶようになった。名付け、解明し、利用しようと手を伸ばしても、それは変わらず星を、宇宙をさらさらと巡り続ける。

 生まれては朽ちていくモノたちの、一瞬の煌めきを見守りながら。






残花の序
花雫の紗梅雨 -黄龍-


 

 

 鮮やかな深緋(こきひ)色の番傘に、名残の桜のひとひらが再び貼り付いた。

 やわらかな霧雨の中、時折山の高所から風に運ばれて迷い込んでくる薄紅の花片に笑みを零す。何とは無しにくるりと傘を回し、雨で張り付いた桜花の影を楽しんだ。

 

「――水に輪をかく波なくば けぶるとばかり思わせて 降るとも見えじ春の雨」

 

 何気なく思い出した唱歌を口遊(くちずさ)みながら、自らの住処(すみか)に通じる山の小道を辿る。時折まとわりついてくる精霊たちと戯れていた時、ふと『何か』を感じて薄曇りの空を振り仰いだ。

 

 ――――チリ、と。

 

 本日幾度目かの肌を刺す違和感に、すっと目を細める。そのまま瞑目し、意識を自らの本体ともいうべき龍脈――《氣》の流れに合わせれば――何か、異常な負荷でも掛かったかのように所々で引き攣れ、寸断し、歪んでいる。そんな状況になっていることをざっと確認し、目を開いてゆるやかに瞬いた。ふむ、と口元に片手をやり、指先で顎を撫でる。

 

「…………まぁ、これだけ乱れれば、花も紅葉も狂うか」

 

 言葉と共に苦笑を零せば、頭上で賑やかな羽音が聞こえた。視線を転じれば、苔むして森と一体化しているような石灯籠に2羽の鳥が舞い降りる。雨を弾いて金色に輝く鳶と、漆黒の闇を切り取ったかのような、三本足の鴉。

 その姿を確認し、思わず首を傾げた。

 どちらもこの国の神話では『太陽の使い』であり、『先導するモノ』という性質が強い神の鳥である。それがこんな、半ば隠棲しているような自分の許へ来る理由が判らない。――神氣が滲んでいるので、何者かが形だけを模した式神である可能性は考えなかった。神話に登場する本人たちで間違いないだろう。だが、何故ここにいるのか。

 首を傾げたまま、じっと見つめていると、やがて2羽の鳥も首を傾けてこちらを見返して来た。双子のように揃った動きに思わず笑みが滲む。

 

「――何の用だ?」

 

 カァ、と烏がひと声、啼いた。そのままバサリと地面に降り、翼をたたんで身体を揺らしながら歩き出す。金鵄(きんし)の方は石灯籠の上に留まったまま、羽繕いをしだした。

 

「……ついて往けばいいのか?」

 

 問えば肯うようにピュイ、と金鵄が鳴き、八咫烏は催促するようにカァ、と再び啼いた。思わず肩をすくめて空を仰ぐ。

 雨は降り続けているが、やわらかい紗のような雨だ。この霧雨なら木陰に入ってしまえば、じかに雨に打たれることは無いだろう。第一、山の中では傘など逆に危ないだけだ。軽く息を吐いてから傘をたたみ、石灯籠に立て掛けて小道を逸れて八咫烏の姿を追う。

 

 うねるように地から浮いた大樹の根を潜り、群生する山葵(わさび)が茂る小さな沢を渡り、苔や蔦に覆われた鳥居を抜け、枝垂(しだ)れる藤波の房を掻き分けたところで目にする筈の無いモノを見つけて思わず息を呑んだ。

 

 咄嗟にここまで自分を導いた八咫烏の姿を探せば、朽ちた注連縄の残骸が掛かった大岩の上に乗った八咫烏は、カァ、と啼いた後、力強い羽音を立てて飛び去ってしまう。――――どうやら、コレを教える為に先導したらしい。

 深く息を吐き、改めてそれに目を向ける。十中八九、龍脈が乱れている原因はコレだろう。

 

(――――さて。どうするか……)

 

 泉に半ば半身を沈めるように倒れているモノは一応、外見は人間と同じ形をしている。だが、それが既に『人間』という括りには入らないものであることは一目見れば知れた。単純に、人間とするには有する力の気配が大き過ぎる。この国の神々の大半も太刀打ちできないであろうことは、容易に想像できた。

 

 つまり、自分はこの『客神』の対処を諸々の存在から丸投げされたらしい。

 

 広がる見事な黄金の髪はしかし、衰弱具合を示すかのように翳り、何処かくすんで見える。だが、おそらくはこれでも多少は回復した後なのだろう。この泉は龍脈に通じており、その龍脈から豊富な氣が溢れている。

 ふと。金の客神の肩に、揺れる影を見つけて視線を向ければ、白い小蛇が鎌首をもたげて身体を揺らし、こちらを威嚇するように牙を向けていた。

 

「……なるほど、」

 

 どうやら『客』は二柱だったらしい。姿こそ可愛らしい小蛇だが、これはこの国の神々も裸足で逃げ出すだろう。かろうじて踏み止まるのは三貴子くらいか。ついでに同等なのは天之御中主神に当たるだろうか。どうだろう。

 そっと膝を着き、右手を軽く握って地面に着く。出来るだけ目線の高さを近づけて、柔らかく微笑んだ。それで小蛇の姿をした神は困惑するように牙をしまう。

 

「ようこそ、異世(ことよ)の神よ。私はこの世界に流れる龍脈の象徴。【黄龍(こうりゅう)】と呼ばれることが多い。――――随分と古き御方であるようだが、だいぶ弱っておられるご様子。あばら家でも構わなければ、お招きさせて頂きたいが、どうだろう」

 

 人間の知り合いに見られたら「お前誰だ!?」とか言われそうなくらい、丁寧に申し出てみる。というか、この国の神々は自分より上の存在には丁重に丁重を重ねて接するのが、基本姿勢なのだ。特に、正体の良く判らない――つまり、崇り神の可能性のあるモノに対しては、その傾向が強くなる。誰だって謂われない崇りを(こうむ)るのは御免だ。

 まぁ、だからと言って自分を卑下してしまうと、それはそれで面倒なことになるので匙加減が大変なのだが。

 蛇の姿をした神は、ふっと力を抜くように鎌首をおろして蜷局(とぐろ)を巻く。その姿に微笑し、そっと両手で掬い上げるように持ち上げた。そのまま着物の(あわせ)から懐に入れれば、物言いたげに尻尾の先で肌を叩かれる。どうやらご不満であるらしい。

 軽く苦笑して懐から出し、自分の肩の上に載せれば、蛇はスルリと身を這わせて首を囲むように陣取った。――これは、脅されているんだろうな、たぶん。

 

 思わず嘆息し、次いでもう一柱の人型の神を泉から引きずり上げ、非常に困った。

 単純に、日本人な自分の体型では、異人さん体型である相手を運べない。それに気付き、息を吐く。

 

「――白虎、来い」

 

 とりあえず近くにいるだろうと思って呼べば、案の定、すぐ傍の茂みが揺れて通常の虎よりもひと回り大きい白虎が姿を見せた。その頭を軽く撫でてやれば、満足そうに目を細める。

 

「この客人を乗せてくれないか?」

 

 そう告げれば、仕方がないな、とでもいうように息を吐き、体躯を伏せた。その背にどうにか金の髪の客人を乗せて白虎に合図すれば、のっそりと立ち上がり落とさないよう慎重に歩き出す。

 その後に続いて歩き出し、来た道を戻る。雨は降り続いているものの、もとより激しいものでは無く、そうであれば山に生い茂る木々の枝葉に遮られてあまり届くものでも無い。

 ツン、と首筋をつつかれ、視線を落とせば物言いたげな小蛇の視線とかち合い、思わず苦笑が滲んだ。

 

「――あの白虎は、四方を守護する四神のひとつだ。結界においては西の街道を象徴し、属性は金――鉱物、と言うべきかな。私が中央に棲む黄龍(こうりゅう)だから、頼みを聞いてくれるだけだ。お前たちに危害は加えない。――ただ、御身はあまり動かない方が良いかもしれない。あれもネコ科だから、本能的にじゃれ付く可能性もある」

 

 そう応えれば、小蛇は少し動きを止めた後、スルスルと自分から懐に入っていった。――うん。そっちの方が落とす心配もないから、ありがたい。

 しかし、会話が成立しないというのも、なかなか不便である。なんでまた、こんなボロボロの状態でなお、星ひとつ砕くのも苦労しないであろう力を持つ異邦の神々がこんな処にいるのか不明だが、正直、あまり気にしていない。他の神精妖魔も気にしてはいないだろう。興味深くは思っているだろうが、今はまだ遠巻きに視線を向けて様子を窺っている程度だ。

 

(――が、しかし……)

 

 こんな面倒極まりないことを丸投げして寄越したのだから、当分の間は構ってやる気は無い。しばらくは放置しておこう。結界を張り直しておくのも良いかもしれない。ちょうど修繕の時期だったし。

 

 ――――ピューイ、と。

 

 行きに傘を置いた石灯籠に留まって待っていたらしい金鵄が、鳴き声を残して力強く飛び立ったのが見えた。金に滲む翼が木々の間から見える空に消える。

 

「……触らぬ神に崇り無し、か」

 

 この状況、どう言い繕ったとしても、その一言に落ち着くだろう。この様子では当分の間、こちらから呼んだとしても『四神』と数種の神獣くらいしか姿を見せないかもしれない。

 ――――が、それはそれで普段と変わらないし、むしろ急な来客も無い分、いくらか楽だ。

 軽く息を吐き、石灯籠に立て掛けておいた赤い番傘を取って開く。隣を歩く白虎に乗せた客が濡れないように傘を翳しながら、夕飯の献立に思いを馳せた。

 

 ――――菜園で食べ頃なのは鮎河菜(アイガナ)とサヤエンドウ、少し家の周りを歩けば野蒜(のびる)明日葉(あしたば)、ワラビ、コゴミも採れるだろう。芋類も暗所に保存してあるし。さて、何を作ろうか。

 

「――あ。蛇は当分、ダメか。鳥でも獲るかな」

 

 思わず小声で漏らせば、懐で蛇神が凍り付いたように硬まったのが判った。申し訳ないとは思うが、普段から自給自足な生活だった為に出た言葉である。許してほしい。

 おそるおそる顔を出して来た蛇神の頭を指先で撫で、軽く苦笑を零した。

 

「――すまない。御身を食すつもりは無いから、安心して欲しい。第一、今はそんな姿かたちでも、本来は違うのだろう?」

 

 この神の本性は、こんな可愛らしい小蛇ではないだろう。

 どちらかというと、人の目では目視することも不可能なほど――それこそ、宇宙を囲むほどに巨大であったはず。――形は、蛇っぽい気がするが。そして自分よりはるかにご長寿な御老体である、とも思う。

 そんなことを考えながら、もう一度小さな頭を撫でれば、白い蛇神はジト目で睨むようにしてから、大人しく懐に戻っていった。

 

 

 





【アンチ・ヘイトに関して】

 アンチ・ヘイトに関しては、念の為です。が、若干1名のみ、雲龍紙的には確実にアンチ・ヘイトになるんじゃないかな、という奴がいます。結構先の話ですが。
 ……波旬? 奴は素直で正直じゃないですか。だからまだ許せます。
 外法帖の柳生? あいつもラスボスとしてはごく普通ですよね。復讐ですし。
 獣殿? もう、あそこまで突き抜けてたら、いっそ清々しいです。むしろ神々しいですよね。流石神様。神様らしい傲慢っぷりです。
 水銀? ……うん。歴代の中で一番頑張ったよね。神様は人間に興味関心持たないのが人間としては一番ありがたいと思うんです。

 ……だが、奴だけは赦せんのです。一番最初はそこそこ好印象を持っていた為に、裏切られた感が凄まじいのです。プレイヤーとしては。おのれ九条綾人…っ! イナミンを使い潰す気か……っ!!



 ……ところで、この場合の緋勇さんは『オリ主』に該当するのでしょうか?

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