「っつー……やっぱり今の僕じゃ分が悪いか」
数度に及ぶ宝具同士の打ち合いの結末はいつも同じ。輝く黄金の大半は彼のものではないのだから。
「ならば退くがいい――安心しろ、追いはしない。私にとって貴様の命程度よりもここを守る方が優先事項だ」
ギルは後頭部に手をやると、そこに感じた嫌な違和感に顔を顰めた。そして即座に結論を弾き出した。恐らくそこから城壁に突っ込んだのが悪かったのだろうと。
もちろんサーヴァントの頑丈性は通常の人間のそれを遥かに上回る。その証拠に、現在彼は頭部の異常を確認するために回した右手を覗いて大の字に倒れ込んでいるのだが、その周りを粉々に破散したさきほどまで城壁"だった"ものが大小様々な欠片となって埋め尽くしていた。
対照的に、対峙するアンジェリカは荘健そのものと言った体で彼女の後ろにある扉には一歩足りとも近づかせないとばかりに立ちはだかっている。
この場の趨勢を見て取るのは幼子でも容易いことだろう。
「残念ながらそう言う訳にもいかないんですよこれが」
「なぜだ。少なくともお前は他の連中とは同じ立場には立っていないというのが私の読みだったのだが……違うか?」
「ええ、僕はあの連中とはギブアンドテイク……気に入ってる人がいるぶん、せいぜい敵対はしないってくらいの関係です。味方だなんて思ってないし、あっちだってそうでしょう」
そんな状況にも関わらず、いつもと変わらぬにこやかな微笑みを携え立ち上がったギルは服についたすすを払いながら、あっさりとアンジェリカの問いを肯定した。その答えに裏などありはしない、彼自身本当にセイバー筆頭にエインズワースと対立する陣営に与したつもりはないし、これからも余程のことがない限りそうなることはないだろうと思っている。
もっとも、彼におけるその余程のことというのは、天変地異程度では到底辿りつけないレベルなのだが。
「なら余計に分からないな」
が、その答えを素直に受け取ろうとする人間の方が稀有なのだろう。例に漏れずアンジェリカは訝しげに眉をひそめた。
なにせ彼女が使っている能力は、現状完全に敵の上位互換とも言えるべきものなのだ。その絶対的不利な状況で、わざわざ味方でもない者の為に立ち向かってくるギルはアンジェリカの理解できる程を越えていたと言っていい。
「この後ろにいる者に思い入れがあるという……わけでもあるまい。英雄王ギルガメッシュ。あれはお前が最大限に嫌悪する存在のはずだ」
そう言うとアンジェリカはチラッと後ろの扉へと目をやる。強固に閉じられたその扉はエインズワースがその技術の粋を尽くして制作した最強の監禁扉とも言える代物である。
外部からならばともかく、内部からは何をしようと破壊できるはずがないのだが……内側からしきりに炸裂音のようなものが聞こえるということは、中にもこの戦闘は伝わっているということなのか。
「ええ、
「ならば」
「けど……それ以上に気に入らないものもある」
「……っ!」
突如として発せられた圧倒的な威圧。自らが一歩後ずさったことにすらアンジェリカは気付くことができなかった。
その様は自然に、王に道を開ける凡百の民草のように。
「ただの人形風情が何を勘違いしているのか知らないですけどね……王の財を真似る贋作と、王の財を盗む盗っ人。果たして先に裁くべきはどちらだ?」
もはや先ほどまでの笑顔は欠片足りともありはしない。そこにあるのはおよそ人のものとは思えない猟奇的な狂気だ。
「僕を誰と心得ている……世界最古の英雄、頂点にして原典。英雄王ギルガメッシュだ! 今までの不敬、その財の返還と命をもって償うがいい……!!」
獲物を見据えるかのように左手で髪をかき上げ、その紅い双眸を一層煌めかせるとギルがそう一喝する。
その後ろに、アンジェリカはなにか幻影を見たような気がした。この美少年とは似ても似つかない、それでいて誰よりもその未来に相応しい超越者の存在を。
「……っぐ!」
凡百の戦士ならば、見るだけで卒倒するようなその圧の中でもアンジェリカの行動は早かったと言っていい。
落ち着きさえしていればこの圧倒的有利は揺らがないのだと。そう言い聞かせるように自らの後ろの空間を宝物庫へと繋ぎ、そして放たれた先制の一撃を真っ向から相殺する。
「まずは5本」
織り込み済みだと言わんばかりにギルが宙へと舞う。その手に握られるは彼の唯一の友。
放たれたそれは一直線に黄金の中へと飛び込み、中から財を掠め取る。そして少年の後ろにも同じ様に展開されている本来あるべき場所へと還っていく。
「な……!」
「僕の財なんだ。これくらい出来て当然でしょう?」
アンジェリカが驚愕に目を見開く。
かつて同じ相手と一度対峙したその際にも何本かの宝具は回収されている。しかしそれはあくまで射出後フィフティフィフティになったものを早く取られたというだけであり、主導権があるものを取られたという事ではない。
この戦闘における有利性の前提を覆しかねないだけのイレギュラー
「そら? どうしたんです? 撃たなきゃ僕を捉えることは出来ませんよ……こんな戦い方をするなんて僕自身初めてなんですから。もしかしたら焦って手元が狂うなんてこともあるかもしれない」
「ぬかせ!」
あざ笑うかのように視界から消えるギルに反応し、アンジェリカは最低限のみに抑えた本数宝具を放つ――ギルの身体能力ははっきり言って並のサーヴァント以下だ、元々王であり戦士ではない彼が更に年を遡ればそうなるのは必然である、現にここまで宝具の撃ち合いで彼の宝具の波を抜けた宝具に対して目を見張るような回避はみられなかった――が、当たらない。
1本、また1本と虚空を切った後本来の宝物庫へと戻っていく様にアンジェリカの無表情が僅かながら歪んでいく。
「まるで童心に帰るようだ! さあ、もっと遊ぼう! 友よ!!」
それを可能にしているのは、二人がいる場所がそれなりの広さがあり、尚且つ四方を堅い壁に囲まれているという、鎖を楔に見立て連続で打ち込み立体機動を行うにはうってつけだったというギルにとっての地の利、幼年期である彼の少なくとも青年期に比べれば遥かに寛大な心でも受け入れられぬアンジェリカという盗っ人の存在、そしてなにより、その宝具の力を見誤った彼女の失策である。
「ばかな……天の鎖は神を捕らえるのに特化した宝具であり、相手がそうでない場合にはただの頑丈な鎖のはず。なぜそれが……」
このように持ち主の意志に呼応するかのような柔軟かつ応用的な動きを可能にしているのか。
CG技術を利用したワイヤーアクションさながらに空間をフル活用するギルを見失わぬよう視線を動かしながら、アンジェリカは自らのうちに焦りに似た感情が芽生え始めているのを自覚していた。
動くはずのない天秤が少しずつ、本当に微量ながらも動き出しているのだ。ストック、奪い返した宝具が増えていくのに比例してじわりじわりとギルの攻撃はその激しさを増していく。
そしてそれは同時に、アンジェリカの総戦力の減少を意味していた。
「僕は確かに所有者であり、担い手ではない。けれど全部が全部そうだと誰が言った?」
雷を纏う槍がアンジェリカの左をそれて後ろへ飛んでいき、爆散する。間違いなく外れだ。なんのダメージなどありはしない。
だがそこで笑みを見せたのは外したはずのギルであり、反対に目を見開き一瞬身体を硬直をさせたのはアンジェリカだ。何度目かわからない交差、彼の宝具が撃ち落とされることなくそこまで届いたのはそれが初めてのことだった。
「貴様……!」
「その反応すら憎たらしい……僕を真似るなんて3度死してなお足りない!」
激情したアンジェリカが右腕を体の横から前へと振り抜くと、それに合わせるようにゲートが細かく開く。その数およそ15,取り返されることを危惧した戦い方を始めてからは初めてとも言える規模の展開。
「さっきまでならそれに対応することは出来なかったでしょう、けど今なら……!」
ギルは向かい合うように地に降りると、両腕をアンジェリカと同じように振る。出来上がった数は同じ15
「「いけ!!」」
射出される剣と剣。ロケットの如く加速したそれらは互いにぶつかり合い飛び散り……
「うおっと」
「ぬっ……!」
1本ずつずれて互いの近くへと着弾した。ギルは顔面めがけて飛んでくる剣を上体を横に反らすことで躱し、アンジェリカは足下へと向かってくる槍を一歩後ろへ飛ぶことで躱した。
同じような回避行動……のはずなのだが、またもや二人の間には精神的な勝敗が決していた。
「動きましたね? その鎧を纏う王がよりにもよって逃げの行動で立った大地を蹴るなんて……落ちたな人形。いや、端からお前など王ではない。話にならない偽物だ」
「……」
アンジェリカはギリっと奥歯を噛む。世界の全てを収めた英雄王ギルガメッシュにとって後退とは即ち敗北と同義ある。他ならぬその当人から指摘された言葉はどうしようもなく
正しいと分かっていたからこその苛立ち。
「分かった……認めよう……」
「なにをだい?」
「お前と私ではこの力の熟練が違う……貴様が本物だ」
「そうですか。当たり前のことですがわかってもらえてなによりです」
「だが……」
顔を上げる。震える声でそう告げる姿は謝罪かなにかの類に見えないこともない……しかしその姿は次の瞬間に一変する。
「偽物が本物に敵わない道理はない……!!」
「なるほど……こりゃ壮観だ」
長期戦は不利と踏んだのか。次にアンジェリカが選択したのは一斉掃射による短期殲滅戦だった。天秤がこれ以上傾き、万が一が起こる前……確実に上回っている間に勝負をつける単純かつ確実な策。今までとは比べ物にならない数の宝具が宙に展開され、その絢爛さにギルも思わず目を細めた。
「お前のもとにある宝具は100を超えるかそこらだろう。ならこちらは1000の宝具で押し潰そう」
「ああ……それが正解だ」
質が変わらない以上最後の決め手となるのは量の差。あくまでこの二人の戦闘だからこそ成り立つ理論にアンジェリカの瞳が妖しく光る。これで終わらせる、その強い殺意と共にギルを見据える。
そしてその殺意を向けられたギルは……両手を下げ自らの宝物庫を閉じた。
「な――「僕がこの鎖をもっていなければね!」」
その姿があまりにも想定外だったからか……アンジェリカに僅かな隙……虚が生まれたのだろう。その他どんな手を打とうとも、この勝負は既についていた。結局のところギルが持てる戦力をどう活かそうと今の戦力差を覆す事など出来やしないのだから。
だからこそ、最後の詰めとして彼女は次の彼の挙動に全神経を張り巡らせていたのだ。アンジェリカは決してギルを過小評価してはいない。彼がこのまま自分の攻勢を続くと信じるような愚か者ではないと分かっていたし、こうなる事も織り込み済みの上で何か手を打ってくるものだと思っていた。
そんな状態での奇行にも見える行動が、彼女の意識に空白地帯を作り出してしまったのだ。
「は――」
「捕まえた……うん、そうだと思った。使いこなせないものは無意識に隅に置いてしまうものだからね。だからこそ道が開かなきゃ僕の鎖を以ってしても届かなかったわけだけど」
「何をしている……その鎖で絡め取れるような量では……っ!?」
バビロンへとギルの鎖が真っ直ぐに突き刺さる。無謀だ、アンジェリカはそう結論づけた。その手は想定している。その上で取り切れないだけの量を取り出したのだと。
だというのに……背筋に走る悪寒を感じてアンジェリカは後ろを振り向く。そして驚愕した。
「剣が……震えているだと?」
カタカタと、小刻みに震える宝具の群れ。こんなことはありえない。
「ほう……それが分かるだけ上出来ですよ。なら次に僕が言うこともわかるはずだ」
先ほどまで鎖を巻きつけた右手をまるで何かを探すかのようにガチャガチャと動かしていたギルが満足げな声色でそう言う。そこに今までの緊迫感は無く、普段のような余裕と柔らかさのみ
「剣にも王というものは存在するんですよ。至高の財の中でも他の追随を許さぬ圧倒的強者が……困ったものですよ。主導権がそっちにある現状では僕ですら探すのに苦労する。加えて鎖越しじゃほとんど言うことを聞かないつもりときた」
「まさか……!」
アンジェリカの背中を雷を貫いたような衝撃が走る。危機に気づいた彼女は急いで宝具を射出しようとした……が、出来ない。背後の宝具達はまるで何かに慄くように震えたままその場を動けない。
「もう無駄ですよ……ああ、やっぱりダメか。まあいいや、とりあえず
「さあ起きろ……
深淵から、世界が歪む
「あーあー……僕が二度も地に倒れて天を仰ぐなんていつ以来だろう……いや、しかし星が綺麗だな」
またも大の字に倒れてギルはそう自嘲した。身体は既にボロボロである。しばらくはまともに動けそうもない。それを自覚した彼は、ただ疲労感に身を任せて広い星空を見上げていた。
「けどやっぱり頑丈だなーあの鎧……もしも僕と話す機会があったらもっと丁寧に扱うように言っておかないと」
少し離れたところから聞こえるカチン、という金属音になんとか顔だけ起こす。特に驚きはない。そもそも仕留められるとは思っていなかったのだから。ただ……少しばかり予想よりも丈夫だっただけ
「貴様……!」
もはや余裕も無表情もあったものではない。壮絶な憤怒を浮かべたアンジェリカは立ち上がり、傷だらけの鎧のままギルに向けて1歩を踏み出そうとしてる。
「もしもエアに巻き込まれた衝撃で僕とあいつの位置が
「……君がなんなのかは分からないがとりあえず礼は言っておかないとな……ありがとう」
首を逆に向けたギルの前から7枚の花弁が消える。その向こうに現れたのは、赤みがかった茶色の短髪に成人男性としても比較的高めと言える身長の、しなやかかつ強靭な筋肉を身を持つ青年の姿。
「例なら結構……もしもその気持ちがあるならあれを僕の代わりに倒してくれませんかね? 非常に業腹ではあるんですけど僕はもう限界なんで」
青年は無言でギルの前に立つ。そして一言だけこう問いかけた。
「その前に聞かせてくれ。君はイリヤの味方か?」
「味方じゃないです。けど、あの人達と違って敵になる気もさらさら無いです。凛さんも……もちろんセイバーさんにも」
セイバー、その言葉を聞いた途端青年の肩がビクッと大きく動いた。そのまま1つ大きく深呼吸。少しだけ斜めに向けた顔から読み取れる表情は、何かを懐かしむように。
「そうか……なら要望に答えなきゃな。俺もあいつには会って、そして……伝えなきゃならないことがある」
一度柔らかくなった声色。かと思えば次の瞬間青年の纏う空気が変貌する。ギルでさえ一目置こうと素直に感じたほどの修羅、この年若き青年が乗り越えてきた修羅場を感じさせる鋭い殺気。
「
「出し惜しみはなしだ」
アンジェリカの背後に揺らめく黄金、それに臆することな青年は数歩歩みを進めた。躊躇いなどありはしない。まるでそんなもの脅威でないと言わんばかりの行進。
「俺は……怖がっていたのかもしれない」
「確かに桜を守る為のこの力だ、彼女がそれを望まないならこの
「だが……それを隠れ蓑にする事で俺はこの力と向き合うこと、いつ動くか分からない侵食、そしていつしか見るようになっていたあいつの世界を理解することを放棄していた」
「その結果がこれだ。遠坂を守れず、今俺を必要としているかもしれない桜の隣にいることが出来ない」
「俺は……そんな自分を許せない」
「だからもう躊躇わない」
青年の身体には1つだけ怪異があった。それが左腕だ。正常な右腕に比べ不自然に長いその腕は赤い布の様なものでぐるぐる巻にされている。普通ではない抗魔力。そしてそれでも漏れ出す障気が、これがどれだけの異常であり、それを担う青年の苦痛を雄弁に語る。
そして青年は躊躇いもせず……それを外した。
「その腕が……」
「お前の能力は見せてもらった……なんて無茶苦茶。だが俺には、それを制することができる力がある」
青年の周りを静かに、それでいて熱い魔力が渦を巻く。その中心で青年……衛宮士郎はポツリと呟いた。
「身体は剣で出来ている」
「血潮は鉄で心は硝子」
「一度の戦場にて根を下ろす」
「ただ一つ道を求め」
「ただ一つだけ夢を見る」
「担い手はここに独り」
「春を浮かべて剣を打つ」
「故に、その生涯は求められ」
「この身体は」
「無限の剣で出来ていた」
「これは……」
荒野を見た。何処までも赤く続く荒野は荒れ果てた死地さえ想起させる。一面に広がる剣の丘。
その先を見た。ガラガラと廻り続ける歯車。何か目的を見つけたのか必死で動き続ける様はどこか熱く衰えることのない情熱を思い浮かばせる。
根本を見た。この場に不釣り合いにすら見える緑……桜の木だ。そこだけは雲が晴れた青空、その下のオアシスの中に浮かぶ桜は満開の花を咲かせ、まるでそれを守るかのように大量の剣が囲む。
そしてその先頭に立つのは……
サクラの世界
55話目にしてHF士郎本格登場じゃーい!!そしてこんな時に新しい文書構築に乗り出す作者はアホなんだろうな……
どうもです!
ついにここまで来たと自分でも感動してるfakerです。
エリヤに続いてまたまたオリジナル詠唱は……まあおいておいてください。ええ、あの時以上にキレがない自覚はあります。だってこの士郎比較的葛藤が無いんですもん。
ちなみにいろいろごちゃまぜになってるのはやらかしではなくubW士郎ともエミヤとも異なる存在という意味での表現でございます。
あ、良かったら新しい書き方についても今までのが良いとか案外こちらも……みたいな意見もくださると嬉しいかもです。
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