「あー……つまんないわね、何もないってのは。座の景色ってどこもこうなのかしら? それとも私だけ? あの人追っかけてるうちにこんな殺風景なものになっちゃったわけどさ」
赤い荒野に1人、立ち尽くした少女は何度目になるか分からない独り言をこぼした。
答えてくれるものなど誰もいない。この世界にいるのは彼女だけなのだから。
「最後に人と話したのはいつだったかしら……だーめだ! もう思い出せないや!」
もういい! とどこに向けられたのかも分からない悪態をつくと彼女は仰向けに倒れ大の字になって空を見る。
ここはいつでも明け方だ。彼の風景が全ての終わりを待ち望むような夕暮れなのに対して正反対なのは、まだ彼女が希望を持っているからなのだろうか。
「シロウ……」
一体いつになったら、彼を絶望の淵から救い出せるのだろうか。
終わりの見えない道程に頭が痛くなるのを感じた。彼が限界を迎えて崩壊してから今この時まで、彼女はそれだけを考えて生き、そして死んでからも彼を追ってきた。それまでに捨ててきたものはもう数え切れない。
「……」
いつもならここで切り替えるのが彼女の流儀なのだが、今に限ってはそこからもう一つ先に踏むこむことにした。
目を瞑り、深く深く、消えないように、無くさないようにと大切に奥へしまい込んでいた大切な記憶。一番幸せだったあの家での生活だ。
浮かび上がる情景はとても暖かい。
「良かった。まだちゃんと覚えてる」
それに浸る前に、彼女はまず安堵した。たくさんのものを捨ててきたが、それでも拠り所にしたいもの、立ち帰れる場所は残しておきたかったから。
「どーしてこうなっちゃったかなーほんと」
目を瞑ったまま呟く。
それが彼女の素直な感情。あれだけ安らかな日々が当たり前のようにあったのに。
あの頃の彼……衛宮士郎は真っ直ぐな人間だった。いや、今考えてみればあれもその振りをしていただけで実は壊れていたのかもしれないが、少なくとも彼女が兄と慕っていた少年は修羅の道に絶望するような人ではなかった。
そしてその隣にいた少女。セイバーとリンの事も忘れる気にはなれずにいた。
彼が幸せになることを祈り消えた騎士王と、最後の最後まで彼を諦めずに戦い続けた少女。
その願いと彼女の願いは合致していた。
それがあの日々をともに過ごした者の総意だというのになぜ彼には分からないのか。
「まあ分かっちゃいたのかしらね……特にセイバーは」
彼女は久し振りに思い起こす。魔力が切れて限界を保っていられなくなったその時。
涙する彼との時間を削ってまで自分達だけを呼び告げられた言葉を
――彼はいずれ道を外すかもしれない……いえ、彼自身はしっかりと歩いているつもりかもしれないがそれは道ではない。そうなった時は貴女達が……
「止めるのは私達の役目だって」
そう口に出すとそこで回想をやめ、彼女は立ち上がった。時間に直すとせいぜい10分程度のものだっだが、充電はこれくらいで充分だった。
「さて――」
彼と同じ赤い外套と、長い髪を後ろで纏めたおさげが風にたなびく。
「今度はどこに呼び出されるのかな? なーんかいつもと違う気がするけど」
歪む景色にはてな、と小首を傾げる。
しかし気には止めなかった。彼を捕まえるまでの長い道程、少しくらいの異変は何度も経験済だったから。
とある世界線のイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、英霊になった彼女は何時もと変わらず荒廃した世界をイメージして自らの座を後にした。
「あれ……?」
彼女は目の前の景色に思わず目を擦った。
明らかにこの世界が荒廃していないこと、そして彼の気配が全くしないこと、それだけでも想定外な出来事なのだが……
「王……様?」
驚愕の表情を浮かべている騎士が、思い出の中の姿そのままだったから。
―――――
「どういうことですクロ」
「元々私とイリヤは二人で一人なのよ? 二人に別れたことで威力が落ちてるなら今だけでももう一度一人になれば良い」
訝しむ私にあっけらかんと、クロはまるで簡単そうに言った。隣にいるクロがとんでもない表情をしているのとは対照的だ。
「……そんなこと現実に可能なのですか? 私にはかなり危ない橋を渡るように聞こえるのですが」
「そ、そうだよ! もう一回一人になるってそんなの……!」
「出来るんじゃない? ちょっと違うかもしれないけど一応ママでもある程度形に出来たことなんだし、私達だけならともかくルビーがいれば楽勝よ楽勝……ね?」
そう言うとクロはイリヤの手の中のルビーを妖しい笑みで見る。
「うーん……そうは言っても一度別れてしまった以上、もう一度というのは魂の再構成に近いですからね〜まあ完全じゃなくていいなら第三魔法まではいかないでしょうから、なんとか出来るような気もしないでもないですし〜」
むむむ……と彼女にしては珍しくルビーが考え込む。その間も障壁を全開にして断続的に溢れる泥を防ぐことを忘れないなのは器用なのかなんなのか
「まあ時間も他に手もないみたいですしやるだけやって見ましょうか」
「そんな簡単に決めていいの!?」
割りと結論はあっさりと出た上に、出る時には彼女のテンションはいつも通りだったが。
抗議の声を上げるイリヤを横目にクロはウンウンと頷く。
「だけどクロさん? 完全に以前の状態にと言うのは無理ですよ? アイスだってそうじゃないですか、一度溶かしたのをもう一度凍らせたら成分は変わりますよ〜っていうのと同じ理屈です」
「おっけー。パパっとやっちゃって」
「嘘でしょ!? そんな適当でいいわけ無いでしょ!?」
もはやイリヤの意見というのはあってないようなものらしい。
私も助け舟を出す気はないのでそんなことを言える立場ではないのだが。助けを求めるイリヤにごめんなさいと目配せしてから視線を離す。
理不尽だとは思うが今は少しでも戦力が欲しい以上文句を挟むつもりは毛頭なかった。
「クロ……あんたねえ……!」
「大丈夫よ。主導権がどうなるかは知らないけど貴女も私も消えちゃったりしないから。そこは経験者お墨付き――それともなに? このままあいつにやられて美遊も持ってかれるのが良いって言うの?」
「それは……」
反撃もそこまで。イリヤは顔を真っ赤にしながらぐぬぬ、と俯く。
どうやら彼女ではクロに一生口喧嘩で勝てそうもない。
「それじゃあやりますよ〜……ほら、イリヤさんもっと寄って寄って。なるべく密着度上げて通りを良くしとかないとそれこそ意識が次元の彼方へ吹っ飛びますよ〜」
「なんでこんなことに……」
抱き合うようにクロとイリヤが密着する。
正直言って目のやり場にとても困るのは一体何なのか。少なくともシロウに見せれば卒倒しかねない光景に私は気まずさを覚えた。
「……魂、意識の流動化――境界認識を――液体に設定――反転、拒絶作用を再拒絶――――」
「あれ……なんだか眠く……」
「あれ? これは主導権私ってこと? ルビーならイリヤを優先すると思ったけど」
フッと力が抜けたようにイリヤが目を閉じるとクロへ寄りかかる。
ルビーの詠唱に合わせて二人の周りには白い靄のようなものがかかっているのだが、それを抜きにしても彼女達の境界があやふやに見えるのは気のせいではない。
「戦闘時の判断力なんかを考えるとクロさんの方が適任ですからね〜――その方が拒絶も少ないですし……よし、入ります!」
「ラジャ!」
クロは最後にビッと私に私にVサインを見せると意識を失っているように見えるイリヤを抱えたまま一気に濃くなっていく靄の中に――「あれ!?」――消えていくと突如として爆風が私を包み込んだ。
「はっ――?」
そんなもの、対応できるわけがないではないか。
吹き飛びそうになる身体に事態を把握すると、同時にとにかく踏ん張る。
今でもルビーの守りは続いているのだ。そこから飛び出してしまえば今も断続的に降り続く泥の餌食になりかねない。
あの泥だけはごめんだ。その思いだけで必死に地面に突き刺した剣に覆いかぶさり身体を支えた。
「――――」
ようやく収まった。
目を開けるとイリヤ達が立っていた場所はモクモクと煙が立ち上り、そこがどうなっているのか窺い知ることは出来ない。だがうっすら見える影から察するにいるのは一人だ。
成功したのなら良いのだがそれよりも今は――
「ルビー、これがどういう事か説明してもらいましょうか」
「あー……バレちゃってましたか?」
「ええ。確かにはっきりと聞こえましたよ。あれ、と言う声が」
そろそろと逃げようとしていたルビーを鷲掴みにして追及する。
冷や汗を流しながら声が若干震えていることから見ても間違いないだろう。どうやらこの愉快礼装はこんな大事な局面でやらかしたらしい。
「同化自体は成功したんですよ? 解けるまでもおよそ10分位に制御しきってますし、二人の境界線が合わさることもありませんでした。ただ――」
「ただ――?」
しれっと目線を離すルビーを握る力を強める。
どうやらこの弾力性のある感触、ルビーの用途は握力強化でこそその真価を発揮するらしい。
「あいたたた!! 言います! 言いますからやめてください!――主導権をクロさんに握らせる予定が最後の最後に掻っ攫われてしまったんですよ〜……彼女の中にいるクラスカードに」
「な――」
となると今、あの白煙の中にいるのは誰なのか
「恐らくですけどね。形としてはクラスカードが同化した二人を殻として包み込んだということになります。なので英霊の座に干渉するというあのカードの特性から察するに――」
『あれ、どこよここは一体……』
向こうの彼女が立ち上がる。その声はイリヤともクロとも取れそうなものだ。
「イリヤさん+クロさん、二人の情報を完全に足し切った上で一番近くなるアーチャーが呼び出されるんじゃないかと」
『王……様?』
そしていよいよ煙の向こうから彼女が姿を表す。
私を見た瞬間にカッと目を見開いた彼女は、紛れも無くイリヤとクロを色んな意味で足して、そして割らないような外見をしていた。
「どういう事ですこれは」
「えーと……非常に小さい。本当に砂漠の中から一粒の米粒を見つけるくらいの可能性なんですけど……どうやらどこかの世界のイリヤさんは、だいたいクロさんとイリヤさんの年齢を足したくらいの年で死に、それもなんの因果かアーチャーの英霊になったようですね」
「……そんなことがあるのですかほんとに」
力が抜けてしまうような話だが信じるしかあるまい。
事実として彼女は、そうとしか思えない姿をしているのだから。
「ふーん……仲良く寝ちゃって微笑ましい。あの人がいないのもそういうことか。納得納得」
一人だけスッキリしたようにポンッと彼女は手を叩く。
そして私の目の前までやってくると
「随分とイレギュラーだけど久し振り……いや、初めましてかな。王様。私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」
イリヤの人懐っこさと、クロの小悪魔感を兼ね合わせた笑顔でそう私に手を差し出した。
「私はセイバー……いえ、どうも先程の口調から察するに貴女は私のことを知っているようですね」
「もちろんよ王様。貴女のことも、ここにはいないみたいだけどシロウもリンもタイガも皆よーっく知ってるわ。
あ、難しい顔してるけど私の事はイリヤって呼んで。この黒い娘の方は私分からないから」
どう呼べばいいのか思案しているとそれを察知したから彼女、イリヤの方から指定が入る。
「んで。どうすれば良いのかしらね私は……ってあれもしかして英雄王? まーた厄介なのが遭遇してるわねー。その上泥まで出てるし」
あっちゃー。とイリヤは手で頭を抑える。
彼女は一体どこまでを知っているというのか。
「貴女がどの様な経験をしてきたのかには興味がありますが……そんな時間はないのでしょうね」
「正解。このままじゃここら一帯直ぐに飲み込まれるわよ」
彼女の手に双剣がにぎられる。
どういう過程なのかは知らないが彼女が使っている魔術がなんなのかは明白だ。どうやらアーチャーであるのは外見だけではないらしい。
「王様の宝具でもあの靄ごと吹き飛ばすのは無理か……となると私の役目はつゆ払いってことね。
うん、面倒くさかったら帰っちゃおうかとも思ったけど王様の頼みだし引き受けますかね」
ニヤッとイリヤが笑う。その裏に見えるのは絶対の自信。
「ですがイリヤ。下手をすれば貴女も言ったように泥が溢れる。そうなれば大変な事に……」
「分かってる。だったら他の世界に連れてっちゃえばいいんじゃない「セイバー! イリヤ!」あれ?」
その言葉を遮るかのように後ろから大きな声が聞こえる。
振り向いてみれば別れたシロウや凛達がこちらに到着し駆け寄ろうとしていた。
「シロウ……リン……」
「――――!?」
真っ先に走り寄るそんな彼を見て、一番反応したのはイリヤだった。
すぐに隠してしまったからあまり見えないが、その頬には間違いなく一筋の涙が流れていた。
「あーあ、年取ると涙脆くなっちゃってダメだわー……まだ至ってない彼を見るだけでこんなに感動しちゃうなんて」
「イリヤ……?」
「さて、それじゃあお手本も見せてあげないとね。どんな世界でもいずれ彼は至る。
その時に、絶対に道を踏み外さないように」
ゴシッと袖で顔を拭うとイリヤは一歩前へ出る。
「行くよ……身体は剣で出来ている」
誰かに似ているその言葉と同時に。円形に半径数百mが高く舞い上がる炎の縁に囲まれた。
「血潮は鉄で心は鋼」
「幾度の戦場を越え不全」
「ただの一度の勝利もなく」
「ただの一度も理解されない」
「それでも担い手は一人」
「剣の丘で鉄を打つ」
「なればその生涯に意味は一つ」
「その身体は」
「無限の剣で出来ていた」
「Unlimited……blade works!!」
錬鉄の、丘。
どうもです!
やってしまったが後悔はしてない。(何話目ぶりからわからないけど2度目)
詠唱が違う理由はオリジナルだからです。そんでもってそもそもアチャ子誰や?って人はググるor僕の他小説dancing nightへどうぞ(ステマ)
いよいよツヴァイ編も次回で最終話になります。
セイバーさんの戦いはどこへ行くのか……
それではまた!評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!!
ps感想は明日一括で返しますm(_ _)m