というわけで本日は士郎目線でいきます。
「まさか一度も会えないとは思わなかった」
夕焼けの中部活を終えて帰路についた衛宮士郎はため息をついた。
今日も1日穏やかな日だったと言えるだろう。特に変わったことは何もない--あるとすればやってきた超美人転入生、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと遠坂凛が揃って欠席したことで一部の男子が華がないと生気をなくしていたことくらいか--かわりに時たま偶然訪れる附属校内での妹との遭遇もなかった。
休み時間など利用して探しに行ったのはいつもとは違っていたかもしれないが。
ともかくいつものように学校へ行き、朝は生徒会の、ひいては一成の手伝い、昼は勉強をし慎二に昼飯を分けてやったり、そして放課後には部活へ行き美綴と勝負して熱くなりすぎて桜に仲裁されたり……そんな日常がまた1ページ積み重なった。
--出来ればこのカード早く返したいんだよな……なんか変な感じするし
そんな訳ないと分かってはいるが士郎はカバンに忍ばせたカードに違和感を感じていた。
何というか……まるで生きているような、そんな気配がするのだ。
校門をでると自転車に乗りスピードを上げる。
どちらにせよ家に帰ればイリヤもいるだろうしそれで万事解決だ。
見慣れた商店街を駆け抜けながら考える。
一体このカードは何なのだろうか?まずかつて自分がはまったようなトレーディングカードの類ではないのはわかる。キャラクター名も書いてなければ攻撃力だの守備力も書いていない。
かと言って最近イリヤがハマっているカードをゲーム機本体にセットしてアイドルを強化するとかなんとかいうやつでもなさそうだ。絵柄が少女が好むそれとは違いすぎる。
--いつの間にかカードに意識がいくな。今日はもうずっとだ。
そう言えばそうだった気がする。
朝も昼も夕方もいつもの日常だった。けれどそのどのシーンにもこのカードのことがどこか頭の中に影を落としていた。
あまり関わりあいにならない方がいいのかもしれないしその通りだと思う。
角を曲がると見慣れた通りに入る。家につくまではあと数分だ。
「イリヤが帰ってきてない!?」
だっていうのに、帰ってきた士郎を待ち受けていたのは想定外の事態だった。
駐輪場所に自転車を起き何時ものようにドアを開けると廊下に飛び出してきたのはイリヤ……ではなく半泣きになりながら息を荒くしているセラといつも通りのリズだった。
「ええ、どうしましょう……士郎と一緒にいないとなるともうあてが……もしかして誘拐!?それとも事故!?大変!警察に電話しないと!!」
「落ち着けセラ!!早計すぎるだろ!」
こんな事は今までなかった!と取り乱し電話へと向かうセラを半ば羽交い締めのような形になりながら押し留める。
確かにイリヤがこの時間までなんの連絡もなしに家へ帰ってこなかった事など前代未聞だ。
インドア派の彼女は時折友達の家に遊びにいくことこそあれど基本的には家でリズとお菓子を堪能する、自分の部屋で少女漫画に没頭するということに楽しみを見出している。そんなイリヤが帰ってこないとなればセラの焦燥も多少は理解できた。
「セラは心配性ーしわ増えるよー」
少なくともリズのように何事もなかったかのように構えているよりは正常な反応だ。
かと言ってこのまま放っておく訳にもいかない。
今のセラに普段の冷静さは欠片も見受けられない。
こんな状態のまま放置しては今にセラがイリヤ以上の問題を起こしかねない……士郎は迫り来る新たな危機に頭を抱えた。
「分かった!俺も探しにいくから!それでダメなら警察よぼう!なっ!?」
「ほんとですね!?ちゃんとイリヤさんを連れて帰ってきてくれますか!?」
「ああわかってる!任せろ!」
両肩をグイングイン揺さぶられながらも安心させるように力強くそう答える。必死の説得で一応の決着を得た。
かと言って今も目に涙を浮かべたまま士郎の肩を思いっきり握っているセラの様子を見る限りそれはとても猶予のあるものとは言えなかったが。
--6時半か。そろそろ日も落ちるしそうなったら本当に警察を呼んだほうがいいかもしれないな……
再び玄関を開けて自転車に飛び乗る。
腕に付けた時計を見てみれば時刻は6時を通りすぎて辺りは暗くなりはじめていた。
そんなことにならないのが一番だが本当にマズい事態を想定しなければいけない、と覚悟して士郎は片っ端からイリヤのいそうな場所を当たりはじめた。
「どこに行ったんだほんとうに……」
息が切れる。
最後の望みであった公園も空振りに終わり士郎は一度頭を整理するのと休憩を兼ねてブランコに座り込んだ。
--学校、友達の家、マンガショップ、どこもいないどころか見たっていう人すらいない。一体どうして……?
手掛かり1つないというのはもはや不自然だ。それこそ誘拐でもされたのでない限り。
「……っ!」
最悪の想像が現実のものとして頭をよぎり弾かれたように立ち上がる。
こんなことを言うとあれだがイリヤはハーフと言うこともあり間違いなく美少女という部類に当てはまる少女だ。それもいわゆるロリコン、変態という連中のストライクゾーンど真ん中であろう年齢の。どんなことがあろうと不思議ではない。
「ええい!こうなったらやけだ!!とことんやってやる!!」
休憩する気など失せていた。それよりももっと重要なことがある。
士郎は走り出す……が立ち止まりそばにおいておいた鞄に手を伸ばす。
そして当然のようにそれを手に取った。
「不気味だけど今はそんなんどうでもいい。お前の言うとおりにしてやる……!」
手の中のカードから醸し出される妙な気配というものはイリヤのことで精一杯になっているはずの頭の中からも消えることはなかった。
それどころかむしろどんどんとその存在感を増していた。
--頼みの綱がこれだけってんならやるしかないだろ!
そんなことは有り得ない、有り得ないはずなのだが、これはイリヤのものだし今イリヤが行方不明になっているのもこれが原因の可能性だって否定できない。
もはや士郎の中でこのカードがただのカードではないということは自然と結論として出ていた。
今だってそうだ。ただの絵がプリントアウトされただけの紙切れがまるで意志を持っているかのように自分を引っ張っていくような感覚を覚えるなどあるはずがないのだから。
どんどんと強まっていく慣れない感覚に身を任せながら自転車のスピードを上げる。引っ張られるがままに進むと普段はあまり通らないような道へと突き進んでいく。
いつの間にか深山町の端っこ、新都へと向かう大橋に続く公園にまで来ていた。
「橋……?けどなんだってこんなところに」
真っ赤に彩られた冬木大橋。
ここにあるのはそれだけだ。人の気配は全くない。
しかし自分で最後の頼みの綱と決めたカードはここが目的地だと士郎に告げていた。
--なんか……光ってないか?これ
それはもはや気配なんて曖昧なものではなくて外観にも表れている……少なくとも士郎にはそう見えた。
「うわっ!なんだなんだ引っ張るなよ……!」
ダウジングの真似事でもやってみようか。そんなことを思ってカードを持った左腕を前方に差し出す。
すると信じられないことなのだが……カードはまるで散歩中の犬のように自らの意志で士郎を直接引っ張り始めた。
その姿は端で見ている人がいればかなり滑稽に映ったことだろう。なにせ何もないはずの空間でいい年頃の少年が一人でバランスを崩しながらぶつくさ文句を言っているのだから……当の本人からしてみれば笑い事でも何でもなかったが。
「ここだっていうのか」
その奇行は数分で終わりを告げた。
何となく空気が乱れている。それだけはわかる……けど、それだけ。
橋の下のとあるそんな一点で士郎を導いていた力はその動きを止めた。妹の姿は、ない。
「……」
だというのに士郎には落胆も、焦燥もありはしなかった。あったのは、むしろ安心。
カードと同じく士郎も本能的にここが終着点であり、正しいゴールだとわかっていた。
--なんだろう?昔こんな事をしたことがあったような……
無意識にある一点にカードを置き手を乗せる。
そこから先どうすればいいかは分かっている。何故かは知らないが頭からスルッと解決策が出てくる。ここは歪みだ。このカードはそれを開け、通るための鍵。
だけどそれだけでは開かない。鍵があるならば、それを鍵穴に差し込み回す人が必要だ。なら俺が回せばいい。けどどうやって?そんなもの俺には分からないしここに見えてもいない。なら探せばいい。俺にはそれが出来る力がある。
「……ッア!」
鋭い頭痛に一瞬意識が戻る。しかしそれも一瞬。そこから漏れ出す映像に全てを持っていかれる。
自分ではない自分、妹ではない誰かを守るのだと決めたその人、彼は闘っていた。少なくとも、今ここにいる衛宮士郎とは比べものにならないくらいに。
しかし、彼も自分も同じ衛宮士郎であることに変わりはない。なら出来るはずだ。劇鉄を下ろすイメージが引き金になる。集中しろ。衛宮士郎である以上、この動作に失敗は許されない。
「
スイッチを入れる呪文。そんなもの、衛宮士郎の知識にはない。
だがその言葉は自然と出てきたし、その後もすらすらと出てくる。微妙に重低音になっているその声は自分のものとは思えない。しかしそれでも不安は感じなかったし、それどころか違和感もなかった。
「同調、手繰り寄せるはお互いに。後は扉に触れるだけでいい。」
簡単なことじゃないか。このカードと、歪みの奥にいる誰かは互いに求め合っている。ここにカードがある時点で鍵は既に開いている。それなら後は簡単だ。力を入れる必要もない。そこに少しだけきっかけを加えてやればいい。
「--
これも同じ。自分ではない自分が言葉を告げると衛宮士郎の身体は消え失せた。
「うわっ!?なんだ今の……」
急に放り出されて尻餅をつく。
特に何が変わった訳ではない。視界に映っているのは数秒前と同じ景色。
手元には光も気配もなくなったカードがあるだけだ。
「……とりあえず出よう。イリヤを探さないと……なっ!?」
これが空振りならば急いで次へと向かわなければいけない。
そう思って橋の下から出てみればそこはまさしく別世界だった。
「イリヤ!?それに遠坂とルヴィアまで……」
そこは、爆心地だった。
公園の面影はない。舗装された道はこれでもかと吹き飛ばされ残骸の山を築いている。
遊具は砕け散りもはやただの凶器でしかない。
本来ならこれに意識を全て取られているだろう、パニックを起こし警察やら何やらに錯乱気味に電話をかけまくるくらいに。
だが、それすら士郎にとっては些細なことだった。
「ちょっと凛さーん!!なんなのこいつー!!話が違うよー!!」
捜し求めていた妹
「ちいっ!!準備は万端ってことね……やばっ!ルヴィア! 迎撃するわよ!!」
「分かっていますわ!そちらこそ足を引っ張らないように!!」
憧れていた転入生2人
「……イリヤ!もっと上に!そこだと狙い撃たれる……!」
見知らぬ妹と同じくらいの年頃の少女
自分の頬をつねって現実かどうかを確認するには充分すぎる違和感しかない光景だった。
「ってかなんて服装してんだイリヤのやつ……!あんなんセラに見られたら……っておわあ!!」
それでも一番最初に目がいったのがこの光景でも、何故イリヤが遠坂やルヴィアと一緒にいるのか?でも、何故空を飛んでいるのか?でもなく何故魔法少女のコスプレなのか?というところであったところ士郎は思ったよりも冷静だったのかもしれない……そうでなければ既に命はなかっただろうから。
フラフラと近づこうとすると上空から迫る何かに気がつく。突然最大級の警鐘を鳴らしはじめた本能に身を任せ飛び退くと自分がいた場所は抉れてクレーターになっていた。
そこでようやく気がついた。妹の服装以上に気にしなければいけないことがあるはずだ。そもそもなんでここはこんなことになっている?それには原因があるはずだし、それがまともなものであるはずもない。
「……なっ!」
上を向く。
そこに見えたのは空を覆い尽くす魔法陣魔法陣……また魔法陣……そしてその中心に揺れる黒い女の影
「……」
ニタッと影が笑う。気付かれた。そう思った時にはもう手遅れ。
こちらを向く砲門に士郎の足は動かなかった。
「え……?お兄ちゃん!?」
「衛宮君!?」
「シェロ!?」
「……一般人!……えっ!?」
それと同時に4人もこちらに気づく。
それが道理だ。突然敵が自分達全員から意識を逸らせば他に誰かがいると分かる。問題は、今気づいたところでどうしようもないということだ。
「あ……」
自分に狙いを定める魔力の渦に士郎は死を直感した。
あれが魔力だとどうしてわかったのか、魔力とはなんなのか、そんなことはどうでもいい。
今気にしなければならないのはあの渦は間違いなく自分を殺すということ。
考えるまもなく撃ち出される。避ける?無理だ、あんなものを避けるスキルはないしそんな身体能力もない。防ぐ?論外だ。そんなことが出来る人間はこの世にいるはずがない。
……死ぬ?
「あっつ!」
そう自然な結末が予測できた所で手に持つカードが再びその息を吹き返す……その輝きは今までと比べ物にならない。
それと同時に襲う頭痛。死の瞬間は着々と迫っているのにここにきて身体がおかしくなるとはなんて不運……そう観念しかかったところでその光景は突然見えた。
「……!」
落ちている。身体はボロボロで防ぐものは何もない。今の自分と同じ、死を回避する手段はどこにもない。しかし絶望は感じなかった。
どうすればいいのかは知っていたから
「……くれ」
また下りた劇鉄にもう一度身を任せる。声は再び低くなる。自分が自分じゃないような感覚……あまり気持ちの良いものではないけど、何もしなくても死んでしまうのなら藁にすがるのもありだろう。
「……バー……」
カードを強く握り締める。
その言葉の意味は知らない。だけど不思議と呼び慣れているような気がしたし、なんとなくその響きには暖かみがあった。
「来てくれ……いや、こい!セイバーーー!!!」
叫ぶと共に目を閉じた。
一際激しく光る。カードの感触が消える。
そして数秒たって気づいた。先程まで近づいていた死の奔流も消えている。
「え……」
閉じていた目を開ける。そこに映ったのは自分を庇うように立つ青いドレスに銀色の甲冑に身を包んだ金髪の少女の後ろ姿。
その姿にどこか見覚えがあったような気がした。そんな記憶は16年の人生でどこにもないというのに。
だけど、敵じゃない。それだけは士郎にも分かった。
「マスター、名乗ることも出来ずに申し訳ない。だが状況は危機的です。まずはここをなんとかします」
「え……」
自分の事をマスター、と呼んだ少女は駆け出していく。そのスピードは、人のものではない。
「……!」
その姿に恐怖を感じたのか黒い影はその全ての砲門を少女へと向ける。
絶対的不利。そのはずなのに少女が敗れる姿をイメージすることは微塵も出来なかった。
撃ち出される魔力砲、その中を駆け抜けていく。
避ける、否、全てを弾いている。
荒れ狂う暴風雨のなか彼女のいるその場所だけが台風の目のようだった。
周りを焦土と化していく魔力の渦の中を少女は最短距離で突き進む。
「ちょっ!?なによあれ?英霊!?」
「分かりませんわ!黒化もしていませんし……けどあの対魔力は!!」
「反則よ反則!キャスターの魔術を無効化ってことはこの世の魔術はどれもあいつには通用しないって言ってるのと変わらないわ!」
凛とルヴィアも想定外なのかその少女を唖然として驚いているように見えた。
正に反則技、それだけの芸当を少女は見せつけていた。
悪くなっている足場に意を介すことはない。そのままの勢いで黒い影ーー遠坂はキャスターと呼んでいたかーーのほぼ真下まで近づくと一際強く踏み込み少女はまるでロケットが撃ち出されるがごとく推進力を持って垂直に飛び上がった。
それに焦ったかのようにキャスターは少女に向かい合うような形で上昇する。その間にも細かく魔力弾を撃ち出すそのことごとくを少女は無意味と弾き飛ばす。そうして間合いはどんどん詰まっていく。
「なにを……」
士郎は呟いた。
少女は構えている。それは当然だ、何の策もなく飛び込む訳がない。
だがおかしい、あの構えは両手で剣を握っている者の構えだ。しかし今正にキャスターに激突しようかという少女は……何も持ってなどいなかった。
「アアア!!!」
その数瞬後に響く絶叫と飛び散る鮮血。
見間違えるはずがない。一体どうやったのか定かではないが少女は間違いなく何も持たないままにキャスターを「斬って」いた。
「……なんだったんだ一体」
危機が去ったことは理解できた。
キャスターは空中で消滅し、それとともに魔法陣の山も消え去った。
少なくとも命の危険は去ったと見ていいだろう。
「フッ……」
「……」
10m以上飛び上がっていた筈の少女は何事もなかったかのように着地するとこちらへと歩み寄ってくる。
あまりにも目まぐるしい展開に気づかなかったがその少女は……とんでもなく綺麗だった。
「あ……えと……」
近づいてくる少女に感謝の気持ちを伝えようとするが舌が絡まる。
こんな場にも関わらずそのあまりの美しさに士郎の顔は真っ赤になっていた。
更に近づく。そうして士郎の混乱がいよいよピークに達しようかと言うところで少女がふと顔を上げた。
「シロウ……?」
「え……」
少女が小さく何か呟いた。
士郎に分かったのはここまで。そこからはあまり覚えていない。
なぜなら……
「シロウ!!」
「あわわ!?いやっちょっ!?えええ!?!?」
士郎は少女に抱き締められていたのだから。
セイバーさん大活躍。
どうもfaker00です。やっぱり士郎目線だと書くの早いです。楽ですもん。
士郎さん魔術目覚めはカードの魔力に呼応して回路開く、中の人繋がりで平行世界の士郎の記憶がちょろっと入ってくる。くらいに思ってくれると助かります。ご都合主義なのは否定できない……
次回はセイバーさん目線へ戻ります。
なお現在プリヤ組4人は(;゚д゚)って顔して固まってます。
それではまた!
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早く色付きバーになりたいな(チラッ)